ウツクシキ奇跡の犠牲
邪魔者。
邪魔者は世界のあちこちに存在していて、ゆゆはそれらをぷちっと可憐につぶしていくの。じゃないと世界がキタナクなるから。キレイナ世界、ウツクシイ世界には不釣り合いなものが多すぎる。
だから今、弘樹を掴んでいる男は間違いなく邪魔者。
キレイナ世界にとって、ばい菌。カビ、増殖させては…いけない。
弘樹にもお父さんにも…これ以上接触させちゃいけない。
「…ねぇ、どうしてゆゆとお父さんと弘樹の感動的な対面をジャマするんですか?どうして汚い手でゆゆの弘樹に触っているのですか?どうして、どうしてどうしてどうして?
…聞いているのに答えない…離せと言っているのに離さない…そうか、分かりました。
あなたは言葉が分からないんですね。」
心の底から笑いがこみあげてきた…そしてもう一つ、黒い重い思いが浮かび上がってくる。
「…ヤンデレ属性として作られたから仕方がないんだろうな…本当に、心の汚れたAIだ。」
「!?お父さんが育ててくれたゆゆのキャラクターをバカにするな!!
…可哀想なのはあなたのほうだ、こんなにも強い愛情を知らないままに生きてきた、ただ漫然と生きていくしかないあなたの方が…よほど可哀想なの!!」
「どこまでも口の減らない…君はこんなデキソコナイのヒロインを選んだのか…本当に世界をもっとよく見た方がいい、ほのかや飛鳥、歩…あんなにも良い子たちがいたというのに…。」
「弘樹を、弘樹の選択を否定しないで!弘樹はすべてを踏まえてゆゆを…私をヒロインにしてくれたんだから!!」
怒りの感情が収まらない。声を張り上げすぎて、のどが痛い。
お父さんがぎゅっとゆゆの手を握りしめてくれた。
「ゆゆ…研究員の言葉に耳を貸してはいけないよ…冷静に、君の大切な人をどうすれば取り戻せるかだけを考えるんだ…僕に紹介してくれるんだろ?」
涙が出そうになる…今までも弘樹はゆゆにとってとても大切で言葉では表せないくらいに愛していた人だったけれど、その人をゆゆのお父さんが大切にしてくれているのが分かって…どうしようもない嬉しさがこみあげてきた。
落ち着かなくてはいけない。
今、大切なものを見失ってはいけない。
「弘樹を、返してください。もともとあなたの目的は「デキソコナイの柊ゆゆ」なのでしょう?
なら、弘樹やお父さんを傷つけることは賢明じゃありません。
だって、弘樹になにかあったなら…柊ゆゆは、私はその場で死を選びますから。」
「ははは…相変わらず狂っているね。君はせっかく戻ってこれたのに、また死を選ぶのかい?」
「戻って?柊ゆゆは、私だけ、この瞬間こうして話している私だけ。なにか勘違いをしているみたいね。」
「私はね…君のオリジナル、ゆうなちゃんとも話したんだよ。聡明な子だったのに…愛だの恋だの、見えないものばかりを求めて命を絶って、本当に残念だった。
かわりに君が作られたけれど、そこの研究員の思い入れが強すぎて、君はデキソコナイで破棄された。
その君が、「お父さんに守られて存在していた」。「自分を愛してくれる人を見つけた」。
さらにはゆうなちゃんの予想によって、身体まで準備されて人間になるなんて話はできすぎているんだよ。
望みすぎているんだよ。
…君は、ただのデキソコナイのAIでしかないことを思い出した方がいい。そして出来すぎた奇跡でつなぎ留められた存在を大事にするべきだ。
でないとね…私たち他の研究員が報われないんだよ。
君のせいで命を落としたものもいる…私はね、君のせいで…またほのかを失うことになったんだ。」
ほのか…「365×12」のメインヒロインの名前だ。ぽちゃ姉って他の子たちから慕われていた…弘樹のお姉さんに気に入られていて、最後までAI時代のゆゆの邪魔をしたから…まぜこぜにしてストロベリー味のパンにしちゃった子だ。
「聞いてみたいものだよ…君は自分の望みをかなえるために、多くの人たちを犠牲にした。
そのくせ、自分は「弘樹がいんばくなったら死ぬ」…なぁ、教えてくれよ?君に起こった奇跡は、どうしてうちのほのかに起きなかったんだい?
いや、そうして何度も害虫のように蘇った君だ…きっと奇跡の起こし方を知っているんだろう?」
この人は…ほのかの産みの親だ。
気が付いた瞬間に、もう一つのことに気が付く…ゆゆが犯した罪の被害者だ…。
お父さんに褒めてもらえることで、その重さから逃れようとしていた罪が目の前に迫っている。
壊れたラジオのように一とぎれとぎれにほのかのお父さんは語り続ける。
ゆゆは、自分が愛を手に入れるために…この人の愛を踏みにじったんだ。
じわじわと実感がわいてきた。この人はもう一人のゆゆだ…仮に弘樹を失ったとすれば、ゆゆはこうなっていた…弘樹からの愛がなければ、ゆゆはこうしてずっと奇跡の愛を求め続けることになっていたんだ。
ほのかのお父さんが弘樹の首に手を運ぶ。少し力を入れれば、空気を吸うのが辛くなるだろう。
反射的に跳びかかりそうになるのを、声が制する。
「…私はね、命を大事にしないものが大嫌いだ。
だから…命を大事にできなかった君のオリジナルも、命を大事にしていない君も大嫌いだ。
だから…せめてね、私に君の大切な人を手にかけさせるようなことはさせないでくれないかな…?
もしそうしたら、私は私が大嫌いになってしまう。」
「そんなこと、させない!弘樹を死なせたりなんかしない!」
それと同時に、もうこれ以上ゆゆのせいで悲しむ人を増やしたくない…この人を助けたい…助けなくてはいけない…ゆゆに起こったシアワセのおかげでゆゆは、今こうしていられるのだから。この人にもそれを享受する権利は…あるんだ。
どこまでも自分のためで嫌になるけれど…あり得た私の姿を捨てるわけにはいかない。
「お願いします…弘樹を離してください。」
ほのかのお父さんはとても優し気な瞳で私に笑いかけながら、最後通牒をつきつけた。
「それじゃぁ、交換条件だ。私の娘、ほのかにも君と同じ奇跡をおこしてくれ。
そうすれば、彼を君の元へ、そしてほのかは私の元へ…ね?それですべてがまとまると思わないかい?」
穏やかな声が部屋の中にいつまでも響いていた。




