case…M
娘が誘拐された。
それを知ったのは、「365×12」に深刻なバグが生じていると仕事に追われている最中だった。
知らない人についていってはいけないよ、暗くなるまで遊んでいてはいけないよ。
娘は、言いつけを良く守る子だった。
いや、母親を病気で失ってから、あの子は必要以上に良い子でいようとしていたのかもしれない。私が笑わないと、あの子も笑わない。親思いの良い子だ。
確か友達とお祭りに行くと言っていて、その後に家に帰ってきていないと夏休みの間、様子を見てくれているあの子にとっては祖母、私にとっての義母から連絡が来た。
「お父さん、ももかちゃんの居場所で、私の端末の一人から有力な情報がはいってきています。おそらく、ユーザーのどなたかがももかちゃんを誘拐したようです。」
私は、馬鹿だった。妻を失ってから何もできずにいたところを、娘に助けられた。
娘を天使だと思った。天使だと思ったなら、ちゃんと私が大切にしてあげればよかったのに、その天使をもっとたくさんの人の為に生かさないかという話に乗って、娘を国のプロジェクトの実験台のような形にして提供してしまったのだ。
できあがったAIがモモ。
姿は娘そっくりで、話し方なども似ている。そこからどのように変化していくのかは、相手をするユーザーによって変化はしてくるが、私とこうして話しているモモはももかそのものだ。
しかし、私は重要なことを見落としていた。
AIをホログラムを使って、非常に現実的に映し出しているとはいえ、モモは人間ではない、年をとらないし、触れることはできない。
その点、ももかは一緒に年をとる。触れることもできる。
もし、モモに恋愛感情に近いほど惚れ込むユーザーがいたとして、そのユーザーがももかを見つけたとしたら・・・ももかを欲しいと思ってしまうことだって充分にありえることじゃないか。
「お父さん、大丈夫です、ももかちゃんは必ずモモが・・・」
「すまないけど、お父さんって呼ばないでくれないか・・・」
「!!あ・・・申し訳ありません・・・マスター。」
私はももかのお父さんであって、モモのお父さんではない。いや、悲しそうな顔をするモモを見ていると感情的になりすぎたと思うが・・・今、ももかと同じ顔、同じ声でお父さんと呼ばれることは苦痛以外のなんでもない。
早く、早くももかを探し出さなくてはいけない。
ゲームがゲンジツに近寄りすぎたのだ。境界線が曖昧となっている人間がいたとしてもおかしくはない。
昔から、そのことでの犯罪を懸念される声は多かった。
それなのに、どうして私は・・・こんな馬鹿なことをしてしまったんだ。娘のことを考えると、モモの開発にばかり集中していた自分が…許せなくなる。それに気がつくのがこんな…よりにもよってこんなタイミングだなんて、余計に。
モモはほのかや飛鳥といったヒロインからすると一般的ではないが、ネットにあげられる情報を見る限りでは…モモをヒロインとして選択するユーザーの多くが依存しやすく、また熱狂的であることがわかっていた。
忙しなく、心配そうなモーションを見せるモモ…今すぐ、モモを壊してしまいたい衝動に刈られる。しかし…今、ももかにつながる情報を持っているのは皮肉にもモモでしかないのだから…どうしようもない。
「これって…マスター、ももかちゃんらしき女の子と接触をした端末が見つかりました!その端末によりますとももかちゃんはユーザーの部屋に閉じ込められている可能性があります!該当するユーザーの情報を…」
「おい!なんで止まるんだ!はやく続けろ!」
ゆっくりとした動作で、モモが振り返る。
その様子が明らかにおかしい…不安そうに辺りを見渡したかと思うと、座り込んで泣きじゃくり始めた。
「おい、モモどうしたんだ…モモ、なんでいきなり…」
ゆったりと…垂れた前髪で隠れていた目が私を見返してきた。
光のない目が…私の奥底を覗きこむ。
「さみしい…さみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしい…」
