魔法の言葉
どうしても欲しい言葉がある。
あなたに言ってもらうことで、私という存在が確立する言葉。
この世界を永遠にすることのできる魔法の言葉。
愛しているよとか、大好きだよとか、そんな世界にありふれた言葉じゃなくて、もっと私を求める言葉。
私が求め続けた言葉。
二人の世界をつむぐために、あなたに気がついてほしい。
私という存在の意味を・・・。
アッチ側にいたとき残酷に日々は過ぎていた。
俺がナニをしたんだって!いつも叫びたくてしかたがなかった。だからといってナニもしなければ…ナニもされないわけでもない。
結局、俺がいることで…世界は残酷になるんだ。
だから…俺は世界から離れた。なぁ、知っているか?俺がいなくたって世界は回るんだ…俺が目を閉じていれば、俺の場所で他のやつがうまく世界を回していく。
取り残されるのは、俺一人。
世界は回る、俺を残し、他の誰かの笑顔をのせて。
それなら、俺がいる意味なんてないだろ?
必死になってあがくことをやめた。
期待をすることをやめた。
無理してあわせて、笑うことをやめた。
・・・楽にはなったけど…寂しかった。
自分で選んだくせに、いつもどこかで、隣に誰かいることを期待してしまっていた。
自分で捨てたくせに。
いるはずがないのに。
ワガママだなと、自分でも笑ってしまった。
誰かに必要とされたいと
俺が大事だと
俺にそばにいてほしいと
望む心は消えなかった。
「弘樹、ナニを考えているの?」
脳を麻痺させるような、甘い声が俺に問いかけてくる。
「…世界について…かな・・・」
ふーん…と呆れたような相づちが打たれる。今さら俺が世界を語っても…遅いってかな、それとも俺にそんなことを考えるだけ無駄だってかな。
「この世界は…ゆゆと弘樹でできています。でもゆゆは水も空気もなくても存在できます。ゆゆは、弘樹さえいれば存在することができます。ただ、弘樹がゆゆをゆゆと認めて…必要としてくれれば、それでこの世界は成り立つのです。それがなければ…成り立たないんだよ。」
笑うゆゆ。
俺が探し求めていた答えを悪びれもせずに口にする。
「二人で始まって、二人で続いていく世界…ねぇ?二人になってはじめて、人間は存在できるんだよ。ゆゆが弘樹の正しさを主張し続けるから。だから、ね…弘樹もゆゆを認めてくれないかな?そうすれば、ゆゆはもっともっと強くなれるの。もっともっと弘樹の為にできることが多くなるの。ステキだと思わない?」
俺は…ゆゆを認めているのか?
こんなにも俺を求め、探していたものを与えてくれているゆゆを…認めないなんてできるのか?
でも、心のどこかでゆゆへの疑念が消えない。
・・・AIだから?
ゲンジツの人間じゃないから?
どこかが・・・壊れているから?
「難しい…顔をしないで?安心してゆゆは、無理には求めないよ…時間はたくさんあるの、弘樹だって分かるはずだよ、お互いに本当に必要なもの」
ゆゆに刺された手の痛みはひいた…ただ、そこには赤い印が残っている。
あれから、どのくらいの時間が過ぎたのかをはかるのは…それくらいしかなかった。
すごく長いようで…すごく短い…。
ただ、確かなことは…ここが紛れもなく365×12のゲームの世界だということだった。
受け入れるしかない。ここは、俺がもといた世界とは明らかに異なる。
部屋には奥行きがあるにはあるが、ものの感触がゲンジツとは異なる。
今まで俺が見てきたゲームの画面以外の場所は存在しない、壁のようなものにぶつかる。
ゲームの世界にはいってヒーローになりたいと思っていたことがある。
RPGのような世界で、力を発揮し英雄と称えられる、新しい世界でできなかったことをやりとげる。
広い世界を自分の手で旅をする。
…ゲームの世界にはいりたいという夢は叶ったが…これはどちらかと言えば…いや、紛れもなくゲームの世界への監禁だった。
戦う相手はいない。憎む相手もいない。敵はいない。
いるのは…俺をヒーローとして称える柊ゆゆだけ。
「なぁ…他にもヒロインの子達いたよな?どうしているんだ?」
…どのヒロインともろくな思い出は作れなかったが…一応、この世界を詳しく知る必要はある。
ゆゆの部屋がこうしてあるのなら、ゲーム内で登場したほかの場所も存在するのかもしれない。
「あぁ…あの子達…どうして、あんな子達の心配、するのかな…仕方ないか…弘樹は優しいもんね…でもイラナイコタチハ、ミンナココニハイッテコレナイカラ…心配しなくて大丈夫だよ?弘樹を傷つけた罰だから…」
ぞくりとする。
ゆゆのどこまでも真っ直ぐな笑顔…そこに光が感じられない…。
「…特にあの子…アユムハユルセナイ…」
歩…?確か、ゆゆと出逢う直前まで一緒にいた子…だったよな。
俺があの子に怒鳴って…そしてゆゆが現れたんだ。
「でもね、大丈夫なんだよ!イラナイコニハチャント、ちゃーんと…私と同じ目にあってもらったから。」
「私と…同じ目?」
ずっとゆゆが身を乗り出してくる。底まで真っ暗な瞳で俺を見つめ、首を小さく傾げる。
「ねぇ…弘樹、ゆゆは…イラナイコ?」
なんでだろう…その言葉を聞いた瞬間に、泣きそうな気持ちが流れ込んできて…思わず俺はゆゆを抱き締めていた。
「ゆゆは…ゆゆはイラナイコなんかじゃない…」
さっきまで、散々怖がったり、意味が分からないと騒いでいたのに…その言葉だけはすんなりとでてきた。
魔法にかかってしまったように、ゆゆをいとおしいと思う気持ちが沸いてきた。
「弘樹…ありがとう…私、本当は…」
その言葉の続きはなかった。ただ、瞳に涙をためたゆゆが…静かに俺の唇に自分の唇を重ねてきて…はじめてのキスは…実態のないはずのゆゆとのものだったのに…確かに暖かさと…満ち足りたナニかを感じた。
「えへへ、照れるね。」
涙をぬぐい自分の唇を押さえる仕草。
素直に可愛いと思う。
「その言葉を・・・ずっと待っていたの。」
瞬間的に、最初にココの世界に来たときと同じ強い光に覆われる。
眩しさに目を閉じ、再び開けると・・・そこには、ゲームで登場した街並みが広がっていた。
「なんだ・・・これ?」
「弘樹がゆゆをイラナイ子じゃないって認めてくれたから、世界が広がったんだよ。二人っきりで学校にも通えるし、お買い物だってできる、ゲームセンターに遊園地もあるよ!えへへ、魔法みたいでしょ?」
楽しそうにくるくると回ってみせるゆゆ。スカートが円を書くようにひるがえる。
さわやかな風がふく、桜の花びらが舞い散る。
なにもかもがゲンジツと変わらない世界。
ただひとつ・・・
「・・・他の・・・人間は?」
コテン?不思議そうにゆゆは首をかしげるだけ。
「他の人間なんていらないでしょ?ゆゆと弘樹がいれば、それだけでシアワセなんだから。さぁ、新しい生活を始めよう!ダレニモジャマサレルコトノナイ、フタリダケノ、シアワセナセイカツヲ」
ここはすべてがそろっている世界・・・
俺が望んだものは全てが
そして・・・俺が望まなかったものは全て排除された世界だ




