快速戦車の宴
街道が伸びる街の東側。
兵が双眼鏡を覗くと、朝日に照らされた平原には朝もやが立ち上っていた。
「来ますかね?」
彼が傍らの無線機のマイクを取って呟くと、マイクからはバンベールの声が帰って来た。
『一緒に傍受しただろオードラン。間違いなく敵は来る。そして、来るとしたら帝国の方向である東側から来る可能性が高い』
オードランと呼ばれた兵士は、それでも浮かない顔をする。
「もし来たとしても、そちらは大丈夫ですか? 装填手である自分がこれに乗ってても」
共和国兵であるオードランが今のっているのは、帝国軍のSA‐76であった。彼は本来シュルクの装填手であったが、臨時で車長兼装填手兼砲手としてSA‐76に乗っている。
『大丈夫だ。シュルクは今回そこまで戦う予定じゃねえ。お前はそいつで出来るだけ敵を仕留めろよ』
「わかりました」
そう言うと、彼はマイクを置く。
そして、戦闘室から顔を出すと、前の操縦席のハッチから顔を出している少女に声をかけていた。
「ごめんねイリーナさん。帝国の人間で、しかも民間人なのに巻き込んじゃって」
「い、いえいえ、良いんです。まだ、生かしてもらってるんですから」
「あはは。僕らはそんなに非人道的じゃないよ。けど、やばそうになったら逃げちゃってね。君は帝国の人間だから、帝国兵に投降すれば助けてもらえるさ」
「はあ。そりゃあ、言われなくともそうするが」
しかし、そう口走って慌てて口を押さえたイリーナに、オードランは笑っていた。
「ははは、正直でよろしい。人は死ぬより生きていた方が良いに決まってるから」
そして、オードランは再び平原に視線を向ける。
すると、平原に何やら豆粒の様なものが現れていた。それは横にばらばらに並んでこちらに向かって来ているようだった。
オードランは慌てて双眼鏡でその豆粒へと、目を凝らす。
それは、尖った様な形状の戦車だった。
「あれはB‐2軽戦車・・・・・・」
しかし、他の豆粒を確認すると、帝国軍主力の多砲塔戦車T‐16の姿もある。
オードランは咄嗟にマイクを取って口を開いていた。
「敵、来ました! B‐2軽戦車三両、T‐16中戦車八両です!」
『よし。火力の低い軽戦車はほっとけ。T‐16から仕留めろ!』
「了解!」
すると、オードランは足元に格納されていた大型の砲弾を砲の後部へと押し込む。閉鎖器が閉じるのを確認すると、照準器を覗きこんでいた。
そして、照準の真ん中にこちらに向かってくるT‐16の姿を合わせて、容赦なく引き金を引く。SA‐76の主砲である76ミリ砲が、高速で砲弾を吐き出していた。
B‐2軽戦車に乗る男は、遠くの町が光った気がした。
すると、その瞬間、突如隣を走っていたT‐16に砲弾が突き刺さり、派手に砲塔が吹き飛ぶ。
「なっ? 戦車砲か・・・・・・、待ち伏せだな!」
遅れて砲声が轟き、辺りの戦車にも戦慄が走る。
『街の正面の入口からです。ど、どうします中隊長!』
動揺する他の戦車の兵の声をヘッドフォンで聞き、中隊長である男は咄嗟に怒鳴る。
「こんな平原じゃ良い的だ! 蛇行しながらさっさと街に近づく! エンジン全開!」
ぶるんっと唸り声を上げると、一同の戦車はスピードを上げた。特に高速軽戦車であるB‐2はものすごい勢いで街に近づいていく。
しかし、間髪いれずに離れた位置のT‐16が吹き飛んでいた。
「ちっ。快速戦車を舐めるなよ!」
「二両仕留めました!」
オードランはそう言いながらも、額に浮かんだ汗をぬぐった。
仕留めたとはいえ、その間に敵の戦車はだいぶ近づいて来ている。
敵の戦車がぱっと光ると、飛んできた砲弾が命中はしないものの、手前の平原に着弾し砂埃を上げていた。
特に敵のB‐2軽戦車はものすごい高速で、獲物を見つけた猟犬の如く近づいて来る。
幾ら砲の強力なSA‐76でも、近づかれれば対処できない。
「そろそろ、やばそうです。後退させてください」
『了解。じゃ、後は任せて下がってな』
そう言うと、脇を通ってSA‐76の前に出てきたのは、SA‐76より二回りほど大きな重戦車―――シュルクB18だった。
『そっちは予定通り次のポイントへ』
「了解。イリーナさん、後退しますよ」
「は、はい」
SA‐76は東入口から街の中へ後退を始める。
そして、代わりに現れたシュルクは、まるでその入り口を塞ぐように立ちはだかったのだった。
蛇行しながら三両のB‐2は東入口に一気に接近した。
そして、それは東入口に立ちはだかる戦車を充分目視できる距離になる。
「よし、停止しろ!」
そして、中隊長が命じると、三両のB‐2は東入口に立ちはだかる戦車を囲むように停車。
そのまま、一同は砲身をピタリとその戦車に向ける。
中隊長も砲手へと怒鳴っていた。
「よし、撃て!」
B‐2軽戦車の45ミリ砲が火を噴く。
しかし、至近距離だと言うのに、そこにいた戦車は砲弾をことごとく跳ね返していた。
「なっ。こいつ、共和国軍のシュルクじゃないか!」
中隊長が驚いている間にも、シュルクはドーム状の砲塔を近くにいたB‐2に向ける。
