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やんでれさんのほしいもの♡  作者: 橘 莉桜
現実世界と非現実的存在
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無力な主人公

玄関を開けたときにゆゆを連れに研究所の奴らが来たんだということはすぐにわかった。

朝から白衣姿の男たちが立っているなんてことは現実では「ありえない」。ただ、非現実に近い存在だったゆゆに対してならば「ありえてしまう」。

なるべく時間を稼いで、そして大きな声を出してゆゆに現状を伝えないといけないと直感した。

ゆゆならうまく立ち回れるはずだ。こんなやつらに掴まるようなゆゆじゃない。だから、わざと声を荒げて奴らの言葉を反復した。

ゆゆ、気が付いてくれ、そして早く逃げてくれ。

ゆゆが普通じゃないことは…俺が一番知っているから。ゆゆには普通に幸せを、普通の生活をしてほしいと願いながらも、彼女がいかに世界の理に反しているかは…俺が一番知っているから。


一番ゆゆのことを知っているはずなのに、俺は大きな選択ミスをした。

ゆゆは、自分がどんなに危ないとわかっていても必ず「俺を助けに来る」。分かっていたはずなのに…心のどこかでゆゆが逃げてくれるんじゃないかと思うと同時にゆゆならこの状況を何とかできるという期待を抱いていたんだ。

俺は、何もできない…何もしない…本当にバカだ。

結果として、俺の目の前でゆゆは研究員たちに掴まって、薬を打たれるのをただ黙って見ているしかなかった。そして同時に自分にも薬が打たれるのを防ぐ手段がなかった。




…目覚めは爽やかではなかった。泥沼からはい出したような重さだった。

うまく動かない身体を芋虫のようにくねらせて周りを見渡す。

見たことのない場所だった。真っ白の壁に、明らかに高性能であることを主張しているPC、仮眠用のベット…壁にかかった白衣。おそらく、これが研究室というものなのだろうと思う。


「…ゆ…ゆゆ?」


視界のどこにも入らなかったゆゆの名前を呼ぶ。

せめて同じ場所に閉じ込められていると思いたい。


「…ろ…き…弘樹…」


声は意外な方向から聞こえた。重たい頭をなんとかあげて、奥の壁に視線を向ける。

そこに柊ゆゆはいた。手足を壁に固定されて、決して大きくはない身体で、つま先がぎりぎり床につくかつかないかの位置に吊るされて…身体はいつもの可愛らしい服装ではなく、いかにも実験に使われるような病院着を着せられていた。


「ゆゆ!?大丈夫か!!今すぐ…そこからおろしてやるから…」


這ってゆゆの元にむかおうとするのに…もどかしいほどに身体が前へ進まない。


「…あはは、恥ずかしいな、こんな格好、乙女にさせちゃ…だめだよね。

…ごめんね、弘樹…ゆゆが世界に甘えたから…ゆゆが自分の本質を見失ったから…弘樹をこんな目にあわせちゃった…ゆゆは…ゆゆが許せないよ。」


「違うから、ゆゆはもう人間なんだ…だからそんなの気にしないでいいんだ…謝るのは、ゆゆを守れない俺の弱さだよ。」


「弘樹はゆゆを守ろうとしてくれて、今もそれで苦しんでくれているの…それをシアワセだと思ってしまうゆゆを許して…ね。」


ゆゆの表情が見えない。笑っているのか、泣いているのか、呆れているのか…なんでもいいから、俺を罵って無能だと言ってくれれば少しは楽なのに…ゆゆは絶対に俺を傷つけてはくれない。俺が望んだとしてもそんなことはしない。


「君たちは…とても仲がいいんだね。互いに、互いを思いあっている。素晴らしいことだよ。」


声に振り替える。逆側の壁に、もう一人人間が吊るされていることに初めて気が付いた。

くたびれたシャツを着た男…年齢は分からない。ただ、とても疲れた声をしていることだけは確かだった。

ただ、その声にゆゆが大きく反応を示した。ギリギリで床についていた足がびくっと震える。


「ゆ…ゆゆ?」

「その声…お父さん…お父さんだよね?私だよ、ゆゆだよ…お父さん!!」


思いがけないゆゆの言葉に思わず息をのむ。探していた人とこんな形で再会するなんて…誰が考えていただろう…いや、でも、ゆゆを実験材料にしようとしたんだ、その生みの親である研究者を求めることは必然だったのかもしれない。


「…ゆゆ…いや、あの子がいるはずがない…あの子を私は守れなかった…。

 君たちも私が作り上げた妄想だったのか…。」


疲れ果てた声が告げた言葉は、俺たちの頭を殴りつけた。


「お父さん?どうしてそんなことを言うの?ゆゆだよ、本当のゆゆがここにいるのに、妄想なんかじゃないよ、ゆゆはお父さんに…守ってもらって、弘樹と出逢えたんだよ!?」


「…それは…私が一番あの子から聞きたかった言葉だ…どこまでも私に都合のいい言葉しか呟かないのは…私が生み出した妄想なんだ…」


「違うよ!ここにいる!ここに……お父さん、ゆゆたちのこと見えていないの?」


なんとか身体を起すことができた俺は、ゆゆのお父さんの顔を凝視しする。

普通の人間ならば、これだけ見られて視線を感じないわけがない。でも、ゆゆのお父さんは…どこか違うところを見つめたままだった。

俺たちよりも先に連れてこられていたのだろう。手首は赤くあざになっていた。

この空間で一人、娘の幻想といたのだとしたらそれはひどく残酷なことだ。


「…病気でね、もう目も耳も正常ではないんだよ…だから私に見えるのは暗闇で、私に聞こえるのは私自身の作り出した悪魔のささやきだけ…。」


「お父さん…ゆゆは、本当にゆゆなの」


「…娘を名乗る悪魔のささやきは…もういいんだよ…」


ゆゆが言葉を詰まらせる。

俺は、今なにができるのか…ゆゆがあんなにも会いたがっていた人がここにいるのに、そしてその人もゆゆを求めているのに…どうしてすれ違わなくてはならない?

考えろ…奇跡を起こすって約束したんだろ…。


吊るされた二人に挟まれて、俺はひたすらにこの二人の幸せな再会を願うことしかできずにいた。

ただ、どんなに無力で無能であったとしても、俺はそこにいるのだから…俺が諦めることだけはしてはいけないと知っている。

俺には言葉も何もないけれど、きっと奇跡を起こせるって…ゆゆが俺を信じていてくれる限り、必ず。


「ゆゆ、お父さんのこと…俺に任せられる?」


少しだけゆゆが考える。


「弘樹になら、任せられるよ…お願い、弘樹お父さんを助けて、その世界から連れ出して!」


よし、覚悟を決めた。

息を吸い込む。

ふらつく足で立ち上がる。

ゆゆが俺をゲームの世界に連れ込んだように、今度は俺が、二人を現実世界に連れ込んでやる。


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