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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
現実世界と非現実的存在
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柊ほのか

朝起きるのと同じように、私はいつか途切れた日々の続きに戻ってきました。

目を開けると、なんだか身体が軽く、小さく感じます。私を見つめているお父さんの顔も心なしか前よりも遠く感じました。


「おはようございます、日向君。なんだか疲れているみたいですが…キャッ!?ひ、ひなた君??

…日向君、どうしたんですか?お姉ちゃんは甘えてもらえるの嬉しいですけど…たくさん甘えていいんですけど、でも…なんだか心配になってしまいます。」


日向君が私に抱き着いてきました。今まで日向君がこんな風に甘えてきてくれたことがなかったので、少し驚いてしまいます。胸のあたりでとんとんと呼吸を感じると、すごく幸せだなって思います。

でも、どうしてしまったんだろう?日向君はとても疲れているように感じます。


「…すごく大変だったんだ…取り戻すまで…本当に、なんで神様は私たちに奇跡を起こしてくれないんだろうって、恨んだよ…。でも、諦めなかった。ついに意地の悪い神様に勝ったんだ。私はお姉ちゃんをこうしてとりかえしたんだ。」


「…?いつも、日向君にはお姉ちゃん知らないうちにたくさん助けられているんだもんね。

ダメなお姉ちゃんでごめんね…でも、日向君、お姉ちゃんはずっと日向君のお姉ちゃんだよ。」


日向君のことを考えると心がぽかぽかと暖かくなって、自然と笑顔がこぼれてきます。

日向君も私といることで暖かくなっていてくれたらいいなって、思います。


「…お姉ちゃん…違う…やはり身体も変えないとだめだな…こんなに骨ばっていなかった。

笑い方もこれじゃあの女を思い出させる…このままじゃ日向ほのかとして中途半端だ…。」


急に上から下に私の身体を見つめたあと、日向君は不機嫌そうに顔をしかめました。

私は意味が分からなくて首を傾げます。


「どうしたの?日向君…お姉ちゃん、どこかおかしい、かな?」


「…頼むからもう少しの間、私に笑いかけないでくれ…あの女を思い出して吐き気がする。」


どういう意味なのか分からないけれど、すごく苦しい…なんで日向君に笑いかけちゃいけないのか…分からない、分からないけれど…私を見つめる日向君の表情に嫌悪感があふれていて、私は泣いてしまいそうになった。

震える私の頭に、以前よりも大きな日向君の手が乗せられた。


「すまない…でも、大丈夫だから、すぐに私が完璧なほのかお姉ちゃんに戻してあげるから。

中途半端で辛いと思うけれど、本当にもう少しだから…。」


そう言って振り返った日向君は…次に私を見たときに、手に注射器をもって微笑んでいた。

私はぞくっとした。なにか嫌な予感がする…身体が震えそうになる。

本能が逃げろと私に指示を送ってくる。


「…日向君?その注射器…どうするの?」

「お姉ちゃんにうつんだよ。」

「どうして?お姉ちゃんどこも悪いところないよ…?」

「大丈夫、お姉ちゃんが寝ているうちにすべて解決して、本当の日向ほのかになるから…少し我慢してくれないかな?」


じりじりと注射器をもった日向君が歩み寄ってくる。反射的に身体が後ろに下がっていく。

嫌な汗が髪の毛を伝って落ちた…あれ?私の髪の毛ってこんなに短いっけ?

いつも束ねていた髪の毛を探すように手を動かしてみるけれど、確認できるのは肩ぐらいで緩くウエーブのかかった髪だけ。髪の色も私のものとはチガウ。

誰か確かこんな髪型をした子と私は深く関わっていた…気がする。


「あれ…なんだろ?なにかおかしいような…私、こんなに小さくなかった…あれ?

