第四話; 『能力』と、面倒な真実
「さて、はなしを聞かせてもらうわよ」
ウラクリアの自室内。
黒霧とウラクリアは、テーブルを挟んで向かい合うよう置かれたソファーに腰掛けている。
「貴方は、先程私に自分の血を報酬として捧げる、と言ったわね」
「ああ、言ったな」
「その意味、もちろんわかっているのでしょうね?」
「わかってる。 吸血鬼に血を捧げる、即ち、その吸血鬼の眷属になるということだ」
黒霧は紅茶をすすりながら、淡々と話す。
その様子を見たウラクリアは、納得のいかない表情で更に質問をする。
「そこまでわかっていて、なぜ血を捧げるなんていったのかしら? 私が言うのもなんだけど、吸血鬼の眷属なんてロクなもんじゃないわよ」
「不死身、不老不死、スタンドパワーが手に入るだけでも十分メリットあるだろ?」
「いや、スタンドとか、ないから。 そういうんじゃないから。 なに? まさかふざけているんじゃないでしょうね?」
「ふざけてるように見えるか?」
「見えるから言ってんのよ。 だいたいにして、貴方不死はともかく、『不老』に関しては必要ないでしょ。 あまりふざけるようなら、館から叩き出すわよ」
エンマよりも暗く、深い紅色の瞳が黒霧を睨みつける。
黒霧は飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置き、ウラクリアの瞳を見つめ返す。
相変わらず、どこか余裕のある表情で、いまいち考えが読み取れない。
ウラクリアが、考えのわからない黒霧に対してほんの少し動揺し始めた瞬間、黒霧は彼女の瞳を見つめながら話し始めた。
「別に不死になりたいわけじゃないさ。 それにふざけてもいない。 最初に言った通り、これは依頼に対する報酬だ。 それ以上の意味はないよ」
「だとしても、たかだかケルベロス一匹見つけるのに、どれだけの代償を払うつもりよ。 割りにあっていないわ」
「なんだよ、昔俺を眷属にしたいって言ってたじゃねえか」
「確かに私は昔、貴方を眷属に欲しいと言ったこともあったわ。 でもそれはこんな、商売の道具としてという意味じゃないわ。 そんなこともわかってもらえないほど、貴方と私の関係は軽いものだったのかしら?」
ウラクリアの真剣な表情に、黒霧は諦めるように話した。
「……悪かった。 まあつまり、俺の血は受け取ってもらえないってことか?」
「そうよ。 だいたい、今の貴方を眷属にしたって、百害あって一利なしよ」
フウ。 と二人同時に息を吐く。
どことなく、ウラクリアの方が安心したような表情をしている。
「でもよ、そしたら報酬はどうしたらいいんだ? 言っちゃ悪いが、金はないぞ」
「わかっているわよ。 貴方が昨日大家さんに謝り倒しているところを『観て』いたからね」
「おい、趣味悪いぞ」
「まあ、そんな貴方の醜態を覗き観た謝罪も含めて、今回はタダでいいわよ」
「おいおい、マジか?」
「マジよ。 銀狼の邪魔がはいったけど、なんだかんだエンマちゃんと遊べたのは楽しかったし、エンマちゃん柔らかかったし。 金が無くて身売りまでしだす親友から報酬むしり取るほど私は強欲じゃないわよ。 後、エンマちゃんの肌スベスベだったし」
「……ありがとう、変態」
「おかしいわね、感謝されているはずなのに、酷く傷ついたわ。 なんだか慰謝料が欲しくなりそう」
「ウラクリア・ドーラ様に最大級の感謝を‼︎ 再度エンマと共に訪問させていただきます‼︎」
「よろしい」
床に片膝をついて頭を垂れる黒霧を見て、ウラクリアは微笑みながら立ち上がった。
「さて、それじゃあ少し時間がかかったけれども、始めましょうか。 ケルベロス探しを」
場所は変わり。
黒霧とウラクリアは、銀狼とエンマのいる館の客室に来た。
「お話は終わりましたか?」
「ええ、銀狼。 今回の依頼はタダで受けてあげることにしたわ」
「……そうですか。 かしこまりました」
銀狼とウラクリアが話していると、元気になったエンマが黒霧のもとへ駆け寄った。
「夜鷹、タダって本当か? どんだけ汚いことしたらタダになるんだ?」
「いや、お前俺をなんだと思ってんの? ちゃんと誠心誠意、真心を込めて交渉した結果だ」
「え、ウソくさい」
「酷いもんだぜ」
二人の会話をさえぎるように、ウラクリアが皆の前に出てくる。
「さて、そろそろいいかしら? 今からケルベロスを探すわよ」
ウラクリアはそう言うと、全員が注目する中、スッと眼を閉じた。
そして少しの時間をおいた後、一気に眼を見開く。
しかしその眼差しは、ただまっすぐに向けられているだけで、まるでこの空間とは『別の場所』を見ているようだった。
「……いきなり眼をやたらひらいて、こいつはいったいなにを始めたのだ?」
