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悪魔の恋

 輸送隊は青空の下、草木に覆われた平原の一本道をひた走る。

 まず、グリムの乗る二号車が本隊から先行し、前方を偵察。後ろから一号車と三号車に挟まれたトラック隊の本隊が追いつくと、再び二号車が先行して偵察を行う。

 そんな尺取り虫の様な前進を繰り返しながら、輸送隊は延々と進んでいった。

 そうして草原を走っているうちに、太陽が空高く上り、輸送隊も昼食をとる為に停車する。

 空襲などで一度にやられない様、部隊は二つに分かれて固まった。一つは一号車と三号車、そして装甲車と食料のトラック隊、もう一つはグリムの二号車と兵器や弾薬を積んだトラック隊だ。

「じゃ、お昼を貰ってくるっス」

 そして、そう言って操縦席のハッチから身を乗り出したマクベインだが、それよりも早く戦車を降りる人の姿があった。

「あれ? どうしたんスか車長」

「今日は僕が行くから」

「車長自らっスか? 珍しいっスね」

「マクベインがいつも大変そうだからな」

「また心にもない事を・・・・・・」

 マクベインにそう言われながらも、グリムはそそくさと離れたところで固まっていた食料トラックに向かっていた。

 そこにはすでに多くの兵隊が居て、缶詰をもらっていた。

 しかし、グリムはそこを素通りして、装甲車へと向かう。

 装甲車のバックミラーで身だしなみを整えると、咳払いして装甲車の後部座席のノブに手をかける。

 しかし、開けようとする前に扉が開いて、装甲板がグリムの顔面を強打していた。

「ぐはっ!」

「わ! なんだ?」

 そして、扉を開けて装甲車から降りてきた人物は、ひっくり返っていたグリムを見て再び驚きの声を上げる。

「き、貴様は昨日の性欲の塊ではないか!」

 グリムが痛む鼻を押さえながら上半身を起こすと、そこには燕尾服姿の女性がいた。

「あ、あんたは昨日のっ! ・・・・・・えーと、誰だっけ?」

「なっ! 私は姫の執事の―――、いや、貴様などに名乗る名などない! それこそ貴様こそなぜここにいる!」

 女性はしっかりと装甲車のドアを閉め、ぎろりとグリムに目を光らせる。

「なぜって護衛してる戦車隊は僕の所属する部隊だし」

「くっ! そう言えば貴様は戦車兵だったな・・・・・・。何たることだ、護衛が一番危険とは」

「どう言う意味だよ! それより、フローラいるんでしょ? ちょっとだけでも合わせてよ」

「ダメだ! 貴様などに姫を合わせる訳にはいかん!」

「ええー。じゃあ見るぐらい―――」

「―――ダメだ!」

「なら、せめてお尻と太ももの感触をもう一度ッ!」

「そんなのなおさらダメに決まっているだろッ!」

 そう言って怒鳴った女執事は、ぎろりとグリムを睨みつけていた。

「この護衛中、姫に近づいたら殺す。良く覚えておくんだな」

「そんな殺生な!」

「ふんっ。まだ野放しにしてやるだけありがたいと思え」

 そう女執事は冷徹に言うが、ふと思い出した様にくいとメガネを直す。

「―――しかし、昨日姫に街を案内してくれた事には礼を言う。姫はあの後もご満悦だったからな。それと、ほら」

 そう言って渡されたのは、一枚の紙だった。

 グリムが見てみれば、それは機関砲から街並みを見下ろす様に取られた写真だった。

「あ、これフローラの撮った奴」

 たぶん、グリムがフローラを肩車した時に撮った写真だろう。

「現像したら見せると約束していたそうだな。姫に渡す様に言われていたから特別に渡してやる。だから、今後姫に会う事は諦めるんだな」

 そう言うと、女執事は昼食をもらいに行ったのか、トラックへと向かっていた。

 すると、残されたグリムは、そっと装甲車の扉のノブへと手を伸ばそうとした。

「なにをやっている!」

 しかし、すかさず戻って来た女執事に飛び蹴りをくらい、再び装甲車に顔面をぶつけていた。


「あの女執事めぇ!」

 望遠鏡を覗きながら、グリムは歯ぎしりをした。

「二度も蹴るなんて。もって優しく止めてくれればいいじゃないか」

 彼は双眼鏡で薄暗くなった辺りの森を見回しながら、そう不満を漏らす。

すると、それを見かねた様に隣から声がかけられていた。

「相変わらず不機嫌なようですけど、理由聞いた方がいいですか?」

 グリムが双眼鏡を外すと、隣にはそう同じ様に砲塔のハッチから身を乗り出したバーナードがいた。

「聞いて聞いて! あの装甲車に乗ってる女の子知り合いなのにさ、執事の女が合わせてくれないんだよ」

「インドアな車長の知り合いとは珍しいですね」

「別に良いだろ。それよりあの女、僕の事を性欲の塊だとか言って合わせてくれないんだよ。失礼な!」

「それって、・・・・・・車長が相手に手を出したからじゃないんですか?」

「違うもーん。僕は出してないもーん。出して欲しそうにしたんだも―ん!」

「もうフィクションの世界じゃないんですから、そう言う展開になっても変な気起こしちゃいけませんよ。車長はただでさえ現実とフィクションの境目が曖昧なんですから」

「ただでさえって、もしかしてまだ僕が悪魔だって言うのを信じてないのかよ」

「そりゃそうでしょう。じゃあ、悪魔らしい事してくださいよ」

「この前兵舎のラジオのどこが壊れてるか当てただろ!」

「確かにそうですけど。せめて当てるんだったら直してくださいよ」

「ええい! 僕は悪魔であって修理屋じゃないっ!」

 そう怒鳴ると、突如後ろからクラクションを鳴らされた。辺りの鳥が驚いて一斉に飛び立つ。

 グリムも驚いて振り返ってみれば、そこにはバラキエルの一号車がトラック隊を引き連れて停車していた。

 ハッチから顔を出したアメリアの声が、ヘッドフォンから聞こえてきた。

『何やってんだい。だべってないで辺りの警戒してきな』

「辺りの警戒? 道の先じゃなくて良いの?」

「森に入ったからね。今日はこの辺りで野営するよ。二号車と三号車で辺りを一応見回ってきな」

「へーい」

 そう言うと、グリムはマクベインに指示を出して辺りの森林の中をぐるりと回って来た。

 安全を確保して、辺りが暗闇に閉ざされる寸前で元の場所に戻ってくると、すでに部隊は通りを外れ、森の中に野営していた。

 二号車と三号車も同じ様に空から見えぬように森の茂みに隠す。

 グリムが車両を降りた時には、すでに他の兵達はテントを張っていた。

「ま、食事の時ぐらいフローラも車の外に出てくるよね」

 きっと、自分を見つければ女執事にも邪魔されず、フローラの方から会いに来てくれるはずだ。そんな理想に思いを馳せながら、グリムもテントを立てていた。

 しかし、現実はそう甘くない。

 テントを張って夕食の缶詰を貰いに行くついでに装甲車へ行くと、近くで運転手らしい兵隊がまずい缶詰に辟易し、中身を通りすがりの狸に上げていたが、それ以外に人影はない。

