case・・・K&K
「信じられない…あいつモモちゃんを壊すなんて…彼方、此方ちゃんとついてきている?」
「お母ちゃん、怖いよ。」
「お母ちゃん、こなとかなも壊されてしまうの?」
「そんなこと、絶対にお母ちゃんがさせないから安心しなさい。こなとかなの大切なものは全部お母ちゃんがこうやって持っているからね。二人はあいつに見つからないように、ちゃんとお母ちゃんのお話し聞くのよ?」
「分かったよ、お母ちゃん!」
「僕も分かった!」
彼方と此方を壊されてなんかたまるもんか。この二人は、子どもが生めないと言われた私にとって本当に本当に奇跡的に授かることのできた双子なんだから。
甘えん坊なお姉ちゃんの彼方とお姉ちゃんのまねっこ大好きな此方…此方は無理を言って男の子にしてもらった。
この子達は二人で一人。
どちらもかけさせたりしない。
モモちゃんを壊したあいつを私は見ているだけしかできなかった。ただただ信じられない気持ちだった。モモちゃんのモデルはあいつの娘、ももかちゃんだ。研究所にデータ提供をかねて遊びにきていたときに会ったことがあるけど、とても可愛くてお父さん思いの子だ…それをあんなにするなんて。モモちゃんを殺すということは…ももかちゃんに手をかけるのと同義だ!娘をもつことを許されたのに…許せない。
「お母ちゃん、なにをにぎにぎしているの?」
「お母ちゃん、こなもにぎにぎしたほうがいい?」
「いいのよ、これはね、もしあいつと戦うときになったら武器にするの。二人は絶対にさわっちゃだめよ?」
「わかった!」
「わかった!」
私は二人に…二人が人間ではないということを伝えていない。物に触れないのも、他の人間と違うことがあることも…すべて二人が「トクベツ」だからといってきた。そうなのだ。彼方と此方は「トクベツ」だから、生まれながらにしてたくさんの人に愛されているのだ。だから、物に触れないのも、私が抱き締めてあげられないことも仕方がないのだ。
「ほのか姉ちゃんたち大丈夫かなぁ?」
「飛鳥姉ちゃん…追いかけられてた。」
…あいつを止めに飛鳥と飛鳥の研究員は飛び出していった。その隙に、私はこの子達を連れて逃げ出した。
ほのかパパはこの研究所においてリーダーとも言えるから当然ついていったんだろう。
他の子達は知らない。
私には関係のないことだから。
「お母ちゃん、声がする。」
「お母ちゃん、音がする。」
私にはなにも聞こえない。
「彼方、此方、一体なにが聞こえているの?」
「…ここからだしてーって歩ちゃんの声!」
「…ズルズルってナニかを引きずる音!」
「どういうこと…」
「…うんうん、この声は…歩ちゃんだよ!」
「…痛い、痛いって…モモちゃんが言ってる!」
ここしばらく、この子たちが不思議なことを言い出すことがあったから…私たち研究員はバグを解消するために必死になっていた。
でも…今はこの子たちのデータ収集能力に期待するしかない…。
「良くないことばかり…起こってしまうわね。お姉ちゃんたちと離れちゃって寂しいけど、お母ちゃんが一緒だから、我慢してね。」
「ずっと、」「一緒だもんね!」
三人でずっと一緒にいられるならそれでいい。私にとっては他のヒロインたちも研究員もゲームのユーザーも関係ない。
私は知っているの。幸せは…わけあってしまえば絶対数が少なくなってしまって、幸せが回ってこなくなるって。
なら、私はこの幸せを守りきってみせる。誰にも譲らない。
「…娘を…返してくれ…繰り返しては…いけない…すぐに…消さなくてはならない…悪の種・・・滅びろ・・・」
廊下に声が反響してくる。
私にも…恐らくモモちゃんだったものを引きずっているであろう音が聞こえてきた。
ゾクッとする。
…逃げなくてはならない。
「二人ともよく聞いてね、おじちゃんは病気になっちゃったからお話しすることを信じてはダメよ。それからお母ちゃんから離れてもダメ。約束よ?」
「…お母ちゃん、抱っこして?」
「!かな…お母ちゃん、こなも抱っこして?」
二人が手を伸ばしてきても、私にはなにもできない。私の手には二人のデータが入っている大切なハードディスク。
「抱っこ…抱っこは…できないの…良い子だからね…。」
彼方が目を見開いた…此方が不安そうに見つめている。
「お母ちゃん…一度も抱っこしてくれない…お母ちゃん嫌い!」
「かな…かなを泣かせるお母ちゃんなんて…こなも嫌い!」