そして、ぱっと火を噴くと、B‐2のエンジンを射抜いていた。
そのハッチが開くと、兵がわらわらと脱出していく。
「ちっ。45ミリ砲じゃ重装甲のシュルクの相手は無理だ! T‐16二両、正面のシュルクの相手をしろ。B‐2は左右に散って他の入口を探す。他の車両は二両に続け!」
そう言うと、残った二両のB‐2は高速で方向転換すると、シュルクから離れて街の周りをそれぞれ北と南に分かれて行った。
「B‐2が左右に別れたぞ! ファルジア、オードラン、用意しろ!」
そうマイクに言いつつ、バンベールはハンドルを切って車体を敵に対して向ける。
そして、操縦席の隣にあるグリップを握ると、覗き窓の下の照準器を覗きこんでいた。
そこには真っ直ぐ向かってくる二両のT‐16の姿があった。バンベールはその中の一両をおさめて、グリップの引き金を引く。
すると、シュルクの車体に搭載された75ミリ短身砲が火を噴いていた。
南に行ったB‐2は町の周りを見渡す。
すると、細い通りだが、無理やり破損したバラキエルが入口を塞ぐ道を見つけた。
「これは、まさかバリケードのつもりか?」
車長の男は、ふむと唸る。
「こんな通り、はっきり言って戦車の機動力をそがれそうで、入りたくもないが。こうまでして塞いであると、もしや、敵のウィークポイントか?」
車長は操縦士に指示して、B‐2をそこへ向かわせる。
B‐2は大型転輪でバラキエルを無理やり押しのけて、その通りへと入って行った。
通りは思ったより狭く、戦車一台で一杯で、とてもではないがすれ違いも出来そうもない通りだった。しかも曲がりくねっており、見通しが悪い。
「そうか。このまま出ればあのシュルクの後ろに回り込める。それで、バリケードが貼ってあったんだな」
そう車長はしめしめと笑うが、そんなB‐2の様子を屋根の上から見下ろす人の姿があった。
「今、半分まで来ました。準備して下さい」
『あいよ。じゃ、後はよろしく頼むよファルジア』
それを聞いて、マイクを無線機に戻したファルジアは、脇にあったワインのボトルを手にしていた。
そして、何も知らないままB‐2は通りを曲がる。
だが、突如そこに現れた戦車を目の前にして、急停車していた。
「て、徹甲弾装填っ!」
車長は停車しながら、慌てて指示を出す。
しかし、それよりも早くその戦車―――バラキエル一号車の主砲はピタリとB‐2を睨んでいた。
「いらっしゃい。これは王女からの歓迎の品さ」
そう言って、砲塔内で照準器を覗いていたアメリアは、引き金を引く。
連射された機関砲が、あっという間にB‐2を穴だらけにしていた。
二両がシュルクを相手する代わりに、それ以外の四両のT‐16は南北に分かれたB‐2を二両ずつに分かれて追った。
南へ行ったB‐2を追ったT‐16二両は、B‐2の先導通り、街に入る道を見つけた。
押しのけられた戦車があり、T‐16はそこから街に入る。
「しかし、幾らなんでも狭過ぎないか・・・・・・?」
通りは大型のT‐16には狭すぎ、壁にぶつかり削りながらも前進して行った。
「まずいな。これでは、機動力がそがれたも同然だ」
車長は慌てて、操縦士にスピードを上げる様に言う。
しかし、次の曲がり角を曲がったところで、T‐16は目の前の障害物に急停車していた。
そこにあった障害物は、炎上するB‐2。
その姿に、車長は戦慄する。
「ちっ、罠か! 後進しろ!」
車長は慌ててハッチから頭を出して、車体の後方を見た。
しかし、背後にいるもう一両のT‐16の後ろには、もう一両見慣れない戦車がいた。
「なっ!」
「いらっしゃいませ、ご主人様ぁ♪」
そう言って、その戦車―――バラキエル二号車の砲塔内でグリムは容赦なく引き金を引く。
ダンダンダンっと機関砲は連続で火を噴くと、あっという間に背後のT‐16は火だるまにしていた。
「ちっ。前後を塞がれた! 前進!」
残ったT‐16は前進し、各坐したB‐2にぶつかり、押す様にして二号車と距離を取る。
そして、慌てて砲塔をそちらに向けて回頭していたが、それよりも早く二号車は後進し、見えない角へと逃げて行ってしまった。
「なっ? どう言う事だ?」
車長がその姿に唖然とするも、次の瞬間、背後でパリンっと音が響いた。
車長が振り返ると、車両の前方で炎が上がっている。
驚いて見上げて見れば、周りの建物の家の屋根には、火のついたワインボトルを手にした共和国兵が多数いた。
「か、火炎瓶か!」
車長は慌てて車内に潜りこむ。
「取りつかれてはまずい。一度後進しろ!」
T‐16は慌てて後進する。
だが、後ろの戦車にぶつかり、また停止してしまう。
「今度は前進だ!」
「し、しかし前が見えません!」
火炎瓶自体は戦車に対して損害は与えられないが、その炎は視界を奪うには充分だった。
「そ、それでも前進だ!」
しかし、車長が言うと、操縦手はしぶしぶギアを前進に入れ、前進する。
そして、動きだしたものの、すぐさま何かにぶつかり停止していた。
