エピローグ
「失礼するよ」
そう声をかけて、アメリアは目の前の扉を蹴破った。
そして、彼女は部屋に入ると、即座に拳銃を執務机に腰掛ける男に突きつける。
同時に部下の二人がライフルを手に、その男を取り囲んでいた。
「おやおや、バスカヴィル中尉。これは何の冗談だい?」
「冗談じゃないよ。私達は本気さ」
「ふむ。君達は本気で王国に対して反逆を試みると言うことかね?」
「―――反逆者は貴様だデリック・バーグマン」
そう言ってアメリアの後ろから現れたのは、フローラの執事サラだった。
「貴様は大隊への長距離通信で、姫の情報を平文で伝えたそうだな。そうすればどうなるか、貴様には分かっていたはずだろう」
「さあ? 私は平文で伝えたつもりなどないよ。きっと通信隊がミスをしたんだろう」
「通信隊からはすでに裏がとれてる。貴様にわざわざ平文で送れと命令されたとのことだ。姫に危険が及ぶ事を承知で事に及んだのなら、貴様の処遇は立派な反逆罪だ」
そう冷淡に告げられるが、バーグマンは鼻で笑っていた。
「ふふふっ、反逆罪か。間抜けな姫に王位を継がせる方が、よほど反逆罪なのではないかね?」
その言葉に、サラはバーグマンを睨みつける。
「貴様ッ! その言葉の意味分かって言っているのかッ?」
「分かってるさ。だから、わざわざ言っている。君達だって本当は分かっているだろう?」
そう言いながら、バーグマンは立ち上がっていた。兵が慌ててライフルを向けるが、バーグマンは動じずに語りだす。
「王子は非常に優秀だ。まだ十二だと言うのにすでに政治を知り、どうしたら国が良くなるかも考えていらっしゃる。だと言うのに王女はどうだ? もう良い歳だと言うのに写真にうつつを抜かし、政治のせの字も知らない世間知らずだ。その上、本人は王位につく気すらないと言うらしいじゃないか。そんな女を伝統だなんだで王位につけて国がまっとうに成り立つものか!」
「それが貴様の言い分か! 姫の良い所を良くも知らずに、いけしゃあしゃあと良く語れたものだな!」
「ふん。確かに、あの王女の容姿は素晴らしいよ。所作も品格が現れている。ならば、私の様な高貴な人間の慰みものにした方がよほど良い使い道だ」
その言葉を聞いて、サラは咄嗟にバーグマンの胸ぐらを掴んでいた。
「貴様などに姫を指一本触れさせるものか。これ以上侮辱するなら、今ここで始末してやってもいいんだぞ」
だが、そこでパチンっとバーグマンが指を鳴らしていた。
すると、即座に執務室へと王国兵がなだれ込む。
その兵達は、あっという間にアメリアやサラを取り囲むと、ライフルを構えていた。
「王子を次の王に推薦する者は多いのだよ。ま、大半は王女と言う名の慰みもの目当てだがね」
サラはバーグマンの胸ぐらを掴みながら、辺りの兵を睨みつける。
彼らは確かに王国兵だったが、そろいもそろって赤いベレー帽を身につけていた。そう言えば、城に到着した初日にフローラの脱出を邪魔してきたのも、この帽子を身につけていた王国兵だった。
悪魔であるサラにとってはこの程度の兵隊はどうってことはなかったが、ここにはアメリアやその部下達もいる。
サラとはいえ、下手に動けなかった。
しかし、背後ではアメリアが、ポケットから取り出した煙草を咥えていた。
「ふーん。色ボケのあんたにしては良く考えたね。良くもこれだけ兵隊を揃えたもんだ。ま、うちの王国には王女に手を出したいっていう変態どもが多かったって事かね」
そして、彼女はライターで火をつけながら言葉を続ける。
「けど、私達がこの位の事、考えてなかったと思ったのかい?」
その瞬間、連続した砲声が響き渡る。
「・・・・・・まさか!」
それに驚いて、バーグマンはサラの手を振りほどいて、執務室の窓へと駆け寄っていた。
そして、そこから窓の下に目を凝らす。
すると、暗闇の支配する街中から、ライトの輝きが城門を噴き飛ばして城の中へ突っ込んでくるのが見えた。
「戦車だとっ!」
「当然さ。私達は戦車隊だからね」
そう言って、アメリアは笑っていた。
「うちのバラキエルは速いんでね。すぐにここに来るだろうさ。それまでに投降した方が良いと思うけど?」
「し、しかし、それまでに君たちを人質にとれば問題ないだろう?」
