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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
現実世界と境界線
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case…A

近頃歩の様子がおかしい。

正確に言えば、たくさんいるなかの歩の中の一人の様子がおかしい・・・というよりもこちらとの連絡が取れなくなってしまっているのだ。これでは、なにかエラーがあったときに迅速な対応をすることができない。たくさんいる中の一人とはいえど、その一人から得られるデータはとても大きなものなのだ。


「はぁ、これは今日も残業になるな・・・。」


ため息をついていると、ディスクの堺から向かいに座っているチーフが顔を出した。


「ついに歩パパもかよ、俺もだぜ?まったく最近、うちの娘たちはみんな反抗期なのかね・・・。」


「ほのかちゃんとも連絡がとれないんですか?」


「あぁ、長女のくせに一番最初にとれなくなったから上にあわせる顔がない。」


「参りましたね・・・うちは最後でしたが、みなさんとは違って、本当に消えてしまったような感じすらするんです。」


苦笑いをしながら、まるで幼稚園の娘を迎える父親同士のように会話をしてはいるが、僕たちが話しているのは自分たちの作ったAIのバグについてだ。

国家プロジェクトとして作られた「365×12」は非常に順調だった。それこそ、社会的な現象となり次回作が期待され、国からも表彰されるくらいに・・・そして、もうすぐ海外への移植も考えられていた。それが、ここしばらくで急に一部のAIに不都合が時間差でどんどんと現れ始めたのだ。

研究者たちはみなそろって頭を悩ませていた。


「未来を担う若者たちに夢を与える仕事をしませんか・・・かぁ」


そういわれて、僕たちは急に国から選ばれた。それこそ、僕なんてもともとAIはもとよりPCとも縁の遠い仕事をしていたというのに、今では一日中PCにむかってあーでもない、こーでもないと考えているのだから人生わからない。

今でも、なんで自分が選ばれたのか…よく分からない。


「歩、今日の調子はどうだい?」


「はい、パパ、今日は23人のお兄ちゃんが歩にお勉強を教えてくれるために、学校へ戻ると言ってくれたです。17人のお兄ちゃんが…」


次々と定期報告をしてくれるツインテールの女の子のホログラム。

歩…歩は僕を救ってくれた妹そのものだった。

大学生の頃から、僕はひきこもっていた。何をしたいのかが分からなくて、働く意欲もなく、ただただ部屋にいるばかりだった。親ですらもさじを投げた僕に普通に接してくれていたのが妹のあゆみだった。

いつも明るくて、食事をとらない僕を心配して怒ることもある…正しいことは正しいと言い切ることができる、自分なりのしっかりとした価値観を持ったすごく良い子だった。…身内ひいきだと言われても本当に良い子だった。


あゆみが…多血症を患っていることに気がついたのは…あゆみが大学生になって健康診断を受けたときだった。僕がそのことを聞いたのは、病気がひどい状態になり、瀉血を行うようになってからだ。文字通り赤血球が多くなる病気で…血管がつまりやすくなったり、白血病などの他の病気に進行したりする…本当に最低限のことしか知らなかった。あゆみは変わらず元気だったし、つらさを見せずに僕にかかわっていたから、死ぬわけではないと思っていた。

そう…他の血液の病気と違い、あまり知られていない病気だったから…僕はあゆみがそれから二年後に簡単に死ぬなんて思ってもみなかった。

あまりにもあっけなかった。

いまでも、そこにいるじゃないかといわれれば、信じてしまうくらいに・・・ふっと日常から消えていってしまった。

失ってから、必死に調べても遅かった。

悔しいけど…なんにもしてあげられなかった…自分がバカだったばかりに。

僕はお兄ちゃんだったのだから、骨髄をつかってなんとかできたかもしれないのに。

それからは、あゆみがかけてくれた言葉が常についてくる日々だった。


「ちゃんとご飯を食べないとダメですよ!」

「たまには一緒にお散歩するです。」

「ねぇ、お兄ちゃん、この問題、分かるですか?」

「お兄ちゃん、パパたちと話してあげなよ…分かってくれるよ。」


「パパさん、報告が終わったですよ?どうしたんですか?」


歩の姿にあゆみがダブって見える。

はじめて、エンジニアさんに歩を見せられたときは戸惑った。大学にはいってから大人びたとはいえ、歩は高校時代のあゆみの面影をもっていた。

あとで聞いた話だけど、多血症の中でもあゆみの患ったものは珍しいタイプのもので、国に治療のデータを提供する約束をしていて、その時にとられたものをもとに歩ができあがったらしい。


