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王女の願い

 街で夜を明かす事になった第三十二独立騎兵隊だったが、唯一のホテルは先に到着していた共和国軍に押さえられており、残っていたレストランも輸送隊に先を越されてしまった。

 という訳で、第三十二独立騎兵隊は、せっかくの街だと言うのに、広場にテントを張って野営する事になってしまっていた。

「ったく、輸送隊にも先をこされるなんて!」

 グリムは固い地面のうえにそのまま腰を下ろしていた。

そして、缶詰の中の魚に乱暴にフォークを差すと、口には運ぶ。

しかし、すぐ表情を強張らせた。

ゆっくりと咀嚼して、そして飲み込む。

その目には涙が浮かんでいた。

「まっずッ! なんじゃこりゃ!」

「今日は外れっスよ。ただでさえまずい缶詰ばっかりなのに、この魚の煮物は特に生臭いばっかりで凄くまずいんス」

「・・・・・・ぐぬぬ! こうもツイてないなんて!」

 そう言って、グリムは近くで同じ様に缶詰を食べているアメリアを見た。

淡々と口に運んでいるようだが、味に辟易しているのか、眉はずっと八の字を描いている。

「おっぱいの力で何とかならないのー?」

 グリムが言うと、アメリアもため息交じりに言う。

「ならないよ。なるんだったらとっくにやってるさ」

「嘘だ―ッ! だったら、もっと本気でおっぱい使わないからだよ! おっぱいは偉大なんだよ! おっぱいがあればなんだって出来るんだよ!」

 しかし、そう言うグリムにごつんっとアメリアは拳骨を振り降ろす。

「うるさいねぇ。―――配給係が女だったの!」

「そう言う事ですか・・・・・・。トホホ」

 仕方なく、グリムは魚を口に放り込んでパンに齧り付く。

 魚の臭みをパンで誤魔化すつもりだったが、むしろパンまで生臭くなって、口の中が悪夢の様だった。

「ごくり―――。うえっ・・・・・・。ダメだ、魚は魚だけで食べよう」

 涙目になりながら、グリムは先に魚を始末する様に、鼻をつまんでバクバクと食べ出した。

 すると、隣のマクベインから声をかけられる。

「そういえば車長! あの子紹介してくれるんじゃないんスか?」

 そう言えばマクベインにフローラを後で紹介すると言った事を、グリムは鼻を押さえたまま思い出した。

「そうだったね」

「紹介して下さいよ。車長の彼女っスか?」

「か、彼女って訳じゃないけど・・・・・・」

「おっ。じゃあ俺にも希望ありって事っスか!」

「バカっ。相手は一国の王女様なんだぞ! 俺もお前もそう簡単に手を出せるか!」

 しかし、はずみで鼻をつまんで手を外してしまって、凄まじい生臭さが鼻を突く。

「う、うえ・・・・・・。うえっ」

 えずくグリムの背中をさすりながら、マクベインは言う。

「車長、思ってたより常識人っスね。冗談っスよ。王女様に会ってみたいだけっス」

「ミーハーだなお前。けど、良いよ。僕もフローラに会いに行く予定あるし」

「よし。じゃあ、さっさと喰っちまうっスね」

 そう言って、グリムとマクベインは鼻をつまんで一気に煮魚を胃の中に流し込む。

 しかし、さすがに缶の中の煮汁まで飲む気になれなかった。


「フローラちゃんってどんな子なんスか?」

「うーん。見た目は凄く可愛い。細かい所作もいかにもお嬢様って感じ。だけど、趣味が変」

「変っスか?」

「うん。なんか兵器と普通の生活してる兵隊や民間人を一緒に写真に撮って喜んでるんだよね」

「それは変っスね。記者なら普通は戦ってる兵器や兵士撮るもんっスよね。それか、壊れた戦車とか負傷した兵士とか」

「うん。だから、ちょっと変な子なんだと思う。王女なのに、自分に居場所はないとか言うし」

「ふーん。ミステリアスっスね」

「良く言えばね。悪く言えば世間からずれてる的な」

 どうやらフローラはカルマンの計らいで、共和国軍が確保したホテルに泊めてもらってるらしい。ホテルは町から一本外れた通りにあって、それなりに大きな建物だった。

グリムがマクベインを連れて入口から入ろうとすると、表に立っていた共和国兵に止められる。

「身分証を」

 グリムが手帳を渡して、兵士はそれに目を光らせる。

「ご用件は?」

「バスカヴィル中尉より、お嬢様に明日の予定を伝えに参りました」

 そう言うと、あっさりと通してもらえた。

「楽勝!」

 しかし、そう言ってフローラがいると言う二階へと階段で上ったものの、彼女の部屋の前にはサラが仁王立ちしていた。

「・・・・・・そうだ。あいつがいた事を忘れていた」

 そう言って、グリムは階段からサラの様子をうかがう。

「うーん。絶望的だ・・・・・・」

「そんな強いんスか?」

「半端じゃないよ。容赦なく蹴り飛ばして来るんだもの。僕なんて〈性欲のカマタリ〉とか言われて目をつけられてるんだから」

「か、カマタリっスか? ―――まあ、そう言う事なら、車長に協力しても良いっスけど」

「え? 協力って?」

「あの女をあの扉の前から追い払えば良いんでしょう? 車長が目をつけられてるんだったら、おびき出しやすいっスよ。自分が囮になりますから」

「けど、そうするとマクベインはフローラに会えないよ?」

「別に良いっスよ。ただの興味本位っスから。そのかわり、この前見てたエロ本貸して下さい」

「それは別に良いけど」

「じゃ、車長はどっかに隠れててください」

 そう言うと、マクベインは階段を降りて行った。

 グリムも階段を降りると、言われた通りその裏へと身を隠す。

 すると、ホテルの外から大きな声が聞こえてきた。

「本当に合わせてくれるんスかグリム車長。そのフローラちゃんに!」

 それはマクベインのひとりごとだったが、まるでもう一人誰かがいるかのように話しかける。

「車内でちょっと見かけたけど可愛かったですもんね。清楚なお嬢様って感じで、いかにも汚したくなりますよ!」

 しかし、話の内容は段々と怪しくなって行く。

「さすがに可愛過ぎて我慢できませんよね! ×××とか、×××とかしてもらいたいな。ああ、もう下半身がビンビンっスよ。せっかくなら×××で×××してもらいたいなぁ!」

