探し人と探され人
ゆゆのために奇跡を起こしてくれると弘樹が言ってくれた。
ゆゆのお父さんに三人で会いに行こうと言ってくれた。
ゆゆの不安に気が付いてくれて…抱きしめてくれた。
弘樹の優しさはゆゆをダメにする。
弘樹の優しさにゆゆは甘えてしまう。
ダメなのに…ゆゆが弘樹をシアワセにしなくちゃならないのに…気が付くと弘樹がゆゆにシアワセをくれている。
「さっそく、今日の放課後からゆゆのお父さんを探してみよう!っとでもな…なにも手掛かりがないとさすがにあれだから…ゆゆなにか思い出せることはない?」
約束から夜が明け、朝になり、朝食の席で弘樹が提案をしてくれる。
弘樹が話を聞いてくれた夜は…怖くなかった。なかなか訪れない眠気に悩まされることもなく、心地よく朝を迎えることができた。
弘樹の一所懸命な気持ちが嬉しくて仕方がないから…ゆゆもそれに応えなくてはならない。
心の奥にしまっていた研究室での思い出を探ってみる。
その時、心臓がドクンと脈打つのを感じた。その鼓動とともに声とセーラー服を着た女の子がお父さんと話をしている姿が頭によみがえる。
ー…手、繋ぎます?ー
ーあ…援助交際とかですか?あはは、お兄さんたちを買っているの私なんですが、そうですね、そしたら×××も、捕まりますかね?ー
「…歩道橋…」
「歩道橋?歩道橋がある場所でなにかあったの?」
「歩道橋で…お父さんと話をしたような…。」
釈然としない。ゆゆとお父さんの記憶は研究室の中でまとまるもの以外はない。
この記憶はゆゆの身体の細胞が…ゆうなが覚えているものだ…。
AIと研究員ではなく女の子と社会人の…関係だったのだと思う。
ふと気が付いてしまう。他のAIたちはなくした家族だったり、理想の子どもだったり研究員との間に特別な絆があった。研究室ではいつも本当に親しげに、幸せそうに話をしていた。
…ゆゆのオリジナル(ゆうな)とお父さんは?
お父さんは自分がボロボロになってもゆゆをプログラムに残すために必死で守ってくれた。
でも…それは本当にゆゆへの愛だったのだろうか?
お父さんとゆゆのオリジナル(ゆうな)の間にはなにがあったんだろう。
ゆゆは、二人の関係を知らない。お父さんは…ゆうなに特別な感情を…抱いていたのだろうか…。
寒気がした。
もしかして…お父さんはゆゆになんて会いたくないんじゃないのだろうか…。
AIにするほど好きだった女の子と自分の遺伝子の掛け合わせ…それは言い換えれば本当に二人の子どもということになる。気持ち悪いと…思うのではないか。
「歩道橋かぁ…でも歩道橋たくさんあるからな…もうちょっとなにかヒントがあるといいな。でも、帰りにこの近くの歩道橋からしらみつぶしに行ってみよう、なにか思いだ…ゆゆ?」
「うん…うん…大丈夫…大丈夫なの…。」
「大丈夫じゃないだろ、泣いてる。なにか不安?なにか嫌なこと思い出した?」
弘樹がゆゆの涙をぬぐってくれる。その優しさが痛い。弘樹にこんなにも愛されているのに…お父さんに愛されていないかもしれないことを不安に思うなんて…本当にゆゆはどうかしている。
ピンポーンー
止まらない涙をなんとか止めようとしていると、チャイムが鳴った。
「…誰だろう、こんな時間に?…ゆゆ、待っていて、見てくるから…ちょっと待っていて。」
心配そうに弘樹が離れていく。本当ならついていくのに、涙が止まらないからそっちに必死でゆゆらしくもなくその場に残ってしまった。その場に残ってしまった。
しばらくの静寂の後に弘樹の…本当に珍しいことに怒鳴り声が響いた。
「はい、どちらさまですか?…え?…はい…国立…電子機能推進研究所…なんの用ですか?
いや、待ってください。確かにいますけど…彼女はAIじゃなくて、人間で…ちょっと待てって!?
話を聞いてください…は?なにいっているんですか!?ゆゆを連れていくなんて許すわけがないだろ!?
…ふざけるな!!ゆゆは実験道具でもデータでもない!!」
国立電子機能推進研究所…研究室…ゆゆの…生まれた場所だ。
どうしてここに?
いきなりのことに頭が付いていかなかった。
考えることに甘んじて…動くことができなかった。
「…ちょっと離せよ!?こんなことしていいと思ってるのかよ!?」
やっとその声に反応して動くことができた。
ただその動きはスローモーションのように重く感じた。
人間を…大切な人をAIとするような研究をしていたのだ。AIを一般の治療法と、至高のものと考えていたような人たちだ…弘樹に何をしてもおかしくない。
精一杯走って、玄関にたどり着いた時、目の前には白衣の男性に押さえつけられている弘樹の姿があった。
頭が沸騰しそうになる。
呼吸ができない。
ふざけるな…誰に断って弘樹に触っているんだ!!!
思考がスパークする。
「弘樹から…手をはなせーーーーーーー!!」
男たちに体当たりをするように走る。でも、簡単に止められてしまった。
圧倒的な力の差を思い知らされる。人間の成人男性といくら身体能力があがっても女子高生であるゆゆでは勝負は見えている。どんなに暴れても、男たちに止められる。
「俺じゃなぃ…ゆゆ、いいから…逃げろ!!」
弘樹の悲鳴に様な声が耳に突き刺さってくる。
「…久しぶりだね、柊ゆゆ。本当にいろんなことをしてくれたものだ。でも、安心しなさい。我々は、君の愛を評価しているんだ。悪いようにはしない。」
「いいから、どうでもいいから、弘樹を離して、離しなさい、離せ、離せ、離せ!」
「悪いようにはしないと言ったのに…威勢がいいね。とりあえず人間の身体なんだから、そんなに無理をしない方がいい。おい、二人とも眠らせてあげろ。」
ぐっと腕を伸ばされて、そこに他の男たちに光るものをあてがわれる。
冷たさと肌に入り込む感覚に思わず顔をしかめる。身体に異物が入り込む感覚が気持ち悪い。
弘樹…弘樹を見ると同じようにナニかを打たれている。
「…薬が効くまで、ゆっくりしたほうがいい。…僕たちはね、君にとても興味があるんだ。君は本当にあのAIの柊ゆゆなのかい?それともその身体に眠っていた記憶や性質、遺伝そういったものなのかい?
いずれにせよ…で…には……………」
視界が霞む…大好きな弘樹が見えなくなる。声が出ない…弘樹の名前を呼べない。手が動かない…弘樹に触ることも駆け寄ることもできない。非力なゆゆ…この男たちの語る言葉すらもうちゃんと聞こえない。
これは、ゆゆの罪だ…自分がトクベツであったことを…異常な存在であったことを忘れて…普通の生活をおくっていたことへの罰なんだ。
…神様、どうか次に目が覚めた時も弘樹の横にいさせてください……