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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
その後の彼らのゲンジツ
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木之元梓紗は教師である。

「「せんせーいさよーうなら、みなさん、さよーうなら!!」」


「はい、みんな気を付けて帰ってね、知らない人にはついて行ったらだめだよー」


「「はーーぃ!」」


「梓紗先生、さようなら!きょうはね、ママとぴゅあららちゃんのお店に行くの!」


「良かったね、愛華ちゃん、ちゃんとお手々繋いでいくんだよー」


「うん!」


私の名前は木之元梓紗きのもとあずさ。30歳にしてやっと小学校教諭の試験に合格して、晴れてこの2年1組の先生となった新米教師。一度大学を卒業して、OLになって…それとともにずっと出会い喫茶に通っていて…きっとそのまま救われずにどうにかなってしまうのだろうと思っていた私の人生は失ったはずの友人「神木夕菜かみきゆうな」と彼女の生き写しのような存在の「柊ゆゆ」によって、文字通り救われた。

夕菜が死んで色を失った私の世界。とどまり続けたグレーな世界からゆゆともう一度出逢った25歳のあの日…そして夕菜と「同窓会」の約束をして別れるまでのわずかな時間だったけれど…私は大切な…約束と宝物。

あの日を境に「あずさ」としての生活はきっぱりと断ち切った。お店からくる誘いの連絡もすべてをブロックした。もう絶対にあの世界には戻らない。戻ってなんかやるものか。

私は仕事も辞め、それまでに汚い手段ではあったが稼いできたお金で大学の教員課程に入りなおした。

大学生と自分は大して変わらないと思っていたけれど、もう一度戻ると彼らの考えの甘さに恐怖を覚えることもあった。一度社会を、そして裏の部分も見た身としては彼らの輝きは危険と隣り合わせだと感じた。

適度に仲良くはしたけれど…友達と呼べる人はできなかった。

なにはともあれ一度は分野こそ違うけれど大学を出ていて、単位の互換性もあったため、2年で教員免許を得るための単位をそろえることはできた。

…それから採用試験には2回落ちて…3回目…やっと私は夢を叶えることができた。


30歳の新米教師と言う単語に父兄たちの目がやや不審というか不安げだったけれど…まぁ、予想していたことだし、気にしてても仕方がない。30歳で医者になったとかそういう話も話題になったのだから不可能ではないということを私が体現すればいいんだ。

私は子どもたちとまっすぐに向かい合っていくだけだから。…私や夕菜のような思いをすることがないように。この子たちの未来の手助けをしてあげたいと強く願ったから。


私にはあの世界を消し去ることはできなかった。

正直に言えば、消し去ることは不可能ではなかったのだけど、それをすれば自分のことを明かすことにもなり、まず教師にはなれなかったと思う。でも、あそこだけがダメなわけではなく、もっと危ない場所はいくらでもある。それらを全部消すことは…私には不可能だった。それができるならそっちを選びたかったけど、無理だからそっちに行く子が減るように教師となった。

ダメなことだったし、法律的にもぎりぎりだった。

でも…あそこがなければもっと危険なことをしかねない子たちも多かったし、まだ節度があって…なによりも私と夕菜にとっての苦い思い出の場所でもあるから…だからこれ以上悪いことが起こらない限り私はあの場を許しておこうと思う。


「どうですか、木之元先生?少しは仕事に慣れましたか?」


学年主任の先生はなにかと私を気にかけてくれていて申し訳なさとありがたさを感じている。

生徒たちはわんぱくだけど、とても可愛くて、うまくやれているかと言われたら…うまくとは言えないかもしれないけれどやりがいは感じている。


「はい、考えていたよりも大変ですが…毎日とても充実しています。それに…きっといつか…来るんだろうなって待っている子がいるんです。」


「待っている子?」


「あ…いえ、あの私色々と失敗ばかりだったので、同じように悩む子…みたいなあやふやなイメージなんですが…すいません。」


「…失敗しない子どもはいません。失敗してもいいからそれをサポートしてくれる大人がいればいくらでも子どもは失敗していいんですよ。木之元さん、サポートしてあげてくださいね。」


