俺とやんでれさんのほしいもの
「えっと、今日は外回りがあるので終わったらそのまま帰れそうです…っとゆうきの好きなゲームのコラボがでたのでケーキをお土産買っていきます…これで送信でいいかな。」
心配性と言うか…嫉妬症と言うか…究極にヤンデレな妻にむかって公園でラインを打っていた。
定期的に動きを連絡しておかないと彼女は平気で会社にやってくる。笑っているのに笑っていない笑顔で乗り込んでくるのだ…入社して2年…もうそれは身に染みて分かっている現実だった。
幸い今はおしどり夫婦としてからかわれて見逃されている。
…誰も彼女が「あの」「柊ゆゆ」だとは知らないし…思いもしないだろう。
事実を知っている当時の関係者のごく一部によって俺たちの生活は守られている。
足元には新作ゲームの販促用ポスター。
今、俺「金野弘樹」はゲーム会社の営業職をしている。あちこちに飛び込みで宣伝をしている最中だ。
…営業なんて人生において一番向いていないと思った仕事をしている。
これは、あの事件はなにも関係ない。ゲーム会社と言うのもできれば自分の好きな業界で働きたいと履歴書を送ったうちの1社が運よく内定をいただけたからというだけだ。でも世の中そんなに甘くはなく、俺は営業担当に配属されたのだけど…ゆゆにゆうきに柚希守るべきものがたくさん増えた俺にとっては今更そんなことで泣き言を言える立場じゃなかった。
守られているのは「柊ゆゆ」が元「365×12」の13人目のヒロインだったという事実だけであり、生活の保障はされているわけがないので、そこは新米の社会人として踏ん張るしかない。
自分にはいろんなものが不足していることを知っている。
だからこそ学ばなければならない。痛くても苦しくても…自分には資格がないんだとうずくまっていたらなにも変わらないまま、失うだけの人生だ。本当は社会に出るのにも、生きるのにも、学ぶのにも遊ぶのにも…なんの資格も必要なんかない。
もしも…仮に誰かが「やっぱりおまえには資格がない、それに見合った資格が必要だ」というのならそんなのあとからその場で取得すればいいんだ。
ないからできないとその場にいても、ずっとそのままその苦しみを背負うだけなら、捨てることも諦めることも、進むこともすべての選択は権利であり勇気であり、前進だ。
「…本当に…人間って変わるんだな…。」
それを身をもって知っている。自分の人生なんて…高校のあのひきこもっていた薄暗い部屋の中で一人静かに何事もなく…何事にもなれずにただただ終わっていくのだと思っていた。
逃げていた。
学校からも社会からも家族からも…すべてから俺は逃げていた。
傷つきたくないから。傷つけたくないから。
俺には何かになる資格なんてないんだと信じて、諦めていたんだ…それは楽だったけれど…すごく…そう、本当はすごく寂しくて、飢えていた。
そこにやってきたヤンデレの女の子は俺が欲しがっていたものを痛みとともに与えてくれた。
一つの感情を得るたびに強烈な痛みを与えながら、俺を満たし、変えていってくれた。
でも、与えるだけじゃなかった。ヤンデレの彼女は…彼女自身がひどく飢えていたから。
ヤンデレの女の子は恐怖や生命の危機さえ覚えさせるくらいに…俺を求めてくれた。
俺が必要だと言ってくれ、俺を離さないために、俺と永遠に一緒にいるためにありえない奇跡を起こしてAIから人間へと…様々な人の思惑や運命を全部俺のためにつなげて生まれ変わった。
ゲームのヒロインでも、AIでもなくもうヤンデレの女の子は「金野ゆゆ」として二人の子どもをもつ母親にまでなってしまったのだ。
信じられない。
でも、これは俺に起こった出来事なんだ。
姉ちゃんが多分気まぐれに渡してきたんであろうゲームで出逢って、ゲームの世界に監禁されて、気が付けば現実世界でもゆゆに出逢って俺の生活はゆゆ一色に染められていった。
「ただいまー!」
「弘樹、おかえりなさい!8時間と49分ぶり…いつもより早く帰ってきてくれたね!