「ダメです。やっぱり動けませんよ!」
「くっ。先に周りの歩兵を殲滅する!」
車長は仕方なく、どうにかして歩兵を追い払おうと砲塔を旋回させる。
しかし、その前に何気なくハッチが開かれていた。
そして、そこから投げ込まれたのは、一発の手榴弾だった。
「なっ!」
「退避ぃ―――っ!」
そう言って、ファルジアがT‐16から飛び降りると、周りの兵も一斉に散らばる。
そして次の瞬間、T‐16内部で手榴弾が爆発。それは弾薬に誘爆したらしく、ものすごい爆発と共にT‐16の砲塔を天高く噴き飛ばしていた。
物陰に丸まってその爆風を耐え、改めて鉄辺と化したT‐16を見て、ファルジアは得意げにする。
「ま、市街戦ならば、戦車より歩兵の方が強かったりもするんです」
北側から街に入り込んだ中隊長の乗るB‐2は通信を聞いて唖然とした。
『南側に行った部隊が全滅したようです』
「なに? 本当か?」
『ええ、応答がありません。恐らくは・・・・・・』
「そんなに敵が大部隊を展開していたのか? しかも待ち伏せでは部が悪い」
そうこうしている間に、停車していたB‐2の横を追いついて来たT‐16が追いぬいていった。
しかし、目の前の通りを曲がろうとしたところで、そのT‐16に閃光が走り、次の瞬間には爆炎に包まれていた。
「・・・・・・言わんこっちゃない」
すると、車長は何か思いついた様にハッチから飛び出して、車体を降りていた。
「な、何をされるんですっ?」
砲手が慌ててハッチから顔を出し、中隊長に訊くと、彼は車体に取り付けられていたハンマーを手にしていた。
「履帯を外す。ここなら走れるだろう?」
「ま、まさか、あれをやるんですか?」
「ああ。戦車後進国の奴らに、世界最速の戦車って奴を教えてやる」
「北側に展開していた一両。撃破しました」
炎に呑まれるT‐16を見ながら、オードランがそうマイクに報告すると、即座に返事が返ってきた。しかし、それは聞き慣れぬ女性の声だった。
『確か、オードランとか行ったね。後は私達がそっちを対処する。あんたは下がりな』
「えっと、バスカヴィル中尉ですね。分かりました。こちらは退避します。―――イリーナさん後進して」
「は、はい」
SA‐76は北側から広場に通ずる通りの一本を見張っていたのだが、そこから後進する。
すると、程なくして広場でバラキエルの二号車とすれ違っていた。
バラキエルの方でも、SA‐76の姿をアメリアが確認する。
「さて、北側は後二両だね」
そう言うと、アメリアはSA‐76が今まで待ち構えていた通りを進んでいく。
炎上して各坐していたT‐16の横を通り、奥へと進んでいった。
そして、東側の大通りへと続く道を進んでいると、T‐16の後ろ姿を見つけた。
そのT‐16は東側の大通りを塞ぐシュルクの後方へ回り込もうとしているらしい。
「考えは良いけど、無防備なのは褒められないね」
そう言って、アメリアは一気にT‐16との距離を詰めさせる。
そして、T‐16は大通りへと出て、シュルクの後方へと出ていた。
T‐16は主砲を即座にシュルクの背面へと向けるが、それよりも早く、その隣にバラキエルが停車する。
そして、間髪いれずに機関砲が火を噴いた。
ほぼ密着状態で撃たれたそれは、いとも簡単にT‐16を貫通する。
エンジンが火を噴き、兵が慌ててハッチから逃げ出していた。
「さて、後一両ってとこかい」
バラキエルがその場で旋回し、今来た通りを振り返る。
しかし、突如そこから、ものすごい勢いでこちらに迫る戦車の姿があった。
「なっ!」
アメリアは咄嗟に照準器も合わせずに、引き金を引く。
機関砲はすぐさま放たれたも、敵はそれより早かった。
機関砲の弾が当たるよりも先に、その戦車はバラキエルの横へと一気に回り込み、ドリフトしながら砲塔を回頭。そして、停車すると共に主砲を放つ。
それは、バラキエルの転輪に命中。
転輪は外れ、バラキエルは傾く。
「ちっ! 脱出する!」
そう言って、アメリアが飛び出すと、他の兵もそれに続いた。
即座に、その戦車から機銃が放たれたが、なんとかバラキエルを盾にするように隠れられた。
「な、なんだいありゃ?」
そう言って、アメリアがバラキエルの隙間から見るその戦車は、帝国軍のB‐2軽戦車だった。
しかし、履帯がついておらず、普通なら動けないはずの状態であった。
だが、そのB‐2は転輪自体がまるで車輪の様に動き、さらに自動車の前輪と同じ様に曲がって車体をコントロールしている。
「どう言う事だい・・・・・・?」
B‐2はアメリア達を放置し、ものすごいスピードで大通りを東に進む。
そこには背面をさらすシュルクの姿があった。
「やばい!」
アメリアは咄嗟に、再びバラキエルへと飛び乗る。そして、咄嗟に無線機のマイクを取っていた。
「カルマン! 後ろに回り込まれてるよ!」
すると、その声が聞こえたのか、咄嗟にシュルクの砲塔は後方に旋回。
しかし、それよりも早くB‐2の主砲が火を噴いていた。
それは、シュルクの側面を覆う様な履帯を吹き飛ばす。
