第三十二独立騎兵隊
左目に眼帯を付けた少年は、腰掛けた戦車の上から、木の棒を振るう。
足元の花の上にとまっていた蝶が、驚いて飛び上がった。
それはひらひらと辺りを舞うと、少年の周りをうかがう様に飛ぶ。
少年が指を差し出すと、蝶は丁度いい止まり木を見つけたと言わんばかりに、その手に止まっていた。
それを覗き見て、少年は眼帯に隠されていない右目で微笑む。
「よしっ。チェックメイトっス!」
しかし、突如したその大声に驚いて、蝶はひらひらと飛び去ってしまった。
少年はあからさまに不機嫌な顔をし、ポイっと棒を捨てて立ちあがる。
そして、戦車の後部へと声をかけていた。
「うるさいよマクベイン!」
「ああ、すみません車長! 勝ったのが嬉しくて、つい・・・・・・」
「ふーん。けど、珍しいなマクベインがバーナードに勝つなんて」
そう言って車長と呼ばれた少年は、戦車の後部へと向かう。
そこではゴーグルをつけたマクベインと呼ばれた兵士と、バンダナを頭に巻いたバーナードと呼ばれた兵士が、チェス盤を間にあぐらをかいていた。
「久しぶりっス! けど、これで前回の借りを返したっス!」
そう言って、マクベインはチェス盤の隣に置いてあった煙草の箱を自分のポケットへと突っ込む。
すると、バーナードはやれやれを肩をすくめていた。
「手加減してやったんだよ。この間、全部煙草巻き上げちまったからな」
「言い訳とは見苦しいっスね。大人しく負けを認めたらどうっスか!」
「なんだと、調子に乗りやがってこの野郎!」
そういうと、バーナードはチェス盤を乗り越えて、マクベインの首を締めてロックする。
「うぐぐっ。苦しいっス・・・・・・っ!」
「おらおら、負けを認めたらどうだ!」
「そ、それは、俺のセリフっス・・・・・・っ!」
バタバタと暴れてギブアップするマクベインに、バーナードは笑って解放してやっていた。
「ねえ、車長。酷いっスよねぇ・・・・・・」
マクベインが泣きつくも、眼帯少年はにやりと笑ってチェス盤の前にあぐらをかいていた。
「わかった。じゃあ、僕と勝負して勝ったらバーナードに負けを認めさせてやるよ」
そう言って、チェスの駒を並べ直す姿を見て、マクベインは苦虫を噛んだような顔をした。
「冗談じゃないっスよ! 車長ってチェス滅茶苦茶強いじゃないっスか!」
「じゃあやめとく? 今なら煙草二箱付けるけどなー」
そう言って眼帯少年がポケットから取り出した煙草の箱を二つ、チェス盤の隣に並べる。
すると、目の色を変えて、マクベインが座りなおしていた。
「どうぞよろしくお願いします!」
「ふむふむ! ならば勝ってみたまえ」
しかし、そこへ唐突に声がかけられる。
「何やってんだい?」
その声に驚いて三人が振り返ると、戦車の下から一人の女性が見上げていた。
煙草を咥え、長い髪をかきあげるその女性は、気だるそうな目つきをしている。彼らと同じ軍服だが、豊満な胸のせいで胸元は窮屈そうであった。
「また賭けでチェスやってるのかい?」
「そうだよアメリア。今、マクベインから巻き上げる所―」
「まだ、始めたばっかりなのにその言い方は酷いっス・・・・・・」
するとアメリアと呼ばれた女性はやれやれと肩をすくめていた。
「グリム。あんたこの前もほとんどの兵隊から煙草巻き上げただろう? 少しは自重しな」
「そうは行ってもなぁ」
「そもそも、あんた煙草吸わないだろう?」
グリムと呼ばれた眼帯少年がその言葉にうなずくと、それには周りの二人が驚いていた。
「言われてみれば、車長が煙草吸ってるとこみたことないな」
「けど、そしたら何に使ってるんスか?」
マクベインが不思議そうに問うと、グリムも不思議そうな顔をしていた。
「なに、お前ら知らなかったの? ほら、煙草って軍からの支給品だろ。だから数が限られてるんだよ。けど、必要な人間にはいくらでも必要だろ」
「ええ、俺達はそれで煙草を賭けてチェスやってますから」
「そう、つまり必要な人間にとっては一種のお金みたいなもんなのさ。だから、煙草って言うのは一種の取引材料なんだよ」
