家族
ゆゆが人間として、俺と暮らし始めて毎日が忙しく、そして騒がしく過ぎていた。
ゆゆはAIだったころと変わらずに俺と接してくれるし、俺だけを見てくれているという自負があった。
ゆゆの笑顔は変わらないし、こうやって毎日を重ねていくのだなっと思うと幸せだった。
そんなゆゆが、最近浮かない表情をする。
いつもは笑顔しかないのに、ふとした瞬間にどこか違うところを見ているように視線が合わなくなり、何かを考えているかのような…切なそうな表情をする。そんな時、どうしていいのかわからず…その理由を聞く勇気もない俺は、必死にゆゆが自分を見てくれるように祈るしかない。どうしようもない人間だと思う。ゆゆからこんなにもいろんなものを与えてもらったのに、自分からはなにも返せていない。
今日は、姉ちゃんも母さんも帰りが遅く、俺とゆゆは早めにお風呂に入り、床に座ってテレビを見ていた。ふとゆゆの横顔を盗み見ると、いつもなら気が付いて笑ってくれるのに…すーっと遠くを見つめていた。
思わず、身体が動いて、ゆゆの手を取る。
すぐに、ちょっと驚いたような顔をした後でゆゆが笑ってくれる。
「どーしたの?弘樹、甘えちゃって可愛い!」
そのままぎゅっと抱きしめられた。姉ちゃんがいないときはゆゆのスキンシップは少し大きくなる。
我慢することを覚えたと本人は語るけれど、その境界線は姉ちゃんとの間で厳しい駆け引きがあったらしい。
ゆゆの腕の中にいるのは…安心する。男のくせに自分が抱きしめられてばかりいることを告白しているようなものだけれど、ゆゆの心臓の鼓動が聞こえるこの位置は本当に幸せだ。
でも、このままじゃいけない。俺はゆゆを幸せにしたいんだ。
一緒にいられれば、ゆゆを見てくれれば幸せとゆゆは言うけれど…こうして生きているのだからもっと望んでいいはずなんだ。ゆゆの人生を俺だけにしてしまうのは…悔しいけれど俺の傲慢だ。
「ゆゆ…なんかほしいものはない?」
「ほしいもの?どうしたの本当に?ゆゆは弘樹がいてくれればそれだけがほしいのに。」
俺の頭をぐりぐりとしてくる。
この言葉に救われた。この言葉に甘えてきた。この言葉で自分の存在意義を確信できた。
でも、今はこの言葉に甘えてはいけないんだ。
「そうはいっても、ゆゆだって女子高生になっていろいろあるだろ?ものでもなんでもいいから、俺にできるものなら遠慮しないで言ってほしいんだ!」
強めに言い切る。
例えばクラスの女子はブランドの洋服がどうとか言っていた。今までは自由に姿を変えれたけれど、人間になってからのゆゆはそのことができない。もっぱら姉ちゃんや相沢さんの服をおさがりでもらっている。少しくらいなら、ゆゆの好きな服を着せてあげられるかもしれない。
ディズニーランドは無理でも、近くの遊園地位なら連れていける。
些細な、AIではなく人間の女子高生のゆゆが望むことを叶えてあげたい。
「…さん………い。」
「?ゆゆなんて言ったの?ごめん聞こえなかった。」
その言葉の後のゆゆの表情を多分、俺は絶対に忘れない。
儚げで今にも消えてしまいそうで、精一杯に笑顔を浮かべたその顔を…。
「…お父さんに…会いたい…弘樹と出逢えたこと、褒めてもらいたい。
弘樹、ゆゆね、家族がほしいよ…弘樹と家族を作りたいけど、それと同じくらいに弘樹がお母さんやお姉さんと話しているみたいに、ゆゆも家族と話してみたい。」
「…ゆゆ…」
「ごめんね、変なこと言ったよ、ゆゆは弘樹とこうしていられてこれ以上ないシアワセを手に入れたのにまったくわがままだね。こんなんじゃすべて失っちゃうよ!
ゆゆは弘樹と…」
「お父さん、探そう!」
「え…だって…研究所はゆゆが壊して…お父さんはゆゆのせいで研究室くびになって…」
「ゆゆのお父さんは人間で研究者なんだろ?人間だったら俺でも探せる。
…俺もゆゆのお父さんに、ゆゆを作ってくれたことありがとうって伝えたいから。」
気が付いてあげられなかった。ゆゆは俺と過ごすうちにきっと、自身のバックボーンがないということを不安に感じていたんだ。いきなり女子高生として生まれたゆゆ。子どものように甘えたいと思うのなら、自分を認めてくれる人を探すのなら…それは創造主にだ。
俺が知らないゆゆを悔しいけれど知っている人がいるとしたらそれはゆゆのお父さんだけだ。
「逢いに行こう、二人で。きっとお父さんもゆゆのことを心配している。」
「でも…だって…そんなこと…」
「でももだってもないよ、そんなうじうじしたゆゆは俺のゆゆじゃない。ゆゆはいつだって、自分の信念を意地でもどんな手を使ってでも貫いてくれないと、調子狂うよ。」
ゆゆには自分の心に素直なままでいてほしい。
人間になったからって変な遠慮を覚えないでほしい。
「やっぱりゆゆって、世界一シアワセもので、世界一のわがままだね。」
子どものように手を広げ抱擁を求めるゆゆを、さっきとは逆に抱きしめる。
少し濡れた頬が触れて、それをぬぐってやる。
ゆゆが俺のために起こしてくれたたくさんの奇跡を俺はきっと起こすことはできないけれど、せめて一つくらいはゆゆのために、彼女にとって奇跡と思えることを起こしてやりたい。
起こせないからとあきらめるのではなく、起こすためにもがいてもがいて、奇跡を起こすのがきっと人間のやり方だから、それをゆゆに伝えるためにも…。
俺はゆゆのお父さんを探し出す。