シュルクは慌てて後進しようとしたが、履帯が外れており、駆動輪が空回りしただけだった。
だが、その間にもシュルクの砲塔も後ろを向いていて、B‐2に向けて火を噴く。
手前に着弾しただけだったが、B‐2は慌てた様にそこで後進し、方向転換すると、再びアメリアのバラキエルの方へ走って行った。
そして、それはレーシングカーの様なスピードで、再び街の中に入って行ってしまった。
『な、何だったのだね今のは』
そうヘッドフォンから聞こえてきたのは、カルマンの声だった。
「B‐2だと思うよ。ただ、履帯がついてなかった・・・・・・」
『まさか、クリスティー方式か?』
その声は、バンベールの様だった。
「あんた知ってるのかい?」
『知ってるも何も、あんたらのバラキエルもその技術の応用で開発された物のはずだ』
「そうなのかい? けど、バラキエルはああやって車輪で走る事は出来ないよ?」
『あの駆動方式は、履帯の取り外しの手間がかかり過ぎるって話だから、たぶんバラキエルからは排除されたんだろ。しかし、あのB‐2はそれが出来るらしいな・・・・・・』
「けど、車輪だからってあんなにスピードが出るものなのかい?」
『ああ。車輪ってのは履帯より接地面積が落ちる分、抵抗が少ないんだ。整地に限れば、履帯で走る場合の倍の速度は出る』
「倍の速度・・・・・・」
その言葉に、アメリアは遭遇した時の事を思い出した。
機関砲を避けて、ドリフトまでしてバラキエルの後部へと回りこんできたあのスピードは、まさに驚異だった。
「ちっ、けど、まずいぞ。こっちも動けなくなった。このままじゃ、あの一両にかき回されちまう」
マイクを握ったまま、バンベールは上の砲塔を見上げた。
砲塔では、現在カルマンが必死に砲弾を装填し、引き金を引いている。
しかし、その間にも撃ち返されているらしく、シュルクは激しく揺動する。
「おい、小隊長。どうすんだよ! 脱出するか?」
だが、カルマンはその言葉には無言だった。
確かに、彼らがここを放棄すれば、街の中に二両のT‐16の侵入を許してしまう。
そうなれば、戦局は絶望的だ。
「ちっ」
バンベールは舌打ちしながらも、砲塔に上がる。
「交代しろ」
「えっ?」
「あんた歩兵上がりだろ? 射撃は大して上手くないはずだ」
「正直に言ってくれるね・・・・・・。だが、その通りだ」
そう言うと、カルマンは潔く砲手席から降りていた。
そして、代わりに砲手席へとバンベールが収まる。
その間に、カルマンは足元から砲弾を取り出し、砲尾へと押し込んでいた。
閉鎖器が閉じると共に、カルマンは報告する。
「装填完了!」
バンベールはその言葉を聞きながらも、照準器を覗き、目の前に迫るT‐16を中心におさめていた。そして、慎重にその照準を、車体の覗き窓へとピタリと合わせる。
「よし」
そして、バンベールは引き金を引いていた。
爆炎と共に放たれたシュルクの47ミリ砲は、中距離のT‐16の覗き窓を正確に簡単に貫通。そのT‐16は力が抜けるかのように、動きを止める。
しかし、敵兵は脱出することなく、二つの砲塔はまだこちらを向いて砲撃を止めない。
「ちっ、しつこいな!」
「装填完了」
気がつけば、カルマンはバンベールを見上げる様に、次弾を抱えている。その姿に、バンベールはにっと笑っていた。
「あんた装填手としては一流だな」
そして、容赦なく照準器を覗き、引き金を引く。
次の砲弾は砲塔を射抜き、車長でも負傷したのか、T‐16は黙り込んでいた。
「よし、もう一両」
そう言って、バンベールは砲手席に立ちあがってキューポラを覗きこむ。
すると、もう一両は想像以上に近くにいた。
ほぼ、側面に密着する様な状態で、T‐16の主砲75ミリと副砲塔37ミリ砲がピタリと突きつけられる。
「くっ、まずいぞ!」
しかし、次の瞬間、そのT‐16にはババババッと穴があく。そして、ピタリと突きつけられた砲塔はそのまま黙り込んでいた。
気がつけば、そのT‐16の後ろには主砲から煙を上げるバラキエルが姿があった。
「助かったぜ・・・・・・」
バンベールは脱力したように砲手席へと寄りかかっていた。
『大丈夫?』
ヘッドフォンから聞こえてきたその問いに、カルマンがマイクを取っていた。
「助かったよ。えっと・・・・・・」
『グリムだよ。グリム・バスカヴィル少尉』
「そうだったか。いや、ありがとうグリム君。出来れば、君に頼みたい事があるんだが」
頼みたい事、と言われて、今まで通信を聞いていたグリムにはすぐに分かった。
「街の中に入りこんだB‐2だね」
『うむ。それを、出来れば撃退して欲しいのだが』
その言葉を聞いて、グリムは砲を挟んで隣に腰掛けるフローラを見た。
今は彼女もヘッドフォンをつけており、通信も聞いていただろう。
砲弾を抱えたまま、こちらを真剣な眼差しで見つめていた。
この作戦は、そもそも彼女を戦闘に巻き込まないはずだった。しかし、このままでは、間違いなく彼女を危険な目にあわせてしまう。