 大声で何を言ってるんだ、とグリムは内心呆れたが、その効果は抜群で、階段の上からものすごい勢いでサラが降りてきた。それは、一心不乱にホテルから飛び出して行く。

「こら貴様ぁ! 姫でなに卑猥な事を妄想しているかッ! 性欲の塊ともども、まとめて成敗してくれるわぁ――――ッ!」

「う、うひゃあああぁぁぁ―――――ッ!」

 そんなサラの怒鳴り声とマクベインの叫び声が、ホテルから離れて行くのが聞こえた。

「まったく、エロ本ならこの前貸すって言ったのにな。良い部下だよマクベイン」

 そう言うと、グリムは階段を上がって、フローラの部屋の前の扉をノックする。

「あの、グリムだけど・・・・・・」

 すると、ほどなくして扉は少しだけ開く。

 隙間から、フローラが顔を出していた。

「あ、こんばんは」

「ど、どうも。あの、ちょっと話したい事があってさ」

「私は構いません。・・・・・・あれ? けど、ここにサラがいませんでしたか?」

「えっと・・・・・・。さあ? 休憩中じゃないかな?」

「また、グリムさんを蹴らないか心配していたのですけど。ちょっと安心しました。どうぞ」

 そう言って、開かれた扉から、グリムは中に入る。

「失礼しまーす」

 そして、入ってフローラの姿を見て、思わず固まった。

 彼女が身につけていたのは、ワンピースの様なシルクの布の下に下着が透けて見えている、いわゆるランジェリー姿だったのだ。

 ―――ああ、人間にされて良かったかも。

 グリムは涙を浮かべて、ひしひしと神に感謝する。

「そ、その格好は恥ずかしくない?」

「え? おかしいですか? いつも部屋着はこれなのですけど・・・・・・」

 その部屋着で人の前に出るのがおかしいとは、さすがにもったいなくて言えなかった。

「良いんじゃないの? 似合ってる似合ってる」

 そして、フローラが勧めるままグリムがベットに腰掛けると、彼女も隣に腰掛けていた。

 すると、そんなグリムの様子をフローラはまじまじと見つめる。

 不意に何か気がついた様に、彼女はグリムの服を掴む。

「ああ! やっぱり!」

「え? なに?」

「ほら、見てください!」

 そう言って、彼女が見せたグリムの上着の一部には穴が開いていた。

「これ、銃で撃たれた跡ですよね?」

「そ、そうだね」

「―――やっぱり撃たれてますよね、グリムさん」

 そう言って、フローラはグリムの顔を覗きこむ。

 顔を近づけられて、グリムは真っ赤になっていた。

「あ、うん・・・・・・」

「けど、どうして治ってるのですか?」

 不思議そうに首をかしげるフローラのその言葉に、グリムは笑って返す。

「ああ、何だそんなことか。そりゃ、僕が悪魔だからだよ」

「悪魔、ですか?」

「そう、僕は人間じゃない。本当は機械にとりつく悪魔なのさ」

 そう、グリムは得意げに言ってみせる。

 そして、改めてフローラを見ると、キラキラと目を輝かせていた。

「うわあ! 私、始めて見ました! 本物の悪魔というものを!」

「え、あ、そう? っていうか、信じちゃうんだね・・・・・・」

「え? 信じたらいけないのですか?」

「う、ううん。嬉しいけど。そのなんていうか・・・・・・」

 今まで信じてくれる人がいなかったから、反対に簡単に信じられると、おかしな気分だった。

 というか、やっぱりフローラはおかしい娘なのだと確信した。

「じゃあじゃあ、その目も何かなっているんですか?」

 そう言ってフローラが興味を持ったのは、グリムの眼帯を付けた左目だった。

「ああ、これ?」

 グリムは別に渋ることなく、眼帯を取って見せていた。

 しかし、そこから現れた至って普通の目に、フローラは少しきょとんとする。

「別に、特殊な目じゃありませんね」

「目はね」

 そう言って、グリムはウインクの様に左目を閉じて見せる。

 すると、そのまぶたにはトゲトゲの生えた円の様な模様があった。

「歯車の、刺青ですか?」

「ううん。これは俗に言う、悪魔の印って奴さ」

 そう言うと、グリムはにししっと不敵に笑っていた。

「僕と契約したのは、このグリムって人間だったんだ。こいつは自らの魂を捧げた代わりに僕と契約したから、この歯車の模様がここに現れたのさ。余りにも目立ち過ぎるから、いつもは眼帯で隠してるんだけどね」

 すると、フローラは首をかしげていた。

「けど、なぜその人間のグリムさんに悪魔のあなたが入っているのですか?」

「それはその・・・・・・、僕は魂を貰ったんだけど、その、彼の願いが僕には達成できないもので・・・・・・。だから、そこにいあわせた魔術師に抜け殻になったグリムの体に入れられちゃったんだよね」

「それで、体が再生するのですね」

「うん。まあ、正確には僕が入れられた時のグリムの状態を保持しているだけだけどね」

「けど、カッコいいですね。死なないし、さっきも悪魔の力で戦ってたんですか?」

「いやいや、悪魔の力って言っても、僕にやれる事はかなり限られてるから。本当の僕は機械を操ったり故障させたりする悪魔だけど、人の器に入れられてからは触ってないと発動しなくなっちゃったし。さっきも戦ったって言うか、敵の戦車の大砲壊しただけだし」

「そういえば、始めて私を助けてくれた時、無人のクレーンが勝手に動いてたのはあなたの力なのですね」

「ああ、覚えててくれたんだ。そう、あれが僕の力だよ」

 グリムが得意げにすると、フローラは楽しそうに笑っていた。

 グリムは今まで信じてくれる人がいなくてこんな話などした事はなかったが、改めてその話を信じて驚いてくれるフローラの姿を見ていると、なんとなく幸せだった。

「むふふ。って、そうじゃなくて・・・・・・、僕、フローラに訊きたい事があったんだった」

「訊きたい事、ですか?」

「そう、前にフローラ〈自分には居場所がない〉って言ってたよね。けど、フローラって王女様でしょ? 居場所はあると思うんだけど」

 その言葉に、フローラは少し俯いていた。

「ええ。―――けど、私がその居場所にいる事を、誰も望んではいないのです」

「望んでいない?」

「はい。王室は伝統として、男子であろうとも女子であろうとも、第一子が王家を継ぐ事になっています。私はその第一子なのです」

「知ってるよ。けど、それを誰も望んでいないっていうの?」

「―――私には弟がいます」

 唐突に、フローラは語りだす。

「まだ私よりずっと幼いのですが、すでに私が勉強する様な事をいとも簡単に解いちゃうんです。難しい本もいっぱい読んでいて、私なんかよりずっと物知りです。国の事にも興味を持っていて、すでに政治がどうかとか話してくれるんです。・・・・・・私なんて、全然分からないのに」