「そうかもね。けど、とった所でどうするんだい? あんたに逃げ場所はないだろう?」
その言葉に、バーグマンはガラスに手を突いたまま、がくりとうなだれる。
やっと諦めたかと、アメリアもサラもバーグマンを見据えた。
しかし、聞こえてきたのは、バーグマンの笑い声だった。
「くくくっ、くくっ、あははははははははっ!」
天を仰いで、狂った様に笑う様子に、アメリアもサラも眉をひそめる。
「ついに頭がおかしくなったのかい?」
訝し気に問うアメリアだったが、振り返ってバーグマンは目元の涙を拭っていた。
「はははっ、笑わせてくれるよ君達は! まさに私の手のひらで動いてくれるね。実に見ていて気持ちが良い」
その言葉に、アメリアもサラも表情を強張らせていた。
「ど、どう言う意味だい?」
「君達は戦車隊。そして、君達の切り札が戦車だと言う事も分かっていたさ。そして、その戦車の種類もね」
「だったら、なんだって言うんだい・・・・・・?」
「だったら、君達の戦車が対処できない戦車を用意するぐらい、簡単な事だろう?」
その言葉に、アメリアは言葉を失う。
バラキエルは城門を突破し、堀にかけられた跳ね橋を一気に渡っていた。
「いやっほーっ!」
向かい風を受けながら、ハッチから顔を出したグリムが叫ぶ。
「いやっほーっ!」
同じ様に、隣で顔を出すフローラも叫んでいた。
「凄いですね! 映画のスタントみたいです!」
「いやー、僕も城門突き破るなんて初めてやったよ」
「けど、こんなに派手な事をやって怒られませんか?」
「公国軍と共和国軍にはサラさんが話をつけてるから大丈夫。王国軍も司令官のバーグマンを引きとめてるから、そうそう動けないさ」
「じゃあ、このまま一気にアメリアさん達を助けに行きましょう!」
「まっかせてー! バーグマンの私兵なんぞ機関砲で吹き飛ばしてやる!」
そう言う二人を乗せたバラキエルは、入り組んだ城の城壁を難なく上っていく。
そして、検問やバリケードを踏みつぶして、城の正面に出た。
しかし、そこに現れた大きな影を見て、咄嗟にグリムが叫ぶ。
「―――停止ッ!」
バラキエルは履帯を滑らせ急停車。
すると、その瞬間、目の前に盛大に砂埃が上がっていた。
「な、なんですかっ?」
被った砂埃を払いながら、フローラは前に視線を向ける。
すると、そこにいたのは四角い箱を組み合わせた様な無骨な戦車だった。
「ちっ! マクベイン、城の横へ逃げ込め!」
言うが早いか、バラキエルは即座に旋回すると、現れた戦車から逃げる様に城の庭へと逃げ込む。
しかし、城に隠れるその寸前に敵の主砲が火を噴いて、流れ弾が命中した城の一部が盛大に崩れていた。
「あ、あれってまさかメタトロンでは?」
フローラのその言葉に、グリムは砲塔を後ろに旋回させ、後方を睨みながら頷いた。
「そうだね。たぶん、あれは王国の歩兵戦車メタトロンだ・・・・・・」
「だ、大丈夫ですか? あれに搭載されてるのは王国の最も優秀と言われる17ポンド砲ですよ!」
「この際、軽戦車にすら貫通されるバラキエルにとって相手の主砲なんて関係ないよ。問題は装甲厚」
「えーっと、確かメタトロンは正面が150ミリ、側面と背面が90ミリ、でしたっけ?」
「そう。さすが良く知ってらっしゃる。問題はその厚さじゃ、どこもこっちの機関砲じゃあ抜けないんだよねー・・・・・・」
「で、では、どうするのですか?」
その言葉に、グリムは無言で脂汗を浮かべていた。
すると、後ろからゆっくりとだが追ってきたメタトロンが城の陰から姿を現す。
グリムは照準器も引き金も握ることなく、バラキエルの機関砲を放つ。しかし、それはことごとくメタトロンの正面装甲によって受け止められていた。
「やっぱダメか・・・・・・」
すると、お返しと言わんばかりにメタトロンが主砲を放つ。それは真っ直ぐにバラキエルを捉えていたが、バラキエルは咄嗟に旋回し、なんとか回避していた。
「くそっ。あっちの最高速は20キロだから絶対追いつかれないけど、このまま鬼ごっこする訳にも行かないよね。それまでにアメリアが慰みものになっちゃうよ・・・・・・」
「あの、グリムさん」
すると、不意に砲塔で次弾を装填していたフローラが、再びハッチから顔を出す。