「あれ? フローラはどうしたんだろう?」

 しかし、そんなことを呟いていると、後ろからポンと肩に手を置かれる。フローラかと思って嬉々として振り返ると、そこには凄い形相をした女執事の姿があった。

「ぎゃあああああぁぁ――――っ!」

「だから姫に近づくなとあれほど言ったはずだ!」

「あ、会ってないもの! 僕、会ってないもの! お願いだから蹴らないで!」

「ふん。お前みたいな汚らわしい人間、蹴る気にもならん!」

 そう言って、女執事は手に缶詰を幾つか抱えて、装甲車へと向かって行った。

 そして、最後にキッとグリムを睨みつけてから装甲車に乗りこむ。

「・・・・・・なんであんなに警備がきついんだよぅ。一国のお姫様でもあるまいにぃ」

 グリムはがくりと肩を落としていた。


翌日。

戦車隊は殺風景な草原とは打って変わって、鬱蒼とした森の一本道を進む。

昨日と同じ様に、グリムの乗る二号車が先行して偵察を行い、後からトラック隊を挟んだ二号車と三号車がやってくる。

「で、結局その子には会えなかった訳よ」

 グリムが双眼鏡を覗きながらそう呟くと、隣で同じ様にバラキエルのハッチから上半身を出していたバーナードがやれやれとため息をつく。

「お付きの人間に目をつけられてるなら無理ですよ。そんなに会いたいんですか?」

「うん。会いたい」

「ははぁ、恋ですか?」

「・・・・・・かなぁ」

 そう言って、グリムはため息交じりに双眼鏡を下ろして空を仰ぐ。

「―――会えないと会いたくなるものなのかな」

「そうですね。ほら、今は特に戦時中ですから、そう言う話しは事欠かないですよ。故郷に恋人を残して来たとか、奥さんがいるとかね。会いたくても会えない人間は多いですって。まだ車長の場合は近くにいるだけマシですよ」