「そ、そんな目的で賭けやってたんスか・・・・・・」
「煙草さえ持ってれば、色々交換してくれる人もいるからねぇ」
そう言って、グリムはチェスの駒を動かし始めていた。
「ほらほら! かかって来たまえ!」
「そんな不純な動機に負ける訳にはいかないっス」
そう言って、マクベインも駒を動かし始める。
そして、すでに煙草を一本咥えてそれを見守るバーナードといった三人の様子に、アメリアは頭を抱えた。
「誇り高き王国軍の兵隊だって言うのに、うちの馬鹿どもは・・・・・・」
すると、彼女は仕切り直して声をかける。
「そうそう。今から私は司令に会ってくるよ。留守番頼むからね。いつも通り私に用件があったら話だけ聞いといてくれ」
「りょうかーい。けど、会ってくるってなに? ご指名でも受けたの?」
「飲み屋じゃないんだからそんな訳ないだろう? 次の輸送計画の話を聞きに行くんだよ」
「ふーん。話、ねぇ・・・・・・。なんか、今度来た新しい司令官。やらしい噂も聞くから、おっぱいとか気をつけた方が良いよー」
「気を付けるって、どうやって気をつけるんだい・・・・・・」
「装甲板張っとくとか? 溶接でもしようか?」
すると、こっちを向かずにチェスをしていたグリムへと、アメリアはポイっと煙草を放っていた。それはちょこんとグリムの頭に乗ると、じゅっと頭を焼く。
「わちちちちちっ!」
何事もなかったかのように立ち去るアメリアの後ろで、グリムは頭を押さえてダンスしていた。
旧バルツリート城。
かつてはバルツリート家と呼ばれた領主が治めていた城だったが、現在は没落し、城は廃墟になっていた。しかし、帝国との戦争の為、公国軍が接収し、高射砲やカノン砲を城下町の至る所に配置し、現在は帝国と戦う公国、共和国、王国などの共同要塞となっていた。
「失礼します」
そして、そう言って、アメリアがノックしたのは、バルツリート城の王国に割り当てられた司令官の執務室。
彼女が扉を開けて中に入ると、執務机の向こうに司令官は腰掛けていた。
「やあ、これはバスカヴィル中尉。今日も綺麗だね」
「お世辞は結構ですバーグマン少将。次の輸送作戦のお話を聞きに参りました」
「おう、そうだったね」
そう言って、バーグマンと呼ばれた口髭を生やした司令官は、机の上から一枚の書類を取り出す。
「今回の君達、第三十二独立騎兵隊の任務は、いつも通り前線部隊へ行く補給部隊の護衛だ」
「いつも通り? それでは、わざわざ呼び出される意味が分かりませんが?」
アメリアがそう怪訝そうな顔をすると、司令官はそう言われると思っていたと言わんばかりに、立ちあがって笑っていた。
「ただ、運んでもらうのは物資だけではない。君達には、非常に重要なお方を運んでもらうよ」
そう言いながら、司令官は歩いて、立っていたアメリアの後ろに回り込む。
「さて、何だと思うかね?」
そう言って、司令官は後ろから耳元へと顔を寄せてくる。
アメリアは嫌そうに顔をしかめた。
「さあ?」
すると、後ろから目の前に用紙を持った手が伸びる。
そこには、一人の人物の写真が張られていた。
「これは、我が国の王女?」
「そうだ。我が国のフローラ王女だ」
「なぜ王女が?」
しかし、アメリアが振り返ろうとすると、司令に両腕で肩を持たれていた。
すると、その手は体を這うように降りて、腰へと伸びる。
アメリアは隠そうともせず、あからさまに眉をひそめた。
「良くあるプロパガンダだよ。前線を視察する王女の姿を撮りたいらしい」
そう言ってる間にも、腰に伸びた司令の手はいやらしく腰をまさぐる。
アメリアはグリムの言う事を聞いておくべきだったかと、苦虫を噛んだ。
「それでは別にわざわざ戦場ではなくここでも良いのでは? ここも一応前線です」
「そうもいかないのだ。このプロパガンダで、同時に前線の兵士の士気も上げたいのだよ。しかし、兵士の多くはこの要塞も前線に比べたら後方と知っている。国民に対してのプロパガンダならそれでも良いが、兵士に対しての士気上げとしては弱いんだよ。だから、王女には本当の前線に行ってもらう必要があるのだ」
