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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
現実世界と境界線
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異変

友達と次のテストの勉強をしにファミレスで話していたらお母さんからすごい数の電話が入っていた。電話をかけてくること自体がそんなに多くはないので、何があったのかビックリしてしまった。

弘樹が食事をずっととらないから心配して声をかけて…でも、それにすら返事はなくて、ついに部屋を開けてみたら…そこに弘樹はいなかったらしい。

勿論、弟だってコンビニやトイレ、最低限度の生活をするためにたまには部屋を出るため、しばらく待ってみたが帰ってこないと。

靴があるから家にいるものだと、探し回ってみたけど見つからない。

焦りのためか、支離滅裂なメッセージが吹き込まれていた。

過保護すぎると言われるかもしれないけど、私たちにとって弘樹がいないということはここしばらくなかったことで…嫌な予感しかしなかった。


とにかく私は、友達に謝罪すると急いで家に帰ることにした。

普通なら弟の行きそうな場所を探すのが正しいのかもしれないが、彼にとっての一番いるはずの場所にいないということはどうしようもなかった。


365×12…あのゲームを渡してからしばらくはなんの変化もなかったが、ちょっと前から楽しそうに会話をしている声が聞こえるようになっていたから少し安心していたのに、いきなりいなくなるなんて。

とりあえず帰れば、ほのかさんになにかを聞けるかもしれない。彼女がそばにいてくれているということで、私は勝手に安心していたのだ。きっと、弘樹も昔みたいに一緒に食事をとったり、話をしたりするようになってくれるって。

ほのかさんが弘樹の心を開いてくれたのだろうから…なにか聞いているのかもしれない。もしかしたら、彼女がなにか外に行きたくなるような提案をしてくれたのかも。


祈るような思いで、弟の部屋のドアを開いた。

…なかには誰もいなかった。

弟がいない以外はいつもと変わらない部屋を見渡してみる。パソコンが起動したままになっていたのに気がつき、とにかくほのかさんに聞いてみることにした。


「すいません、ほのかさん、いますか?弘樹のこと、知りませんか?」


静まり返ったままの部屋…あれ?おかしいな…パソコンが起動していたら返事をしてくれるんじゃなかったっけ。

姿を探しても、どこにもあのピンク髪は見当たらない。

おそるおそる、パソコンを覗きこんでみるけど、私にはよくわからない。


「えっと…365×12は…あった、確か、このアイコンをクリックすればいいんだった…よね?」


機械音痴な私が触ってしまうと壊しそうな気がしてならないけど、仕方がないから…マウスを操作してみる。

目的のアイコンまで持っていき…クリック。


カチッカチッ!


…?

画面に現れたメッセージに首をかしげる。


ーすでに起動されています。ー


「え…だって、ほのかさん、出てこないのに?ほのかさんいるのー?返事してくれないかな?弘樹のことしらない?ほのかさん…どうしちゃったの?」


パソコンは独特の起動音を低く唸らせるだけで、あの優しい声と少女はいくら待っても返事をしてくれない。


「もしかして…バグ?とかっていうやつなのかな…確か、こういうときには再起動しなくちゃいけないんだよね。」


でも、恥ずかしいことに私にはその程度の知識すらなかった。みんな、私が困っているとめんどくさがって勝手にやってくれたから…やる機会もなかった。

電源を切らなくちゃならないとは思うのだけど、そのためのボタンが分からない。ふと、辺りを見渡すと…コンセントが目に入った。


「そっか、コンセントどんな電化製品だって…一度大元の電源を止めてしまえば、使えなくなるよね。なら一回抜いてもう一度差し込めばいいのかな。」

そのくらいに、私は機械音痴なのだった。とにかく後から怒られるのを覚悟して、パソコンに繋がっているコンセントを手で押さえながらため息をついた。この機械との相性の悪さのせいで大学では心理学部なら使えて当たり前のSPSSという統計処理のソフトを使うことができず…単位を落としに落としまくってしまっていて…言い返せないくらいに出来損ないの愛称がよく似合っていた。

正直、次のテストにはいろんなものがかかっていた。


「……弘樹がひきこもってなかったら…私がひきこもっていたかもな…」


そう呟いた自分に嫌悪感を覚えた。

まるで弟の変わりに頑張ってますと言わんばかりの発言だったから。

両親をこれ以上心配させてはいけないとばかり日々思っていた。心のどこかで…両親から心配されて庇護を受けて生きている弟を羨んでいたのだろうか。


良い姉であろうとした、そうあれたかどうかはわからないけど良い姉でいることに…疲れたからゲームに…ほのかさんに頼ってしまったのかもしれない。ほのかさんは理想的なお姉さんだったから…。

羨ましかったし、甘えて任せてしまいたいと思ってしまった自分がいた。


「…よく、ないね。やっぱり、自分の言葉でしっかりと話し合ってみよう…。」


逃げてばかりはいられないから…気合いをいれないと。

自分までメソメソしていたらなんにも始まらない、まずはこのゲームを一端終わらせないとダメだ!