「…はい!」


学年主任から見たら私もまだまだ子どもなんだろう。でも、それを含めて私を見守っていてくれているのが本当に嬉しかった。自由に頑張りなさいと背中をはじめに押してくれたのも学年主任だった。


教室の戸締りをしようと廊下を歩いていると、校庭に小さな子どもの姿が見えた。

制服じゃないし、たぶん…一年生よりも小さい。

慌てて校庭に走っていくと、ショートボブのくせっ毛の男の子が泣いていた。


「どうしたのかな?だれか…お兄ちゃんかお姉ちゃんがいるのかな?」


私の声に気が付いて、見上げてきた目が…


「…夕菜…」


「ぼく…ゆうき…3才です…。」


驚いてしまった。夕菜の小さいころを見たことがあるわけではないけれど、この瞳は…彼女の持っていたどこまでも深い…深い蒼。心の底を見られているようなそんな気分になる。


「だーれ?」


「あ、ごめんね、私は木之元梓紗って言います。この学校の先生だよ。ゆうき君はどこから来たのかな?」


「…あーずさー!ぼくも小学校にかようのー!」


にこにこと笑う。名前を呼ばれた瞬間、胸が高鳴った。懐かしい鈴のような声。ふと気が付くと前髪に四葉のクローバーのヘアピンがついている。

…これは…あの子が付けていた…?


「こら!ゆうき、探したじゃないか!一人で走ったらだめって言ってるだろ!」


思わず、そのヘアピンに手を伸ばしてしまった瞬間に、その子の父親らしき人が息を荒げて走ってきた。

別に悪いことをしようとしたわけではないけれど、私は慌てて手をひっこめた。


「あ、ひろきー!見てー、ぼくお兄さん!」


「ひろきじゃなくてパパ!勝手に入ったらだめって約束しただろ!すいません、本当に…すいません、目を少し離したら走っていってしまって…もうすぐ妹が生まれるからお兄さんに憧れているらしくて…早く小学生になりたいって…。」


ぺこぺこと頭を下げるお父さんを真似して、ゆうき君も頭を下げるのを見て微笑ましくなった。


「いえいえ、とても利発そうなお子さんですね…きっと良いお兄ちゃんになりますよ、ね、ゆうき君。

まずは幼稚園をちゃんと卒園してきて、先生ゆうき君のこと待ってるから。」


順番を飛ばすことはない。ゆっくりいろんなことを吸収しながら大きくなってほしい。

たくさんの人から愛情を受けて、その愛情を返せるように。


「ありがとうございます、ほら、よかったな、ゆうき。先生ゆうきのこと待っていてくれるって。だからゆっくり大人になろうな。…ほらおじゃまだから帰るよ。ママが待っている。」


「またね、ゆうき君。」


「…あずさー、ママとゆきとゆうき…待ってってね、やくそくーー!」


「うん、約束、ね。」


小さな手と指切りげんまんをする。ゆきと言うのは妹に付ける名前なんだろう。

幸せいっぱいの家族なんだなっていうことが伝わってきて…なんだか、胸が熱くなった。

幸せにあふれた笑顔で手を繋ぐ四人の姿が目に浮かぶようだった。


「ひろき好きーー!」


「こら、パパって呼びなさいって何度も言っているだろ?」


「だって、ママよくひろき好きーー!して、パパうれしいから…ひろき好きーー!」


「……そもそもゆゆにも言って聞かせないとだめだな…パパもゆうき大好きだよ。」


「やったー!そーしそーあい!」


「…帰ったら家族会議が必要そうだな…。」


お父さんにしがみついて楽しそうに帰っていくゆうき君にバイバイと手を振る。

きっと…また逢える。あの子が私の待っている子だ。

あの子を幸せにできるように、先生としての能力を高めておかなくちゃならない。

ゆうき君の笑顔を守ってあげたいと心から思った。

そのためには今の受け持ちの子たちを、それからこれから出逢う子たちも…みんなを笑顔にして守ってあげなくちゃ。大変だけど…やる価値はある。

大切な人を今度こそ守るんだ。

頑張るぞ!っと自分に言い聞かせる。

唯一の友人の面影を集めたかのような男の子との出逢いは、私の選んだ道が間違いではないことを肯定してくれたようで嬉しかった。


「…待っているよ、ゆうき君。」

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