もう一度、あなたと
日向ほのかにゆゆと同じ奇跡を起こす。
それができなければ、日向パパはゆゆのことも弘樹君のこともその手にかけることを厭わないだろう。
でも、ゆゆたちは知っているはずだ。奇跡というものは軌跡が重なったものともいえ、今ここで願ったからと言って日向ほのかが現実世界に現れることなんてないのだ。
ゆゆの場合とは違う。
ゆゆにはゆうなちゃんという協力者がいた。ある意味では、僕も含め、皆ゆうなちゃんの異常な愛に知らず知らずのうちに踊らされていたのだ。だからこれは、この奇跡は計画的に作られたものともいえる。
「さぁ、いつまでも黙り込んでいないで、簡単なことさ、君の奇跡を分けてくれればすべてが解決する」
ほのかパパ…こんなに危機の迫った表情をする人ではなかった。
記憶の中の彼は二人で話したことはあまりなかったが、ほのかと同じで面倒見のいい方だった。
僕を研究室に入れたいとほのかパパが言ってきたとき二人で話したコトがあった。
どん底にいた僕を引っ張り上げてくれたのは間違いなく彼だったから。
「…会いたい人に…会える?」
「そうです…いや、ごめんなさい。正確にはあなたの会いたい人をあなたが育て上げるんです。
もう一度、この世界にその人を生み出すところまでは私がしますから、その子に愛情をかけてあげてください。そうして一人の人間として育ててあげてほしい。」
ゆうなちゃんが死んでしまった世界で生きる道をまた無くしていた僕にある日会いたいという人が訪ねてきた。優しい微笑みの中に強い意思を感じさせる男…年は少し僕より若いかもしれない。
彼は以前に「技術の進歩による新たな可能性」という雑誌の記事を書く兼ね合いでお邪魔した研究所の所長だった。
「…あなたには、会いたい人がいるはずです。」
それは確かに…そうだ。僕には会いたい人がいる。あの日、手を差し伸べてあげられなかった少女。
羽が生えたように、飛んでいなくなってしまった。緩いウェーブのかかった髪、いたずら気に微笑む瞳、誰よりも愛を求めていた寂しがり屋で、誰よりも正しくあろうとした生き方の下手な女の子。
今でも、手を伸ばした先で寂しそうに笑っているような気がする。
それでも僕は、それが死者への冒とくに感じて、口を閉ざしていた。
「…ゆうなさん、あなたと二人で研究所に来ていたかたですよね。
先日、新聞で亡くなったことを知りました。
…私にはあなたとゆうなさんには他にはない絆を感じていました。
そして、確信しているのです…あなたはゆうなさんに会いたいはずだと。」
そうだ…ゆうなちゃんも行きたいと言ってあの研究所に行ったんだ。
あの時、熱心に話を聞いて歩いていたのを思い出した。…この人はどこまで見抜いているのだろう。
「…会いたいと言って、なにができるというんですか…ゆうなちゃんは死んだんだ。
暗い闇の中で、飛び降りた。一人で…僕たちにナニも残すことなく。僕と友人を恨んでいたはずなのに、ナニも、ナニも残さなかったんだ…恨みでも呪いでもいい、残していてくれたなら、ゆうなちゃんが生きていたと思えるのに、ただただ彼女は消えてしまった…はじめから存在しなかったように!」
「ゆうなさんが亡くなって混乱しているのはよくわかりますが…今しかないのです。
できる限り落ち着いて聞いてください。
…あなたに見せたいものがあります。今はまだそれを見ても理解できないと思いますが…ゆうなさんは聡明な子でした。私に自身の一部を託していてくれたのです。
…残りはあなたなのです。あなたの記憶からゆうなさんをもう一度生み出す。それも早ければ早いほどあなたの記憶は確かなもののまま、死によって鮮やかに昇華される前のゆうなさんの情報こそが必要なんです。」
…いったい何を言っているのだろうと考えたときに、彼はスマホの電源を入れた。しばらくそれを操作すると、僕と彼の間に女の人が現れた。