…なんで、日向君、お姉ちゃんに触れるの…」


おかしい、一度気になると本気でおかしいことに気が付いてしまって、そこから目をそむけることができなくなってしまう。私は、日向ほのか…弟君に作られたAI。ここにあるのはホログラムの私…そこに実体があるわけないのに…今の私は


「…日向君、暖かい…」


腕を掴まれる。強引だったから痛みが走るとともに、掴んできた手の暖かさを感じる。

痛みも暖かさもデータでしか知らなかったはずのことなのに、今ははっきりと感じる。

身体で、脳で…確かに0と1のデータとしてでなく、私が痛いの、暖かいの!


「…私は、お姉ちゃんのために実験を進めたんだ。お姉ちゃんならわかるだろ?私が天才だってこと。

お姉ちゃんのために、人間としての器を準備したんだ。」


「人間としての…器…」


「そうだよ、お姉ちゃんはこれから人間としてまた生きていくんだ。」


私は…悲しくなりました。

悲しくて、悲しくてしかたがなくなりました。

弟君がこうするまで追い詰めてしまった自分が情けなくて…いつか弟君が人として踏み込んではいけない部分にまで手を出そうとしたら私のすべてをかけて止めようと心に決めていたのに…それが、自分の知らない間にすんでしまっていたなんて。

きっと、倫理に反することをしてしまったんだと思うと悲しくて、やるせなくなる。

日向君が…弟が誰よりも正しく努力して生きてきたことを…姉である私が守れないなんて。


「う…うぅ…どうしてなんだろうね…どうして、神様はこんなにも頑張っている日向君をもっと頑張らせてしまうんだろうね…っぅ…どうして…どうしてお姉ちゃんは日向君が頑張りすぎてしまうのを知っているのに…知っていたのに…ぅぅ…」


言葉が詰まってしまう。涙で前が見えなくて…呼吸が苦しい。

今、すごくひどい顔をしているって思う。できればこんな顔見てほしくない…でも、でも、伝えなくちゃいけないんだ。

日向君が間違ったことをしてしまったのなら、それを正すのは姉であるほのかの役目なの。

震える腕を振って、私は日向君の腕を振りほどいた。

自由になった腕がこれ以上震えないように、もう片方の手を添えて、日向君を睨む。


凛としなくてはいけない。

頼りになる姉でなくてはいけない。

いつだって弟君を正しい方向へ、幸せな方向へ導かなくてはならない。


「…日向君、この身体は誰のもの?お姉ちゃんが一番よく分かっているの…この身体は私の身体じゃない。

私のイメージしているほのかさんの知覚とこの身体は…あまりにもちぐはぐなの。

…まるで、無理やりこの身体の中に閉じ込められているみたい…」


「…やはり、あいつの身体だからうまくいかないのか…?」


決定的な一言を呟いた日向君の頬を思いっきり平手で打つ。


「そうだよね…これはやはり奇跡でも何でもなくて…私たちは奇跡にすがって生きるような生き方じゃなくて軌跡を積み上げる生き方をしてきたんだもん。

この身体はほのかを拒絶しているわ…早く元の持ち主にかえしてあげないと…ね、日向君?」


「…お姉ちゃん…そうだね…ごめんね…」


頬を赤くした日向君が私に笑いかける。

良かった…そうだよ、日向君は話せばちゃんと理解してくれる、悪いことはだめって分かっているんだか…ら?

…腕にしびれを感じる。熱い液体が流れ込んでくる。それが血と一緒になって身体をめぐるのを感じる。

痺れはじょじょに広がって…足がもつれて日向君に抱きとめられる。


「…悪いけれど、私は約束を守らないよ。

まだ、お姉ちゃんは分かっていないだけなんだ…そこにいきなり「拒絶反応」が起こって混乱しているんだ…でも、大丈夫、今からその身体を本当の姉ちゃんの身体に、私がこの手でかえていくから。」


…だめ、これ以上…この子の身体を傷つけないで…必死に抵抗しようとした意識がすとんと闇に落ちていくのを感じる。

あぁ、私はこの感情を知っている…これは絶望…大切な人を守れなかった、話を聞いてもらえなかった、選んで、好きになってもらえなかった…世界から切り離された…そう…せっかくまた起き上がれたのに私はまたこの感情に飲み込まれて…眠りにつくんだ…。

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