「思いつきました!」
「え? 思いついたって、なにを?」
「当然、あいつを倒す方法です!」
「・・・・・・あ、あいつを倒す方法って、どうやって?」
「とりあえずあいつを振り切ってください! そして、私と初めて会った場所へ!」
フローラのその言葉に、グリムは首をかしげながらも、即座に指示を出していた。
「はははっ、傑作だろう? 重戦車に追い回される貧弱な軽戦車。そして、それを切り札にして偉そうにしていた間抜け者。まさに爆笑ものだ」
そう言ってバーグマンが笑うと、他の周りの私兵達も笑っていた。
その様子に、サラは歯を食いしばった。
「良い気になるなよ。我々を黙らせた所で、貴様の罪は消えん!」
「ふんっ。罪が消えない所で結構だ。上質な慰みものが得られれば私はそれで良い!」
それを聞いて、アメリアは怪訝そうな表情をする。
バーグマンは王子が優れているから彼に王位を継がせるために王女を殺そうとしていたと大義名分言っていたが、どうやら本当は今のが本音らしい。やはりバーグマンはただ王女に手を出したいだけの変態だったようだ。
「あんた、グリム以上に色ボケだね」
「そう言えば、彼は君の弟だったね?」
その言葉に、アメリアは顔色を変える。
「なんで、あんたがそんなこと知ってんだい?」
「いや、私には魔術省に知り合いがいてね。君達の話は聞いているよ。そして、本当のグリム君がもう死んでいると言う事も」
その言葉に、アメリアは無言で睨み返した。
「残念だったねぇ。けど、良かったじゃないか。今のグリム君の体は、良く分からない悪魔が動かしてくれてるそうじゃないか。君にとっては、今もグリム君が生きているように見えてさぞ嬉しいだろうね」
無言で俯くアメリアに、バーグマンはニヤニヤと笑って言葉を続ける。
「けど、私の一言で、それを止める事も出来るのだよ? 魔術省の人間に悪魔との契約を取り消せさせれば、悪魔は抜け出しグリム君は死んでしまう。君にとってはさぞかし悲しい事だろうねぇ。どうだい? 私達に協力するなら考えて上げても良いんだが?」
「―――黙りなッ!」
しかし、即座にアメリアは怒鳴っていた。
「確かに、今のグリムが死んだら私も悲しいさ。けど、それはグリムが私の弟の体だからじゃない。今のグリムは今のグリムで、私の部下だからさ。そして、あいつはそんな契約で私の部下やってんじゃないんだよ! そんな脅しに屈すると思ったかい!」
その啖呵にバーグマンは目に見えてたじろいだ。
「で、では、良いのだな? 悪魔との契約を取り消しても!」
「やれるもんならね。けど、今のグリムが契約を結んでるのは、死んだグリムさ。魔術省にも取り消せないと思うけど?」
「なにっ? そ、それを知っていたのか!」
「それに、あいつらは重戦車なんかに負けやしないよ」
「ま、負け惜しみも良いとこだな! あれは王国が誇る最新型の歩兵戦車なのだぞ!」
「そうだね。だけど、王女様の知識と、うちの部下の技術を舐めてもらっちゃ困るのさ」
メタトロンのハッチから顔を出した車長は、辺りを見回す。
しかし、何処にもバラキエルの姿はない。
どうやら、完全に逃げられてしまったらしい。
「ふん。それでも構わん。どちらにしろこの重装甲なメタトロンを撃破する事は出来ないんだからな」
そう言って、車長は辺りを見回しながら、悠々とメタトロンを走らせる。
すると、城の見張り塔の根元に、何かが立っているのを見つけた。
「人? それか囮か? とりあえずあの塔の奥に警戒しろ」
メタトロンはゆっくりとそこへ向かう。
すると、やはりそこに立っていたものは、バラキエルの側面などに取り付けられているテントを縦に城に立て掛けたものだった。
「やはり囮か」
そして、メタトロンは本隊が潜んでいると思われる塔の向こう側へと進む。
車長はにやりと笑っていた。幾ら頭を使った所で、そもそもメタトロンにバラキエルの武装は敵わないのだ。バラキエルは、まさにメタトロンにとってはただの的も同然。
だから、メタトロンは悠々とそこへ進む。
「さあ、出て来い!」
しかし、そこにはなにもいなかった。
ただ、真っ暗やみの中に、城の壁があるだけだった。
「・・・・・・どういうことだ?」
しかし、その瞬間だった。
突然辺りが明るくなる。