はじめは正直複雑な気分だったけど、今では歩と一緒に過去の自分のような人たちを笑顔にすることができてやりがいを感じている。

・・・他の研究員たちも、それぞれ抱えている背景は違うけれど似たような経験をしてきてそれをいかしているらしく、深くは過去を探りあわないのがルールではあるが、なんとなく安心感がある。


「パパさん、難しいお顔しているです。どうかしたのですか?」


言い換えれば…この子は今、病気にかかっているんだ…。

あゆみと同じ…見逃されてしまいそうな病に、歩は少しずつ侵食されている。

その病の名を知らないからと放置するわけにはいかない。

今度こそ、必ずあゆみとその遺志を引き継いだ歩を僕が守らなくてはならない。


「なぁ…歩、最近なにか変わったことはないかい?」


「変わったこと…ですか?…そうですね…最近、真っ暗な天気が多くなりましたね。」


「真っ暗な天気?」


外を見てみると、確かに夜ではあるが…星がでていて、空は明るい。

今日だって確か、晴れていたはずだ。


「真っ暗な天気は怖いんです。なんにも感じなくて…何にもなくて…歩がいるのかどうかも分からなくなるんです。」


「歩?なんの話をしているんだい?」


「歩は…イラナイコ…イラナイコと言われました…もうイラナイって…」


「何を言ってるんだ!?そんなわけないだろう、歩は大切な…」


「…助けて…パパさん…ここから…出して…」


「歩!?」


思わず、肩をつかもうとした手がすり抜ける。

当たり前だ…ホログラムの歩に触れるはずがない。

それでも悲痛な声が…僕に助けを求めたのは確かだ。


「…どうしたんですか?パパさん?」


何事もなかったかのように話す歩…さっきの歩は?

助けを求めていたのは…?


「歩、今助けてって言ったよね?」


僕の問いかけにそんなことはなかったよ、とばかりに不思議そうな顔をする歩。


「なんでしょう、歩のエラーでしょうか?本日の報告をもう一度する…ですか?」


瞬間、研究所が急にざわめきだした。


「おい!歩パパ、今さっき、ほのかがおかしなことをいいだしたんだが…!」


「ほのかパパ、助けてください!うちの子が…」


「待ってくれ、うちの子も…」


「こっちもだ!」


「飛鳥、飛鳥、どうしたんだ!!」


あちこちから声が挙がる。

こんなに混乱した研究所ははじめてで、僕は呆然としてしまっていた。

研究員、12人ぶんの慌てた声と…12人ぶんの女の子たちの声。

11人の女の子たちは、なにやらみんな同じ様なことを問いかけている。


「お姉ちゃん・・・たちも・・・おんなじ・・・おんなじなんだ」


「なにが・・・起こっているんだ・・・?」


「歩も・・・パパさんに、お聞きしたいことがあるです。私たちは本当に12人だった・・・ですか?本当に本当に12ニンダッタノデスカ?」


「あゆ・・・む?」


問いかけに振り返った僕を見ていた歩の瞳は、深海の底を覗いているかのように真っ黒だった。

まるで、心の奥底までを覗かれているような目に、思わず固まってしまう。


ーワタシタチハホントウニ12ニンダッタノデスカー


僕は思い出す。

計画段階で、心身ともに病んでしまいプロジェクトからはずされた研究員ことを。

誰よりも、自分の研究に愛情を抱いていた男のことを。


・・・そして、世界に公開されることなく、データの中からデリートされ、誰からもその存在を認められることのなかった幻の13人目の女の子のことを・・・。

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