第五話; おさむちゃんでぇえす‼︎
時沢おさむ(四十六歳、係長、独身)は、心優しい男である。
その持ち前の優しさで、職場の部下達には信頼をされているが、上司には出世欲が無いと言われたりする。
付き合った女性からは、優しすぎるという理由で別れを告げられ、他の男に乗り換えられたりしていた。
そんな彼に、最近ペットができた。
ペットの名前は『ケリー』。
大型の魔獣、ケルベロスのメスである。
以下は、彼とケリーの出会いを簡単に説明したものである。
時沢は月桜町のはずれに住んでいるのだが、その彼の家の庭で傷つき倒れていたのがケリーだった。
なぜ、こんな所にケルベロスがしかも傷だらけで倒れているのか。 そんなことは、心優しい男、時沢にとっては些細な問題である。
彼が真っ先にとった行動は、とにもかくにも傷の手当てだった。
一週間近く、時沢は家にいる時間のほぼ全てを使ってケリーの手当てを行なった。
傷が回復すると、ケリーはすっかり時沢に懐いていた。
本来なら、特別な装置や、魔獣専門の調教師がいないとケルベロスという種族は人間のいうことをきかない。
ましてや、懐いてもらうには、かなり長い年月を必要とする。
運命の出会い。
時沢は、ケリーに対してそういったものを感じていた。
それから、一人と一匹は、日を重ねるごとに仲良くなっていき、共にパートナーとして固い信頼を得ていった。
これが、彼らの出会いである。
そして、時沢家にケリーがやって来てから半年が経った日、ケリーは忽然と姿を消した。
時沢が黒霧のもとにやってくる、前日の話である。
その後は、以前時沢が黒霧に語った通りである。
少ない情報網で、ペットを探してくれそうな人物を探したが、断られ続けて、最後に黒霧が依頼を受けたのだ。
しかし問題はその後に起きた。
ケリー捜索の依頼が無事にできた時沢は家で休んでいた。
そこに突然、男が現れたのだ。
本当に突然。
何もない場所にいきなり男は現れた。
男は顔のいたるところにピアスをつけていて、派手なメイクもしていた。
時沢はあまり詳しくはないが、ビジュアル系のバンドなんかにいそうだなと感じた。
「お前か、コソコソと俺らのことをかぎまわってんのは」
「はい?」
身に覚えのない容疑をかけられた時沢は、相手の言っている言葉がまるで理解できなかった。
ただ、なんとなく雰囲気悪いなあ、くらいしかわかってなかった。
「ふん、まあいいか」
そう言うと男は右手を時沢の肩に当てた。
すると次の瞬間、男と時沢は先ほどまでいた時沢の家とはまるで違う、狭くて暗い、コンクリートに囲まれた部屋にきていた。
時沢はわけもわからないうちに、男に無理矢理引っ張られ、部屋の外に連れて行かれた。
部屋の外は、広めの別の部屋になっていて、そこには十人程度のガラの悪い男達が立っている。
そしてその真ん中に、おそらくこの団体のリーダー格と思われる、フードを被った男がいた。
「ほらよ、飼い主を連れてきたぜ」
「おお、さすがはギャリー殿だ‼︎ 相変わらず仕事が早い‼︎」
ギャリーと呼ばれた派手な男は、時沢をフードを被った男の前に差し出した。
時沢は、普段の生活ではまず関わることのないであろう、危険な男達に内心恐怖しながらも、勇気を振り絞って声を発した。
「な、なんなんですか、貴方達は? それにここは、ど、どこですか? 何故私を……」
「だまらっしゃい‼︎」
フードの男が、時沢の勇気を一括で打ち砕く。
「あんたが、やたらめったらにケルベロスの捜索を頼み込むもんだから、我々の仕事に邪魔がはいりそうなんだよ‼︎」
「ケルベロスって……、貴方達、ケリーがどうなったか知っているのですか⁉︎」
おもわず大きな声が出てしまった時沢を、周りのガラの悪い男達が黙らせようと近ずく。
が、フードの男はそれを制止して、話を続けた。
時沢にはフードのせいで、口元しか見えないが、男の口角はニヤニヤと時沢をバカにしたようにつり上がっていた。
「ケリーってのは、ケルベロスの名前かな? フフフ、メスのケルベロスだからケリーとは、また随分安直な……」
フードの男がそう言うと、周りの男達は時沢をバカにするように笑い出した。
「あんたの可愛いペットのケリーちゃん、会いたいだろぅ? 会わせてやろうかぁ?」
その言葉を聞いて、時沢はようやく大まかな状況を理解した。
「ま、まさか貴方達がケリーを……?」
次の瞬間、フードの男は堰を切ったように一気に話しだした。
「フゥゥハハハハッ‼︎ その通りだぁ‼︎ 我々『M・スイーパーズ』は、魔獣専門の盗賊団なのだぁっ‼︎ この世界一の大都市、月桜町で一旗あげて、ビックになる為はるばる『イーストウインド大陸』からやって来たのだ‼︎」
周りの男達がそーだー‼︎ と、声をあげている。
「今回、月桜町での初仕事がまさかケルベロス捕獲になるとは、良い誤算だった‼︎ これで一気に我々の名前も町中にとどろくはず‼︎ そう‼︎ この俺の『魔獣操作員』と、我らが助っ人ギャリー殿の『瞬間の運送屋』の能力があれば怖いものなどあんまりない‼︎ よし‼︎ いいかお前ら、いくぞ‼︎ 一、二、三‼︎」