それは照射されたライトの明かり。
車長は慌てて辺りを見回すが、辺りには光源がない。
気がつけば、それは真上からのものだった。
彼が見上げると、そこには真っ直ぐこっちを見下ろすライトの姿があった。
そこにあったのは、クレーンに吊り下げられ、真っ直ぐ下を向いたバラキエルの姿だった。
「なっ。戦車でそんな芸当が! そんな馬鹿なッ!」
「馬鹿はそっちだよっ!」
次の瞬間、連続で火を噴いたバラキエルの主砲は、メタトロンの最も脆弱な上部から豪雨の様に砲弾を降り注いでいた。
その砲弾は車長を粉砕し、メタトロンの砲塔や後部のエンジンを射抜く。
あっという間にハチの巣にされたメタトロンは、派手に燃え上がっていた。
「一丁上がり!」
メタトロンを始末したバラキエルは、そのままクレーンで持ち上げられ、クレーンが置かれている見張り塔と城を繋ぐ渡り廊下へと着地する。
そして、即座にバラキエルは走りだすと、一気に城の中へと突入していた。
ハッチから上半身を出し、グリムは隣のフローラとハイタッチする。
「さっすがフローラっ! 言われてみれば、戦車の上面が弱いのは常識だよねー」
「えへへっ。けど、グリムさんが私を助けてくれた時に、クレーンを使っていたおかげです」
その言葉に、グリムはくすぐったそうにしていた。
「さーて、フローラにいやらしい事を考えたわるーい黒幕をとっちめますか」
「・・・・・・そんな訳がない。あのメタトロンがバラキエル風情にやられるなど!」
「けど、あんたの目の前で起きたのが現実さ」
そう、アメリアは煙草の煙を吐いていた。
その様子に、周りの私兵達もざわめきだす。
「そろそろ降参したらどうなんだい? いくら巡航戦車のバラキエルとは言え、あんたら歩兵には充分な戦力だよ?」
「くっ。こんなことでは! こんな事ではなかったはずだ!」
バーグマンがそう叫ぶと、私兵も一部が逃げ出していた。
「ま、待て!」
バーグマンは慌てて制止したが、逃げ出したものが止まる事はなかった。
「姫を好き勝手できるなどという低い志で、王国に歯向かえると思ったら大間違いだ!」
サラがそう一喝した瞬間、執務室の壁が豪快に粉砕する。
そして、そこから履帯を軋ませ現れたのは、バラキエルだった。
バラキエルは砲塔を回頭させ、機関砲をバーグマンへとピタリと向ける。
「降参したらー?」
そして、ハッチから顔を出したグリムが、ニヤニヤと告げる。
しかし、バーグマンは笑っていた。
「はははっ。しかし、私が王女を狙って平文を送ったという証拠はない。とんだ宛てつけだ!」
「なにを言うか! 通信隊から裏は取れてる」
「そう言えば、私は通信隊と仲が悪かったなぁ。きっと通信隊が私を貶める為に画策したんだろう」
「往生際が悪いぞ!」
「なんとでも言え! はははははっ」
そう言ってバーグマンは笑っていたが、そんな中、バラキエルの横を通り、執務室に入る人影があった。
「これはお取り込み中失礼しますよ」
その声に一同が振り返ると、そこにいたのは要塞の共和国軍司令官であるシャルル・バンベール大佐であった。。
「なっ。なぜ貴様がここにいる。バンベール!」
「いや、弟から面白い手紙が送られて来たものでして」
そう言って、彼が懐から取り出した封筒から、一枚の用紙を取り出す。
そして掲げてみせたのは、王国軍の受信記録だった。
それは、アメリアやサラには見覚えのあるもの。前線で共和国軍のジャン・バンベール軍曹が発見した平文で通信された受信記録の証拠だった。
「平文の通信とは珍しいですよね。何か意図的なものなのでしょうか? 私には分かりかねまして、何か少将はお知りですか?」
そう言ってほくそ笑むバンベールの姿を見て、グリムは最後にジャンに渡された手紙がこれだったのだと納得した。確かに、彼とは何だかんだで長い付き合いになった様だ。
「どうやら、証拠は上がった様だね」
アメリアにそう言われ、バーグマンは両手を握りしめ、顔を歪めていた。
「ふふふっ。そうだな。確かに、私は今回、負けたかもしれん・・・・・・。しかし! 私が囚われた所で、今の姫が王位につくのを良しとしない人間は他にもいる! 間違いなく第二、第三の私が現れるだろう! そうすれば、やがて王女は―――」