だが、B‐2を放っておけば、駆逐戦車や歩兵、戦車を失ったアメリアやカルマン達だって危ない。
グリムは下唇を噛んで、渋い顔をして考え込む。
「くそっ、どうしたらいい・・・・・・」
「グリムさんはどうしたいですか?」
しかし、突然フローラにそう声を掛けられていた。
「・・・・・・え?」
「グリムさんが私の事を思って迷うのは分かります。けど、グリムさん自信はどうしたいですか? 私は、それについていきます」
その言葉は、昨日グリムがフローラに言ったものだった。
グリムは、その言葉を聞いてうなずく。
「フローラ、手伝ってくれる?」
「任せてください」
そう言って、隣で彼女は笑っていた。
高速で街を駆け抜けるB‐2は広場に見慣れた戦車を見つけた。
「あれはSA‐76じゃないか。鹵獲されたな・・・・・・」
車長はそう言って、キューポラから顔を出して、敵に寝返った兵器を睨む。
「一気に近づけ!」
そして、彼がそう命じると、B‐2は百キロ近いスピードで一気にSA‐76へと近づく。
SA‐76は咄嗟に砲を放つが、B‐2が軽く旋回しただけで、砲弾は掠めもしなかった。
その間に、バラキエルの時と同じ様に一気にB‐2はドリフトして、SA‐76の後ろへと回り込む。
そして、停車すると共に主砲が火を噴いた。
しかし、それは戦闘室の薄い装甲板を貫通し、反対側まで突き抜けてしまう。
「ちっ、機銃を使え!」
車長が命じると、停止したB‐2は主砲の同軸機銃を乱射する。
すると、戦闘室にいた共和国兵が、あっという間に穴だらけになり倒れていた。
「よし。始末するぞ、次弾装填!」
しかし、その前に、SA‐76の戦闘室前方のハッチから白旗が掲げられる。
そして、そこから姿を現したのは、両手を上げた帝国の軍服の少女だった。
「な、何者だ?」
車長が問うと、その少女はさっと綺麗な敬礼をする。
「はっ、第百二十一偵察戦車小隊隊長、イリーナ・ミロノワ少尉であります」
「なに? 少尉だと? それが、ここで何をしている?」
「その、共和国兵に脅され、SA‐76を操縦しておりまして・・・・・・」
「貴様、祖国に敵対したと言うか!」
「け、けど、脅されて仕方なくやったんです。し、信じてください!」
「ちっ。まあ今はそんな事を問い詰めてる暇はない。その兵器じゃ役に立たんな。貴様はさっさと退避するがいい」
「はっ。ありがとうございます」
イリーナは再び敬礼し、操縦席へと戻ろうとする。
しかし、思い出したように咄嗟に戦闘室へと上っていた。
そこには、血みどろになったオードランの死体が転がっている。
イリーナは何とかその大きな体を抱きかかえて、戦闘室から降ろそうとしていた。
「なにをしている?」
B‐2の中隊長に言われ、イリーナ地面にオードランの死体を置きながら応える。
「その、死体が乗ってると思うと、気分が悪いので・・・・・・」
「ま、敵兵の死体など乗せて走りたくないか。そう言えば貴様、この街にいると言う王女を知らないか」
「それならば、二両のバラキエルのうちのどちらかに乗っているはずです」
「そうか。一両は立ち向かってきたという事は、もう一両に王女が乗っているんだな。では、我々は王女を捕獲してから引き返す」
「はっ、御武運を」
イリーナがそう言うと、B‐2は再び高速で走って行ってしまった。
残されたイリーナは、オードランの見開かれた目を閉じて、SA‐76へと戻る。
「あんたも運が悪かったな・・・・・・。遺体は奴らに返すから、私を恨むなよ」
ハッチから上半身を乗り出したグリムは、眼帯を外し両目で辺りの町並みに目を光らせる。バラキエルは全速力で街を疾走していた。
すると、不意にヘッドフォンから通信が入る。
『敵の戦車を発見しました。広場です』
それは、屋根の上から街の様子を見張っている共和国の歩兵からだった。
『聞いたね? グリム』
「分かってるよアメリア。B‐2ぐらいぱっぱと倒すから」
『倒すのは良いけど、最優先は王女の安全だよ。良いね?』
「わかってるって、いざとなったら僕が壁になるさ。―――マクベイン!」
「イエス・サー。広場へ急行するっス」
バラキエルは履帯を唸らせ、広場へと急行する。
すると、バラキエルが飛び出した広場は、まるで火の海だった。
そこでは、走り回るB‐2に共和国兵が建物の上から火炎瓶を投げていたのだが、B‐2はあり得ないスピードでそれをかいくぐっていた。
炎の中を高速で走り回り、機銃で歩兵を薙ぎ払おうとするその様子は、まるで狼などの獣の様だった。
「停止!」
グリムはすぐさまバラキエルを停車させると、砲手席に潜りこみ、照準器を覗きこんでいた。
高速で走り回るB‐2に合わせて、即座に引き金を引き絞る。そして、連続で主砲から放たれた砲弾がB‐2を襲った。
しかし、それはことごとくその後方へと流れる。命中弾はない。
「ちっ」
しかも、B‐2はその砲撃で、バラキエルの存在に気がついた。
「よし、見つけたぞバラキエル! 高速で回り込みエンジンを殺る!」