「うーん。凶暴な護衛がいる方が厄介だと思うけどなぁ」

 そう言いながら、グリムは双眼鏡で再び辺りを見回していた。

 辺りには森の木々が延々と広がるだけで、動物一匹見当たらない。

 しかし、グリムは首をかしげた。

「おかしい・・・・・・」

「どうしました?」

 バーナードは緊張感のない返事をする。

「森に動物の気配がないんだよね」

「動物の気配? そんなものありましたっけ?」

「なに言ってんだ。僕は昨日から鳥や狸を見かけたぞ。けど、・・・・・・今の森の中にはそんな気配すらない」

「だから?」

「鈍いなぁバーナードは! なんかまずいかもって話だよ!」

 そう言って、グリムは車内に戻ると通信機を操作していた。

 しかし、隣でバーナードは怪訝そうな表情をしていた。

「まだまだこの辺は我が軍の勢力地なんですよ。そうピリピリしなくたって―――」

「―――けど、油断しない方がいいだろ? なんたってお偉いさん連れてんだから」

「まったく、片思いの相手の間違いなんじゃないですか?」

 バーナードに茶化されながらも、グリムは無線を繋ぐ。


『ジジ・・・・・・アメリ・・・・・・。ジジ・・・・・・なんか・・・・・・の様子がおかしい』

 ヘッドフォンから飛んできたそんな言葉に、バラキエルのハッチから上半身を乗り出していたアメリアは、すぐさま車内に戻って無線機を操作する。

「グリムかい?」

『そうだよ。聞こえる?』

「ああ。今調節した。で、なんだって?」

『なんか森の様子がおかしい。静かすぎる』

「・・・・・・静かすぎる?」

 その言葉に、アメリアは首をかしげる。

 試しにアメリアは再びハッチから身を乗り出して、辺りに耳を澄ましてみた。

 木々が風でそよいでいる音は聞こえるが、確かに鳥の声などは聞こえない。

しかし、このぐらい森が静かなのは、いつもと変わらない様な気がする。

だが、それでも隊長を務めている彼女としては、信頼する部下の違和感を無視する訳にはいかなかった。

「わかった。あんたの違和感を信じよう。本隊はここで停車するから。あんたの二号車で森の中を―――」

 しかし、そこまで言葉を紡いだ瞬間だった。

 突如、背後から爆音が響いて来た。

 彼女が振り返ると、トラック隊の後方へと、爆炎と煙が立ち上っているのが見えた。

「―――やられた」


「・・・・・・え?」

 グリムにもアメリアと話すヘッドフォンの向こうから、爆音が聞こえた。

 その瞬間、全身に冷や汗が浮かぶ。

「なにがあったのっ?」

 グリムが咄嗟に問うも、アメリアの返事より先にヘッドフォンから報告が入る。

『こちらトラック隊! 最後尾の戦車がやられた! 退路を塞がれたぞ!』

 その言葉には、アメリアが応じていた。

『砲弾が飛んできた方向は分かるかい?』

『み、南からだ! わ、我々はどうすればいいっ?』

『落ち着きな! こっちで弾幕を張るからトラックを捨てて逃げな』

 しかし、そのアメリアの指示に、不平を洩らす様な言葉が飛ぶ。

『こちらには姫が乗っているのだ! 車は捨てられない。こちらは車ごと退避させてもらう!』

 聞き覚えのあるそれは、フローラと同じ装甲車に乗る女執事のものだった。

『待ちな! 森の中じゃタイヤは動きを制限されちまう。そんなんじゃただの的だよ!』

 アメリアの止める声が飛ぶが、あの女執事はそんな制止は聞かないだろう。

 咄嗟にグリムは決心した様に指示を飛ばす。

「戻るぞマクベイン!」

「イエス・サーっ!」

 バラキエルはその場で方向転換すると、すぐさま来た道を戻り始めた。

 猛スピードで森の一本道を駆け抜けるバラキエルだったが、遠くの草むらには、その姿を追う長い砲身の姿があった。

 それは音もなくバラキエルの動きを見定めると、次の瞬間、砲声を轟かす。

 飛び出した砲弾は真っ直ぐ飛翔し、高速で走るバラキエルの砲塔を見事に射抜いていた。

「うわっ!」

 その衝撃に、マクベインは思わず目をつぶってうずくまる。

 しかし、そこへ生温かい液体が降り注いだ。

「へっ?」

 驚いて目を開けると、辺りは真っ赤に染まっている。

 慌てて振り返ると、背後には二人の男の下半身だけが、血まみれで残っていた。


 トラック隊の隊列から、装甲車が一台で道を外れて北の森へと入って行く。

 それを戦車のハッチから見て、アメリアは頭痛がするかのように頭を押さえた。

「まだ北側が安全とは決まってないだろうに!」

 そう言っている間にも、トラックからわらわらと降りた兵達が北側に逃げて行く。次の瞬間、南から飛んできた砲弾によりトラックが一台吹き飛んでいた。

「ちっ。マーティン! 兵の盾になる様に下がりな!」

「イエス・マムっ!」

 バラキエルは車体を南に向け、ゆっくりと後進し出す。

 その間にもアメリアは砲塔に潜りこみ、照準器を覗きこんでいた。

 そして、砲弾が飛んできた草むら辺りに照準を合わせると、引き金を引く。

 バラキエルの主砲―――40ミリ機関砲が火を噴いた。

 連続で叩きこまれる砲弾は、あっという間に草むらを穴だらけにする。

 当たったかはわからないが、とりあえずこれで敵は不用意に飛び込んでは来ないだろう。

 すぐにアメリアは後ろの通信機のマイクを取る。

『グリム! あんたにお偉いさんの装甲車は任せるよ!』

 しかし、彼女が声をかけても無線機から返事はない。

「グリム・・・・・・? 返事しなッ!」


「車長! 車長!」

 バラキエルを森の中に停車させ、マクベインは慌てて後ろの砲塔の砲手席に収まる下半身だけの死体を揺すった。

 上半身は吹き飛び、跡形もない。

 そこにあるのは、千切れて内臓がむき出しになった血まみれの下半身だけだった。

「バーナード! バーナード!」

 砲手席から主砲を挟んだ装填手席にも同じ様な死体が転がっている。

 そちら側の壁には肉片が吹き飛んでおり、悲惨な様相を湛えていた。

「・・・・・・終わりだ。これじゃまともに戦えない・・・・・・」

 マクベインはその場に膝から崩れ落ちる。

 だが、むくりと隣の砲手席で死体が動いた気がした。

 一瞬、亡霊かと思って驚いて振り向くと、そこには確かに車長であるグリムの姿があった。

「うぅ・・・・・・」

 そう唸って頭を押さえたグリムには、確かに上半身がついていた。しかし、彼は吹き飛んでいた上半身だけ裸だった。それはまるで、吹き飛んだ肉体だけが再生した様に。

「し、車長・・・・・・。生きてたんですか?」

「うん。けど、まあ、この位は平気だよ」

「けど、さっきまで体が吹っ飛んで・・・・・・」

「なんとか再生しみたい。けど、さすがに痛くて気絶してた・・・・・・。それに服も再生しないし。マクベイン、上着貸してくれ」

「良いっスけど。・・・・・・再生っスか?」

 マクベインは怪訝そうに首をかしげながらも、脱いだ上着を渡す。グリムはその上着を羽織りながら、無線機から新しいヘッドフォンを取り出し頭にかぶっていた。

 しかし、慌てて砲塔後部の通信機のマイクも取る。

「ああ! もう、うるさいって! 聞こえてるっての!」

『もう、なにしてたんだい! てっきり何かあったかと思ったじゃないか!』

「あったよ・・・・・・。バーナードが死んだ」

 グリムが報告すると、しばしの沈黙の後、即座にアメリアから返事が返って来た。

『・・・・・・それは残念だったね。けど、今は緊急だよ。お偉いさんの乗った装甲車が北の森に逃走した。だけど北の森も安全が確保できてる訳じゃない。守ってあげな』

「言われなくてもそうするつもり」

