伝えられないおめでとうを
「ママー、どうして今日はケーキたべるの?」
「そうだよ、お母さん毎年今日はケーキを作るけれど…どうして?だれも誕生日じゃないのに。」
二人の四つのまんまるとした瞳が不思議そうに生クリームをかき混ぜるゆゆを見つめてくる。
ケーキは特別な物。
別にお祝いの時しか食べてはいけないとか、そんなルールはないけれど…ゆゆにとっても「今日」という日に作るケーキは特別なものなの。
弘樹やこの子たちの誕生日とはまた別なトクベツ。
「…今日はね、もうおめでとうって言えない人の誕生日なの。だから毎年こっそりお祝いしているんだよ。」
二人はそろって首を傾げる。
「へんなのー」
「うん、変だよ。どうしてもうおめでとうって言えないの?死んじゃったの?」
子どもの言葉は…時々鋭すぎてびくっとする。…けれど、その人は死んだわけではないから答えは…
「…違うよ…昔ね、ママがたくさんわがまま言っちゃって…ちゃんとお互いに思っていることを伝え合えないままさよならしたの。」
ゆゆの世界に弘樹しか必要がなかった時、すべてを切り捨ててきたゆゆがどうしても分かり合えなかったたくさんの人たちの誕生日。
「ごめんなさい、しなかったのー?」
「…したよ。ちゃんとごめんなさいしたけれどね…お互いの正しさがまっすぐ並んでいる時はね…残念だけど、その人と元のように仲良くするのは難しいんだよ。…ゆゆだけが仲良くしたいと思っても、それが迷惑なこともあるの。」
「…僕、この間喧嘩してごめんなさいしたけど…やっぱり前みたいにはなれなかった…なんか変なんだ…。」
ゆうきは、この間の件から友だちと言うものについて悩んでいるみたい。
でも、その悩みを解決できるのは自分だけだから…ゆゆはそっと見守り続ける。
ゆうきならきっとゆゆが弘樹と出逢ったようにこの人を愛し続ける人と出逢えてその人を愛しぬくことができるはずだから。
「生きているとね、考え方の違いや生活の違いで大好きな人ともずっと一緒にいられなくなることがたくさんあるの。家族でもね…。
ママはずっとゆうきや柚希と一緒にいたいけれど…二人だって大人になって好きな人ができたら結婚するでしょ?だからね…伝えたい言葉を直接伝えられるって本当はすごいことなんだよ。
それだけで奇跡と言えるくらいに…それができる相手は幸せ。
でも…全員とは出来ないから…。もうゆゆのことなんて覚えていないかもしれないけれど、それでも大切な人に変わりはないから…ママはね、お祝いをしたいんだよ。」
「わかった!ゆずもするー!おめでとうするー!」
「僕も!…僕もあの子におめでとう言えなかったから…一緒にしたい。」
ゆうきが柚希を抱っこして、ケーキの台に手が届くようにしている。
お手本としていちごを乗っけていくと柚希がまるでいちごの海のようにすべてを並べてしまう。
でも、いいね、すごく豪華じゃない。赤が白いクリームの上に広がっていくのにゆゆの心は踊っていく。
「ママ、これおもしろーい!もっとしていい?」
「いいよー!柚希上手だね、好きなだけ並べて綺麗にしてあげて!」
そう、お祝いってこういうもの。
難しい話はいいから、こうやってみんなで笑っておめでとうって言い合うの。
白いクリームはカラフルなフルーツにどんどん埋め尽くされていく。
一人じゃ食べきれない。二人でもきっと残してしまう…三人でも多いかな。
それくらいにたくさん盛っていく。
こんな風にあなたとの距離も埋め尽くされたらいいのに。
でもそれはわがままな願いだから…ゆゆはそれでも忘れられないあなたの誕生日をこうして祝うの。
すれ違ったあの日から、言葉が届けられなくなったけれどそれでもあなたはゆゆの大切なあなた。
ゆゆの言葉が届かなくても、ゆゆはあなたを思っています。
「よーし、弘樹が帰ってくる前にちゃんとデコレーションしちゃおう!そうして、みんなで楽しくお祝いしてくれると嬉しいな。」
…柊ゆゆを認めることができなかったあなたへ。
私を信じ切ることができなかったあなたへ。
私の言葉を疑ったあなたへ。
私の思いが重すぎて逃げ出したあなたへ。
私が自分の気持ちを優先して、いつの間にか傷つけてしまったあなたへ。
弘樹を愛することでないがしろにしたあなたへ。
あなた、あなた、あなた、あなた…そう、今そこでこうしてこの言葉を読んでくれているあなたへ。
「ゆゆはね、いくら嫌われていても、イラナイと言われても…あなたの誕生日を忘れない。
いつまでもいつまでもいつまでも…祝い続ける。
ゆゆはね、それくらいに「あなた」のこともダイスキだから…だから…永遠に「今日」と言う日をお祝いしてあげる。
お誕生日、おめでとう、あなたの幸せをゆゆは祈っています。」
だから、あなたが誕生日を迎える度にゆゆを思い出してくれたらいい。それがどんな感情と一緒でも構わないから…その瞬間あなたの心にゆゆが存在できれば…今は満足してあげるから。
「忘れないでね、ゆゆたちがあなたをお祝いしているってこと」
最後の仕上げに、HAPPY BIRTH DAYのあとに大きくハートマークを書いてゆゆはとっても満ち足りた気持ちになる。
今年もあなたを祝うことができてよかったなって。
祝うと呪うは文字が似ているけれど…これはゆゆを受け入れてくれなかったあなたへ、ゆゆを刻み込むための呪いともいえるのかもしれない。
それでもね、大切な記念日はちゃんとお祝いしないといけないから。
ゆゆはね…受け入れてもらえなくて直接言えないおめでとうを重ねていくの。
大嫌いでも構わない、それでもゆゆはあなたを思っているの…永遠に。
あははははははは…これってこれ以上にない愛情表現だと思わない?
ねぇ…ダカラゆゆとの日々をワスレナイデ。ゆゆたちはずっとここであなたをお祝いしているから。
寂しくなったり、なにか気に食わなかったり、楽しかったり…なんでもいい、なんでもいいから、あなたをずっと祝っているゆゆたちがココで待っていることを…ワスレナイデ。
ゆゆは、これを読んでくれたたくさーんの人たちみんながシアワセになって…そしてゆゆを忘れないでいてくれたらすごく嬉しいから。
「ゆゆ…今日もすごいごちそうだね。」
帰ってきた弘樹が驚いた顔をする。
でも、弘樹の誕生日の時はこの家全体がデコレーションされてしまうくらいなんだから、こんなのは可愛いものとして受け取ってほしいな。
ちょっとしたお祝い…ちょっとだけ豪華なプレゼントなだけ。
「当たり前だよ、だって今日もお祝いだもん!」
「ゆゆは、本当にお祝いが好きだな。」
笑いながら頭を撫でてくれる弘樹のことはもっともっと好きだけれどね。
それはもう…愛とか好きとかそんな言葉じゃ語り足りないのが分かりきっている問題だから。
人間になったゆゆはAIのころよりもっとわがままで、ほしいものが多くなってしまったの
ほしい気持ちはとめられない
ほしいものはほしいの
…そう、あなたとかね。




