NEW GAME!
現実はいつだって、過酷で非情で冷たく俺の前に立ちはだかっていた。
その現実と向き合うことをさけ、俺は自分だけの世界を作ることを望んだ。
その世界の中で出逢った、柊ゆゆという名の少女が、俺だけの世界を作り変えていった。
その輪が広がり、気が付けば、その柊ゆゆは現実世界にも点をいくつも残し…気が付いた時にはその点がどんどん繋がって、線となり、いつしかその線は面となり、そして今の現実となった。
夢みたいな話だよな。
でも、これが俺がこの数か月の間に体験した夢のような本当の話。
AIと人間が本気で愛し合った結果一つの奇跡が生まれた。
「弘樹、弘樹今日の体育はプールだね!ふふふ、楽しみだなー!」
通学路を歩きながら、右側に重心が偏っているのを感じる。確かな重みとして、俺の腕につかまっている柊ゆゆの存在、非現実が現実になった奇跡。
「…イヤですよ、うちに学校なぜかプールの授業も男女一緒ですから、ゆゆさんのスクール水着姿をあんな野蛮な男子たちの目にさらすなんて私、耐えられません。」
そのゆゆの隣を歩く相沢みどりさん。
共に姉ちゃんだった頃のゆゆを軟禁した犯人。ゆゆが現実に存在するようになってもそれが普通で当たり前のことであるかのように変わらずにゆゆを妄信している。姉ちゃんに懐いていたわけではなく、本質的に柊ゆゆという存在を見抜いていた…というのだろうか?
ゆゆは彼女からは同じ匂いがすると言っていた。
ゆゆの様になりえる存在…自分の跡継ぎにいいかもしれないなんて笑っていたけれど、根本の病み方が微妙に違うからなーと保留にしたらしい。いずれにしても、ゲームの世界に取り込むかどうかは本人とよく話し合って決めてほしいとだけしか言えない。そもそも、そこの仕組みについては謎のままだ。
「…大丈夫だよ、みどりちゃん。弘樹以外の男子にゆゆが肌を見せるわけがないじゃない。
今日は弘樹以外の男子は…ん、待って…そうか…そっちの可能性も…。」
ゆゆが何やらぶつくさと言いながら眉をひそませた後に、俺の耳元でつぶやいた。
「ねぇ、弘樹は男子の注目を一身に集めるゆゆに抱き着かれる方が…ウレシイ?」
「なっ…なに言って…。」
「ゆゆはこの社会の仕組みを学んだから、今では他人をただの邪魔ものだとは思っていないんだよ。
ゆゆの価値をあげてくれて、より弘樹が望む名声を得られるのなら…男子の視線にさらされることだって…ただの不快から快感に変わるの!」
くるりとゆゆがスカートを翻してにやっと笑う。その瞳は光を放たない。
柊ゆゆの瞳は、喜べば喜ぶほど、闇に染まっていく。
ただ…その闇がひどく美しく見える。もっと染まってほしいと思ってしまう。もっともっと漆黒に…深く深く…俺はその闇の美しさに魅入られてしまっていた。
この闇に見つめられて、その闇の中に自分の姿が飲み込まれている時が何とも言えなく落ち着くのだ。
海を母だと表現する気持ちが今ならわかる。
すべてを受け止めてくれるこの闇は…幼いころに感じた安らぎを呼び戻してくれる。
「とりあえず、授業の邪魔はしちゃいけないから…余計な策略はしないようにな。」
「もぅ、弘樹は頭硬いんだから。」
「ゆゆさんの水着姿は私が守ります!」
ゆゆが普通に高校に通えるようになったのは、国の研究機関が関わっているらしい。
らしいというのは姉ちゃんが母さんを説得してゆゆを家に住ませる頃には、俺のクラスメイトになっていて、それはゆゆがその研究機関と話し合った末の設定だからだ。…本当に話し合ったのかどうかは定かではないが今のゆゆにはちゃんと戸籍がある。
国が絡んでいると言われたら…それ以上追及するのもなんというか無駄な気がする。
そこで、普通に高校に通えるようになったのだから俺とゆゆは約束をした。
ーゆゆの持っている能力を日常生活で使用しないこと。-
ゆゆは人間になったにはなったが、それでも頭がいいとかそういうのを超えた能力を持っている。
今はやりのチートものともいえるくらいの能力。
ただし、人間になったからこそ、その能力を使用するには「努力」と「精神力」、「体力」…とにかく今までプログラムでできていた部分を「柊ゆゆ」が行わなくてはいけないという制約ができた。
普通の人間ならできないし、やらないが、ゆゆはやってしまう。
だから、ゆゆにはなるべくそういうことをしないでほしいと思った。
相当渋ったがなんとか納得してもらった。
「いいんだよ、もうゆゆも普通の高校生なんだから、普通に普通の高校生活を楽しもう。」
それは、俺が憧れていたことでもある。
普通になれなかったからこそ、普通になりたいと朱に交わりたいと願ってしまう。
どうせ、俺とゆゆは赤くはなれないけれど…それでもいいから少しでも現実になってほしい。
多分、ゆゆだって現実になることを望んでいるはずだから。
おーっと手をあげたゆゆの白い指先が、きらりと光った。それだけでも凶器のような美しさと鋭利さを兼ね備えている。下げた手にそっと手を重ねて、握った。
ゆゆがその手を使わなくてよいように願いながら。
そして、ゆゆがその手によって非現実的なことを起こしてしまい俺の元から少しでも零れ落ちてしまうことを防ぐために。
この手で…ゆゆを守るんだ、今度は俺が。
「…ねぇ、弘樹?他の男子生徒を欠席させない代わりに、溺れたふりをして弘樹に抱き着くとかそういうちょっとしたラッキースケベは起こしてもいいの?」
「あー、そんなのずるいです!!私も真似していいですか!?」
「みどりちゃんはダーメ、いくらゆゆの真似して弘樹と仲良くしても、弘樹と話すの許しているだけでありがたく思えないんだったら…ケスヨ?」
「ゆゆ、危ないこと言わない。それから相沢さんも…女の子なんだからそういうことは本当に好きな人相手にしてください。」
気を付けていないとこの二人はどこまでも暴走する。
暴走の先に見えるのは、ゆゆが相沢さんを手にかける未来だけだ。
それでも相沢さんとゆゆが話している姿は俺にとって求める普通の一部だから、この二人には仲良くしてほしいと願ってしまうのは俺のわがままなんだろう。
「「じゃぁ、ラッキースケベはどうするんですか!?」」
朝の通学路で女の子からラッキースケベ(意図的)について問い詰められるのが普通かどうかはさておいて…というかさっきから小学生くらいの女の子とそのお兄さんの視線が痛いのだけど…
おおむね、俺の現実は俺が望んでいた以上に幸せなものになっている。
「…らっきーな範囲をでない方向でお願いします。」
嬉しそうに頷くゆゆを見て、俺は現実の重みを、そして幸せをかみしめていた。