シアワセノカタチ
シアワセのカタチってどんなもの?
ふわふわまんまる羊の毛。
ちくちくとんがりらっきーすたー。
しずくが四つのクローバー。
私のシアワセ、あなたのカタチ。
ちょっぴり痩せ型、のっぽのあなたのカタチ。
ぴったり揃って重なって、ずっと離れない、一緒だよ。
あなたのシアワセどんなカタチ?
・・・私のカタチに変われば、それでみんながシアワセ。
「弘樹、一緒に学校に行こう!」
腕を組んで、楽しそうに横を歩くゆゆ。
桜が舞う通学路を、可愛い女の子と通学する。夢に見なかったわけではないが、俺には関係ないと思っていた日常。
よくよく見ると、ゆゆは今まで見たことのなかったセーラー服を律儀にも身にまとっていた。
ふと鏡に映った自分を見ると、自分も見慣れない制服に袖を通している。
不思議な感覚だった。
誰もいない通学路を、二人で並んで歩く。
・・・ゲームをしていたときに、他のヒロインたちが楽しそうにおしゃべりをしながら登校する風景があったなと思い出したが、ゆゆにいたってはそのイベントすらなかったしやはり、この空間にゆゆの他に誰かいるとは思えなかった。
「・・・学校に行って、どうするんだ?どうせ、俺たちしかいないんだろ?」
「うん、そうだよ、もちろん二人っきり!邪魔な人は生徒も先生も要らない!必要だったらゆゆが勉強を教えるよ?机をくっつけて二人で仲良く自習しよう?それとも体育がいい?家庭科実習?部活動をするのもいいね!したいこと、できなかったことは全部ゆゆとしよう!」
・・・ただし、全部二人でだ。
今まで、自分は学校で一人の存在だと思っていた。でも、寂しいなんて思ったことはなかった。それでいいと思っていた。それなのにゆゆという友人がいる二人っきりの学校がこんなにも寂しく見えるのはなんでだろうか。
「・・・そうだ、おなかが空いているんなら、屋上で一緒に寝転がって、それから膝枕してお弁当をあーんしよう!えへへ、夢みたいだね。」
「・・・あぁ。」
確かに夢みたいだ。いや・・・この世界そのものが、俺の作り上げた夢なのだ。
きっと弁当も俺が好きだと言ってきたものだけがつまっているのだろう。
グリンピースのない世界。
子どもの頃に夢に見ていた世界がゆゆによって叶えられていく。
「ほら、見てみて、学校だよ!」
腕を引っ張られてみた「学校」に俺は、唖然とする。
「学校」に必ずあるはずのものがなかった・・・そして、それが俺が「学校」の中でもっとも苦手とするものでもあった。
青い封筒…下駄箱、嘲笑する声。声。声。
ー弘樹、この手紙いれたんだろーー!ー
ーうわー、キモっ・・・男のくせに、不幸の手紙なんて回しているのかよ。ー
ー違う!違うんだよ、この手紙は落ちていたのを拾っただけで、誰かが読んだら嫌な気分になるから捨てようって・・・。-
ー言い訳してる・・・弘樹君、そういうことする人だったんだ。ー
ー弘樹君・・・最低。-
「これなら怖くないでしょ・・・昇降口、弘樹嫌いだったでしょ?なら、いらないよね、靴を履きかえる必要もない!すごく快適、だよ。」
下足のまま校舎に入っていく。
なくなった昇降口、思い出は残ったまま。
痛みだけが連なっていく・・・そう、血は止まっても、傷跡は残るように。
ざらざらとした感触が気持ち悪い。吐き気がする。
「ゆゆとの思い出に書き換えよう?そんな思い出いらないよ。」
振り返ったゆゆは、手に手紙を持っていた。あの時と違うのは、その封筒がピンクの可愛らしいもので、ハートマークのシールがついていること。
「ラブレターだよ、受け取ってほしいな?」
可愛らしく胸の前でそろえられた手が、ハートマークを作る。
黙って受け取り、恐る恐る封を開ける。
ゆゆらしい・・・丸みを帯びた可愛らしい文字で書かれた俺への気持ち。
弘樹へ
見つけてくれてありがとう。弘樹はゆゆの王子様。
ずっと一人だったゆゆを暗闇から連れ出してくれた、すごくかっこよかったよ。
ゆゆと一緒にいたいって言ってくれた。
幸せだって言ってくれた。
世界中の誰よりも、ゆゆは、弘樹のことが大好き。大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好、き大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好、き大好き、大好き、大好き、、、書ききれないくらい大好き。
そばにいさせて、誰よりも近くに。
そこからは、さらに数え切れないほどの愛の文字が刻み込まれていた。
愛情を超えた愛に恐怖すら超えて、なぜか笑いがこみ上げてきてしまった。
「これは、不幸の手紙なんかより、よほどインパクトあるな。」
「えー、見せびらかしちゃ、ダメだよ?いやいや、待って見せびらかして欲しいかな・・・ゆゆのあふれ出す愛の形!!」
「これ、もうあふれ出してるだろ、あはは。」
自分で自分の声に驚く、久しぶりにこんな風に声を出して笑った気がする。
胸に感じていたザラザラとした感触が、柔らかくなっていく。
校舎の中へ歩き出す足が、軽い、学校にこんな気持ちで入るのなんていつぶりだろうか。
「おぉ、弘樹ラブレターもらってやんの!オマエもすみにおけねーな!」
ゆゆが不意に男のようにしゃべりだす。演技しているのがバレバレのへたくそな姿にまた笑いがこみ上げてくると、それを感じ取ったのかゆゆは、その演技を続けていく。
「え!?これって隣のクラスの柊さんからじゃねーか!おまえ、学園のアイドルに告白されるなんて、何したんだよ!!」
「もう、なに騒いでいるの!!ってそれゆゆの書いたお手紙・・・なんで弘樹君以外が知ってるの・・・やだ、恥ずかしい・・・とにかく、ゆゆはその弘樹君が・・・好きなの!」
一人二役。
眺めていると、参加を促すような視線を感じる。参加!?今の流れに!!?