「待って、違うの!お母ちゃんだって…お母ちゃんだって…」
彼方が火がついたように泣きはじめたのにつられて此方も…泣きはじめた。そして、その二人を見ていて…私も涙が出始めてしまった。
いけない、泣き止ませないと…こんな声が聞かれたら…すぐにあいつが来てしまう。
「お願い、二人とも泣き止んで…お母ちゃんも悲しくなっちゃうから…」
「なら抱っこしてよ!」
「抱っこしてよ!」
「っ…それは…」
どうしたらいいんだろう。今さらになって、この子たちが人間じゃないことが大きな問題になってきてしまった。今までこんなワガママ…いや、子どもとして当然のお願いすらしてきたことなかったんだ。トクベツなんて聞こえのいいことを言ってごまかし続けてきただけで、ちゃんと大切なことに向き合えてなかったんだ。
「・・・そうね、お母ちゃんがいじわるだったね・・・おいで、彼方、此方。」
二人は顔を見合わせると、私の元へと駆け寄ってきた。私は二人を抱きとめる・・・実態のない二人を、この手にいだ・・・
「みーつけた。かなた、こなた・・・消えろ、消えろ、キエローー!!」
一瞬だった。二人と交じり合う瞬間に、あの男が・・・あの男がHDDごと私のお腹を刺してきた。
子どもを授かることのできなかったお腹。やっと授かることのできた・・・二人のいとおしい子。
せめて、せめてHDDだけでも守りたかったのに・・・簡単に、中心に刃が立てられた。
「あははははは、これで、ももかが助かる、消えてしまえ、キエテシマエーー!!あ??なんだよ、その目は、俺は救ってやっているんだよ、哀れなお前らを!!」
「う・・・るさい・・・私たちのシアワセを・・・壊すな・・・」
「・・・そんな機械を抱きしめることが、おまえのシアワセか?」
「かなたと・・・こなた・・・は機械じゃない・・・私の大事な・・・こどもたち・・・ぐぅう!!」
ひどく冷たい視線で、腹につきささったものをさらに押し込んでくる。痛みよりも、パキパキという機械の割れる音が恐怖を与える。やめて、やめて・・・この子達が痛がっている。
お腹の皮が切れたのを感じて、絶望する、二人に先に守られてしまっていた。
「・・・お母ちゃん、かな・・・お母ちゃん守る・・・」
「・・・コ・・・も・・・」
二人の映像がゆがむ。私の視界がゆがんでいるわけではなく、二人の姿・・・輪郭が保てなくなっている。これ以上、壊されたら、この子達が死んでしまう。私は、力を振り絞って、モモちゃんだった物体に手を添える。手のひらが切れて、血が流れる。
そんなことくらいで、手を離すわけにはいかない。
母親は、子どもを守るためなら、なんだってする。
そして、私はこの子達の母親なんだ。
「全部、プログラムなんだよ、痛みなんて感じない、俺たちが作ったのは、人間をコントロールする化け物だ!だから壊して壊して壊しきる・・・邪魔をするなら・・・」
「かな・・・こな・・・ずっと・・・」
「イッショダヨ。」
「・・・ダヨ。」
力がかなわない。どんどんと体の中の異物感が増していく。
血がどろどろと二人を汚していってしまっていて、悔しくなる。
あとで、お母ちゃんがキレイにしてあげるからね。
だんだん目を開けているのが辛くなってきて、視界が狭くなっていく。
このまま、目を閉じたら死ぬんだろうか?
でも抗えない・・・体が重くなっていく・・・完全に・・・閉じきる寸前に、二人が笑ったのが見えた。
「・・・そんなに、一緒がいいなら、一緒にいさせてやるよ、エイエンニ。あは、あははははは!!」
血溜りの中に、三人揃って倒れこむ。そんな私たちにあいつは高らかに笑っていた。
最後なら、これをくれてやろう。
私は、必死に握り締めていたものを男の足元に投げつけた。
「・・・ねんねーん・・・ころ・・・り・・・ねん・・・ころり・・・」
二人がゆっくり眠れるように子守唄を歌う横で、大きな爆発音がした。
悲鳴が聞こえた。
悪あがきのように、私の体を蹴飛ばしてくる。でもその蹴りの力が弱くなってきているのを身体が感じ取る。
ざまーみろ。
ももかちゃんが助からないのは、他でもないおまえ自身のせいなんだよ・・・。
私の隣に何かが倒れてくる。
いい気味だ・・・。
・・・でも、残念。あなたは別の場所に行って。
ワタシタチハサンニンデ・・・シアワセニナルカラ。
サンニンダケノセカイデシアワセニナルカラ。