その思いと共に、コンセントを引っこ抜いた瞬間、どこからか弘樹の声が聞こえたような気がした。助けを求めるような声で…

「やめろ、姉貴」

と止められたような…。

コンセントの先端がぷらぷらと揺れるのを感じながら…部屋を見渡す。


「弘樹…いるの?」


「ねぇ…弘樹…どこにいっちゃったの?本当にここにいないの?」


返事はない。


いないのだから、返事がないのは当たり前のことだけど…それよりも…さっきより弘樹を感じなくなってしまったような気がする。


いなくなって…はじめて鮮明に、自分がどれだけ弘樹を頼ってきていたのかがよくわかった。

姉というアイデンティティを持っていられたのは弘樹がいたからだ。


「弘樹、お姉ちゃんは…お姉ちゃんはね、弘樹ともっとたくさん話したかったよ。…ちゃんと言えばよかったね…お姉ちゃん…間違っちゃって…ごめんね、弘樹。」


泣き出したいような、そんな気持ちで膝をついたとき…フワッとした女の子の声が聞こえてきた。


ー…諦めないで…あなたは、素敵なお姉ちゃんだから…弘樹君を助けられるのは…ー


「…ほのかさん…?」


聞き覚えのある声…包まれるように、私に染み込んでくる…


「ねぇ、ほのかさん…弘樹になにがあったの?ほのかさんと一緒にいるの?」


パソコンの電源は、私が無理矢理切っていて、ほのかさんが私に語りかけるはずなんてないことは分かっていたけど…すぐそばに、彼女が立っているような気がした。


幻聴なのかな…。

仮にも心理学部が…惑わされてしまっていいのかな…。

でも、今はこの声が私自身が作り上げたものだとしても…すがりたかった。


ー…はやく…と…かえ…なく…だから、お願いです…ゆを…めて…私たちを…し…ー


ラジオの電波が悪いように、ほのかさんの声にノイズが入ってきてよく聞こえない。

なんとかして聞き取ろうと瞳を閉じて耳に集中すると…そこに、悲しそうに立ち尽くすほのかさんの姿が見えた。

小さく首をふり…指先で私になにかを訴えかけている。


「…弘樹に、なにかあったのね?」


…頷く。


「ほのかさんも困っているの?」


…頷く。


指で、ベットの方を指差しながら口をパクパクとした次の瞬間。


ータータタララララーラーターララララララー…タータタラ…ー


思わず聞こえてきたメロディーに飛び付くと、そこには弘樹のスマートフォンが落ちていた。

着信の相手は…不明。

でも、私には何となくわかっていた…躊躇うことなく電話に出る。


「もしもし…」


「弘美さん…私です…日向ほのかです!」


「やっぱり…どうして?」


「今は、弘樹君がスマートフォン用にダウンロードしたゲームアプリを利用して、話しています。…ですが、あの子が監視している以上…長くはお話しできません。」


「よくわからないけど、何があったか知っているのね?…あの子って誰?」


「…削除されたはずの…私たちの妹…ヒロインの一人だった…ひいら…!」


「もしもし!?ほのかちゃん?ほのかちゃん?」


急に受話器の先が静かになり…そしてナニかが切れる音がした。


「…お姉さま…ご安心ください…弘樹は私と幸せに暮らしていますから。」


凹凸のない声が響く。

なにか、底知れない恐怖が胸をよぎる。

返事をして…詳しく聞かなくてはならないと思っているのに…言葉が出てこない。


「弘樹もそれを望みましたから…もう休ませてあげてください。これからはずっとずっと私が彼を守りますから。」


「待って、あなたは一体誰なの?弘樹はどこにいるの?」


クスッと笑われる。


「弘樹なら…ここにいますよ…出口はあなたが塞いでくれました。ありがとうございます…お姉さま。」


「待って!どういう意味」


ツーツーツー…。


切られた…。

今のは誰?

弘樹と一緒にいるってどういうこと?

ほのかさんはどうなったの?

出口…って?


様々な疑問が頭のなかをよぎるなか…私は、力なくゲームの入っているパソコンを見つめることしかできなかった。


何かの始まりは…何かの終わりを意味する…。

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