第二話;ようこそ変態の館へ
ケルベロスとは、三つの首を持った冥界の番犬である。
冥界から逃げ出そうとする魂を、捕らえ貪り食う様子から『地獄の番犬』とも呼ばれている。
(Wikipediaより抜粋)
現在この世界では、伝説に残るケルベロスの子孫が世界中に点在しているが、そのほとんどが要所の警備や富裕層のペットとして生活している。
また、初代のケルベロスに比べると大変弱体化しており、魂を喰らう、などということもできない。
つまり現代では、三つの首のでかい犬というのが一般認識である。
しかし、それでもその辺の獣やモンスターなどが太刀打ちできる相手ではない。
もちろん普通の人間も勝てはしない。
もし、飼いならされていない野生のケルベロスが存在したら、超危険生物として処理されるだろう。
今説明したことは、この世界に住む者なら誰でも知っていることである。
つまり、黒霧も知っている。
だから黒霧は、後悔していた。
「やっぱ断れば良かった……」
深いため息をつきながら、黒霧はエンマと共に町の中を歩いていた。
「なにをそんなに嫌がる? せっかく入った仕事ではないか」
鬱々として歩く黒霧を見かねて、エンマが声をかける。
彼女は先程、宿敵エムタークを撃破したおかげか、黒霧とは反対に機嫌が良く、やる気十分。
真っ赤な髪はいつも以上に赤く、真紅の瞳はランランと輝いていた。
「いやだって、ケルベロスよ? しかも大型の。 お前怖くないの?」
「魔王エムタークを倒した今の私にとって、ケルベロスなど恐るるに足りんわ‼︎」
「いや、それゲームの話だからね? お前みたいに現実とゲームをごっちゃにする奴がいるから、偉い大人の人達にすぐ規制規制って言われるんだよ」
黒霧は気だるそうに言葉を返しながら、町の歓楽街がある方向へ向かって行った。
ちなみにこの町、月桜町は、現代日本の街並みと作りが酷似しており、また、名前には町とあるが実際は大都市並みに大きい。
そのため、この町には生きていく上で必要な居住地、仕事場、娯楽施設、その他ほとんどのものが揃っていて、中には死ぬまでほとんど町の外へ出ることなく暮らす者もいる。
ただ、以前述べたようにここには、人間、妖怪、魔族に、獣人と、他様々な種族が暮らしている。
もちろんこの町以外にも、多種族が混同して暮らしている地域や町は存在するが、月桜町ほど多くの種族が同時に存在し、また、大きな町はない。
世界中でも類を見ない、特別な場所なのである。
だがそのために、町がかかえる問題も大小様々、多種多様であり、犯罪なども含めて数多くの厄介ごとが存在する町としても、世界中で類を見ない特別な場所である。
それはさておき。
黒霧がペット(ケルベロス)探しをする為になぜ歓楽街に向かっているのか。
当然、遊びに来たのではない。 情報を得るために来たのだ。
とは言え、いちいち飲み屋をまわって聞き込み調査などはしない。
もちろんそういうことが必要な場合もあるが、今回は違う。
それについて、エンマがなぜか、と黒霧に尋ねたところ。
「ケルベロスみたいな目立つペットが、いきなり行方不明になって、しかも目撃情報が無いなんてことは普通はありえないだろ。 つまりこっちも、普通に探してたんじゃ見つけようが無いってことだ」
ということらしい。
だがこれだけでは、結局黒霧がケルベロスを見つけるための情報を、どうやって得るのかまるでわからない。
説明不足である。
しかし、黒霧と約二年間共に暮らして、仕事を続けてきたエンマには十分伝わったようで、あぁ、と納得した表情をしていた。
「でも、だったらなぜ私も連れてきたのだ? 私はどうもあの女が苦手で……」
「それはわかってるけど、向こうがお前を気に入ってるんだよ。 お前がいれば面倒くさい交渉が楽に終わるんだ。 これも仕事のうちなんだから、あんまりワガママ言わない」
「ウ〜。それではまるで交渉の道具ではないか、納得できん」