 そう話すフローラは情けない自分を、どこか卑下するかのようだった。

「私なんかより、弟はずっと優秀なんです。そして、私がダメだって事も、みんな知っている。側近の中には、私を変な子だと思ってる人もいるくらいです」

 その言葉に、ぎくりとグリムは人知れず冷や汗をかく。

「だから、父も母も、側近も、大臣も、国民でさえ、私よりも弟が王家をつぐ事を望んでいるのです。決まりだから私が王家を継ぐだけで、誰もそれを良しとは思っていない。私だって好きで継ぐ訳じゃないのに。―――だから、私に居場所なんてありません」

 気まずいその雰囲気に、グリムもどう慰めていいのか分からず頭をかく。

 すると、彼女は顔を上げて言っていた。

「だから、きっと今回のことで私は死んじゃえば良いのですね。きっと、みんなそれを望んでいる・・・・・・」

 しかし、そう言われて、グリムは思わず口を開いていた。

「それは違うって!」

「・・・・・・え?」

「みんななんて望んでない! 少なくとも、僕はフローラに生きていて欲しいと思うもん」

 その言葉に、フローラは笑っていた。

「そうですか。グリムさんみたいな人がいっぱいいたら、私も幸せだったかも知れません」

 しかし、その笑みはどこか悲しそうだった。

 だが、グリムがどう慰めたとしても、フローラはきっとその笑みで返してしまうのだろう。

きっと、今のグリムではどんな慰めも、他人事としてしか伝わらない。

「・・・・・・ごめん」

だから、謝っていた。

「居場所がないって言ってた時、悲しそうだったから。相談ぐらい乗れるかなって、甘い考えだった・・・・・・。ごめん」

「謝らないでください。私はお話しできただけでも幸せです」

 フローラはそう言ってやはり笑っていた。

だが、ふと、彼女は寂しげな表情になって呟く。

「―――けど、このまま誰かと一緒になってしまえば、王家を継がなくて良かったりするのでしょうか」

 その言葉に、グリムはドキリと心臓が高鳴る。

 そう、今はベットの上。目の前の彼女は下着姿。そしてこのセリフとくれば、導き出される答えは一つしかない。

 グリムは咄嗟にフローラをがばっとベットに押し倒す。

「ふ、フローラ・・・・・・」

 きょとんとするフローラを見下ろして、グリムは強張った顔を近づける。

 そして、ゆっくりと唇が触れようとした、その瞬間。

鋭い回し蹴りが、グリムの脳天を捉えていた。

「ぎゃあっ!」

 ベットから吹き飛んだグリムは、壁へと叩きつけられる。

「貴様、私がいない間に姫に何をやっている・・・・・・?」

 静かだが、ドスの利いたサラの声に、グリムは戦慄した。

 脳天を押さえながら起き上がると、そこには足を掲げて構えた状態のサラが、血走った眼でそこにいた。

「ひぃっ! ち、違うんです! ふ、フローラの方から誘って来て・・・・・・」

「ほう、姫のせいにするとはなかなか良い度胸だな・・・・・・」

 その言葉に、グリムはパクパク口を動かして震えるしかなかった。

 そして、まるで子猫の様に、グリムはサラに襟首を掴まれて連行されていく。

 ベットの上で、未だに状況の飲み込めないフローラが心配そうに声をかけていた。

「だ、大丈夫ですかグリムさん? あ、けど、グリムさんは人間の方のお名前でしたっけ?」

「ははは、今は人間だから呼ぶ時はグリムで良いよ・・・・・・。うん、僕にもグレムリンと呼ばれた悪魔の時代があったけど・・・・・・。遠い昔の様な気がする」

 そう言って、扉の外に連れられたグリムの末路は語るまでもない。


「ったく、本当にまずい缶詰だったね。確か、輸送隊の奴らこの辺りに・・・・・・」

 そう言って、アメリアはトラックの荷台で荷物をひっくり返していた。

 そして、そこから現れたのは、綺麗なラベルの張られた缶詰。

 それは、共和国から供与された缶詰だった。

「ふふん。やっぱり隠してあったんだね。どうせ自分達はレストランの飯を食べるからって、ろくなもの出さなかったのか」

 しかし、そこへ突然、鋭い光が差し込んでいた。

「なにをやっているッ!」

 背後から声を掛けられて、アメリアはびくりと体をすくませた。そのはずみで、落とした缶詰が転がってしまう。

 そして、まず彼女の脳裏をよぎったのは、自分の保身だった。隊長ともあろう自分が、盗み食いをしたと知れ渡ったら、兵からの信頼が落ちかねない。

 だから、咄嗟に言い訳が出た。

「ち、違うんだよ! 盗み食いじゃなくて、その、破損してないか点検をね!」

 そう言ってアメリアは振り返っていたが、きょとんとした様子で懐中電灯をかざしていた兵隊は、輸送隊の人間ではなく、共和国軍の兵士だった。

「ああ、申し訳ありません。輸送隊の方でしたか。私はてっきり民間人が忍び込んだのかと」

 そう言って、その兵は懐中電灯を下ろして真摯に頭を下げる。精悍な体つきだが、綺麗な金髪に優男風のなかなかにさわやかな印象の男だった。

「い、いや、あたしは護衛部隊の人間でね。そ、そんなあんたこそ、こんな夜中に何してんだい?」

「これは失礼。私は友人の所へ様子を見に行く途中でして」

「ふーん。そうかい」

