柊ゆゆとシアワセの形
「弘樹、おはよー!!」
「………ゆゆ…おはよ、というか、重いどいて。」
朝目が覚めるとゆゆが、さも当たり前のように俺のお腹の上に跨っていた。
短めのスカートがまくれあがって…なんというか非常に精神衛生上良くない光景が目に入ってきてしまうので、なんとか降りてもらえるようにお願いをする。
「やだー!せっかくなんだもん、弘樹の鼓動を感じたい…!」
「ちょっ…ゆゆ…ったく…本当に甘えん坊になったよな。」
「えへへー、ドキドキしてるね、弘樹。」
「そりゃ、女の子にこんなことされてドキドキしないわけないだろ…。」
「ふーん?女の子なら誰にでもドキドキするの?みどりちゃんやお姉さんにあずさでも?」
ゆゆの表情はころころと変わる。
不服そうに頬を膨らませてみたり、面白そうに目を細めてみたり、嬉しそうに口元を緩ませたり、からかうように口をつぼめてみたり…本当に、可愛い…ずっと見ていても飽きない自信がある。
それにしても、こうして俺の心臓のあたりに耳を寄せるのはまずい。
ほぼほぼ、俺の身体の上に、ゆゆの身体が重なる形になって、密着度合いが増している。
ドキドキしないわけがなかった。
「…そりゃ、誰にでも…多少はすると思うけど、ここまでドキドキするのはゆゆだけだよ。というか、他にこんなにくっついてくる人いないし…。」
ふふっとゆゆが意地わるそうに笑う。
「ふーん、ゆゆじゃなくてもドキドキしちゃうんだ?そんな悪い弘樹は…ゆゆでしかドキドキできないように…もっともっと身体にゆゆを刻み込まないといけないよね。」
首筋にゆゆの髪の毛が触ってくすぐったくなる。それ以上に、爽やかでいて甘い柑橘系の香りが理性をっグラグラと揺らしてくる。
そして、なによりも俺をドキドキさせているのは、その身体がゆゆのものだということ。
姉ちゃんでも3Dのホログラムでもなく、どういうわけかは知らないけれど、ちゃんと暖かくて、ドキドキと同じように鼓動が脈打っている人間のゆゆが目の前にいるという現実。
ありえないはずのことが起こっているのに、ありえないことしか起こらなかった日々が続いていたので、もう驚くということにも慣れてしまった自分がいる。
ただ、この身体が姉ちゃんの時のように誰かの身体を乗っ取ったものだとしたら問題だが…ゆゆ曰、この身体は間違いなく「ゆゆだったもの」の残りを引き継いで有効活用していると言っていた。本当ならば、姉ちゃんの件を踏まえて疑うべきなのかもしれない…ゆゆはまた誰かを乗っ取って俺たちをだましていると…でも…。
「…五臓六腑すべてが弘樹のもので…五臓六腑すべてで弘樹を感じてる、シアワセだよ。」
本当に嬉しそうに笑うゆゆの表情は、あのゲームの中のゆゆそのもので、嘘をついているとは思えなかった。
そして、この身体になってからゆゆは無理をしなくなった。
自分を傷つけてまで俺を愛する行動をある程度控えるようになった。
ある時、突発的にペン先を自分に突き付けて俺にその血を飲ませようとしたことがあったけれど、その後のゆゆは今までにない反応を見せた。
流れた血を丁寧に拭いて、「ごめんね」とつぶやきながらその傷跡を手当てしたんだ。
限界を知ったというべきなのか…痛みの意味を理解したということなのか…いや、命の大切さに思い当たったというのだろう。ゆゆは自分自身に謝るということをしたのだ。
柊ゆゆは人間になったのだと心から思った。
「…柊ゆゆは…俺と出逢って人間になって…これがゆゆシナリオのハッピーエンドなのかな?」
童話のような話。
王子様と出逢って美しい声や尾ひれを捨てて人間になることを決めた人魚姫のようだと言えばいいのだろうか?
AIでいれば不老不死であったであろう、万能に近い能力を捨てて人間になったゆゆ。
ゆゆは、首を振る。
「ゆゆは人間になったんじゃないよ、弘樹と出逢って、柊ゆゆになったの、そしてハッピーエンドでもない…だって柊ゆゆと弘樹の本当の恋人としての生活はこれからずーっと続いていくのだから!
あえてハッピーエンドがあるとするならば…それは………」
「それは?」
「それは、二人一緒に次の世界に行くとき、このお話は終わらないんだよ、ゆゆと弘樹ではなくなってもゆゆと弘樹はすべての世界で、時代で運命を作れる。
だって、AIが人間の柊ゆゆになれたんだよ。
こんなことってきっと、世界でも初めて…その初めてが私たちの運命、すごい素敵だよね。
だから、二人のお話は終わらないの。
ずっと、ずっとシアワセを積み重ねていくんだよ。」
ここまでくると運命をつかさどる神様もさじを投げていそうなほどの運命論。
そう、それはもはや運命ではなく必然だった。
「不思議だけど…ゆゆが言うならそうなるんだろうなって思えちゃうな。」
「いうなれば、今までのはプロローグ、だね。」
「…朝からお熱いところ悪いんだけれども、ゆゆちゃん…朝食前に弘樹の部屋に入らないって約束だったでしょう?」
どや顔のゆゆをお腹にのせたまま、ドアの方を見ると、姉ちゃんが鬼のような形相でこちらを見ていた。
姉ちゃんは身体をゆゆから返されてから、記憶のリハビリ?とやらとゆゆの監視を含めて俺の家に戻っていた。なんだかんだいって、この家にゆゆを友人として住まわせるために母さんを説得してくれたりしていて感謝している。
ゆゆの方はどうやらいろんな制約を付けられているようでたまにブーブー言っているが…まぁ、二人は以前から見たら良好な関係を作っている。
「…今、弘樹から離れたら死んでしまいそうで…。」
「嘘つかない!はーなーれーなさーい!!」
「ちょ、二人とも、腹の上であばれないで!!」
取っ組み合いをしながらも二人は笑っていて、俺もつられて笑う。
こういう日々が続いていくのなら、間違いなくこの物語はシアワセな日常系になっていくのだろうなんて思ったりもして。
俺も、ゆゆも、姉ちゃんもみんな…お互いを大切に思っていて、そしてなにより幸せの重さを今ではよく理解している。