 そう言って、グリムはマイクを通信機へ戻していた。

「マクベイン。このまま森に入ってくれ」

「イエス・サー。けど、装填はどうするんスか?」

「とりあえず装填されてる四発で何とかする」

 そう言って、グリムはハッチから頭を出した。

「―――バーナードの仇はとらせてもらうからな」

 走り出すバラキエルの上で、グリムはそう拳を強く握った。


 装甲車は道なき森の中を進む。

 しかし、草むらやら凹凸のある地面にタイヤである装甲車は相性が悪く、ノロノロと木々をよけながら進んでいた。

「もっとスピードは出ないのか!」

 執事のサラが前の運転手に声をかける。

「む、無理です! これ以上スピードを出すと木にぶつかりかねません!」

「ちっ、装甲車とはこの程度か!」

 緊迫したその様子を見て、怯えた様にフローラは座席の隅で小さくなっていた。

「私のせいだ・・・・・・」

 彼女はそう呟いて、俯く。

 すると、そんな様子に気がついたのか、サラはフローラの頭に手を置いて慰める。

「大丈夫です姫。あなたは我々がお守りします」

「ありがとうサラ。けど、いざとなったら、帝国に私を引き渡してください。そうすれば、きっとみんなは・・・・・・」

「なにをおっしゃいます! そんな事は出来ません。姫とでは一万の兵すら対価になりえません!」

「そう言ってもらえるのは嬉しいです。けど、私にそんな価値はありません」

 そう言って俯く姫の言葉に、サラは押し黙っていた。

「せ、戦車だ!」

 しかし、突然、運転手が叫び声を上げていた。

 驚いてサラは天井の機銃座のハッチから顔を出す。

 確かに、目の前の木々の間から、向かってくる帝国軍の多砲塔戦車―――T‐16の姿が見えた。

 それの主砲が火を拭くと、目の前に大量の土砂を舞いあげる。

「う、うわああぁ――――ッ」

 フロントガラスが砂埃を覆われ、パニックになった運転手がハンドルを滅茶苦茶に切った。

「なっ、落ち着け!」

 被った砂を払いながら、サラがそう声をかけるも手遅れだった。

 次の瞬間、前方の砂埃の向こうに、迫りくる大木を見た。

「くッ!」

 装甲車はそのまま大木に衝突、停止する。

 運転手は慌ててドアを開けると、そのまま外へと飛び出して行く。

 しかし、向かってきたT‐16の副砲の機銃に撃たれ、倒れていた。

 そして、そのT‐16は発砲することなく、装甲車の脇まで来て停車する。

 それは、まるでこの装甲車に用事があるかのように。

「・・・・・・まさか、こいつら」

 サラは冷や汗をかいて、機銃座の機銃に手をかけT‐16へと旋回させる。

 しかし、それよりも早くT‐16の主砲塔が旋回し、75ミリ短身砲がこちらを向いていた。

 サラ自信が撃たれる事に躊躇いはなかったが、撃たれれば装甲車ごと吹き飛ばされかねない。それでフローラに何かあってはいけないと思い、サラは途中で動きを止めていた。

 すると、対峙する主砲塔の上のハッチが開いて、男が一人、拳銃を向けてきていた。

「動くな! 動かなければ、危害は加えない」

 その言葉に、サラは怪訝そうに顔を歪めた。

「なぜ生け捕りにする! まさか貴様等―――」

 しかし、突如、そこへ荒っぽいエンジン音が迫って来た。

 男とサラが音の方を振り返ると、次の瞬間、草むらから戦車―――バラキエルが勢いよく飛び出してきた。

「なっ! て、敵だ! 砲手、左旋回!」

 男は焦って主砲塔を旋回させ始める。

 だが、それよりも早く、バラキエルはT‐16の左側へと回り込む。

「操縦手、後退と同時に左旋回!」

 T‐16は慌てて後退しながら右へと下がる。

 しかし、バラキエルはその間にもT‐16の横を走り抜け、一気に後ろへと回り込んでいた。

 そして、バラキエルはT‐16の後部へと、機関砲を押し付け斉射していた。

 T‐16に連続で叩きこまれた砲弾は、薄い装甲をいとも簡単に貫通し、内部のエンジンを燃え上がらせる。

「ちっ、脱出しろ!」

 T‐16の上で、男がそう言って戦車を降りようとするが、そこへサラがすかさず機銃を向け、引き金を引いていた。撃たれた男が戦車から落ちる様に倒れると、慌てて砲塔がこちらを始末しようと旋回を始める。

 しかし、それよりも早くバラキエルの機関砲がもう一度火を噴き、砲塔を穴だらけにして黙らせていた。

 サラはその様子にほっと安堵のため息をついて、下の座席で小さくなっているフローラに声をかけていた。

「味方の戦車が来ました。これでもう大丈夫ですよ姫」

 しかし、装甲車の横で停車したバラキエルのハッチから顔を出した眼帯少年の姿を見て、サラは驚く。

「なっ! なぜ貴様がここにいるのだ性欲の塊!」

「もう、人をナカトミノカマタリみたいに呼ばないでくれる?」

 そう言って抗議の声を上げたのは言わずもがなグリムである。

「ちっ、貴様に護衛されるのか」

「悪かったね。けど、護衛したいのは山々だけど、その車の護衛は無理だよ」

 そう言って、グリムは装甲車の前を指差す。

 サラが見下ろすと、大木に当たった装甲車の装甲がへこむ事などなかったが、その下の車軸が曲がったのか、タイヤが変な方向を向いていた。

「何たることだ! ―――おい、塊!」

「略さないでよ! 僕にはちゃんとグリムって名前があるんだから!」

「貴様の名前なぞ何でもいい! それよりそっちの車に姫だけでも乗せろ!」

「え? そりゃあ、大歓迎だけど・・・・・・」

 すると、サラの下からひょこりと頭が出る。それは、グリムの姿を見つけると、ぱあっと目を輝かせて、身を乗り出していた。

「グリムさんじゃないですか!」

「あ、フローラ! え、えっと。ど、どうも、ひ、ひさしぶりー・・・・・・」

 変に意識してしまったのか、グリムはどこかぎこちなく手を上げて挨拶する。

「グリムさんが護衛して下さったのですね。声をかけてくだされば良かったのに」

「いや、声は掛けようとしたんだけど・・・・・・。そこの女が―――」

 そう言ってグリムは指差そうとするが、キッとサラに睨まれてたじろぐ。

「あ、いや、なんでもない・・・・・・。それより、装甲車もうダメっぽいし、こっちに乗って」

「分かりました」

 そう言うと、フローラは迷わず装甲車を降りてくる。

 ただ、気がついた様にグリムは声を上げていた。

「ああ! ストップストップ! フローラはそこで回れ右してちょっと待ってて」

「え? あ、はい」

 その場でくるりと後ろを向いたフローラを確認すると、グリムは同じ様に降りてきていたサラに手招きをする。サラは怪訝そうにバラキエルに上るも、始めてそこでグリムが血だらけになっている事に気がついて、ぎょっとしていた。

「負傷してるのか? その、大丈夫か・・・・・・?」

 しかし、グリムは無言でハッチの中を指差す。

 サラがハッチの中を見下ろすと、合点が言った様に顔をしかめていた。

「そう言うことか」

「バーナードを運び出すのを手伝ってよ」

「わかった・・・・・・」


「頭ぶつけない様に気をつけてね」

「はい。大丈夫です」

 そう言って、フローラはグリムの手を取ってバラキエルのハッチから内部へと潜り込む。

 ちょこんと腰かけたのは、今は空になった装填手の座席であった。

「戦車の中って鉄の匂いがするのですね」

「え? そうかな」

 たぶんそれは鉄ではなく、さっきまで車内に飛び散っていた血の匂いだろう。サラが拭き取ったものの、まだ匂いが残っているのだ。しかし、そんな事を言って彼女の気分を悪くさせる訳にも行かないので黙っておいた。