「納得できなくても、やらなきゃいけないことが世の中にはた〜っくさんあるんだよ。 良かったじゃねえか、これでまた一歩大人になれたじゃん」
「また一歩、汚い大人の世界に引きずりこまれただけではないか……」
気づくとエンマの髪も瞳もしょんぼりとしていて、最初のやる気も半減気味。
しかしそんなエンマの気持ちもお構いなしに、黒霧はずんずんと歓楽街の中に入っていった。
黒霧とエンマは、歓楽街の大通りから小道に入って行き、そこからさらに右へ左へと、曲りながら奥へと入って行く。
何も知らないで入れば確実に迷ってしまいそうな路地裏を、黒霧は一切の迷いなく進んでいく。
しばらく進むと、少し開けた場所にでた。
そこは、ちょっとした広めの空き地といった感じの場所だった。
しかし、この大都会とも呼べる月桜町のど真ん中、しかも飲み屋や風俗店にラブホテルなどのビルが周りに建ち並ぶ歓楽街の中と考えると、なかなかに異様な雰囲気である。
そしてその空き地の真ん中に、さらに異彩を放つ建物が建っている。
それはまさに、ザ・洋館といった感じの建物なのだが、まあ小さいのだ。
いや、実際は普通の一軒家よりも少し小さい位なのだが、その洋館の醸し出す雰囲気に対して、この大きさはあまりにも不釣り合いだった。
どう考えても、この場所や周りの雰囲気に対して異様な建物で不気味なのに、そのサイズは周りの建物を気遣ったというか、土地の広さに対して、やけに現実的な大きさに収まっているので、妙に可愛く見えてくる。
そんな、怖がればいいのか、ネタとして写真のひとつでも撮ってみたほうがいいのか、なんともリアクションに困る洋館。
この洋館こそが、黒霧達の目的の場所で、ケルベロスの情報が入手できる場所なのである。
「いつ来てもここは胡散臭い場所だな」
「それについては激しく同意するが、中では言うなよ」
玄関で呼び鈴を押しながら失礼な会話を二人がしていると、ゆっくりと洋館の扉が中から開かれた。
「あら、やっと来たわね。 私の予想よりも三時間遅い到着ね」
扉の奥から現れたのは、一言でいえば絶世の美女であった。
しかし、その顔立ちはどこか悪女を彷彿とさせ、開いた口からは大きな牙が見える。
また、背中に生えたコウモリのような羽は、豊満ながらも締まるところは締まった美しい身体の印象を軽く超えるインパクトを持っていた。
要するに彼女は、吸血鬼だった。
彼女は、黒霧に話しかけた後、彼の後ろに隠れるように立っていたエンマを見つけた。
そしてその瞬間、吸血鬼……というか、彼女自身の本能……いや、煩悩が爆発した。
「って、や〜ん‼︎ エンマちゃんじゃないの〜‼︎ キャー‼︎ 今日も可愛いー‼︎ ねえねえ、だっこしてもいい? てゆうか、ほうずりしていい?」
「おい、わかっていると思うが、今日は普通に仕事の依頼で……」
「知ってる知ってる、だから、ね? エンマちゃん、一緒にお風呂入りましょう‼︎ てかもうお姉さんに舐めさせなさい‼︎ というか一緒に寝ましょう‼︎」
「よ、夜鷹ぁ、助けてくれえぇぇ……‼︎」
吸血鬼(暴走モード)のお姉さんに、あっという間に連れられていったエンマを見た黒霧は、そういえば今日は満月だったなあと、すっかり暗くなっていた空を見上げて月を確認した後、ゆっくりと洋館の扉を閉めたのだった。
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いっぽうその頃。
依頼主である時沢さんは、ペットのケルベロス(名前はケリー)を思って夜空を見上げていた。
するとその時、夜空に一筋の光が流れた。
「あ、流れ星です‼︎ ケリーが無事でありますように、ケリーが無事でありますよ…………消えてしまいました」
時沢おさむ、四十六歳独身サラリーマン(係長)しょんぼり。
次回、変態吸血鬼のお姉さんとの交渉に続く。