 すると、アメリアはとりあえず戦利品の缶詰を両手いっぱいに抱えて、トラックを降りようとした。しかし、降りる手前で転がっていた缶詰をふんづける。

「うわぁ!」

 つるんっとひっくり返る様に滑ったアメリアは、そのまま仰向けにトラックから落下する。

 アメリアもさすがに怪我を覚悟で、目をつぶったが、それは途中で柔らかく受け止められていた。

「あ、れ・・・・・・?」

「だ、大丈夫ですか? 危ないですよお嬢さん」

 アメリアが目を開くと、そこにはこちらを見下ろす男の顔があった。

「う、うん・・・・・・」

気がつけば、アメリアは缶詰を抱えたまま、その男にお姫様だっこされる様に抱きかかえられていた。


「ジャン。調子はどうですか?」

 そう声を掛けられて、男はヘッドフォンを外してハッチから顔を出す。

 すると、車体の上には見知った顔がいた。

「おう、ファルジア。実は面白いもんが聞けてよ。―――って、そっちは誰だ?」

 そう、ジャンと呼ばれた男が指差したのは、ファルジアと呼ばれた兵の後ろに立つアメリアだった。

「アメリア・バスカヴィル中尉です。輸送隊を護衛してる部隊の隊長さんだそうで」

「ふーん。意外とお前も隅に置けねえな」

 そう言いながら、目付きの悪いその男はポケットから出した煙草を咥える。その姿にアメリアは見覚えがあった。

「えっと、確かあんたは、カルマンの部下のバンベールだっけ?」

「うん? どっかで会ったことあったか?」

「昼間、あんたカルマンに報告してただろ。あそこに私もいたのさ。あんた戦車兵なのかい?」

「ああ、俺は操縦手のジャン・バンベール軍曹。まあ、今はこの指揮車をいじってるけどな」

 バンベールがそう言う様に、彼らが乗っているはバラキエルの指揮車だった。

 すでに履帯は直されているが、ジャンともう一人が砲塔の中で、何やら通信機をいじってるようだった。

「そうだジャン。差し入れがありますよ」

 唐突にそう言って、ファルジアが差し出したのは共和国の缶詰だった。

「お、悪いな。けど、どうしたんだ、これ?」

「バルカヴィル中尉に頂いたんです」

「ほう、そっちのねえちゃんに?」

「うちの輸送隊のもんさ。私のもんだから気にしなくて良いよ」

「じゃ、遠慮なく。ほらオードラン、差し入れだ」

 受け取った一つを砲塔の中で通信機をモニターしていた兵に渡すと、バンベールは遠慮なく缶きりで自分の缶詰を開けていた。そして、一時的に煙草をハッチの上に置いておくと、フォークで中の肉の塊を突き刺して口へと運ぶ。

「うーん。やっぱり普通の料理には敵わねえな・・・・・・。まあ、夜食には丁度いいぜ。ありがとな」

 私達にはありがたいぐらい美味しいのにな、とアメリアは少し気落ちする。王国はどれだけ料理のレベルが低いのだろうか。

 アメリアとファルジアも同じ様に缶詰を開けて、肉の煮込みを口に運ぶ。これに比べると、夕食に食べた缶詰は食べ物ではないのではないかとさえ思えた。

すると、不意にファルジアが思い出した様にバンベールに声をかける。

「そう言えば、面白い事とは?」

「おう、そうだった」

 すると、バンベールは思い出した様にヘッドフォンを差し出してきた。

「聞いてみ」

 言われた通りファルジアがそれを耳に当てると、そこからは「ツー・トン」の組み合わせであるモールス信号が聞こえてくる。

「モールス信号ですか。我が軍の?」

「いや、帝国軍の周波数だ。まあ、暗号だから内容は分からねえけどよ。思ったより近くにいるらしくて、他にも何か聞こえないか調べてたんだ」

「まったく、悪趣味ですね」

 そう言って、ファルジアはヘッドフォンを返していた。すると、バンベールはそれに不満そうに眉をひそめる。

「あのな。正々堂々ってのが座右の銘みたいなお前には分からねえかも知れねえけど、こうやって情報集めとけばいろいろ有利なんだぜ」

「分かってます。機動力を活かす機甲戦の前には情報戦が左右するって講義も聞きかされましたから」

「分かってんならいいんだよ」

 そう言ってバンベールは空になった缶詰を放り投げると、ハッチに置いといた煙草を改めて咥えて吹かす。すると、不意にそんな彼の隣のオードランが、ヘッドフォンに手を当てながら声をかけていた。

「軍曹。なんかやばそうですよ?」

「あん? どうした?」

 そう言って、バンベールはオードランの通信機へと自らのヘッドフォンの端子を差し替えていた。そして、ヘッドフォンから聞こえてきたものに、顔をしかめる。

「こりゃあ、短距離無線じゃねえか・・・・・・」

 その言葉に、ファルジアとアメリアに緊張が走る。バンベールがヘッドフォンを差し出すと、二人は片耳ずつ押し付けた。

『三号車がエンジントラブルだ。こいつは野営してるここに置いていくぞ』

『了解。明日には目標の街に到着するだろう。先行している偵察部隊との連絡が途絶えているので、敵が潜んでいる可能性が高いがな』

『分かってる。他の十一台で何とかやってくれ』

 本来近くの戦車同士でやり合う短距離無線が聞こえると言う事は、街から数キロと離れていない距離で行われている通信だろう。そして、〈三号車〉などの言葉からすると、恐らく戦車隊。十一台という規模から言って中隊だろう。

