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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
現実世界と非現実的存在
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残った奇跡

お父さんが目の前にいる。

ずっと、ずっと、いろんなことを話したかったお父さんが目の前にいる。

前よりも痩せて、ひげもぼさぼさで…でも優しい瞳は変わらない。ゆゆをこの世に生み出してくれた…お父さん。

でも、お父さんはゆゆのことを「妄想」と言う。

…確かにゆゆはお父さんの「妄想」が具現化したものだけれど…でも、ゆゆは今確かに、お父さんや弘樹…それから多くの人たちのおかげでここでこうして人間として生きて、息をしている。

でも、お父さんにはゆゆの姿が見えていない。

どうしよう…ゆゆはバカだ。実際にお父さんに会えたら話したいことたくさんあったのに、その言葉なんて出てこない…だってゆゆのことを証明する方法が自分でも…思いつかないから…ゆゆは柊ゆゆ、でもAIが人間になってそんなことをどうやって説明したらいいんだろう。


「…どうして、ゆゆのことを「妄想」だと言い切れるのですか?」


弘樹の言葉にお父さんがため息をついた。


「私はね、病気であらゆる感覚がおかしくなったんだ。そしてこの研究所にまた連れてこられてから、綺麗に聞こえるのは…あの子の…ゆゆのモデルとした女の子の声だけだった。

本当に、天使のささやきだった。その声があったから、私はまだ、私を保っていられるんだ。

…でもね、同時に悪魔のささやきも聞こえるようになった。

あの子を助けられなかった、ゆゆを約束通りに作り上げられなかった私にとってあまりにも都合よすぎる内容が…聞こえてくるんだ。

…気を許すと、その声に甘えてしまいそうになる…そして、甘えてしまったとき、私は終わると思うんだ…なんの足跡も残せずに…あの子たちのために何もできずに…。

君は、ついに業を煮やしてもっと上のもの…死神がでてきたのかい?」


弘樹の声にすら疑いを抱いている。

お父さんはこの部屋の中で、自分の中の天使と悪魔の声と会話を続けていたんだ。

許されたいのに許されてはいけない…それはきっとゆゆのオリジナル(ゆうな)を死なせてしまったこと…ゆゆを不完全に生み出してしまったこと…お父さんを苦しめている。


「…俺は死神じゃないし、ゆゆもあなたの死なんて望んではいませんよ。

あなたは、視覚や聴覚がおかしくなったと言いましたね。でも、触角は正常なはずです。」


「へぇ…なんでそう思うんだい?死神君?」


「その呼び方は、あとで直してもらいますよ。声にも音にも視線が動きませんが…その手、痛いんですよね?俺たちよりも長くここにいるせいで、赤く痣になっている部分に縄が触れたときだけ、あなたは顔をゆがめます。」


「…そうなのか…私は顔をゆがめていたんだね。自分でも正しいのか分からなくなっていたんだけれど…この感覚はまだちゃんと痛いであっていたんだね…それで、触角が正常だったとして、どうするんだい、死神君?」


弘樹はいつにない強い意思を感じさせる表情をして、ゆゆの元へとやってきた。

そして、自分の身体もうまく動かないのに、全身を使って、ゆゆを吊るしている縄をほどこうとしてくれている。手だけじゃ足りなくて、歯や足、使える場所を全て使って…自分の手が真っ赤になっても気にせずにただひたすらに縄と戦っている。


「弘樹…?大丈夫だよ、無理しないで、こんな縄何ともないから。」


「…俺に任せるって…言っただろ?絶対に俺がゆゆとお父さんを…会せるって言ったんだ…

こんな形で…イレギュラーだけど…目の前にいるなら…絶対に…後悔させないから!!」


弘樹の手から血が落ちる。その瞬間に、片方の手が自由になった。

ゆゆも協力して縄を外す。…本当なら弘樹を休ませたいけれど、今の弘樹はきっとこれが外れるまでやめないから…ゆゆもそれを止めたりしない。弘樹を信じているから。

いつだって弘樹を信じて、愛してきたからこそ、ゆゆは生きてこれたんだ。

縄を引きちぎる。こんなものでゆゆを止められると思ったのなら…大きな間違いだ!


