重ね、重ねる
ある朝目が覚めたら、縛られていた。
・・・いやいや、それはおかしいだろ。決して「。」で終わって良い話じゃなくて、確かにゆゆと眠りについた後、次に気がついたら・・・縛られていた。
自分の表現力のなさに呆れた。
とりあえず、縛られているものは、縛られているのだからそれ以外になんと形容したらよいのかが分からない。
おまけに犯人は一人しかありえないため、どう反応すべきか目下頭を悩ませている。
「おはよー、弘樹、今日もステキな一日になりそうだね。ゆゆ弘樹が一緒に寝てくれて、とってもとっても嬉しかったよ。」
ぽっと顔を赤らめながら、平和ボケこの上ない様子でエプロン姿ではいってくる犯人。
このほわほわムードに惑わされてはいけない。どう考えてもおかしな点があるのだから。
「ゆゆさん、ゆゆさん、どうして俺は縛られているんですかね?」
「弘樹さん、弘樹さん、それはね、ゆゆが朝食を作りに行っている間、ゆゆがいないでしょ?でもこうしておけばゆゆと一緒にいる気になるんじゃないかなって思ったからだよ。」
100点満点の笑顔で返されてしまった。
なにが危ないかって、ゆゆがいない間に俺の身に起こりえるすべてのことは、まったく反映されていないところだ。
そして、まったく悪気がないということ。
悪意のない行為を怒るようなことは、ちょっとしにくい。けど、色々考えると釘を刺しておきたい。
「実はね、ゆゆもここんところで弘樹と繋がったまんまにしておいたんだよ。」
自慢げに、エプロンについている紐を見せてくる。・・・気がつかなかったが、異様に長い。というか長すぎるし、確かに俺を縛っている紐とつながっている。
本当に驚かせてくれるやつだ。ここまでくるともはや何もいえない。
後先を考えないというか…もはやなんでもありすぎる。
「とりあえず…この紐、ほどいてくれないか?これじゃ、なんにもできないだろ?」
「え?やだよ、だってゆゆ、これ予想以上に気に入っちゃったんだもーん!弘樹のことが伝わってきて…すっごいステキ!」
まるで予想もしていなかったことを言われましたとばかりにゆゆは目を丸くさせながらとんでもないことを言いはなった。
可愛く言えばなんでも許されると思ったら大間違いだ。
「だめだ…これはいく…」
…だからと言って朝食の用意に使ったであろう包丁を持ち出すのはルール違反なんじゃないんだろうか。
「や、この世界のルールはゆゆだから!」
…もはや、心を読まれている。
「見えない絆にすがるより、目に見える絆で繋がっていた方が安心しない?」
そうだ、俺は…相手の気持ちがわからなくて、友情とか愛情とか…そういうものを恐れていた。影でどう思われているのか…そればかりが怖くてしかたがなかった。
それを考えれば…ゆゆの言うとおり、これは俺の望んだものなのか。
望んだものが目の前にあるのに、なぜか釈然としない気持ちに襲われる。
「どうしたの…弘樹、不安なの…大丈夫、大丈夫だよ?」
「…この紐、すごいな。」
「愛がこもっているから。弘樹が寝ている間に、せっせと作ったからね。」
お見通しだった。
よくよく見ると、ゆゆの手には絆創膏が貼られている。愛だけじゃなく、血も混じっていそうだった。
「朝御飯食べたら、今日はお買いものに行こう!にひひ、今日は試着室でうふふなイベントとかおこしちゃおうね!」
「元気よくスゴいことを宣言するな!」
ルールはゆゆなんだから、どうあがいても実現してしまう。
それにしても買い物か…コンビニ以外に行くのっていつぶりだろう。
いや、この世界で買い物って成り立つのだろうか。
ー君が友人のお客様に商品を渡しているところを見たと、他の店員から申告がありました。どうしてそういうことをしたんですか?ー
ー違います!あれは、先輩がお客様へお出しする商品を間違っていてその謝罪を・・・ー
ーお客様に甘く見られたら終わりなんですよね。文句を言えばすぐに特典をだしてくれると・・・ー
ー待って下さい!あの特典は、お客様がもらっていないのがおかしかったんです。・・・そうですよね、はいって2週間のアルバイトの話なんて、信用できませんよね。ご迷惑をおかけしたせめてものお詫びに辞めさせていただきます。ー
ーあいつ辞めたよ!せーせーした!ー
ーほんと、ほんと、あいつが必要以上の接客するから私たちの接客が悪かったみたいに言うお客いてマジ迷惑だったよねー
ー辞めてせーせーした!-
ーチクッて正解だったね!ー
呼吸が苦しくなるのが分かる。辞めろ、思い出すな。もうあの店と俺は関係ないんだ。
分かっているのに、分かっているのに、今でも・・・悔しい・・・分かってもらえなかった苦しみ・・・痛い、痛い。
あの先輩店員たちの態度、すべては正職員に任せれば良い・・・客の悪口を言い合い影で笑う姿。
吐き気がする。見たくなかった、大好きだったものがつまった店の裏側。
知りたくなった真実。
だから・・・
「ねえ、弘樹、そんなものは消し去ったから、弘樹を否定するものは全てゆゆが消し去ったから、ね、ゆゆのために特製のパフェ作って?」
「・・・あんなもん、原価100円もしないんだぜ・・・なのにさ、バイト初日の俺が作ったパフェでもさ、お客様・・・すごいって、来てよかったね、可愛いって写真撮るんだ・・・俺も客だったときは、好きな漫画がコラボされるだけで嬉しかったから、気持ちよくわかってさ、優遇とかひいきとかしていたわけじゃなくて、俺が楽しかった分も、誰かに楽しいって思ってもらいたくて・・・それだけだったんだ・・・辞めたかった・・・わけじゃなくて・・・」
今、思い返しても悔しさが腸を煮え繰り返させる。
悔しくて悔しくて、辞めることしかできなかった自分が醜くて、涙があふれてくる。
情けない・・・どこまでいっても情けない。
「ゆゆは、100円じゃないと思うよ。弘樹がゆゆの為を思って作ってくれて、楽しんで欲しいって作ってくれて、それがついたらもうプライスレスだよね。永久保存しないといけないだけのものだよ。」
「どうして・・・ゆゆは・・・」
「弘樹だからだよ、他の誰でもない弘樹だから。」
「・・・俺に何の価値があるんだよ。」
「弘樹は、原価100円もしないって言ったパフェをお客さんのときは700円とか払って食べていたんでしょ?それを楽しみにして、それと一緒だよ!弘樹がたとえ自分には何にもないと思っていたとしてもゆゆにとってはたくさんの価値があるの。弘樹の価値を決めるのは・・・弘樹のことを一番に良くみて知っているゆゆにだけ許されること、だから、弘樹には自信をもってほしいの、俺は凄いんだぞ!って。」
ゆゆが俺の手をとってそう語りかける。
子どもに御伽噺を聞かせるように、ゆっくりと優しい声で。
二人の間は、あいかわらず変な紐で繋がっていて、この世界はゲームの中で、ゆゆは人間じゃなくって、イレギュラーばかりだけれど、ゆゆの言葉は・・・ものすごく暖かかった。
カラカラだった心に、自分の涙がたまっていくのを感じる。
ゆゆと言葉を重ねていく度に…自分の中の忘れていた部分が満たされていくのを感じる。
だから、俺はここでの生活を重ね、重ねていくことにした。
誰もいないこの世界でゆゆとの日々だけを重ね、重ねていく…それがイキテイルコト。