B‐2の車長がそう言うと、炎の中をB‐2は一目散にバラキエルへと突っ込んできた。
そして、他の車両と同じ様に、ドリフトして一気に後方へと回り込もうとする。
「させるかっ!」
しかし、バラキエルは突如として、旋回。
すると、ドリフトして来たB‐2に正面を向けたため、お互い正面をぶつけて停止する。
B‐2はセオリー通り45ミリ砲を放ったが、それはバラキエルの傾斜した砲塔に命中し、見事に弾かれていた。
「ちっ。このドリフトについて来れるとは、操縦手は良い反射神経をしてる」
B‐2の砲塔で、中隊長は苦虫を噛んだ様な顔で舌打ちする。
「え? 自分何もしてないっス・・・・・・」
しかし、一方で褒められたマクベインは唖然としていた。
そして、その言葉を聞いて、思わずフローラは弾倉を抱えながら隣のグリムを見ていた。
そう言えば、グリムには触れている機械を操る力があるのだ。
まさに、乗っている戦車など手足も同然だろう。
「おいっ! 落ちかけたぞ!」
しかし、ハッチの上からそう抗議の声が飛ぶ。
そう言えば、車体の上にはずっとサラが乗っていたのだ。
「我慢してよ。フローラ守りながら、戦ってるんだから多少は無理もするさ」
そう言いながら、グリムはフローラと視線を合わせる。
「次弾装填を」
「は、はい」
言われて、フローラは慌てて四発が一塊になった弾倉を砲の上のレーンへと入れていた。
それを確認すると、グリムは照準器を覗く。
「敵が足を止めたこの近距離なら、こっちのもんだ。機関砲なら一瞬で・・・・・・」
そして、砲塔を旋回させるも、それは途中で止まっていた。
「どうして・・・・・・」
グリムが驚いてハッチから顔を出すと、B‐2は密着する様にバラキエルの横へ並んでいた。
その為、元々対空砲である長砲身の機関砲の砲身は、B‐2の砲塔に引っかかって車体を狙えない。しかし、B‐2の主砲は短いため、ピタリとバラキエルの車体に狙いをつけていた。
「やばっ。急速前進!」
それはマクベインが動かしたのか、グリムが動かしたのか分からない。しかし、すぐにバラキエルは走りだしていた。
即座に放たれたB‐2の砲弾は、車体の後ろをかすめる。
グリムはハッチから顔を出したまま、すぐさま砲身をB‐2へと合わせようとする。
しかし、再び高速で追いついて来たB‐2は、大通りを疾走するバラキエルへとぴったりくっついて並走していた。再び、機関砲の長い砲身は引っかかって、B‐2を狙えない。
「ちくしょう!」
その間にもB‐2の主砲は火を噴いた。
しかし、一瞬バラキエルが速度を緩めたため、それは砲塔の手前を掠めていた。
その後も正確に狙わせない様に、バラキエルは減速と加速を繰り返す。
「このままじゃ埒が明かない! マクベイン、押しつけろ!」
走りながら、バラキエルはB‐2へと無理やり車体を寄せた。
そして、B‐2の車体を反対側の建物へと押し付ける。
火花が飛んで、盛大に金属が飛び散った。B‐2は無理やり減速させられ、バラキエルから離れようとしていた。
「よし! これなら・・・・・・」
しかし、グリムは咄嗟に前をみて、戦慄した。
バラキエルの進行方向には、自動車が停止していた。
「停止ぃ!」
バラキエルは咄嗟に急制動をかけたが、滑りやすい石畳である街中では遅かった。
勢い良く自動車に乗り上げたバラキエルは、派手にジャンプする。
車内は一瞬、無重力になっていた。
フローラの体も、ふわりと宙に浮く。
そして、手にしていた砲弾も。
しかし、次の瞬間、急激に落下を始め、そして―――。
着地と共に、猛烈な衝撃と重力が車内を襲う。
その瞬間、ぐちゃっと言う、肉の潰れる音がした。
「・・・・・・っ」
フローラは戦慄しながらも、恐る恐る自らの足を見下ろす。
すると、そこではやはり落とした砲弾が血だらけになっていた。
しかし、そこで潰れていたのは自分の足ではなく、砲弾を受け止める様に伸びる腕であった。
「よかった。フローラの上に落ちなくて・・・・・・」
砲弾が刺さりながらも何とか受け止め、血だらけになっていたその手は、隣の砲の間から差しのばされていて、そこには苦痛に顔を歪めるグリムの顔があった。
「グリムさん!」
「はは、大丈夫。すぐ治るから・・・・・・。うっ」
「や、やっぱり痛いのでは・・・・・・」
「大丈夫。そんな事よりフローラは逃げてよ。このままじゃ、捕まっちゃう・・・・・・」
そう言って、グリムは砲弾を何とか下ろして、血だらけの手でハッチを掴み顔を出す。
すでにB‐2はバラキエルの前で停車しており、車長が機関銃を手に、降りてこちらに向かって来ている所だった。
「僕が時間を稼ぐから・・・・・・」
グリムはそう言って機関砲の旋回ハンドルを握ろうとする。
しかし、激痛が走って、腕を押さえていた。
「うぅっ・・・・・・。ちくしょう」
「む、無茶ですよ」
フローラは咄嗟にグリムに近づいて、潰れた手にポケットから取り出したハンカチを巻いていた。
「・・・・・・大丈夫です。私は良い取引材料だから、酷い事もされないでしょう」