次の瞬間、ギャリーと時沢以外の全員が声を会わせて叫んだ。
「「「盗賊王に俺たちはなる‼︎」」」
「……」
「……」
黙り込むギャリーと時沢。
無音の室内。
満足そうにポーズをきめる盗賊団。
時沢は、拍手するべきかどうか悩んで、手をそわそわさせている。
悩みぬいた結果、時沢が拍手をしようとした瞬間、いきなり別の部屋から獣の吠える声が聞こえてきた。
「この声は⁉︎」
その声は重鈍で腹に響く、聞かせただけで他者をひるませる強者の声。
普通なら冥界の番犬と恐れられる声。
しかし、時沢にとっては、何よりも聴きたかった愛する者の声。
「ケリー‼︎ いるのですか? 隣の部屋ですか⁉︎」
「黙っとけよ」
「痛っ‼︎」
興奮した時沢を、ギャリーが一瞬でねじ伏せる。
ギャリーは、時沢を抑えながらフードの男に話しかける。
「おい、早く止めてくれ。 どっちもうるさくてかなわん」
「わかっているとも。 ……そうだ飼い主、お前も見に来るか? 朝には売り飛ばす予定だからな、最後に愛しのケリーちゃんを見ておきたいだろぅ?」
「売り飛ばす……⁉︎ そ、そんな、ケリー……」
「クックックック‼︎ ではギャリー殿、すまないが飼い主さんを連れてきてもらえますかな?」
「余計なことを」
ギャリーはそう呟きながらも、時沢の腕を後ろにまわして抑えながら、隣の部屋に向かった。
隣の部屋はかなり広く、その中の大部分が巨大な檻になっていた。
そしてその檻の中に、大型の魔獣、ケルベロスが興奮した状態で吠えていた。
「ケリー‼︎ 私です‼︎ 大丈夫ですか⁉︎ ケリー‼︎」
「うるさいぞ。 少しは学習しろよ」
「グアァッ‼︎」
時沢が腕を締め上げられるのに気づいたケリーは、檻を壊そうと暴れ始めた。
「おい‼︎ 早く止めねえか‼︎」
「今やるともよ‼︎」
フードの男はそう言うと、ケリーに向けて両手を広げて叫んだ。
「静まれ、ケルベロス‼︎ 『魔獣操作員』‼︎」
すると次の瞬間、フードの男の手から紫の光が放たれた。
その光は、そのままケリーの体を包むように広がっていく。
すると、暴れていたのが嘘のようにケリーはおとなしくなってしまった。
「これが俺の能力だ。 この力で俺は盗賊界のトップに立つ‼︎ あんたとケルベロスは、その為の第一歩だ」
「あ、ああ、ケリー……」
「飼い主のおっさん諦めな。 あんたもケルベロスも今日の朝には、物好きな成金野郎に売り飛ばされる。 残念だったな」
「そ、そんな」
時沢は、自分もケリーも助からないことを自覚し始めて、うなだれていた。
盗賊団は酒を持ち寄り、仕事の成功を祝い始めていた。
ギャリーも、時沢に抵抗の意思がないのを確認すると、盗賊団と一緒に酒を飲み始めた。
ケリーは、うなだれる時沢を悲しそうに見つめていた。
盗賊団は浮かれて、時沢達は絶望していた。
当然である。
常識的に考えて、誰も知らない盗賊団の、誰も知らない仕事の邪魔をする奴なんているわけがない。
それは時沢も同じで、こんな独り身のおっさんを助けてくれる人など普通、いる筈がない。
だが、町の端で仕事と家の往復ばかりの時沢と、新参者の盗賊団は知らなかった。
この町は『月桜町』。
普通や、常識的に、なんて考えが通じる町ではないのだ。
そんな甘い考えは、コンクリートでできた壁と一緒にぶち壊されるのである。
「ウオリャァァァァッ‼︎‼︎」
ドデカイ叫び声と共に、部屋の壁が吹っ飛ぶ。
「な、なんだぁっ⁉︎」
盗賊団が壊れた壁の方を向くと、瓦礫の上に真っ赤な髪の少女が立っていた。
そして少しすると、その後ろから黒いスーツを着た男がダラダラと歩いてくる。
「お前ら‼︎ いったいなにもんだぁっ‼︎‼︎」
動揺しまくっているフードの男が、いきなり現れた意味不明な二人組に向かって叫ぶ。
その問いに、二人は余裕たっぷりに口を開いた。
「え? 俺たちがなにものかって?」
「私達を知らないとは、モグリか貴様」
そう言うと二人は、アイコンタクトをとって、いきなりポーズをとりながら、語り始めた。
「トラブル止まぬ、月桜町‼︎」
「困ったことあれば、すぐに解決‼︎」
「依頼とあらば、弱者も強者も皆んな助ける‼︎」
「なんでもできる、探偵屋‼︎」
「そう‼︎ 俺たちが‼︎」
「私達が‼︎」
「「『ダブルバレット・ルーレット』だ‼︎‼︎」」
ドーン‼︎ とか、バァーン‼︎ とか、とにかくなんかそういう効果音でも欲しくなる前口上が今、二人の中では完璧に決まった。
「……」
「……」
「……」
しかし、空気は冷たかった。
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最後の口上は、暇なときに黒霧とエンマの二人で考えました。
二人共、かなり気に入っているのでノリノリ。
ただ、ウラクリア達の前で披露した際は、乾いた拍手と微妙な空気をいただきました。
次回、初バトルシーンに続く。