それから・・・
「…えっと、それでは今回はこの辺りで会議を締めさせていただきたいと思います。皆さんにはより良いAIと人間との共生のために次の会議まで頑張っていただきたいです。」
人間の人生というものは、様々なものに左右されて、自分でも気が付かない方向へと変化していくことがあると思う。そして意図せぬところでそれを一番体験したのは、私「安東ももか」であると言っても過言ではないだろう。
「ももたん、お疲れ様、今日も完璧な司会者だったね。」
「…お兄さん、疲れました…椅子になってください。」
「勿論、さぁ、どうぞ!」
この人は「お兄さん」小学生だった頃の私を誘拐して、お父さんが壊れる原因を作った加害者…けれど、逆にいえば、お兄さんは私をもとに作られた「モモ」に人生を奪われた被害者でもある。
あの「365×12」をめぐる一連の事件があった後も、贖罪とあとは残された者同士としてなのか、お兄さんは私の家族であり続けてくれた。思えばもう完璧に壊れる一歩手前で私がこうして戻ってこられたのはお兄さんが手を離さないでくれたからだ。お兄さんはモモではなく、あくまで私を求めて、私の幸せを願ってくれたから…私は壊れずにすんだんだって思って感謝している。
お兄さんは、私の言葉を聞くとすぐにその場でお馬さんになってくれた。
私はなんのためらいもなくその背中に腰掛ける。
…これは、私の権利だ。私に残された唯一の子供らしさへの憧れの権利…。
「お疲れ様です。ももかさん、今日もお兄さんと仲良しなんですね。」
初めこそ驚いていた他の職員たちも今では、このコミュニケーションを黙認している。
「お疲れ様です、常盤さん、お兄さんは私にとても優しいのです!それよりもなにより…そちらの様子もお変わりなくてなによりでした。」
たわいもないやり取りをする。常盤さんは私が最も信頼している職員だ。
この研究所の元最高責任者がまるで植物のように、動きもせずに、息をするだけの存在と化してしまってから常盤さんが壊れかけていた私やお兄さん、他のことも含めてすべてをまとめて繋いでいてくれた。
元最高責任者、ほのか父は議事録にあった「離縁した娘に思いをはせるアルコール中毒の男」ではなくまったく別な人物だったということが明らかになりました。ほのか父は自分の影武者のようなものを準備してまで、自分とほのかの関係性を隠していたようです。だから…誰も元最高責任者の心に届くような声をかけることができず、結果として、元最高責任者はただ生きているだけの日々を繰り返している。
一度だけ見たことがあるけれど…あの人は戻っては来れないと思った。
「それじゃ、私は今から対象者の様子を確認に行ってきますね!ももかさんは今日はあがりでしたね、お疲れ様です!」
あ、申し遅れていました。
私の名前は安東ももか。今年で中学二年生になります。まだまだ勉強中ですが、お兄さんと常盤さんと他の職員さんたちに助けていただいて、この「国立電子機能推進研究所」の所長になりました。
私の役目は、お父さんがしていたことと同じで「AIの技術を使って人間の精神に安寧をもたらすこと」…ところで安寧とはなんなんでしょう?
まぁ、いいのです。細かいことは大人に任せて、私は…AIたちが壊れかけた私にとっての肉親となり友人となってくれたことに心から感謝していて、だから彼らの幸せを作れる立場になったのですから。
「ももたん、今日のお昼ご飯は何が食べたい?時間があるからお外に食べに行こうか?」
「うーーん…オムライス…今日は私がオムライスを作ってあげるから帰ってお父さんたちと食べよう…久しぶりに。」
今はもう分かっています。ももかのお父さんとお母さんは死んでしまって帰ってきません。AIのお父さんとお母さんとは…お別れをしました。もう、守ってもらうのは大丈夫だよって、今度はももかが守るからねって。
私は誰よりもAIが万能ではないことを知ってしまったから。万能ではないのに、人のために懸命に生きるAIたちを守れるのはきっと誰よりももかだから。
ただ、たまにこうしてお父さんたちを起動して食事をとります。お父さんたちは途中からアップデートしていないので…いつかはももかが追い越してしまうのですが…それでも、本当の両親以上に私を愛してくれたお父さんたちがたまらなく恋しくて、褒めてほしくなる時があるんです。
「オムライス!いいね!久しぶりだねー、ももたんのオムライス、おいしいもんね。」
「…卵がなかったので買って帰りましょう、お兄さん、ももかは疲れています。」
「勿論だよ、ももたん!」
お兄さんは、その単語だけで、そのままももかをお姫様抱っこしてくれます。
今日はももかはとても疲れているので、卵を割るくらいはしますが、その後に食べるためにスプーンを持つつもりはありません。食べさせてもらいます。
だってももかはお兄さんにとって、世界一のお姫様だから。
わがままだって言い放題。
お兄さんはももかに絶対服従。
毎日可愛いと言ってもらって当たり前。
ももかが汚れたり疲れることはお兄さんがしてくれる。
…そうしないといけない。私にはお兄さんしかいないから、絶対にお兄さんの理想のままでいなくちゃいけない。だけど…誕生日を迎えるたびに不安が募る。
お兄さんが誘拐したいほどに好きになった「ももたん」と「ももか」の幅が広がっていくから。
いくら頑張っても、私は壊れる前の純粋な世界だけを見ていた「ももか」には…もう戻れない。だから、常にお兄さんを魅了するようにふるまわなくちゃいけないの。
ふりまわして、周りからおかしいと思われてもかまわない。
むしろおかしいと思われて周りなんて近づいてこなければいいんだ。
お兄さんが私から離れていくのだけは許せない。
好きだったから誘拐して、おかしくなったから罪を償うために一緒にいたとして…それが許されていなくなるなんて許さないから…だからもう一度、純粋に私を好きになって、私だけを見てくれていればいいの。お願いだから…私をもう一人にするのはやめて。
「ももたんと一緒に食べるオムライスは、幸せの味がするよね!」
お兄さんはにぱっと笑って鼻歌を歌う。
「そうですね…お兄さん。」
私は首に回した腕にぎゅっと強く力を込める。
私はAIたちと人間が幸せに共存できる…「柊ゆゆモデル」を理論として確立してみせる。
人間だけが幸せになったり、AIが人間を超えるようなことはさせない。
平等に、それぞれに幸せの道をたどってもらうんだ。
だから、みんなもももかのオムライスを囲んだ幸せをおかしいとか勝手に笑うのは許さない。
これは多様化する幸せの形の一つで…譲れないものだから。
そうだ、今日はお兄さんのオムライスに大きなハートを描いてあげよう。
たまにはそれくらいのことはしてあげる。
…だから、ももかを絶対に一人ぼっちにしないでね、お兄さん、は~と!