「可愛いお嬢さんっスね。その子が車長の知り合いなんスか?」

 操縦席から振り返ったマクベインがそう冷やかしてきたが、彼はどこか疲れた顔をしていた。戦友を失ったばかりで、まだ立ち直ってないのだろう。

「後で紹介するよ。マクベイン」

「ありがたいっス」

「おい! ところで私はなぜここなのだ!」

 そう言って声を掛けられて振り返ると、外からハッチを覗きこむ様な形でサラがいた。

 彼女は車体の後部に立ち、砲塔に掴まっている様な状況だ。

「車内は三人乗りなんだよ。それにサラさん自分を中に乗せろとは言わなかったでしょ?」

「ぐぬぬっ、確かにそうだが!」

「まあ、アメリアと合流するまでだから我慢してよ」

「姫の為だ。仕方あるまい! その代わり、車内で姫にちょっかい出すなよ!」

「分ぁかってるよ、もう」

 面倒くさそうに応じて、グリムは自分の車長兼砲手席へと腰掛ける。

 そして、背後の無線機のマイクを取っていた。

「アメリア? こっちはお偉いさんをなんとか確保できたよ。そっちに合流しても良い?」

 すると、無線のノイズの後、爆発音と共にくぐもった声が聞こえてきた。

『合流はしなくて良い! こっちは敵さんに囲まれたみたいでね。そっちの一両だけでも脱出しな!』

 その言葉に、グリムは我が耳を疑った。

「冗談でしょ? アメリア達を見捨てて逃げろっての?」

『あんたが乗せてるお偉いさんはね。あたしらなんかが対価にならないほどの人間なんだ。だからそのお方だけでも連れて逃げな』

 言われて、グリムは隣の砲を挟んで向こう側のフローラを見た。

彼女はヘッドフォンをしていないので会話は聞こえていない。グリムに見つめられて、不思議そうに首をかしげていた。

 確かに、フローラはグリムにとっても大切な人だ。

 しかし、だからと言ってまだ無事なアメリア達を見捨てるほどの意味があるとは思えなかった。

「フローラは大事だけど、だからってまだ生き残ってるアメリア達を見捨てる事は出来ない」

『だからってどうする気だいっ! もう八方塞がりなんだよ』

「ふさがってなんてないよ。―――僕らがいるから」

『あんた一台でなにが出来るって言うんだい! 良いからあんたは王女を連れて―――』

 しかし、途中でグリムは通信機を切っていた。

 そして、砲の向こうにいるフローラを真剣に見据える。

「フローラ。仲間がピンチなんだ。手伝ってくれないかな?」

「なっ! 貴様、姫を危険な目に合わせるつもりか!」

 ハッチの上からサラが怒声を上げるが、それでもグリムは真剣にフローラを見つめていた。

 すると、フローラもグリムの事を真剣に見つめ返す。

「戦うのですね?」

 そして、そんなフローラの言葉にグリムが黙って頷くと、彼女は深呼吸をするように息を吸った。

「――――わかりました。何をお手伝いすればいいですか?」


「ちっ、あいつ通信機切りやがった!」

 そう言ってヘッドフォンを脱ぎ捨てて、アメリアは忌々し気にペリスコープを覗きこむ。

 ペリスコープの向こう側には鬱蒼とした森が広がり、その隙間に多砲塔の特徴的なシルエットのT‐16の姿があった。

 その主砲がぱっと火を噴くと、目の前の土が盛大に噴き上げられる。

 さらに、もう一度車体の横の砂が巻き上げられていた。

「ちっ。少なくとも二両はいるね」

「どうします? このまま後退しながらだとこっちも撃ち返せませんよ」

 操縦手が言う通り、今アメリアの乗るバラキエルは、トラックを降りて逃走する輸送隊の兵たちの壁になる様に後退している。

 そのせいで機動性はゼロに等しく、命中弾はないものの、少しずつ帝国軍に包囲されつつあった。

「やっぱり八方塞がりだね」

「グリム少尉を待ちますか?」

「あんな奴に命任せるほど落ちぶれちゃいないよ。―――見えてる一両を潰すよ」

「しかし、歩兵の護衛は?」

「こっちから向かって行けば意識がこっちに向くさ。それで一両仕留めれば、敵も引くかもしれない」

「わかりました。賭けてみましょう」

 そう言って操縦手は、ハンドルをぎゅっと握る。

 そして、見極める様にアメリアは怒鳴っていた。

「敵戦車の右に展開するよ! 右、十度旋回。アクセル全開! 駆け抜けなッ!」

「イエス・マムっ!」

 突如、バラキエルはエンジンを吹かすと共に、前へと走りだす。

 それに驚いたのか、敵の主砲は火を噴いたが、突然の動きについていけず、砲弾はバラキエルを掠めすらしなかった。

 その間にも、バラキエルは見えていたT‐16の右側へ一気に駆け抜ける。

 アメリアは咄嗟にT‐16の側面に照準器を合わせると、引き金を引いた。

「喰らいなッ!」

 そして、機関砲から連続で放たれた砲弾がT‐16を襲う。

 不整地を高速で走りながらである為、命中精度は絶望的だったが、下手な鉄砲も数撃てば当たる。その中の数発がT‐16の側面を射抜いていた。

「よし!」

 しかし、突如遠方より飛んできた弾丸がバラキエルの履帯を射抜く。

 破損し、履帯が外れたバラキエルは勢い余って回転しながら、その場で立ち往生してしまった。

「ちぃ! ツイてないね!」

 しかし、咄嗟に砲塔を旋回させると、慌ててこちらに砲塔を向ける先程のT‐16がそこにいた。それが照準器に収まると共に、アメリアは無言で引き金を引いていた。

 機関砲から放たれた何発もの弾丸は、そのT‐16の車体を穴だらけにする。すると、その中の一発が弾薬庫に引火したのか、爆炎が砲塔を吹き飛ばしていた。

 だが、アメリアのバラキエルはもう動けなかった。

「脱出するよ!」

 そう言って、アメリアはハッチから顔を出す。

 しかし、すぐ目の前から勢いよく迫ってくる別のT‐16の姿があった。

「本当にツイてないよ、まったく!」

 アメリアが皮肉そうに言った次の瞬間、森を駆け抜け、そのT‐16の後ろへものすごい勢いで回り込む別の戦車の姿があった。それは、ピタリとT‐16の後ろにつくと、主砲を連続で放ち、すぐさまそのT‐16を炎上させていた。

「結局来ちまったのかいグリム・・・・・・」

 アメリアは半ばあきれた様子で言う。

 そして、咄嗟に車内に戻ると、ヘッドフォンを被りなおして通信機のマイクを取る。

「助かったよグリム」

『ベストタイミングでしょ? 正直、アメリアにつられて敵が出てくるまで様子見てたんだよねー』

「あいかわらず、ズル賢いね・・・・・・。けど、気を付けな。まだいるよ」

『分かってるよ。長距離から狙ってる僕なんかよりずっとズル賢い奴がまだ残ってる・・・・・・』

 アメリアが訊くその言葉には、どこか怒りがこもってる様に思えた。


「もうちょっと付き合ってくれるフローラ?」

「はい。頑張ります」

 そう言って、皮手袋を付けたフローラは四つの弾丸が一塊になった物を抱きかかえていた。それこそこのバラキエル主砲の40ミリ機関砲の砲弾で、フローラは砲の後部にあるレーンに追加する様にして装填していた。

