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第零話;プロローグ ~真っ赤な少女と真っ黒な男~

 ここは、とある魔王が住んでいた城。


 今は瓦礫の山に成り果て、唯一残った玉座の間も屋根が半壊して、激しい雷雨にさらされていた。


 もはや繁栄していた頃の面影もなく、人はおろか魔族も寄りつかない魔王城。


 その玉座に、寒さから身を守るように丸まって座る少女がいた。


 真紅の長髪は雨に濡れ、細い身体は寒さに震え、紅玉のように美しかった瞳からは光が失われている。



 少女の名前は『アカギ・エンマ』。


 この城の現在の所有者。

 今は亡き魔王の一人娘である。


 エンマは、ボウ……と壊れた屋根から、ひたすら雨が降り続ける空を見上げて、数日前のことを思い出していた。


 それは、彼女にとってはあまりに突然の出来事だった。

 勇者を名乗る男が率いる軍勢が、城を襲撃したのだ。


 勇者の軍勢は多勢で、魔王軍の戦力では太刀打ちできなかった。


 当時、エンマも父親である魔王と共に戦い死ぬ覚悟であったが、側近達によって、エンマだけが隠し部屋へと移され閉じ込められてしまった。


 数時間後、エンマが自力で隠し部屋から脱出すると、そこには無残に殺されバラバラになった父の姿があった。


 エンマは三日三晩泣き続け、その後父や側近、そのほかの兵士やその家族の亡きがらを城の敷地内に埋めて、墓を建てた。

 そうしてできた墓を見て、誰もいない瓦礫の城を歩き、彼女はまた泣いた。


 泣きつかれているうちに、何もかもがどうでもよくなった。


 そうしてエンマは、かつて父が座っていた玉座に座り、動かないようになった。

 考えることを放棄しようとした。


 なぜ自分だけが、これからどうすれば、そんなことはもう考え飽きた。

 このまま何もせずに死んでしまいたい。


 この雨が止んだら、もう一度だけ墓に行こう。

 そして、自ら命を絶とう。



 そう、エンマが心の中で決めた瞬間だった。


「痛ったいッ‼︎ ちょっ、なにこれ? なんか引っかかった⁉︎」

「……?」


 この数日間、いや、数週間だっただろうか。 そんなことはもうわからないが、エンマにとっては随分久しぶりに聞いた他人の声だった。


 ……ずいぶんとマヌケではあったが。


「お、いたいた。 探したぞ‼︎ お前がルーク……いや、魔王の娘だな?」


 黒のスーツにハットといういでたちの、マヌケそうな人間の男が、瓦礫の山を押しのけてエンマの前に現れた。


 自分を探していた。

 そう聞いたエンマには、一つの答えしか浮かばなかった。


「……魔王軍の残党狩りか。 好きにしろ、私も今ちょうど死のうと思っていたところだ」


 エンマにとって、このタイミングで自分を探す人間の目的は、それくらいしか思い浮かばなかった。


 が、当のスーツ男はキョトンとしていてまるで殺気がない。

 まるで、予想外の反応に驚いているようだった。


 男はひとしきり考えるようなしぐさをした後、急に「あぁっ」と妙に納得したような顔をした。

 そして、そのまま革靴の音をツカツカとさせながら、エンマに近づいてきた。


 男の行動の意味はエンマにはわからなかったが、とにかく自分にも、書いて字のごとくお迎えが来たのだとすべてを諦め、受け入れるように目を閉じた。


 だが彼女の予想は、良い意味で裏切られる。


「よっこらしょっと‼︎」

「キャッ……⁉︎」


 そのまま殺されるか、もしくは乱暴に連れ去られると思っていたエンマは、あまりにも優しく、しかもお姫様抱っこで抱えられたものだから、逆に驚いてしまった。


「あーあー、こんなに身体を濡らしちゃってまぁ……。 スーツがびしょ濡れだわ」

「お、お前はなにをしているのだ⁉︎ 私を殺しに来たんじゃないのか⁉︎」


 エンマとしては当然の質問だったのだが、男は戸惑うエンマに笑って答えた。


「わざわざこんなところまで助けに来たのに、殺したんじゃ意味ないだろ」


 エンマは、この男の言っている言葉の意味を理解できなかった。

 なぜ、魔族でも妖怪でもない、よりにもよって人間が魔王の娘である自分を助けるのか。


「親父さんに頼まれたんだよ」

「お父様が⁉︎」


 不可解な顔をするエンマに男は、簡単な説明をした。

 自分とエンマの父親である魔王は、旧知の中であるということ。

 そして、今回の勇者襲撃を予感していた魔王は、娘であるエンマの世話を、自らの死後、自分にまかせたということ。


 男の説明は、確かに簡単なものだったが、中には魔王の本名や、他にも家族のことなど、近しいものしか知り得ない情報があった。


 だからという訳ではないが、エンマは直感的にも、この男が自分を騙すために嘘をついているとは考えにくかった。


 だから、聞いてみた。


 もとより捨てようと思っていた命だ。 今さら騙されたところでなんだというのだ。


 だから、ほんの少しだけ、すがってみた。


「……私は、お前を本当に信じて良いのか?」


 その言葉は、あまりにも弱々しく不安に溢れていて、すぐに折れてしまいそうだった。


「大丈夫、俺を信じろ」


 男の返答は早かった。


 そして、それと同時に男のエンマを抱える腕の力がギュッと強まり、エンマの身体は男にさらに密着した。


「……わかった。 好きにしろとも言ったしな、今はお前を信じるよ」

「そうかい。 まあ、とにかく今は疲れただろ。 寝てていいぞ」

「さすがに見ず知らずの男に抱えられながら、寝られんわ」


 しかし言葉とは裏腹に、泣き疲れていたエンマはしだいにウトウトとしだして、結局男に抱えられたまま眠ってしまった。


 簡単に人を信じすぎかもしれない。

 けれども今のエンマには、男の身体の暖かさだけが希望だった。


 本当は死にたくなかった。

 でもどうしたらいいのかもわからなかった。

 まだ少女の魔王にとっては、自分を信じろという男の存在そのものが、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸だった。


 男が気づくと、エンマは寝ながら涙を流していた。


 うわごとのように、お父様と寝言でつぶやく彼女を見て男のエンマを抱える腕に再度力が入る。

 男は自分に言い訳するように、あーあー、シャツがグチョグチョだこりゃ……と、薄く笑いながら家路についた。




 男の名前は『黒霧くろきり夜鷹よだか』。

 二人の出会いが世界を救うようなことはないが、その周りの日常はこの出会いによって大きく変わっていくことになる。


------------


 そして、物語は数年後。 なんてことのない日常に続く。

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