「なぜこんな所にこれほど敵が展開しているんでしょうか?」

「さあね。けど、ここに来るまでにあった敵といい、うちの大隊がやられてる事といい。何かがおかしいよ・・・・・・」

 しかし、その謎は、その通信でいとも簡単に解けた。

『しかし、本当に王国の王女がいると言うのは本当だろうか? 確かに捕まえられれば我々に有利に傾くだろうが』

『まあ、敵の平文を解読した情報だって言うから、怪しいもんだがな。けど、可能性は高いんだろう? 上層部がこれだけ力を入れて部隊を展開させてるんだから』

 その言葉に、アメリアは戦慄した。

 やはり、昼間の平文が原因で、帝国に王女の情報は筒抜けだったのだ。

「こりゃあ、敵さんはあのお嬢さんが本当に王女様だと勘違いしてるらしいな・・・・・・」

 バンベールは煙草の煙を吐き出しながら、やれやれと肩をすくめる。

「明日の朝にはお嬢さん目当てに、馬鹿どもがわらわらやってくるぜ?」

「これはまずいですよ。小隊長に話してすぐにでも対策を」

「そうだな。明日にはこの街は戦場だ」

 しかし、ファルジアはふと、隣でヘッドフォンを聞いてるまま固まっているアメリアが心配になって声をかける。

「あの、大丈夫ですか?」

 すると、彼女は小さくうなずいていた。

「ああ、大丈夫。ただ、ちょっととっちめたい奴がいてね・・・・・・」

 彼女はそう言って、宙を睨んでいた。


「お、送ってくれてありがとね。えーっと・・・・・・」

「歩兵の分隊長をやってるアラン・ファルジア軍曹です。みなにはファルジアと呼ばれていますが」

「ふーん。ファルジア、ね。よろしく頼むよ」

「ええ。それではお休みなさい。あ、いえ、今から忙しくなるんでしたね」

「お互い様にね」

 アメリアがそう言うと、ファルジアは笑顔を浮かべて去って行った。

 その後ろ姿を、アメリアはしばらくぼけっと見送る。

「ふーん。アメリアってああいうのがタイプなの?」

 しかし、そう後ろから声を掛けられて、びくりと体をすくませていた。

「そんな訳ないだろうッ?」

 そう言ってグリムの声に振り返ったものの、そこにはぼこぼこに変形した顔面が合って、さらに驚いた。

「うわあっ!」

「ああ、やっぱり僕の顔、酷い事になってる? 撃たれるとすぐ直るのに、なんか簡単な傷ほど修復が遅いんだよねぇ」

「どうしたんだい、それ・・・・・・」

「うーん。話せば長くなるし、話せば説教食らうから話さない」

「・・・・・・まあ、なんとなくわかるから良いよ」

 呆れながらもアメリアは戦車とテントが立ち並ぶ広場の中央まで来ると、パンパンと手を鳴らしていた。

しかし、誰も集まらない。

 すると、グリムが思い出した様に声をかける。

「そう言えば、いつも集合をかける副隊長は昨日殉職してるよ?」

「ああ、そう言えば三号車はやられたんだったね・・・・・・。ええい、集合!」

 彼女自身が声を張り上げると、即座にテントからわらわらと部隊員がはい出てきた。

 そして、グリムも含めて即座にアメリアの前に整列する。

「ちょっと大変な事になったよ。帝国軍が、王女の存在に気が付いている」

 だが、みんな寝ぼけているのか、意外とリアクションが薄い。ただ、一人を除いては。

「それってどう言う事? もしかしてフローラが狙われてるって事」

 そう質問をしてきたのは、他ならぬぼこぼこの顔のグリムだった。

「ああ、そう言う事さ。敵さんは思った以上に力を入れて王女を狙って来てる。明日には、敵の部隊がここに来るらしいのさ」

 すると、その言葉に部隊員もざわめく。

「どこから得た情報ですか?」「敵はどんな奴です?」「明日って急すぎませんか?」「バストはどのぐらいですか?」

 次々と出る質問に、アメリアは簡潔に応える。

「敵の短距離通信を傍受したのさ。敵は少なくとも戦車十一台。今日はもっと手前で敵と接触してるんだから、もうどこで接触してもおかしくないよ。バストはノーコメント」

「えー」

「緊急時なんだから、ふざけた質問してると殴るよ?」

「い、イエス・マムっ!」

 かしこまって敬礼する兵を確認すると、アメリアは改めて一同を見直した。

「これから共和国軍のカルマン少尉と話してくるけど、彼らがどう決断しようとも私達は王女を守るために間違いなく戦う事になる。すぐにでも戦えるよう戦車を整備しときな!」