「よし。マクベイン、アクセル全開!」

「イエス・サー」

 グリムの乗るバラキエルはエンジンをふかして走りだす。

 すると、今まで停止していた位置に砲弾が飛んで来ていた。

 それに応じて、グリムはハッチを開けて顔を出して、眼帯を外した両目を辺りに走らせる。

「サラさん! 砲弾が飛んでくる方見なかった?」

「見ておらんわ! さっきから荒い運転しおって、私を振り落とすつもりか!」

「しょうがないでしょ? 止まったらやられるよ」

 すると、唐突に奥の林から砲弾が飛んできた。

 車体を掠め、遥か後方に着弾する。

「やっぱりトラックの向こう側だ。マクベイン!」

「分かってるっス」

 バラキエルは通りに放置されたトラックの脇を通り抜けて、南側の森へ突入する。

 すると、近づかれて焦ったのか、再び砲弾が飛んできた。

 それは、車体のすぐ目の前に着弾する。

「奴の照準があって来てる・・・・・・。近いぞ」

 グリムはそう言うと、前方を辺りを皿の様な目で睨む。

 その瞬間、目の前のある草むらが光った。グリムのすぐ横を、砲弾が掠める。

「・・・・・・見つけた」

 そして、グリムは指示を出す。

「五度旋回、エンジン全開で突っ込め!」

「イエス・サー」

 バラキエルは曲がるとさらに加速し、一気に草むらに近づいた。

 すると、草むらに潜んでいた敵の戦車も見つかったと分かったのか、慌てて後退し始める。

 それは車体と戦闘室が一体になった対戦車自走砲というものだった。

「逃がすか!」

 グリムは車体に潜りこむと、照準器に自走砲をおさめて引き金を引く。

 連射された機関砲は自走砲の周りを掠め、一発が操縦席の覗き窓付近に命中した。

 すると、操縦手でもやられたのか、駆逐戦車は動きを止める。

 その間に一気に近づいて、バラキエルは自走砲に正面から密着していた。

「これで終わりだッ!」

そして、グリムは躊躇いなく機関砲の引き金を引く。

だが、弾は出なかった。

「なっ!」

 驚いて隣を見ると、急いでフローラが何とか次の砲弾を持ち上げている所だった。そもそも慣れてない人間が揺れる車内でそう簡単に砲弾を装填出来るものではない。腕力のない少女となればなおさらだ。