「ひっ!」
思わず後退りしようとした手を捕まれる。
いや、実際にはホログラムの手は、私の腕を通り抜けているのだが・・・まるで触れられたかのような感覚に襲われる。
首をかしげながらモモが問いかける。
「どうして…どうしてどうして…モモをすてる…モモが大事だって言ったのに…うそつきうそつきうそつきうそつきうそつき…」
怖い。
なんなんだ、私はこんなプログラムをモモにした覚えがない。モモたちには、ユーザーが一人で社会や日常生活をおくれるようになったら、それは喜ばしいことだと設定してきたはずだ。
しかし、今モモは明らかにユーザーか、それとも私かがももかを優先しようとしていることに怒りを、憤りを、嫉妬を覚えている。
こんなことが、他のヒロインたちにも起こったとしたら、それはAIがユーザーを独占することに繋がる危険なことだ。
「どうして、どうして・・・モモヨイコニシテイタノニ、ドウシテドウシテ?」
「離せ!!いいか、おまえは人間じゃないんだ!!人間にはなれないんだ!!・・・結局な、最後はどんなにおまえたちが尽くしたとしても、人間は人間に認められるとおまえたちから離れていくんだ!そのための踏み台なんだよ!!」
体中の血が沸騰しそうだ。
脳みその血管の一本や二本は切れたのではないだろうか。
とにかく、今はこの壊れたAIから一刻も早くももかの情報を聞き出さなくてはならないんだ。
「それなら・・・どうして、モモを作ったのですか?お父さん。モモは、そんなにいらない子なら、生まれてきたく・・・なかったよ。」
ぽろぽろと少女が泣く。
その光景には、胸が締め付けられるような思いがする。
でもな・・・でもな・・・イマハソレドコロジャナインダヨ!!
「うるさいうるさいうるさい!おまえの存在理由なんて国に聞け!ももかのことを話さないのなら、おまえなんて役立たず壊れてしまえ!!」
そうだ、役立たずだ。
モモのせいでももかは閉じ込められているんだ。
憎らしい。
娘と同じ姿なんかしやがって。
お父さんなんて呼びやがって。
全部、プログラムされているくせに泣きやがって。
存在理由なんて求めやがって。
憎らしい。
「やめて!おとうさ・・・システムエラーです。システムエラーです。再起動をおこなう際には、再度管理者パスワードを入力してください。・・・・・・・・返答なし。モードエラー、365×12クスノキ モモ緊急事態と認識、これより・・・」
「うるさいと・・・言っているだろうが・・・」
「エラー、認識外の言葉です。もう一度・・・強い衝撃を与えることは
モモの全てが詰まったマザーボードを、そして記録媒体のHDDを力任せに叩き落す。
それでも声が止まらない。
上から踏みつける。何度も何度も。
足に破片が刺さって血がにじんできた。
足がダメなら、手だ。
拳を何度も何度も打ち込む。
それでも、こいつはなくならない。
「あぁ・・いいものがあった・・・」
振り上げる。振り落とす。
ガシャガシャグシャという音をたてて砕け散る。
私が育て上げたものを、私が無に返す。
グシャグシャになったコンピュータの中身を感慨深く見つめる。あぁ、モモの中身はこんなものだったんだな。
やはり、人間とは違う。
人間とは違うんだよ。
こんなものを作り上げてしまったからには、責任は取らなくちゃならないよな?
「あは、あははははは・・・そうだ、ももかのようになると困るから、他のAIたちも壊してしまおう。それがいいに決まっている。」
私は、モモだったものから、一番大きな部品を拾い上げる。持ち上げるには少し重たいそれを、せめてもにモモの体を有効活用してやるべきだろう。
「ほら、よかったなモモ・・・おまえの作られた意味は、他のヒロインたちを救うためにあったんだぞ・・・あはははははは、あはははははは・・・さぁ、行こう。」
モモをひきずり、私は歩き出す。
顔見知りの研究者が音に驚いたのか、私のブースを覗き込みに来て、なにか悲鳴をあげている。
「安心してください、私とモモがみなさんを守りますから・・・。」
笑って、二人で出迎えだ。