「「「イエス・マム」」」

「じゃ、解散!」

 そう言うと、兵はすぐにわらわらと自分達の戦車へと散って行った。

そして、グリムもマクベインと共にバラキエルの二号車の下へ集まろうとすると、その前にアメリアに声をかけられた。

「グリム、あんたは付いてきな」

「え? けど整備は?」

「どうせエンジン周りの点検と、開いた穴ふさぐだけだろう? そのぐらいマクベインに任せな。とりあえず、あんたは今日から副隊長だ。補佐としてついてくること」

「ええー」

 グリムは渋々と言った様子で、アメリアの後についていく。

「ねえ、副隊長なら給料上がる?」

「上がらない」

「では、辞退させて―――」

「―――フローラに合わせてやるよ」

「拝命させていただきます」

 アメリアの後をついていくように、グリムはホテルへと向かった。


 二人がホテルに着くと、共和国兵に通されたのは、四階の部屋だった。

 そこにはすでに小隊長であるカルマンが、操縦手のバンベールや分隊長のファルジア達と共に、テーブルに敷いた地図を見下ろしていた。

 カルマンはすぐに入って来た二人に気がついて声をかける。

「やあ、バスカヴィル中尉。二人から話しは聞かせてもらったよ」

 そう言って、カルマンはバンベールとファルジアに視線を向けていた。アメリアがその二人を見ると、ファルジアが軽く会釈をする。

「あ、ああ。それなら話は早い。あんた達の小隊はどうするんだい」

 その言葉に、カルマンは少し考える様に顎に手を置いていた。

「二人から聞いた話だと、狙われているのはあのお嬢さんだそうだじゃないか」

「ああ、どうやら本当に我が国の王女だと勘違いしたらしくてね」

「ふむ。だが、王女ほどではないとはいえ、重要な人間なのは変わらないだろう? 君達は彼女を守る必要がある」

「ああ。だから、あんた達がこの街にいるなら、私達も一緒に籠城するし。去るなら、私達は別に撤退戦を行う。どちらにしろ、私達は戦闘になるだろうけどね」

 その言葉に、カルマンは髭を撫でて、ふっと笑ってみせる。

「ならば、判断は簡単だ。―――我々はここに留まる」

 その言葉に、アメリアはほっと安堵した様にため息をつく。

「それならありがたいよ。一緒に戦ってくれるならだいぶ楽になるからね」

「―――何か勘違いしてるのではないかね?」

 そう言ったカルマンの言葉に、アメリアは一瞬、呆気にとられる。

「え?」

「我々は籠城する。だが、君達がここにいる必要性はないはずだ。君達だけでも王女様を連れて逃げるんだ。我々が盾になる! これぞ、騎士の役目さ!」

 しかし、その言葉に絶句したのは、バンベールとファルジアの方だった。

「じ、冗談じゃねえ! そんなもん自殺行為だぞ! こっちにゃ戦車一両しかないんだ!」

「その通りです。我々歩兵部隊には対戦車装備もありません! 歩兵は戦車に蹂躙されるだけになってしまいます!」

「まあまあ、落ち着きたまえ! 王国の要人を守れるのだ。これは名誉の戦死と言うものだよ」

「ふざけんな! 指揮官が戦死承知の作戦なんか立てるんじゃねえ!」

 激怒するバンベールの言葉はもっともで、やれやれとアメリアは悩むようにおでこに手を当てていた。

「戦車一両と歩兵部隊だけじゃ、敵の戦車十一両相手に足止めになるのかも怪しい。ここは共闘して撃退した方が現実的だよ」

「そ、そうかね? しかし、要人を危険にさらしてしまうが?」

「危険にさらしても、危害が加わるとは限らないからね。それに、あんたらが意味もなく全滅したら、被害が効果に見合わない」

「ごもっともだ。共闘する事を上申させてもらうぜ」

「同じくです」

 バンベールとファルジアに言われ、カルマンは渋々と言った様子で了承する。

「しかし、十一両もの相手はどうするのかね? どちらにしろこちらの戦力は重戦車1、軽戦車2。明らかに劣勢だぞ?」

「それには、考えがあるよ」

 そう言ったのは、アメリアだった。

「この街の周りは何も無い平原だ。私達が、鹵獲した対戦車自走砲が役に立つだろう」

「けど、街に入られたらどうするのだね?」

「私達の巡航戦車に搭載されているのは機関砲さ。遠距離では無力だけど、近距離ならまともな戦車をハチの巣に出来る」

 そう豪語したアメリアだが、そこへ意見が出される。

「そうですね。市街戦なら、私達にも程度任せていただけませんか?」

 そう口を開いていたのは、ファルジアだった。

 それに、アメリアはちょっと不機嫌そうにする。

「あんた、何のつもりだい? 対戦車火器ももってない歩兵じゃ何もできないだろう?」

「そうでもありません。私にも考えがあるんです。それに・・・・・・」

「それに?」

「あなたの様なお嬢さんに全て任せるほど、私達は男として落ちぶれてはいません」

 その言葉に、アメリアはきょとんとした表情で固まっていた。

 それを見て、今まで脇で様子を見ていたグリムはアメリアを肘でつつく。

「なになに、お嬢さん扱いされてドキドキしてんの? アメリアも乙女だなぁ」

 そう言って、すぐに殴られるかと思ってグリムは頭を押さえた。

 しかし、いつまでたっても拳は振ってこない。

 不審に思って見上げると、アメリアは相変わらずファルジアを見てぼうっとしていた。その姿に、グリムは絶句する。

「マジかよ・・・・・・」

 そして、二人から出された意見を聞いて、カルマンは一人唸っていた。

「ふーむ。まあ、バスカヴィル中尉とファルジア君に案があるのなら、作戦計画は君達に任せるとしよう」

 すると、二人はカルマンの目の前にあるテーブルの地図へと歩み寄る。

 アメリアはちょっと照れた様子で、ファルジアと話しあっていた。

グリムがそんなアメリアの様子に呆然としていると、突如部屋がノックされる。

 開けられたドアから、サラによってエスコートされて入って来たのは、軍服に身を包んだフローラだった。

「あ、フローラ!」

 グリムが条件反射的に歩み寄ろうとするも、慌てて飛び込んできたサラに前を遮られる。

「なっ、何で貴様がいるのだ! しかも顔が戻っているではないか・・・・・・」

「ふふーん。悪魔だから顔は再生するのさ。それに、今日から副隊長を命じられたんだよねー。アメリアのお付きだから、僕」

「ちっ。お前を副隊長にするあの女の気がしれん・・・・・・」

「気が知れなくて悪かったね」

 そう声をかけてきたのは、テーブルから振り返ったアメリアだった。

 その様子を、サラはキッと睨む。

「こいつが姫に危害を加えようとしたのは報告したはずだぞ! こいつがいる所に姫を呼びつけるとはどういう了見だ!」

 すると、アメリアはポケットから取り出した煙草を一本咥える。

「悪かったね。けど、正直こいつと王女に用事があったのさ」

 そう言って、アメリアはライターで煙草に火をつけていた。

「正直、王女をホテルに置いておくのは危険過ぎる。どこかに避難していてもらいたいのさ」

「分かっている。その間は私がお守りするから問題ない」

「そうもいかないよ。相手は戦車なんだ。生身のあんたじゃ対処できないよ。―――そこで、一つ提案がある」

 そう言って、アメリアはフローラを真っ直ぐ見つめる。

「二号車の装填手をやって頂けませんか?」

「なななっ!」

 そう声を上げて驚いたのはサラだった。しかし、当の本人であるフローラは、意外にも落ち着いた様子であった。

「わお! 素晴らしい人事ですな!」

「グリム、あんたは黙ってな。―――殿下がバラキエルに乗ってくださるなら、敵の戦車が来たとしても対処出来ますし、最悪の場合、そのまま逃げる事が出来ます。それに、今の二号車は装填手が不在です。乗ってもらえると、こっちとしてもありがたいのです」