 しかし、その間に自走砲の砲身がピタリとこちらの砲塔に狙いをつけていた。

「ちぃっ!」

 すると、咄嗟にグリムはハッチから飛び出す。

 そして、バラキエルの砲塔から飛び跳ねた彼は、自走砲の上に着地。

 そのまま両腕を車体についていた。

「―――ぶっ壊れろ!」

 すると、ピタリと合わせられた敵の砲身は、まるで魔法にでもかかったかのように火を噴く事はなかった。

 だが、慌てた様に自走砲のオープントップの戦闘室から帝国兵が現れ、拳銃をグリムに向ける。彼が容赦なく引き金を引くと、いとも簡単にグリムの肩に穴が開いていた。

「ぐあっ!」

 グリムは思わず肩を押さえてうずくまる。

 すると、帝国兵はまるで様子をうかがう様ににこちらを見ていた。

「・・・・・・そうだよな。そうだ。バーナードもこうやって殺したんだ」

 しかし、グリムはそう言って笑っていた。

 そして、グリムがむくりと起き上がると、肩に空いていたはずの穴はなかった。

「なっ!」

 帝国兵は慌てて拳銃を乱射する。

 グリムの身体にはいとも簡単に穴が開くが、その穴は全て目の前で逆再生の様に元に戻って行く。

 それを見て、帝国兵は戦慄した。

「こいつ、人間じゃないのか・・・・・・?」

 慌ててもう一人の帝国兵が機関銃を手にして顔を出したが、その頭は即座に撃ち抜かれてしまっていた。残った帝国兵がグリムに視線を戻すと、グリムは拳銃を握っていた。

「これは、三号車の分」

 そう言って彼は残った帝国兵へと近づいて、頭へと銃を突きつける。

「ひ、ひっ!」

「そんで、これはバーナードの分だ」

 そして、容赦なくグリムは引き金を引く。

 今まで砲声が轟いていた森の中の戦闘を、一発の銃声が締めくくった。


 外れた履帯を修理したアメリアの一号車は、走りだすと共にグリムの二号車を追った。

すると、森の中で自走砲に正面衝突する様に停車しているバラキエルの姿を見つける。

 アメリアがその隣に一号車を停止させると、二号車と砲塔から顔を出していた少女が声をかけてきた。

「あ、あの、グリムさんが!」

「これは王女殿下。申し訳ありません。奴の我がままに付き合わせてしまったようで」

「その通りだ。一歩間違えればこちらが死んでいたんだぞ!」

 そう言って抗議の声を上げるのは、バラキエルの後部に立っていたサラだった。

 それに、アメリアは深々と頭を下げて応じる。

「申し訳ありません。我々が力不足でした」

 しかし、一方でフローラは困った様に首を振っていた。

「いえ、私は構いません・・・・・・。けど、そのグリムさんが・・・・・・」

 そう言って、フローラは視線を自走砲へと向ける。

 その車体の上には、俯いて座り込むグリムの姿があった。

「なにを言っても反応してくれないんです・・・・・・」

 その言葉に、アメリアも俯いた。バーナードが死んだ事は、先程グリムから伝えられた。

 アメリアはバラキエルから降りると、自走砲へと歩み寄っていた。

「大丈夫だったかい?」

 アメリアが声をかけるも、やはりグリムから反応はない。

「バーナードが死んだのは残念だったよ・・・・・・。あいつは良い奴だった」

 そう言って、アメリアは同じように自走砲の上に上がる。

「けど、俯いていたって始まらないだろう? 顔上げな」

 彼女はそう言うも、グリムは顔を上げない。

 報告した時は何でも無い様なグリムだったが、相当ショックだったのだろうか。

 アメリアは神妙な面持ちで、グリムの頭に手を乗せてしゃがみ込む。

しかし、アメリアがその顔を覗きこむ様にすると、グリムは小さな寝息を立てていた。

「って、寝てんのかい! あんたは!」

 アメリアがぶったたくと、グリムは勢いで自走砲から落ちていった。

「痛いッ! 人が気持ちよく寝てるのに何するんだよっ!」

「戦場でいきなり寝るんじゃない! 紛らわしい!」

「しょうがないでしょ! 再生って結構疲れるんだよ?」

「じゃあ、せめて寝てる様に見せな! わざわざ慰めちまったじゃないか」

 そう言うと、アメリアは自走砲の戦闘室を覗きこんでいた。そこには帝国兵の死体が二つ横たわっている。

「終ってるみたいだね」

「当然でしょ。その代わり、いっぱい撃たれて痛かったけどね」

 しかし、ふと眼帯を付け直していたグリムが正面を向くと、ぱたりと自走砲の操縦席のハッチが開いていた。

 そこから小さな人影が、そろりそろりと抜けだそうとしている。

「ああ、まだ終わってなかったや」

 そう言って、グリムはその人影の頭に拳銃を突きつけていた。人影はびくりと体を震わせ、動きを止める。

「・・・・・・じゃあ、これは誰の分にしようかな?」

 グリムがそう言うと、人影は咄嗟に声を上げていた。

「ごめんなさい! 許して下さい! わ、私は軍人じゃないんですっ!」

 その悲鳴のような声は、男にしては高く、グリムはその人物が女性だと気がついた。

「女の子?」

 グリムが正面に回り込むと、戦車帽の下には涙目の少女の顔があった。

「何でこんな所に軍人じゃない女の子が?」

「わ、私、帝国の戦車工場で戦車の組み立てをしていたんですっ。けど、補充の戦車兵がいないからってそのまま乗せられて戦場にっ」

「ああ、聞いた事あるよ」

 そう言ったのは、自走砲の戦闘室を物色していたアメリアだった。

「帝国は国土が広いから上手く兵が集まらない事があるんだそうだ。そうすると、工場の要員なんかで補うとか聞いたよ」

「え? それって女の子でも?」

「帝国は平等だっていうからね。それは戦場に駆り出す人間も一緒なんだろうよ」

「うちの国でも男女平等って言われてアメリアみたいに女の兵士が出て来てるけど、実際に無差別でやると非道にしか見えないね・・・・・・」

 そう言いながら、グリムは拳銃を腰のホルスターに戻していた。

「そんじゃあ、武器持ってないか身体検査でもさせてもらおうかなぁ」

 グリムがいやらしい手つきで少女に手を伸ばそうとすると、ぱちりと叩かれていた。

 手を引っ込めて見上げれば、アメリアが睨んでいる。

「身体検査は私がやるよ」

 そう言って、アメリアは少女を自走砲から下ろして、ヘルメットを脱がせていた。そこから現れたのは美しい金髪で、アメリアはぽんぽんと服を叩いて身体検査していく。

「ちぇっ」

「あんたそんなんだから性欲の塊って言われるんだよ」

「チャンスを最大に活かしてるだけだもーん」

 その間に、アメリアは少女に話を聞く。

「あんた名前は?」

「・・・・・・イリーナ・ミロノワです」

「本当に軍人じゃないんだね?」

「は、はい。ただの街の工員ですとも」

 すると、グリムが自走砲を見上げて問う。

「ねえ、この戦車はー?」

「SA‐76ですよ」

「強いの?」

「そりゃあ当然だ。対戦車用の76ミリ長砲身砲を搭載なのだから。・・・・・・って、いえ、その。きっと強いと思います」

 その間に、アメリアは身体検査を終えていた。

「良し、いいだろう。あんたは捕虜だ」

「あ、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるイリーナにグリムは言う。

「ねえ、イリーナはこいつ動かせるんだよね」

「ええ。そりゃあ、まあ・・・・・・」

「じゃあ、持ってこうよ。折角の無傷な鹵獲品なんだし」

 それにはアメリアが頭を抱えた。

「そう簡単に出来るもんじゃないよ。鹵獲したって、まともに動かせる訳じゃないんだからね?」

「けど、一番覚えが必要な操縦手はもういるんだよ。大砲の撃ち方なんてどこもそう変わらないでしょ?」

「うーん。けどねえ・・・・・・」

「あの、持ってくだけならお手伝いしますよ?」

 イリーナにそう言われ、アメリアはため息をついていた。

「わかったよ。こっちの戦車も一台無くなっちまったし。代わりとして持って行こう。その代わり、イリーナが変な気でも起こしたら容赦なく撃つからね?」

「わ、分かりました」

 そう言うと、イリーナは自走砲へと再び乗りこんでいった。

「そんじゃ、残ったトラックを護衛して味方部隊の所まで行くよ。今度はグリムが最後尾ね」

「え? なんで?」

「あんたうちの国の王女様乗せてんだよ? 先行なんてやばい事させられないよ。―――イリーナ。あんたはトラック隊の前を走りな」

「分かりました」

 グリムは指示を受け、何気なくバラキエルの砲塔へと上っていた。

 すると、ハッチから顔を出したフローラの姿があった。

 ふと、アメリアの言った「うちの国の王女様乗せてんだよ?」という言葉を思い出す。

「・・・・・・もしかして王女様?」

「あ、はい・・・・・・。王女、です」

 恥ずかしそうに言うフローラの前で、グリムは砲塔の上で深々と土下座していた。


辺りが暗くなる頃には森を抜けて、小さな街が見えてきていた。

『あそこを今日の野営場所にしよう』

 ヘッドフォンより聞こえてきたアメリアの声に、グリムはマイクを取って問う。

「街に入るの?」

『ああ。何にもない平原より安全だからね。まずあたしらが偵察してくるよ』

 そう言うと、アメリアの乗る一号車は先行して、街へと向かって行った。

「気をつけてよね。さっきの森まで敵が潜んでいたんだから、その街に敵がいないとは限らないよ」

『わかってるよ。そしたら、連絡する。最悪、そっちだけでも逃げな』

「当然でしょ。王女様連れてんだから真っ先に逃げさせていただきます」

『助けに来てくれたさっきとはえらい変わり様だね・・・・・・』

 アメリアの一号車が街の方へと小さくなると、遅れてトラック隊はSA‐76を先頭に前進する。

 しかし、しばらくすると街の方から煙の筋が茜色の空へと上って、パンと音を立てていた。

「なんだ? 信号弾か? イリーナちゃんストップ!」

 グリムがマイクにそう告げると、戦闘のSA‐76が停止して、トラック隊は一時停止する。

 しかし、ほどなくしてヘッドフォンからアメリアの声が聞こえてきた。

『安全を確保したよ。さっさとおいで』

「え? さっきの信号弾ってアメリアの?」

『違うよ。けど、こっちに来れば事情はわかるさ』

 アメリアのその言葉に、グリムは首をかしげながらもトラック隊は再び前進を開始していた。


 街の入り口には、共和国の兵が歩哨に立っており、こちらに手を振っていた。

 街の通りにも見慣れた共和国兵の軍服姿がちらほら見られ、広場の中心までくると、そこには大型の戦車が置いてあった。

「シュルクB18じゃん」

 前後に長い車体に、車体の周りを覆う様な履帯。大きな車体に対してバランスの悪い小さなドーム状の砲塔に、車体に搭載された大口径の短身砲はバルツリート城でも見慣れた共和国の主力重戦車だった。

「ってことは、共和国の歩兵部隊か」

 同じ様に広場に止められていた一号車の隣にグリムは二号車を止める。イリーナのSA‐76やトラック隊も適当に停車していた。

 グリムが降りると、すでにアメリアが自分のバラキエルに寄りかかって、煙草を咥えて待っていた。

「共和国軍がいたんだね」

 そう声をかけると、アメリアは煙草の煙を吐きながら応える。

「共和国の歩兵小隊様さ。行軍の途中なんだと」

 すると、そこへまた声をかけられていた。

「これはバスカヴィル中尉。彼らがあなたの部隊ですかな?」

 そう声をかけてきたのは、鼻の下に八の字型に髭を生やした共和国兵だった。

「ええ。カルマン少尉」

 カルマンと呼ばれた男は、興味深そうにグリムの顔を覗きこむ。

「ほう、まだ小さいのに戦車を操る一人前の騎士とは、すばらしい」

「ち、小さいとは失礼だな。こう見えて中身はあんたより年上なんだぞ」

「ふむ。中身が年上とは、面白い事を言う少年だ」

 そう言って、カルマンは笑っていた。

 しかし、次にバラキエルからサラに手を借りて降りてきたフローラに、カルマンは大仰に頭を下げていた。フローラは驚いてかしこまる。

「これはこれは、バスカヴィル中尉からお聞きしました。なんでも王国の名のある貴族の娘さんだとか。わたくしは共和国の第百二十八歩兵小隊の隊長をやっておりますボリス・カルマン少尉と申します」