彼は、胸元から写真を取り出して僕に見せる。
全く同じではなく、でも間違いなく同一人物だと思わせる雰囲気。写真の女の子が少し大人になったという感じの女の人が微笑んでいる。
「…これは…?」
「これがあの研究所で主に行っている研究の内容です。…この子は私の会いたい人「ほのか」を私の記憶や「ほのか」の日記などからもう一度育てなおしたところです。まだ、生後半年くらいですが…。
私はほのかの姉妹を作り上げていくことでよりほのかとその姉妹を、私たちのもう一度「会いたい人」にするように研究しています。」
「…会いたい…人…。」
「はじめまして。日向ほのかと申します。なにかありましたら、お気軽にお聞きください!」
精巧に微笑むこの「ほのか」という女性が彼のもう一度会いたい人と言うことは…彼女は一度死んだということだろう。それを好き勝手に又、こうして動かされるなんて…。
私は取材を通してあの研究所が自立支援のためのAIを作っていることを知っていた。ほのかはその中のキャラクターのメインだった。よくできたAIだと思っていたものに他人の命に近いものが宿っていると…自分の野望のために作ったというのなら話は別だ。
「…ほのか…さんは、そんなんで…幸せなんですか?」
嫌な顔をするだろうと思ったのに反して、二人とも笑顔のままなことに僕はぞくっとした。
「はい、私はまたお父さんと過ごすことができて、それから家族も増えて毎日がとても楽しいんです。」
迷うことなく彼女はそう答えた。
この笑顔が、言葉がすべてプログラムだとしても…それでも…これがまた会えるという意味だとしたら…
ーまた、お兄さんと会えて、嬉しいんですー
ゆうなちゃんがそう言って笑うのを想像すると、なぜか涙があふれてきた。
ー今度はゆうなも幸せになれますかね?-
「…僕は…彼女を幸せにできますか?」
「安心してください…あなたがそうやって、彼女のことを思って泣いていることが彼女にとってどんなに幸せか…私は、お父さんの知っているほのかさんそのものではありません。でも、お父さんがほのかさんを思う気持ちが、私を作り上げてくれてとても幸せです。
私の姉妹もみんな同じ気持ちですよ…きっと彼女も幸せになれます。」
ほのかが実体のない体で僕を抱きしめながらそう話してくれた。
そうか、彼女たちは幸せなのか。
「…もう一度、僕をゆうなに会せてください…今度こそ、間違わない。僕が彼女を…ゆうなを幸せにするって決めました。」
僕の言葉に二人は満足げにうなずいた。
「今日からあなたも私の研究所の一員です。もう一度ゆうなさんを生み出す準備はほぼできています…それからゆうなさんの卵子を預かっています
これは、私たちの研究でもまだ未知の部分ですが…あなたの協力があればゆうなさんの身体も作り上げることができます。」
僕はとんとん拍子で自分の精子を差し出した。単純にゆうなちゃんの卵子からクローンを生み出せばよかったのかもしれないが、男としての性なのか、新たなゆうなへの父親としてなのか…本当はゆうなちゃんを征服したかっただけなのかもしれない…とにかく僕は自身の遺伝子も研究所に預けた。
ゆうなちゃんはいろんなしがらみにとらわれすぎていたから、もう一度会えるなら悠々と生きてほしいという話をほのかたちとして、新たなゆうなの名前は「ゆゆ」とすることにした。
そしてその深すぎる愛情で今度は他者に消えない傷を刻み込むように「柊」。
「柊ゆゆ…ゆうなであって僕の一部である君を幸せにしてみせるよ。」
僕は彼から柊ゆゆを享受された。
愛すべき我が娘、もう一度、ゆうなと会えた。
彼がもう一度ほのかと会いたいと願っている。
僕は彼の願いをかなえる力を持ち合わせてはいないけれど…なんとかしたいと僕なりに願っていた。