バーグマンはまるで魔王にでもなったかのように喋っていたが、その言葉は突如凛とした声に遮られる。
「―――私は王位を継ぎません」
一同が振り返れば、バラキエルのハッチから、フローラが顔を出していた。
「私は王位を継ぎません」
しっかりと繰り返したその言葉には、バーグマンだけでなく、サラもグリムも唖然と見つめていた。
「な、何言ってるの! フローラは王女なんだよ! そして、王位を継ぐ権利もあるのに!」
グリムがそう叫ぶと、隣でフローラは笑っていた。
「そうかもしれません。けど、グリムさん言ってくれたじゃないですか。素直な気持ちを大切にって、そしたら、私は王位を継ぐよりカメラマンになりたいんです!」
その言葉に、グリムは完全に呆然とする。
グリムとしては、王位につくフローラを後押ししたつもりの言葉だったが、まるで正反対の方向へ彼女の決心を固めてしまったらしい。
「なにをしてくれているんだ貴様はッ!」
案の定、サラの怒鳴り声が飛び、グリムは強張った笑顔を返す。
「ははっ、まあ、良いじゃないの。フローラの決心が固まって」
「馬鹿を言うな! ―――ひ、姫! 正気ですか! 王位を継がず、カメラマンになるなど!」
「私は本気です。本気で従軍カメラマンになろうと思います。だから、王位は継ぎません。それは弟にでも任せます。王宮の中にはそれを望むものも多いので、すぐにでも承認されるでしょう」
「し、しかし・・・・・・っ!」
サラは食い下がるが、フローラの意志は固い様で、悲しさを微塵も感じさせない満面の笑みを浮かべていた。そんなフローラを隣から見て、グリムは諦める様にため息をつく。
「フローラがそうしたいんだったら、僕は支持するよ」
「なっ! 貴様ぁ!」
「サラさんだって、フローラの味方でしょ? それでも止めるの?」
その言葉に、サラは困った様に眉をひそめる。
「・・・・・・うぅ。確かに、姫の気持ちを支持したいが、その、いろいろと障害があってだな・・・・・・」
「じゃ、サラさんのやる事は、その障害を撤去する事でしょう」
グリムにそう言われると、サラは苦い顔をして、黙りこんでいた。
「これはまた、優秀な従軍カメラマンの誕生ですね」
そう言って、バンベールも苦笑を浮かべる。
アメリアに至っては、まるで予想でもしていたかのように悠々と煙草の煙を吐いていた。
しかし、傍らではまるで魂が抜けたかのように、がくりとバーグマンが膝から崩れ落ちる。
まわりの私兵達も唖然として動けなかった。
そんな中、フローラは思い出したように懐から一枚の紙を取り出していた。
「そうだ。現像したから渡そうと思っていたんです」
そう言って、フローラからグリムが受け取った紙は、写真だった。
それは、バラキエルの前でマクベインを入れた三人で撮ったもの。
ぽかんとするマクベイン、笑顔を浮かべたグリム、ぎこちない表情のフローラ。
それは、確かに彼女の目指している何気ない戦場の写真だった。
しかし、グリムはそこで、始めて戦場という非日常で、いつ失うかもわからない大切な仲間と写っているその写真が、大切なものだと気がつく。
それはきっと、いつもいる事が当たり前であったバーナードを失ったからかもしれない。
「日常の写真が大切な理由か・・・・・・」
きっとこの写真は、フローラの優しさから生まれたものなのだ。
いつ無くなってしまうかもしれない日常を、みんなに少しでも覚えてもらうための。
「ありがとう」
グリムはそれをポケットへと仕舞う。
そして、彼は改めてフローラへと手を差し出す。
「ようこそ! 僕らの戦場へ!」
その言葉に、フローラは笑顔で差しだされた手を握り返していた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
エピローグが戦車戦と言う、起承転結を大事にする私にしては珍しい終わり方で、自分もびっくりです。
戦争もので写真というアイテムはもっと効果的に使えそうな演出が出来そうだったので、少しこの作品での使い方に後悔してます・・・。いろいろ出来るからこそ難しいですねやっぱり。
メタトロンのモデルはチャーチルVIIですが、17ポンド砲搭載なので実車よりかなり強い気がします・・・。