そう言って、フローラはハッチから身を乗り出す。
そして、向かってくる帝国兵に声をはっていた。
「わ、私が王国の第一王女フローラです。投降します。もう戦闘を止めてください」
しかし、慌ててグリムがそんなフローラの前に立ちはだかって押さえる。
「ダメだよ! 君を差し出すなんてできない!」
グリムの言葉に、フローラは笑っていた。
しかし、その笑顔に、悲しさは感じられない。
悲しまないで、と言う意味の込められた、決心を終えたフローラの顔だった。
それに、グリムは自分の無力を恨めしく思った。
僕が、もっとちゃんとした悪魔なら、なんとかできたかもしれないのに。
だが、ふとそこに、一陣の風が吹く。
「―――そうです姫。あなたを差し出すなど、王国の恥です」
そして、そう響いた声の後に、パンッと銃声が響く。
グリムが驚いて振り返れば、車長の後ろに立ったサラが、容赦なく車長の頭を撃ち抜いていた。
「なっ! そんなとこに出たら危ない!」
グリムは咄嗟に叫ぶ。
しかし、それよりも早くB‐2の同軸機銃がサラに向けて吼えていた。
あっという間にサラの身体は穴だらけになる。
その様子には、フローラも思わず、口を押さえて絶句していた。
だが、様子がおかしい。
機関銃に撃たれたと言うのに、サラは平気な様子でくるりとB‐2を振り返っていた。
「何かしたか?」
そう言って、彼女は穴だらけのままB‐2の上へと飛ぶ。
そして、慌ててB‐2のハッチから銃を手に出てきた兵のおでこにピタリと拳銃を当て、容赦なく引き金を引いていた。
今度は操縦席から逃げようと帝国兵が出てきたが、サラはその背中にピタリと拳銃を当てる。帝国兵は硬直し、恐る恐る両手を上げていた。
一瞬で制圧してみせたその様子に、グリムは呆然としながら呟く。
「もしかして、サラさんって、僕のお仲間?」
「今更気がついたのか? 普通の人間は、あんなに高速で動く戦車の上に乗ってられないと思うぞ?」
そう言って、サラはB‐2の上でやれやれと笑っていた。
「私は女王に仕える悪魔だ」
「女王に仕える悪魔・・・・・・?」
「そうだ。この国の王位を継ぐ者は、昔から悪魔と契約する仕来たりがある。そうやって、自らの魂と引き換えに、王家に属する人間を守ってもらうのだ」
「ふーん。そう言えば、これだけ戦争してるのに、王家が暗殺されたって話しは聞かないなぁ。そう言うのはサラさん達が守ってた訳か。けど、何で撃たれて平気なの?」
「貴様は元々が人間の体だから痛覚があるんだろう。しかし、私達の体はそもそも自らで構成してる借りの姿みたいなものだからな。痛覚を無くしたり、ある程度自由が利くんだ」
「いいなぁ、便利だな。僕とは大違い」
そう言いながら、グリムはすでに治った腕に巻かれたハンカチを撫でていた。
「けど、痛くなかったら優しくもしてもらえないから考えものかも」
「少しは自重しろッ。私は同族として認めんからな」
サラは頭痛がするかのように頭を押さえていた。
そうこうしている間に、バラキエルは広場へと戻って来ていた。
すると、そこには火炎瓶の炎が残っていたものの、転輪を直したバラキエル一号車と履帯を直したシュルク、そして共和国兵達がすでに集まっていた。
多くの兵達は、ボロボロの姿でお互いを労っている。
「グリム!」
そう声を掛けられて、グリムがハッチから見下ろすと、アメリアが駆け寄ってくる所だった。
グリムは車体を停止させて、車体から降りる。
続けて、フローラもサラにエスコートされながら降りて来ていた。
「王女様は無事だよ」
「良くやったよ!」
そう言って、アメリアはがしがしっとグリムの頭を撫でてやっていた。
グリムはうざったそうにその手を払う。
「もう、子供じゃないんだから」
「けど、良くやった。軽戦車一台でも残しておいて、街の奥に隠れてる輸送隊が見つかったりしたら被害は拡大してただろうしね」
「ま、戦ったのは僕じゃなくてサラさんだけどね」
それには、不思議そうにアメリアはフローラの後ろに控えるサラを見ていた。
しかし、本人は何も知らないと言った様に目を逸らしていた。
「そちらはみんな無事なようだね」
不意に、そう声をかけてきたのはカルマンだった。
振り返ったアメリアは、複雑そうな表情をしていた。
「おかげ様でね。・・・・・・そっちは残念だったけど」
その言葉に、フローラははっとする。
「誰か、亡くなられたのですか?」
それには、カルマンが目を伏せて応えていた。
「うちの戦車の装填手であるオードラン君がね。良い装填手だった。我々は右手を失ったも同然だ」
しかし、ぽかっとその頭は横から叩かれる。
「そんな事言って、この王女さんが責任感じたらどうすんだよ!」
「あ、いや、違うんだバンベール君。私はあくまでもオードラン君の冥福を祈ってだね・・・・・・」
その言葉に、煙草を咥えたバンベールはふんっと鼻を鳴らしていた。
そして、フローラを見据える。
「オードランは死んだが、あんたのせいじゃねえ。それに、帝国の女が死体は置いてったから、あいつは故郷に帰れるよ」