 しかし、その言葉に真っ先に反対したのはサラだった。

「じ、冗談じゃない! 姫をそんな危険なものに乗せる訳にはいかない!」

「戦車自体は危険な乗りものじゃないよ。装甲が貼ってある分、下手な車より安全さ。確かに戦闘に巻き込まれれば危ないが、そんな重要な任務を任せる訳がないだろう?」

「え? じゃあ、二号車は戦わないの?」

 グリムがそう口を挟むと、アメリアは頷いていた。

「遊撃には参加してもらうけど、直接一対一で戦う様な事はさせないつもりさ」

 それに、サラは難しい顔をしていた。

「ぐぬぬっ。しかし、王女に装填手などと言う仕事をさせると言うのは・・・・・・」

 しかし、そのサラの言葉に反論を述べたのは、フローラ本人だった。

「大丈夫です。今日も装填手としてお手伝いしましたから。問題はありません」

「だ、だからって良いのですか姫! また危険な目にあうのですよ!」

「私は軍事関連には詳しくありません。しかし、アメリアさん達がそう勧めるのなら、その方が安全なのでしょう」

 すると、サラも難しい顔のまま渋々と了承する。

「・・・・・・わかりました、姫の意見を尊重します。しかし、私はまた今日と同じく戦車の後ろに乗せてもらうぞ」

「あんたも良くやるね。帝国軍でもなきゃ、本当はそう言う乗り方はしないんだけど。―――グリム、装甲の修理と一緒に手摺りぐらい取り付けてやんな」

「イエス・マム」

「じゃ、決まりだね。グリムは戻って戦車の整備に行きな。殿下は今日の所はゆっくり休んでください」

「わかりました。・・・・・・そして、私のせいですみません」

 そう言って、深々と頭を下げるフローラに、一同は静まり注目していた。

「私がいなければこうはなりませんでした。私のせいだと言うのは重々承知しております。だから、いざという時は、この私を敵に差し出してください」

 そして、そう続いた言葉に、咄嗟にグリムが口を開こうとしたが、それよりも早くアメリアがぽんっとフローラの頭に手を置いていた。

「殿下。勘違いしてもらっては困ります。私達は死にに行く訳じゃない」

 その言葉に、フローラはきょとんとしていた。

「え? ですが、敵は・・・・・・」

「戦力だけが戦争ではありません。―――やはり、さっき殿下に言った指示は取り消しです」

「え?」

「今日はゆっくり休む前に、ここに集まっている兵達を見て来てください。グリム、案内してやんな」

「願ってもない!」

 そう言って、グリムはフローラの手を取る。

 サラも慌ててついていこうとしていたが、その襟首を咄嗟にアメリアが掴んで捕まえていた。

「ぐぅ、何をするか!」

「あんたがくっついてると、殿下も肩ひじ張っちまうだろうからね。影で見守ってやんな」

「むう、知った様な事を・・・・・・」

「私も、あの位の弟がいたからわかるんだよ。殿下は、あの歳にしては気を張り過ぎてる。ちょっとは自然体で居させてやんな」

 その言葉に、思い当たる節があるのか、アメリアから手を離されたサラは、黙って乱れた襟を直していた。


 パシャリパシャリと言うシャッターの音が響く。

 グリムの目の前で、フローラはランタンの明かりを頼りに重戦車―――シュルクを整備する共和国兵にカメラを向けていた。

 当然、兵達もそれを無視をする訳もなく、ピースサインやはにかんだ表情をカメラに向けている。

「軍人じゃなく、民間人と兵器を取りたいんじゃなかったの?」

 ひとしきり取り終えたフローラにグリムが声をかけると、彼女は首を振っていた。

「そんな事ありません。私は戦場の日常が撮りたいのです」

「戦場の日常?」

「はい。私、昔は戦争って、兵士達が戦って死んでいくだけの、悲惨なものだと思っていました。残虐で非道で、すごく怖いもの」

 その考え方は、恐らく間違っていない。

 戦場は兵士達が戦い、悲惨に散って行く場所だ。

そして、戦場は兵士達の精神をすり減らし、残虐にも非道にもする。

それは、兵士であるグリムも良く分かっていた。

「だから、戦場にいる人も怖い人ばかりだと思いました。人を殺す事をなんとも思わない人ばかりだと・・・・・・。けど、ある時、王宮に取材にきた記者が見せてくれた写真があるのです」

「写真?」

「ええ。戦車の上から地元の子供に果物を貰っている兵士の、良くある日常の写真だと思います」

 グリム達もたまに通りすがりの行商人や農民から、食べ物を買う事はある。確かに、その写真は何気ない日常の風景だろう。

「けど、感動したのです。戦争の写真って言えば、戦っていたり、亡くなっていたり、そう言う写真しか見た事がなかったから」

「それで、フローラも戦場の日常を?」

「はい。私はその写真を見てから、戦場でも普通に笑う人がいて、普通に日常を過ごす人がいて、だけど彼らは自らの命を犠牲にしてまでも、私達の為に戦ってくれているのだと知ったのです。それを、他の人にも知ってもらいたくて」

 その言葉に、グリムは感心した。

 この娘は決して軍人ではないけれど、軍人の側に立つ人間なのかもしれない。

「フローラは、僕達の事を理解しようとしてくれているんだね」

「そ、そんな大層な事じゃありません。ただ、私は戦場って言う非日常の中でも、日常と同じ様に笑顔でいる皆さんが好きなだけです」

 そう言いつつ、何か見つけたのか、フローラは歩き出していた。

 シュルクのすぐ後ろでは、共和国の歩兵が集まって、大量のワインのボトルを脇に一杯やっている。

「まったく、明日は戦うって言うのに酒盛りとは・・・・・・」

 グリムはそう言って呆れていたが、フローラは嬉々としてカメラを向ける。

 すると、共和国兵達も恥じる様子もなく、持っていたワインの入ったマグカップを掲げてカメラに笑顔を向けていた。

「呑気だなぁ。共和国兵って」

 しかし、そう珍しい光景ではない。

 せっかく酒があるのだから、今のうちに楽しんでおこうとは、戦場では誰もが思う事だ。

 酔っぱらって支障が出ないかは心配だが、そこは彼らの分隊長達が管理してるのだろう。

「さて、うちの戦車はマクベインが整備してるかな」

 そう言って、グリムが歩き出すと、写真を撮り終えたフローラも慌ててついて来る。

 グリムのバラキエルもそれほど離れてない所に止めてある。

 すでに一段落ついたのか、車体に寄りかかる様にしてマクベインが煙草を吸っていた。

「終わったマクベイン?」

「エンジンの点検は完了っス。砲塔に空いた穴も履帯を溶接しておきました。―――って、フローラちゃんじゃないっスか!」

 マクベインはグリムの後ろについて来ていたフローラの様子にすぐに気がついて、慌てて煙草を捨てて足で踏んずけていた。やれやれと言った様子で、グリムはフローラに声をかける。

「フローラ、改めて紹介するよ。こいつは操縦手のマクベイン」

「こ、コナー・マクベイン伍長っス。いやー、まさかこんな所で会えるとは!」

「昼間は乗せていただき、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるフローラに、マクベインは照れた様子で手を振る。

「いやー、むしろ車長が危ない目にあわせてしまって申し訳ないっス・・・・・・」

「ああ。その事だけど、また王女、預かる事になったから」

 グリムがさらっと言うと、マクベインは大きな声を上げていた。

「ええ! 王女様を戦わせるんスか?」

「戦車の中の方が安全だってアメリアがね。ついでで悪いんだけど、明日あの女執事も乗るから砲塔の後ろにでも手摺りを溶接してあげてくれる?」

「マジッすか・・・・・・。折角溶接機返してきたのに、ちょっとまた借りてくるっス」

 そう言って、マクベインは溶接機を借りてくると、皮手袋をつけ、適当な鋼材をもって車体に上がる。そして、防護面で顔を覆い、鉄棒に溶接機を近づけ、バチバチと火花を散らしていた。