「学園のアイドルにここまで言わせるなんて・・・おまえ。」
「・・・ゆゆ、その設定痛くないか?」
瞬間、ゆゆがうつむき、ふるふると全身を震わせたかと思うと今まで見てきた中で、一番真っ赤な顔をして俺にすがり付いてきた。
「そこ、つっこむ!!?普通そこはのってくれるとこだよね!お約束でしょ、学園のアイドルに告白されるのって憧れだよね?ゆゆ可愛いでしょ?可愛いはず、可愛い、可愛いんだよね!?」
「お、おぉ・・・ごめん。」
・・・ここまで取り乱すとは思ってなかった。確かにギャルゲーにこのてのパターンはお約束だ。
別にギャルゲー的展開を望んでいたわけでもないのだけど・・・いや、このゲームがそもそもはギャルゲーに分類するものだったか。
勇者でもなく、ファンタジーな世界でもなく、ひたすらに現実に近い世界に、いつもと何も変わらない自分を考えると本当に馬鹿馬鹿しくなってくる。
何者にもなれなかったのがイヤで、すべてから逃げ出した俺。
幻想の中に、ゲンジツを作り上げようとした俺。
ある意味では、ゲンジツを冒険している。
いや・・・ゲンジツを冒しているのか。
「そうだよな・・・なら、悪いけど、みんなこいつ俺のだから。」
とりあえず、最近王道の仲間入りをしたであろう、壁ドンをしてみる。
結構恥ずかしいな・・・これ。
「ゆ、ゆゆ・・・何か反応してくれよな・・・」
反応がないゆゆを見ると、真っ赤を通り越して茹でたたこみたいになって座り込んでいた。
「ご・・・ごめん、ちょっと急に弘樹成分を摂取しすぎて・・・息切れが・・・」
「どんだけだよ!!?」
というか、このやりとり恥ずかしいな。ラブコメってこんなに体力消費するものだったのか。なんて的外れな感想を抱いてみる。
「いよいよ、弘樹が封印からとかれた・・・伝説の始まりだよ。」
「・・・黒歴史という歴史なら始まったな。」
「次行こう、次!学校は広い、行事は沢山!私たちに休んでいる暇は、ないんだよ!!」
目がきらきら輝いている。
すでにHPが瀕死に近い俺を、ゆゆはどんどん引きずっていく。
俺のゲンジツをゲーム(ゆゆ)が冒していく。
「教室に到着ー!窓際の席は譲れないよね。ねぇ、なんの勉強をする?」
「そうだな…数学…」
自分で答えておいて、古傷の痛みに驚く。
…数学だけは得意だった。だから他の科目がいくら赤点ばかりでも、数学だけは良い得点をとっていた。ゲンジツがそんなズルを見逃してくれなかった。
カンニングの疑いをかけられた俺を、先生すら庇ってはくれなかった。
…長い数式をどうやったらカンニングなんてできるのか…それを教えて欲しかった。
胃の辺りがジリジリとする。
「ねぇ…ゆゆは、数学苦手だから、弘樹が教えてくれない?例えばこれとか…」
どこから取り出したのか懐かしい教科書にノート。その一辺を指差しながらゆゆは言う。
「ゆゆが…教えてくれるんじゃなかったのかよ?これか…これはな、正弦定理を…利用して、ここにこうして…」
久しぶりに数学の話を人とする。楽しくて、饒舌になっているのがわかる。誰にも疑われずに自分の好きな話ができて、それを聞いてくれる人がいる。
数学を好きという感情を思い出すと…それは止まらなかった。
忘れているかと心配にもなったが、予想以上にスラスラと問題が解けていくのが、自信に繋がっていく。
数学に勝手に見きりをつけたけど…数学は俺を見放した訳じゃなかったんだ。勝手に失望していただけだ。
「ねぇ、弘樹、学校って楽しいね。」
屈託なく笑う。
つられて自分まで笑ってしまうのがわかった。
「あぁ…そうだな。こんな学校だったら、楽しいな。」
それから二人で弁当を食べて、美術室で絵の具に汚れながら下手くそな絵を描いて、なぜか二人三脚をして…とにかく俺たちはひたすらに学校生活を過ごしていった。
気がついたときには…なかったはずの昇降口を二人でならんで、また明日と家路につく…迂闊にもこの世界を楽しんでしまっていた。