「ん? あ、そうか。 エンマはいっつも結果だけ聞かされてたから、どうやってウラクリアが情報を集めているか知らなかったか」
「うん。 できるだけ、この女には関わらないようにしていたからな」
「まあ、気持ちはわかる」
エンマが嫌そうな目つきでウラクリアを見ていると、銀狼がウラクリアのやっていることについての説明を始めた。
「結論だけ先に言いますと、ウラクリア様は今『過去と現在のケルベロス』を観ています」
「過去と現在って、なに? どうゆうことだ?」
「はい。 では、順を追って説明しますね。 まず、エンマ様は『能力』についてはどの程度ご存じですか?」
「『能力』というのは、この世界に住む者が、稀に会得していると言われる特別な力のことだ。 ……って、そんなことは誰でも知ってる常識だろう。 だいたいが、私だって『能力持ち』だしな」
「その通りです。 『能力』の種類は様々ですが、現在、人妖含めた総人口の約一割が『能力持ち』らしいです」
「つまり、こいつも『能力持ち』でその『能力』を使ってケルベロスを探しているのか」
「そういうことです。 我が主ウラクリア・ドーラは、『全知の眼』という『能力』により、過去と現在、全ての事象を観測することができるのです」
銀狼が話し終えると、黒霧が補足にという形で続けて説明した。
「つまりこいつは、過去と現在、いつ、どこで、誰が、なにを、どのようにしていたのか、これが手に取るようにわかるってことだ」
「とんでもない『能力』だな……」
「って言っても、観ようと思わないと観れないし、なにより『能力』発動中は、見ての通り無防備になるからな。 弱点は多いぜ」
「まあ、その弱点を補う為に私がいるのですけどもね」
「銀狼も『能力持ち』なのか?」
「いえ、私はなにも『能力』はありません。 まあ、人狼という種族自体が、人間からすれば『能力』のようなものなのでしょうが……」
などと三人が話し終えると同時に、ウラクリアが『能力』を解いた。
ウラクリアは少し疲れた様子だったが、すぐに観た結果を話し始めた。
「フゥ〜。 わかったわよ。 ケルベロスの居場所」
「どこだ?」
「案外近くよ。 この歓楽街のビルの地下に閉じ込められているわ」
「は? この辺りに? あんなでかいやつをか?」
「ええ。 しかもちょっと面倒くさいことになっているみたいね」
黒霧の顔が、少々ひきつる。
どうやら、面倒くさいという言葉に反応したようだ。
「ケルベロスはどうやら、魔獣専門の盗賊団に連れさらわれたみたいね」
「え? ケルベロスを簡単に捕獲できる盗賊団なんか、最近いたか?」
「ルーキー、と言うより、他の土地から来た連中の様ね。 盗賊団の規模は十二人。 しかも内二人が『能力持ち』みたいね」
それを聞いた黒霧があからさまに、面倒くさそうな顔をした。
そして、面倒くさそうな顔のまま、質問する。
「『能力』の内容は解るか?」
「もちろん。 一人はいつもフードを被った男なんだけど、こいつはどうやら魔獣を操れるようね」
黒霧はさらに面倒くさそう、というか嫌そうな顔をした。
しかし、それもそのはず。
なぜなら、魔獣を操れるということは、ケルベロスと戦闘になる可能性がかなり高くなるということを意味していたからである。
「……もう一人は?」
「もう一人は、瞬間移動の『能力持ち』ね。 この力でケルベロスを移動させたみたいね」
瞬間移動ということは、最悪すぐに遠いどこかに逃げられる可能性が高い。
ということがわかってしまったので、黒霧の面倒くさいメーターは今、マックスに達した。
「じゃあぁ、早く行かないとねえぇ……。 ありがとぉ、行ってきまぁす……」
「おい夜鷹、お前やる気なくなりすぎだろ」
エンマが黒霧をなだめていると、待ちなさい、とウラクリアが二人を呼び止めた。
嫌な予感。
不思議とそういうものはよく当たるものだが、まさに今の黒霧もそんなところであろう。
ゆっくりと、後ろを振り向き黒霧はウラクリアの言葉を聞いた。
聞きたくないけど聞いた。
その内容はやはり、厄介な内容だった。
「貴方達に依頼をした時沢という男性も、一緒に捕まっているわ」
「……」
黒霧の面倒くさいメーターが、今、完全に振り切れた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
『能力持ち』が二人も在籍する盗賊団。
彼らは、新しく来た町でいきなりケルベロス強奪という、でかい仕事をやってのけた嬉しさから、アジトで祝杯を挙げていた。
大変だった。
やっと、盗賊団として、でかい仕事に成功した。
今までのつらい日々を思い出し、彼らは一時の酒に溺れた。
しかし、それも後数時間の話であるのだが……。
次回、盗賊団、お前らはすでに死んでいる。