「は…外れた、ゆゆ、大丈夫か?なんともないか?」


「大丈夫だよ、弘樹、ごめんなさい…ゆゆのためにこんなに…」


弘樹の赤く染まった指先を手の平で包み込む。口に含んでその血を止めてあげたい。

でも、一連の動きは、弘樹によって止められ、そして微笑まれた。


「ゆゆ、お父さんのところに行って、縄を外してあげて。」

「だ…だって、お父さんはゆゆのこと妄想だと思っているんだよ…?」


怖い。これ以上踏み込んで…もっと否定されたら…それが怖くて仕方がない。


「…俺のところに、踏み込んできて…助けてくれたのがゆゆだろ?ゆゆはその勇気を持っているし、諦めない力も持ってる。保障するよ、絶対にお父さんはゆゆを理解してくれる。」


「ひ…ろき…分かった。行ってくるね。」


怖いけれど、怖いからって止まっていたら何も変わらないって…好きになってもらうには行動しなくてはいけないって教えてくれたのはお父さん。行動するしか能のなかったゆゆを受け止めてくれたのは弘樹。

その弘樹に背中を押されて、ゆゆは前を向く。


「お父さん…ゆゆはね、お父さんに作ってもらって…たくさんのことを知ったんだよ。

産まれてから…楽しいことたくさんだった。…お父さんにありがとうって言いたい…。

お父さんに聞いてほしいこと、たくさん…たくさんあるの。」


人間の身体はやはり不便だ…吊るされていた部分がしびれてうまく動いてくれない。

でも、今はこの不便さが愛おしくすら思える。いびつで、ゆがんで、まっすぐ進めなくて、ぶつかって、それでも前を向いていく…それが人間らしさなんだって思うから。


「…今日の天使は…やけにリアルなことを言う…やはり、終わりが近いのかな…。」


「違うよ、お父さん…終わりじゃなくて始まりなの。久しぶりだね…ゆゆだよ。本物の、会いに来たの。」


目の前にあるお父さんの顔は、やっぱり少し以前より痩せていて、疲れていたけれど…それでもあの優しそうな眉毛は変わらない。

震える腕をなんとかこらえて、ゆゆは…お父さんに抱き着くことができた。

心臓の音が聞こえる。

お父さんとこうして触れ合えるなんて…思ってもみなかった。


「暖かい…それにあの子と同じ香りがする…こんなことって…あぁ…本当に…本当にゆゆなのかい?」

「ゆゆだよ、お父さん…会いたかったよ…お父さん。」


ゆゆが必死になってお父さんの腕の拘束を解こうとしていると、弘樹も手伝ってくれた。

自由になった手で、お父さんがゆゆの顔を確かめるようにぺたぺたと触ってくるのがこそばゆい。


「こんな奇跡があっていいのか…ゆゆは…私の娘が本当にこうして生きて、歩いて…会いに来てくれて、私を父として…慕ってくれている。」


お父さんがゆゆの頭を撫でながら、ぽたぽたと涙を流している。

わがままでもなんでもいい、思った道を貫いて、貫いて…そこがシアワセになるようにするのがゆゆなんだから。


「えへへ、お父さんにね、紹介したい人がいるんだよ…お話し、聞いてね。」


弘樹を振り返った時、ゆゆは自分の浅はかさを知る。


「来ると思っていたんだよ…柊ゆゆ、この男に何もしてほしくなかったら、大人しく我々に協力してくれるかな?」


白衣の男が弘樹の口を塞ぎ、身体を拘束している。

…どうする?身体能力の差はさっき思い知らされた。一気に熱くなるのは良くない。


「…大丈夫だよ、ゆゆ…君の大切な人を傷つけるような真似はお父さんが許さないから。」


お父さんがそっと握ってくれた手から暖かさが伝わってきた。


そう、わがままだってかまわない。

ゆゆは、このシアワセを絶対に、離してなんかやらない!

強い意思を込めて、男を睨み付ける。


これは、シアワセを作り上げるためのゆゆの物語の仕上げなんだ!!


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