「そうですか・・・・・・」
「間違っても、自分のせいだなんて自信過剰な事を思うなよ。祈ってさえやれば、死者はそれで満足なんだ」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、フローラは胸に手を当てて目をつぶっていた。
目つきは悪いが、このバンベールと言う男は、それほど悪いやつではないようだ。
「で、帝国の女が置いてったって事は、イリーナさんは?」
「それなら、私の部下が見ていましたよ」
そう応えてやって来たのは、砂で薄汚れたファルジアだった。
「どうやら敵の戦車にオードランがやられ。イリーナさんが降伏したようです。その後、街の外へと走り去ったそうで、恐らく逃げたのでしょう」
その言葉に、グリムががっくりとしていた。
「ああ、なかなか可愛かったのにな」
しかし、途端に拳骨が落ちる。
目から火花を飛び散らせながら振り返ると、そこにはサラがいた。
「貴様、姫に手を出しておきながら、他の女にも手を出すつもりか!」
「ああ、いや、そっちは予備的に、ね?」
すると、もう一発拳骨が落ちていた。
「痛い・・・・・・」
その間にも、アメリアはカルマンに問う。
「そう言えば、あんたらはこの後どうすんだい?」
「我々は侵攻作戦の途中なのだ。だから、まだ前進せねばならない」
しかし、その言葉に驚いたのは意外にもバンベールだった。
「正気か? この消耗具合でまだ進むつもりなのかよ?」
「うむ。友軍との合流地点までたどり着かないと、なにより次の指示が受けられないからね」
その言葉に、アメリアは首をかしげて呟く。
「それなら、長距離無線を使えばいいじゃないか」
しかし、それにはバンベールが頭を抱えて応えていた。
「うちの国、長距離無線の配備が遅れてて大隊にしかねえんだよ。だから、小隊で行動してる時は作戦が途中で止められねえんだ。―――けど、うちの部隊はだいぶ消耗してる。この辺で引きあげても良いんじゃねえか?」
バンベールは上申するが、カルマンは強情に首を振った。
「我々がいなかったために作戦がとん挫したなんて事になっては騎士の恥さらしだ!」
「あんた平民の歩兵上がりだろうが!」
バンベールはそう怒鳴っていたが、カルマンはどこ吹く風だ。
すると、バンベールはやれやれとアメリア達を振り返る。
「ま、どっちにしろ。あんたらとはここでお別れだな」
「そうだね。私達は輸送隊を連れて引き上げるよ」
ふと、バンベールは思いついた様に、隣にいたファルジアを前に押し出す。
そして、ニヤニヤと彼に耳打ちする。
「ほら、お前からも礼言っとけ。喜ばれるぞファルジア」
「え? 私が?」
首をかしげつつ、ファルジアはアメリアと面と向かう。
至近距離から視線が合って、アメリアは思わず緊張していた。
「あ、あの、その、・・・・・・いろいろありがとね」
彼女がそう告げると、ファルジアは深々とお辞儀する。
「我々も、あなた方の戦車隊がいて助かりました。そして、昨日の言葉を撤回します」
「え?」
「お嬢さんなどと呼んで申し訳ありませんでした。あなたは立派な騎士です」
その言葉に、アメリアは複雑な笑顔を浮かべていた。
確かに、お嬢さんと呼ばれて喜んでいた身としては、素直に喜べない。
しかし、アメリアはしっかりとファルジアを見つめる。
「ありがとね。確かに私達は王国の騎士として、まだ本当に戦わなきゃいけない相手がいるんだ」
「そうですか。御武運をお祈りしています」
そう言って敬礼をするファルジアに、アメリアも敬礼を返していた。
「そうだ、おいガキ。折角なら、これ持ってってくれねえか」
グリムが自らのバラキエルに乗ろうとすると、唐突にバンベールに声を掛けられていた。
ガキと言われむっとしたが、グリムがバンベールから受け取ったのは、小さな封筒だった。
「なにこれ? ・・・・・・もしかして遺書とか?」
「ちげーよ。ちょっと面白いもんを見つけたんでな。見せたい奴がいるのさ」
「ふーん。ま、いいよ。バンベールさんには何だかんだでアメリアがお世話になったし。届けてあげよう」
その言葉に、ふとバンベールは違和感を感じたようだった。
「―――俺の事を呼ぶ時はジャンで良い」
「え? なんでいきなり?」
「いや、なんか長い付き合いになる様な気がしてな。滅多に呼ばせる奴いねえんだから、ありがたく思えよ。・・・・・・えーっと」
「グリムだよ。まったく、僕の名前も良く知らないのに何で長い付き合いになるのさ」
「さあな。まあ、俺の勘だ。じゃあな、グリム君よ」
「はいはい。さよならジャンさん」
そう言って、グリムはシュルクへと戻るバンベール、もといジャンの後ろ姿を見送った。
これで、「シャール・コンセール!」の時に、最初からシュルクに装填手がいなかったのか謎が解けたかと思います。
さて、帝国軍のイリーナさんですが、実は「シャール・コンセール!」にも出て来ています。
暇があれば、敵国のイリーナさんを主人公に書いてみたいですね。