弟がいないセカイ
弟がいなくなって…一週間が過ぎた。
警察にも届けたけれど、それらしい迷い人の情報はないし…なにより、事件性がない以上、家出じゃないのかと…あまり進んでは探してもらえてはいない。
『365×12』の話をしてみたけど、そのゲームで家出をするようなケースはないと…話を聞いてももらえなかった。
ふと見上げた街頭ディスプレイにほのかさんたちが映っていた。
「社会現象となっております『365×12』ですが、現在未知のバグが発生していることをメーカーが報告しました。なお、それによる不都合は報告されておらず、原因解明に勤めながらもゲームの配信は続けていくとのことです。私もヒロインの一人、ほのかと話してみたのですが、本当に毎回驚かされていますね。はじめは取材で使わせていただいていたのですが、最近ではお恥ずかしながらプライベートな相談をしてしまっていたりして…」
「朝井アナウンサーもですか?実は私も…歩ちゃんというキャラクターが本当に妹みたいに見えてきてしまって…技術の進歩に驚いています。因みに三月君というヒロインともよくおしゃべりをするのですが、なんだかパジャマパーティをしているような気分になりますね。」
「家族のような存在であり、友だちでもある。今、国民の半数が、なんらかの形でこのゲームと関わっているというデータもでていますからね。医療分野、特に精神科領域においてもリハビリとして推奨している病院も増えているそうです。」
夜のニュースがゲームのことをひたすらに誉めていた。
はじめは、ゲーム依存や中毒性を危険視していた学者もいたけれど…非常に奇跡的なバランスをとっているらしく、そんな声も今では聞こえなくなってしまった。
「…本当に…それでいいのかな…私たちはそしたらいらなくなってしまうんじゃないのかな…」
疑問を感じていても、それを口にしてはいけないような気がしてしまう。
私が、こんなにもひっかかっているのは…やはり弘樹のこととほのかさんの見せた異変のせいだ。
携帯が震える。もしかしたら弘樹からの連絡かもしれないと、そもそも何年もメールなんてしていない弟からの連絡を期待をしてメールを開いてみると、見たことのないアドレスからのメールを受信していた。
不安になりながらも、ガラケーだからウィルスとかも大丈夫だろうと試しに開いてみる。
「なに…これ?」
一気に背筋が寒くなるのを感じた。
ー私たちは、人を幸せにするために生まれた。叶わぬ夢に恋い焦がれる人を導き、辛い現実から目を背けた人に安らぎを与えるための指名を背負っていた。
世界を変えるなんて、だいそれたことはできないけれど…誰かを笑顔にするのが私たちの使命。
なのに、私たちのなかに異分子がいるんです。
はっきりとはわからないけれど…弘樹君は恐らくカノジョといるはずです。
ごめんなさい…2222200052222244444555444444444433744444444445000444442-gegh…n@wbVv
ー
前半は…雰囲気からほのかさんのものだとわかった。でも後半の数字の意味がわからない。
正直、気味が悪かった。
それに、弘樹が一緒にいるカノジョって…?
「…ひいらぎ…」
ほのかさんが最後に口にしたフレーズ…ひいらぎ…植物のこと?
いや…弘樹が誰かといるといって…それからのひいらぎだったのだから…それではあまりに話が繋がらなさすぎる。
「…名前?」
だとしたら直後に弘樹といると話してきた女の子…あの子が…
「…ひいらぎちゃん?」
分からない。あのゲームに登場するキャラの中にひいらぎという名前はいなかった。それなら…もしかして…誰かに連れ去られてしまったの?
考えがまとまらなくて、当てもなくさまよう。
ドン!ガシャ…
「あ、すいません!大変スマートフォン落とされてしまって!」
「…いえいえ、こちらこそよそ見をしてしまっていました…大丈夫かい?ゆゆ?早く研究所に帰ろうね…。」
ゆゆ?
落ち着いてぶつかった相手を見ると男性は…しわくちゃの服を身にまとって、いとおしそうにスマートフォンを拾い上げると、まるで我が子を抱くように走り去っていってしまった。
365×12が流行ってから似たようなコンセプトのゲームも多く作られているらしいから何かのゲームでもしていたんだろうか?私もまた歩き出そうとすると、地面にまだなにかが落ちていることに気がついた。
「大変、さっきの人が落としていったのかしら…これは…USB?」
大変なものを見つけてしまったと思いながらそれをおそるおそる触ってみる。
「…あれ、このマーク…」
それは、あの役場で見たマーク。確か、ほのかさんたちにも同様のクローバーをモチーフにしたマークがどこかに入っていた。
「そうだ…ゲームの公式のマーク!?」
このマークは一般に使用することはできないと友人が話していたのを思い出す。
使えるのはゲームの開発に携わっている人だけ。
だとしたら、このマークのUSBを持っていたあの人は…!!
「ま、待ってください!弟、弟を知りませんか!」
必死になって追いかけてみるけど、男性の姿は見当たらない。
どうしよう、あの人はなんて話していたっけ?
「ゆゆ…ひいらぎ…ゆゆ?」
ゆゆと話しかけていた。ほのかさんの残したひいらぎと結びつけると不思議としっくりとくる。
弟がいなくなっても…世界はいつもと変わらずに回っていく。取り残されたのは…私だけ。
それでも弟がいなくなった世界は…どこかが今までと決定的にズレてきているように感じた。
パズルのピースを間違ってはめてしまったような気分の悪さ。
「なぁなぁ、噂知ってる?なんか開発途中に没になった幻のキャラクターがいるんだってさ!見てみたいよなぁ!」
「へぇ、確かに隠しキャラみたいな感じででたりしないのかな?…やー、だとしたらとっくに誰かが見つけてるだろ?」
「だからこそ、見つけたいんじゃないか…幻の13人目!なんでも愛情がスゴイ強いらしいから…くぅ、一緒に生活してみてぇ!」
「おまえ、愛しのモモたんに愛想つかされるぞ…」
「大丈夫、モモたんとはちゃんと俺と深い絆で繋がっているからな!今日だって行ってらっしゃいの前に一緒に料理したんだぜ!」
「はいはい、良かった、良かった。」
弘樹くらいの男の子が二人で何やら楽しそうに話し込んでいる…内容はどうやら365×12についてみたいだ。
幻の13人目…というフレーズがやけに頭に残る。
根拠のない噂は広まらない。だとすれば…13人目がいるということには、ある程度の確信があるんじゃないんだろうか?
もしも…もしも、弘樹がその子を見つけていたとしたら?
弟は昔から、そういった隠し要素のようなものを見つけるのがうまくて、何度も驚かされたことがあった。
「ひいらぎ…ゆゆ…13人目…愛情がスゴイ…」
なにかが繋がりそうなもどかしさに、むず痒くなる。
点と点とがバラバラに置いてあるような感じだ…。
線にするには、なにかが足りない。
「そうだ、このUSB…」
もしかしたら…もしかしたら…これが最後に繋がる線になるかもしれない。
弟のいないセカイは…今日も変わらずに終わっていこうとしている。
でも、私はこの世界を認めたりなんかしない…必ず、弟とまた家族としての時間を過ごすのだから。
偽りのセカイに…お姉ちゃんは立ち向かうよ!