「あ、初めまして」

 スカートの裾を掴むような動作をして、フローラは挨拶していた。

 すると、アメリアが小声でサラに伝える。

「一応、王女だと言う事は黙っておいたよ」

「うむ。それが良いな」

 その間にもカルマンは得意げに話しだす。

「ホテルをすでに確保してございますので、今日の所はごゆるりとお休みください」

「ありがとうございます」

「いえ、これも騎士の勤めでございますから」

 そう言って、カルマンはもう一度大仰に頭を下げて見せていた。

 共和国には変な人がいるもんだな、とグリムは傍から見ていて思う。

「―――所であんた、あれ見覚えないかい?」

 不意にアメリアが顎で示した方向に、グリムは視線を向けた。

 そこには、一台のバラキエルが置かれている。

しかし、砲塔の上には手摺りが取り付けられいる見た事のないタイプだ。しかし、履帯は外れており、砲塔は力なく俯いていた。

「見覚えも何も、僕らの乗ってるバラキエルじゃん?」

「ただのバラキエルじゃないさ。あれは長距離無線を積んだ指揮車タイプだよ」

 すると、砲塔の上の手摺りの様なものはアンテナだろう。砲塔ももしかしたらダミーかもしれない。

「それがなんだって言うの?」

「指揮車タイプは、大隊用の装備なのさ。そして、カルマン少尉はあれをここまで来る途中で見つけたんだそうだ。他のバラキエルの残骸と一緒にね」

「・・・・・・もしかして、あれが僕らが合流するはずだった戦車隊?」

「だろうね」

 アメリアがそう言って煙を吐き出すのを見て、グリムは問う。

「じゃあ、僕らの任務は?」

「終了だろうね。戦闘に出ない指揮車がやられたって事は、とっくに全滅してるさ。明日からは、引き返すよ」

「イエス・マム」

 しかし、グリムはその指揮車を改めて見て、首をかしげていた。

「けど、なんでそんな事になったんだろ?」

「まあ、戦局が動かなくても前線ってのは常に動いてるからね。たぶん敵と遭遇してやられたんだろう?」

「けどおかしくない? この辺はまだ僕らの勢力圏でしょ? だから、僕らみたいな少数でも輸送部隊を護衛できる訳で。それなのにここに敵が進出してくる理由ってあるかな? 戦略的要地もないし」

「そうだ! 私も気がついた事があるんだ!」

 すると、そこに突然口を挟んできたのは意外にもサラだった。

「昼間、襲撃を受けた時、なぜか帝国の奴らは我々の装甲車をすぐに撃たなかった! それはまるで姫が乗っているのを分かっているかのようにだ! なにか、裏で取引があったんではないか?」

 その言葉に、アメリアはやれやれと肩をすくめる。

「陰謀説かい? そう言うのはゴシップ誌だけで充分だよ」

「人をゴシップ誌扱いするな! 姫の命がかかっているんだぞ!」

 そんな言葉にも、アメリアは煙草をくゆらせてどこ吹く風だ。

 しかし、不意にそんな一同に声がかけられる。

「なあ、小隊長さんよ。気になるもの見つけたんだが」

 不意に、そう言ってやって来たのは長身の目付きの悪い共和国兵だった。

 「小隊長」という呼び声に、アメリアとカルマンが同時に振り向いて、カルマンの方が応じていた。

「おお、バンベール君。そういえば君は指揮車を修理してたんだったな」

「ああ。履帯を直せば動きそうだったから、後はオードラン達に任せて来たけどな。それよりもこっちだ」

 そう言って、バンベールと呼ばれた兵隊は用紙を差し出していた。

「無線の受信記録なんだが、何か気がつかねえか?」

 それを受け取って、カルマンは目を通す。

「ふむ。これは無線の受信記録だな」

「だからそう言ってんだろ・・・・・・。受信した電文をそのまま書いておくための用紙だ」

「ふむふむ。なになに〈発・バルツリート要塞王国軍司令部。宛・第三王宮竜騎兵隊。予定通り王女は貴殿達を謁見せし。いつもの輸送隊に王女を乗せて輸送す。合流しだい、丁重に迎えられたし〉か。ふむふむ・・・・・・って王女だと!」

 そう言って、カルマンは慌てた様にフローラを振り返っていた。サラが慌ててその視線を遮る様に立ちはだかるが、アメリアが呆れた様に呟いていた。

「この子も貴族のお嬢様だからね。隠語で王女って呼んでるだけで本当の王女じゃないよ」

「おお、なるほど。確かにそんな凄い人がいる訳ないか」

 一人で納得した様子のカルマンだったが、一方でバンベールは呆れたように呟く。

「注目するのはそこじゃねえよ。他に気が付かねえのか?」

 その言葉に、カルマンは唸るばっかりだったが、一方でアメリアは何かに気がついた様だった。

「―――この受信記録。平文、だね」

 すると、その言葉にバンベールは頷く。

「そうだ。本来、送受信する無線は傍受されても分からない様に暗号が使用される。だから、本来ならば受信記録にも暗号が書かれていて、別の紙に解読された文章が書かれているはずだ。けど、こいつは違う。そもそもが暗号化されてない文―――平文なのさ」

「じゃあ、もしかして傍受されたら一発で分かっちゃうの?」

 グリムが問うと、バンベールはポケットから煙草を取り出していた。

「その通りだ。これじゃ、電文の内容は敵さんに筒抜けだろう。よほど焦っていたのか、それとも―――」

 そこで言葉を切ると、バンベールは煙草にライターで火をつけてから言う。

「―――わざと敵に傍受させるつもりだったのか、とかな」

なんとジャンの登場回です!

しかも、なんと「シャール・コンセール」冒頭で死亡したカルマンさんが生きています!

その辺も楽しんでいただければ幸いです。


カヴェナンターがモデルのバラキエルが機関砲を搭載してる事でピンと来た人もいるかもしれませんが、作者はworld of tanksを参考に小説を書いています。だから戦い方とかも思いっきり参考にしています。

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