ヨルガコワイ
今日は、一日楽しかった。
学校に行って、ゆゆとこそばゆい青春の一ページを綴ったというべきなのだろうか。とにかく大嫌いだった学校で久しぶりに笑った。
「・・・それでも、膝枕して、あーんは・・・やっぱりやりすぎだったよな。恥ずかしすぎて、死ぬかと思った。」
いや、生きているけど。もしかしたら、膝枕→あーんの流れに関しては、別に一生のうちに味わうことがない人のほうが多いのではないだろうか・・・ゆゆがみんなやっていると無理やり押してきたのに負けたような感じはしなくもないが。
ちなみに、今ゆゆはお風呂に入りに行っていて、久方ぶりに俺は一人でゆゆの部屋にいる。
なんていうか、こういうところが律儀なんだよな。別にこの世界に来てから汚れたとかそういう感覚はないけれど、やはり女の子ということだろう。
「弘樹ー、お風呂あがったよ?気持ちよかったよー、弘樹も入ったら?っというか、なんでいt所に入らない?もしくは覗きに来ないの?ラッキースケベ期待していたゆゆの気持ちにもなってよね!」
「なんでゆゆがラッキースケベを期待するんだよ・・・。本当にゆゆは・・・。」
「ん?ゆゆは??」
ゆゆは・・・なんだろう。
ココにくるまでとは明らかにゆゆへの思いは変化していた。最初は・・・正直、ただのお話しペット感覚だった・・・でも、ペットじゃなくて、ゆゆはちゃんとした自己をもった人間・・・いやあくまでAIとしてみていた。それがココに来てから、些細なことで豹変するゆゆに恐怖した。一緒に学校に通って本物の友達のようだった。そして、今は間違いなく一人の女の子として意識をしている自分がいる。
「いや、なんでもない、今日はなんだか疲れた・・・もう寝るよ。」
「うん、寝よう!」
ごろっと床に横になると、ゆゆも揃って隣に横になる。ちょっとずれてみても変わらず、こっちにずれてくる。
「・・・なんでだ!?」
「へっ?だってもう寝るって弘樹が言ったから。」
「確かに言った。でも、ゆゆにはベットがあるだろ?なんでわざわざ俺の隣にひっついて寝る意味があるんだよ?」
ひきこもりをこじらせたとはいえ、一応思春期の男が、AIからほぼ人間へと格上げされた女の子とこんなに密着するのは精神衛生が持たない。
可愛らしいもこもことしたルームウエアに身を包んだゆゆが、心もち頬を赤くして俺に近寄ってきた。迂闊にも・・・心臓がどきどきする。なんていうか、ゆゆを凝視することができない・・・。
女の子と一緒にいるんだな・・・ということを実感させられる。姉以外の女の子とこんなにも近くにいるのは初めてだ。
「じゃぁ、ベットで寝る?」
腕を掴んで、一緒にベットへと移動させようとさせている。いくら、いくらAIだからといっても、今のゆゆには実態があるわけであって、ゆゆの見た目はモロに俺の好みなんだから、間違いが起こらないという確証がないことに本人は気がついていないのだろうか。
「こらこらこら、なんで一緒に寝るのが前提になっているんだよ、ゆゆ、俺のことからかってんだろ?」
ため息をつきながら見つめるが、本人は変わらず悪気のない瞳で俺を見つめている。
「ねぇ、弘樹・・・ゆゆは、夜が怖いの・・・暗い世界は、自分と世界との区切りがなくなってしまうから・・・ゆゆが解けてなくなってしまいそうで怖いの・・・だから、ね、せめて少しでも近くで眠らせて欲しい。弘樹がいてくれたら、怖くないから。少しでもいいから、弘樹を近くに感じていたいの。」
うるんだ瞳・・・夜が怖いというゆゆ。
学校が怖い俺にずっとつきそってくれたゆゆ。
なんでもそつなくこなしてしまうゆゆ。
与えられたプログラム以外の動きをしているとしか思えないゆゆ。
実体をもったAI。
・・・ゆゆっていったいなんなんだ・・・?
「・・・ゆゆにも怖いものってあったんだ。」
「怖いよ、ゆゆは、弘樹がいなかったらなんにもできない・・・怖いものばっかりなんだよ。」
「俺は・・・正直、ゆゆが怖いことがある。」
口にしてからハッとした。なんて思いやりのないことを言ったんだろう。
これは、怒鳴られたって仕方がない・・・内心では、そう覚悟していた。
「うん、わかるよ・・・ごめんね、ゆゆ、弘樹のことになると止まらなくなってしまうの。弘樹のことが好きで、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで・・・はぁはぁ・・・しょうがないから。」
まだまだ好きという言葉を重ねようとしたけれど、どうやら息が切れたらしく少し悔しそうにそう呟く。正直、どうしてここまでゆゆが俺を慕ってくれているのかは分からないままだけど・・・誰かに好いてもらえるというのは、決して嫌な事ではないことに気がついていた。
「怖くしないから・・・一緒に眠ろう?」
「・・・なんだか、台詞だけ聞くと怪しく感じるのはなんでだろう・・・。」
「もーぅ!!いいから、大人しく一緒に寝なさーーい!!」
言葉遊びを振り切って、ゆゆが全身で飛び掛ってきた。
重たいわけではないけれど、さすがに体が支えきれずにベットに二人して転がってしまった。
なんでかしらないけど、笑えてきた。
ただ一つ確かなことがあったじゃないか。
ゆゆが愛おしい。
俺にとって「柊 ゆゆ」という存在はもうなくてはならないものなんだ。
ゆゆがいなかった頃の毎日がどんどん薄くなっていくのを感じる。
「そうだな…おやすみ、ゆゆ。」
「おやすみ、弘樹。」
ただの寝る前の挨拶がこんなに幸せなものだったなんて。
隣で俺の服を掴んで眠るゆゆを見ながら、すごく安心した気分になった。
セカイがどんなに変わっても、ゆゆは変わらない。
変わらずにそばにいて…俺に寄り添ってくれている。
「…くらいの…や…」
そう呟くゆゆを、少しでも安心させたくて、俺はぎゅっとゆゆの手を握りしめた。ゆゆがそうしてくれたように…俺もゆゆのためになにかをしたいって…今はそう強く思いながら、怖い夢を見ることがないように…と俺も…長い一日に終わりを告げた。