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Because  作者: 緋龍
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『闇』の少女

 いつからだろう、光の下にいることが怖くなったのは。


 ヴァラファール大陸の中心にある国ローディスの王都、ラシィリニオス。

 緑と活気に溢れたこの町の片隅には、小さな家があった。

 何の変哲もない、ありふれた目立たない家。

 誰の眼にも止まらないこの家に驚くべき秘密があるなど誰が思うだろう。

 薄っすらと埃の積もった狭い廊下を進むとある小さな扉。一見すると物入れにしか見えないが、よく観察すると異様に頑丈でぶ厚い造りになっているのが分かる。

 鍵穴はない。だが、鍵がかかっているように、押しても引いてもびくともしない。

 何故なら、固く閉ざされた扉は、決められた手順で合図を送らない限り決して開かれることはないからだ。

 扉の先には階段があり、下りた先には上の家からは考えられないほどの広さの居住空間が広がっている。


 『闇』の住み処。


 それが私の家。

 『闇』は裏の組織。秘密裏に依頼を受け、秘密裏に仕事をこなす。

 密やかに、確実に。

 物心ついたときにはここにいた。

 両親はすでにこの世にはいない――そう聞かされただけなので本当かどうかは分からないけれど。

 嘘だったとしても別に構わない。生きていたとしても会いたいと思わない。

 ――私は“普通”の人間ではないから。


 初めて人を殺したのは六歳のとき。

 どこかの港町の商人だった。命じられるままだったからよくは覚えていない。

 迷子を装って近づいたら簡単に信用してくれ、一緒に捜してあげようと言ってきた。

 路地裏に連れて行き、高いところから親を捜したいと肩車をせがんだ。そして背に乗ったところで、背後から喉を斬り裂いた。

 驚くほどあっけなかった。

 だけど、その後しばらくの間、悪夢にうなされた。

 始まりはいつもの日常。だが、ふと気が付くと手が生温かい血で濡れていて、顔を上げると男の死に顔が眼の前にあるのだ。

 はっと飛び起きて手を見る。綺麗な白い手。

 大丈夫、あれは夢だ。

 そう自分に言い聞かせてまた眠りについた。


 それから二年が過ぎたころだっただろうか。

 『闇』での生活が嫌になって逃げだしたことがあった。

 物陰でじっと息をひそめて一晩を過ごし、陽が昇り人が行き交うようになると、彼らと同じように通りを歩いた。

 賑やかで活気があって楽しそうで温かかった。自分もこんな風に誰かと笑いあって過ごしたいと思った。

 一際高い声が聞こえた。

 見ると自分と同じくらいの年ごろの少女が三人、輪になって騒いでいた。


 ――いいな。私も交じりたい。


 自然と足がそちらに向かう。緊張と期待で心臓がどきどきした。

 だが――


「ねえねえ、この髪飾り似合う?」


「うわぁ、すっごく可愛い! どうしたのそれ?」


「お父さんがヴィアン=オルガ国で買ってきてくれたの! この模様は雪の結晶なんだって!」


「いいなぁ! 私の家はパン屋だから他の国に行くことなんてないし……ねえ、それ貸してくれない? 今度バナッグさんの家に家族で行くの。そのとき目一杯お洒落して行きたいのよ」


「なあに? タッゼ君に気に入られようとしてるの?」


「バナッグさん家はお金持ちだもんねー。お母さんがいつも言ってるわ」


「そ、そんなんじゃないってば」


 少女たちがきゃっきゃと笑う声に押されるように、私は彼女たちから足早に遠ざかった。

 通りを出るころには全速力で駆けていた。

 王都を飛び出し体力が続く限り走り続けた。

 あれはどの辺りだっただろう。

 近くに川が流れていたように思う。

 走り疲れた私は倒れるように地面にしゃがみ込み、はあはあと荒い息を吐いた。


 ――髪飾り? 相手を油断させるための道具じゃない。贈り物? 対象を殺す手段の一つでしょう。


 彼女たちの会話が理解できなかった。『闇』で教えられてきたこととは全然違った。

 でも間違ってるのは自分の方なのだろうと思った。

 気付くと私は泣いていた。

 『闇』の教育係は私が泣くとひどく怒った。だからずっと泣かないようにしてきた。

 だけど、一度零れた涙はなかなか止まらなかった。

 どれくらい経っただろう。

 ごろごろという音が聞こえてきて顔を上げると、晴れていた空はいつの間にか灰色へと変わっていた。

 一瞬空が真っ白に光り、続いて閃光が縦に走る。

 雷光。

 雨とともに現れたその光はとても美しく、私は魅入られたようにずっと空を見上げていた。

 流した涙は雨と同化していた。


 それから私は『闇』での生活を受け入れた。

 訓練に励み、知識を蓄え、自分を磨いた。

 十歳を迎えるころには、お前はもう一人前だとおさに認められるまでになった。

 悪夢も見なくなっていた。

 私の中から罪悪感と言うものが消えたからだろう。人を殺すことに躊躇いを覚えなくなったからだろう。

 私は“普通”ではない。

 でも、それで構わない。

 光の下で笑う少女のようにはなれなくても、私は自分が不幸だとは思わない。

 私のいるべき場所は『闇』の中にしかないのだ。


 もし生みの親が生きていたとしても、こんな私に会いたいとは思わないだろう。

 だから私も会うことを望まない。

 私はこれからも『闇』の中で生きていく。

 死が訪れるその日まで――



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