 それを見上げて、フローラは写真を撮っていた。

 しかし、それを見て、ふとグリムは思いつく。

「そうだ。フローラも入ればいいじゃん」

「え? 写真にですか?」

「そうだよ。だって、今はフローラも兵士の一人なんだから」

 そう言うと、グリムは適当な兵を見つけて声をかける。

「ねえ、カメラ撮った事ある?」

「いえ、ありませんが・・・・・・」

「じゃ、ちょっと使い方覚えてよ」

 そう言うと、グリムはフローラに言って、その兵にカメラの簡単な使い方を教える。

 そして、カメラを渡すと、グリムはフローラの手を引いてバラキエルの前に立っていた。

「マクベイン! カメラ見ろ!」

「え? なんスか?」

マクベインは防護面を下ろして、きょとんとした顔でカメラを見る。そして、グリムはにっと笑顔を見せていた。その隣で、フローラが緊張した様な固い表情でカメラを見る。

カメラを構えた兵は慣れない手つきながらピントを合わせて、シャッターを切っていた。

 そして、フローラはその兵にカメラを返してもらいながら、礼を言う。

「あ、ありがとうございました!」

 上手く撮れてなかったらごめんよ、と苦笑しながら兵は去って行った。

 ふと、フローラはカメラを見下ろす。

「私も、兵士の一人、ですか」

「そうだよ」

 振り返れば、そこにはグリムがいた。

「今のフローラも兵士の一人。そして、僕ら兵士の役目は生き残る事じゃない。戦争を有利に進める事さ。だから、フローラ一人が犠牲になればいいって訳じゃない」

「けど、それでみんな死んでしまったら、意味がないではないですか」

「じゃあ聞くけど、フローラが今まで見てきた中に、死のうとしてる人はいたの?」

その言葉に、フローラは黙り込む。

ここでは誰もが明日に備え、戦う準備をし、今日を楽しみ、暗い顔などしていない。ここにいる人間は、明日の戦いを悲観などしていないのだ。

「・・・・・・どうして、みなさんは平気でいられるのですか?」

「勝つ為の作戦を立ててくれてる指揮官を、信じてるからかな。だから、みんな死なないと思ってるんだよ」

「・・・・・・こんなに、絶望的な状況でも?」

「そう。戦争は戦力差だけで決まるものじゃないからね。それで決まるんだったら、とっくに僕ら王国は帝国に負けてるよ」

「そう言うものでしょうか?」

 そう言って首をかしげるフローラに、ふと、グリムは思い出す。

「フローラも同じだと思うよ」

「え?」

「弟がどれだけ優れていようとも、だからって弟が王位を継ぐのが良いとは僕は思わない。フローラにはフローラの良さがあるでしょ?」

「わ、私の良さなんて、あるのでしょうか・・・・・・?」

「そう言うのは自分で考えるものじゃなくて、周りの人が気がついてくれるものだよ。少なくとも、僕やあの女執事はフローラの良さは分かってる」

 そう言って、グリムは得意げにするが、フローラはやはりあの悲しそうな笑顔をしていた。

 グリムにはその笑顔は、フローラの一種の盾の様に見えた。

 優しい言葉をかけられても、その優しい言葉を裏切られても傷つかぬよう、鵜呑みにしない様にする為の。

 だから、もう彼女に気持ちは伝わらないのだと悟ってしまい、グリムは俯いていた。

「僕は本当に、君に王位が不釣り合いだなんて思わないよ」

 それでも、グリムは言葉を紡ぐ。

「だから、自分は死んじゃえば良いとか言わないでよ。それは、君を守るためにいる僕らを裏切ってるのと同じじゃないか」

 その言葉に、思わずフローラも俯く。

「す、すみません・・・・・・」

「謝るなら、そんな笑顔しないで」

「え?」

「僕は、本気で君の事を思ってるのに、君はその笑顔で、全部受け流しちゃう」

「そ、そんなつもりは・・・・・・」

「分かってる。たぶんそれは、王宮で君が身につけたことなんだろうね」

 王宮で、彼女への風当たりは悪かったと言っていた。だから、きっと誰もが裏で彼女の悪口を言い、表では軽い言葉で慰めていたのだろう。

そうしているうちに、その中で彼女は他人の優しい言葉を信じられなくなったのかもしれない。

「自分を守るしかなかったんだよね。傷つかない様に。けどだからって、そんな奴らと、僕らを一緒の笑顔で見ないで」

 その言葉に、フローラも思い当たる節があったのか、深くうつむく。

「ご、ごめんなさい・・・・・・。そんなつもりじゃないんです。本当は、私もどうしたらいいのか分からなくて。王位も最初は当たり前の様に継ぐものだと思ってたけど、弟が現れて、本当に私が継ぐべきか、分からなくなってしまったから」

「なら、自分の素直な気持ち、大切にしてよ。弟とか周りの事を考えずにさ。自分がどうしたいかを信じればいいじゃない」

「どうしたいか・・・・・・?」

「うん。そしたら、君がどんな決断をしようとも、少なくとも僕らは君の力になる。それは間違いないから」

 その言葉に、フローラはふと胸を押さえていた。

「そう、ですよね・・・・・・。少なくとも、味方になってくれる人はいるんですよね」

「うん。君の悩みは、僕らにはきっと分からない。だからちゃんと慰める事は出来ないかもしれない。けど、忘れないで欲しいんだ。君がどう決断しようとも、信じてついて来てくれる人はいるって事を」

 その言葉を受けて、フローラは俯きながらも、改めて笑顔をみせていた。

その笑顔に、悲しさは微塵もない。

 グリムは、ちょっとほっとする。

 そして、そんな二人の様子を戦車の陰から見ていたサラも、ほっと溜息をついていた。

「・・・・・・たまには、あいつも良い事を言うらしいな」

 しかし、ふと、視線を戻すと、グリムが改めて口を開いていた。

「で、僕も自分の気持ちに素直になりたいんだけどな」

「え? 別に構いませんけど・・・・・・」

「じゃあ、せっかくの再会だし、もう一度肩車など如何でしょうか!」

 そんなグリムの提案に、サラは思わず顔面をひきつらせる。

「いいですね。高い所からの皆さんの写真も撮りたいです!」

 しかし、最悪な事に、フローラも乗り気の様だった。

 それに、すかさずサラが飛び出して行った事は、言うまでもない。

今回の作品は「ちょっとエッチ」な所に重点を置いてます。というか、主人公がちょっと変態なので、そう言う感じになってしまいました。

その辺も踏まえてお国ネタとでも思っていただければ・・・。


うーん、完全な偏見ですね・・・。

イギリスの人ごめんなさい。

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