今日もゆゆたちのためにありがとう、さぁ、ご飯にする?お風呂にする?それとも…ゆゆ?」
扉を開けるとゆゆが狙いすました角度で飛びついてくる。
そして後ろで見ている子どもたちに見せつけるようにいたずら気に質問をしてくる。
子どもができても「一番愛しているのはゆゆ」でなくてはならないと何度も釘をさされた。
「本当に…ママになってもゆゆはゆゆだな、まいっちゃうよ。」
「そんなゆゆはキライ?」
「…いや、そんなゆゆだから大好きだよ。」
ゆゆの頭を撫でながら、反対の手でゆうきと柚希に手招きすると、二人もそれが合図とばかりに嬉しそうに駆け寄ってくる。
その姿を見ると何とも言えない暖かい気持ちがこみあげてくる。
これは…ゆゆへの愛とはまた別の知らなかった愛の形。
「パパーおかーりーー!」
「お父さん、おかえりなさい!」
「ゆうき、柚希ただいま、今日も元気にしてたかな?」
「「うん!!」」
「それで、弘樹…どれにするの?」
見上げてくるいたずらっ子な瞳は三倍になった。可愛さもいとしさも、すべての気持ちが三倍だ。
「全部、残さずにいただくことにするよ。」
そう言って三人を抱きしめると、それぞれに嬉しそうな声が上がった。
俺は「柊ゆゆ」に攻略された。
もしかしたら…こんなにすべてが愛おしいと思える世界なんてありえないことで、俺はまだゲームの中にいるのかもしれないとすら思うくらいにできすぎているけれど…それでも、攻略したゲームをまたやり直したくなるように、すべてのイベントをコンプしたくなるように、今もこの状況を前のように詰んでしまおうとは思えない。
これが例えゲームの中であってもかまわない。
俺の人生はまだまだ続いていく。
今は、続きを見ていくのが楽しくて仕方がないんだ。
ほしかったものはすべてゆゆが与えてくれた。
「…俺って本当に欲張りだよな。俺さ、もっともっと…ゆゆたちと幸せに楽しく、毎日を過ごしていきたいって思うんだ。そうするとさ…もっとお金も欲しいし、出世もしたいし…なんか変だよな。
ゆゆがいればそれでいいって思っていたのに…。」
本当に欲張りだから、俺はまだまだほしいものがたくさんあることに気が付いてしまった。
満たされたはずの欲望は、俺を支える底辺の安心感となって、次々に新たなほしいものができてくる。
「欲張りなんかじゃないよ…秘密にしていたけれど…ゆゆもね、弘樹以外にもほしいものができたの。
それはね、弘樹が絶対にただいまって帰ってきてくれるから…もっともっとほしいって思えるんだよ。
だからね、ゆゆをそんな風に思えるように愛してくれてありがとう。」
少し背伸びをして、唇を軽く合わせる。
子どもたちは見てみないふりをしてくれているので、俺からもまったく同じ思いとしてもう一度感謝のキスを返す。
「大丈夫だよ、世界にはまだまだゆゆたちの知らない幸せがたくさんあふれているんだよ!
だから、ぜーんぶ、集めていこう!
めざせ、フルコンプ!先は長いよー!」
「フルコンプー!ゆずもするーゆずもー!」
「僕だって、一緒にしていいんだよね!?」
「あははは、本当に欲張り家族だよな。勿論だよ、みんなで幸せを作ろう!」
そんな俺の欲望にもどこまでもついてきてくれるゆゆがいる。
そして、もしかしたらそのゆゆは俺以上にほしいものをたくさん思い描いているのかもしれない。
なら、それも新しく増えた家族と一緒に集めていかなくちゃならない。
何度も終焉を迎えた物語が続いたのは、まだまだ俺たちが足りないものを、もっともっと先の世界を求めていたから。
ハッピーエンドのそのまた先へ、俺たちのほしいものを求め続ける冒険は永遠に終わらない。