すると、突如腰に伸びていた手が前に伸び、上へとやってくる。
そこには、アメリアの豊満な胸がある。
ついに柔らかいそこへ手が伸びようとしたが、寸前でアメリアはその手を取っていた。
「そうですか。で、いつ王女殿下は来られるのですか?」
そう言って、アメリアが手を振りほどいて振り返ると、司令はアメリアより苦い虫を噛んだらしい。
「ふん。・・・・・・いつもの輸送計画と同じでやる」
「では、予定通り明後日ですか?」
アメリアが涼しい顔で言うと、司令は興味を失くした様に自分の席へと戻っていた。
「そうだ。明日、王女は飛行機でこの要塞へ到着後、要塞を我々がご案内する。明後日は補給部隊に引き渡す予定だ。その護衛をお前達に任せる」
「わかりました」
すると、アメリアは思いついた様に襟のボタンを外していた。そして、開いた軍服の胸元から、胸の谷間が露わにする。
その状態で、アメリアは執務机越しに、前かがみに司令へ顔を近づけていた。
司令の目は、必然的に目の前に迫るアメリアの谷間に釘づけになっていた。
「では、明日一日、我が部隊にお休みをいただけませんでしょうか?」
すると、司令官は視線を谷間に向けたまま、こくこくと頷く。
「ああ、ああ。良いだろう! 兵士にも休日は必要だ! うむ、素晴らしいよ!」
素晴らしいのは休みの事なのか、アメリアの胸の事なのか。
こいつ王女にまでセクハラしないだろうなと、ちょっとアメリアは心配になった。
「と、言う訳で休みをもらってきた」
という、アメリアの言葉に、集められた第三十二独立騎兵隊の面々は飛び上がった。
「ひゃっほーっ! 久しぶりに城下町に遊びに行けるぜ!」
「待機命令はただ暇なだけっスからね。遊びに行けるなら大歓迎っスよ」
「さすがですね! やっぱりおっぱいの力ですか!」
「さすがおっぱい!」
「し、静かにしな!」
図星だけに、アメリアもはっきり否定は出来なかった。
はしゃく小隊員達の前で、仕切り直す様にパンパンっとアメリアは手を叩く。
「ほら馬鹿ども! はしゃぐのはいいけど休暇中に問題を起こすんじゃないよ!」
「「「イエス・マム」」」
「じゃあ、報告はそれだけ。明後日は作戦だからちゃんと帰ってくるように。二日酔いとかで倒れてても、戦車で追いたててでも連れてくからそのつもりでね」
「「「イエス・マム」」」
「じゃ、解散!」
すると、わらわらと小隊員は周りの広場に置かれた戦車へ散って行った。
自分達の戦車に戻り、マクベインはバーナードに声をかける。
「休みどうします?」
「俺は女に会いに行くよ。行きつけの酒場の女をやっと口説いたんでな」
「羨ましいっス・・・・・・。俺は男同士で寂しく酒を飲みに行くぐらいっス」
すると、すでにやる気なさそうに戦車の上で寝転んでる人を見つけた。
「車長はどうするんスか?」
「ええー、僕に訊くのー」
そう言って、グリムは戦車の上で起き上がる。
「うーん、酒も飲まないしー。女なんて街に可愛い子いないしー。いつも通り兵舎で寝てるかな」
「・・・・・・車長が一番寂しいっスね」
「うるさいな。僕は寝てる方が幸せだからいいんだよ」
そう言って、いじけた様にグリムは再び戦車に寝転んでいた。
「車長不機嫌っスね・・・・・・」
その様子を見て、マクベインが呆れる。
すると、バーナードが小声で話してくれた。
「・・・・・・なんでも、車長って友達いないらしいからな」
「ああ、あの性格っスもんねぇ。俺の煙草も容赦なく持ってくし。―――痛いっ!」
しかし、不意にマクベインの顔面に木の枝が命中する。
気がつけば、起き上がったグリムが不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「聞こえてるっての。それにマクベインの煙草はちゃんと勝ったから貰ったんだぞ?」
「けど、容赦ないっス・・・・・・。もうちょっと手加減して欲しかったっス・・・・・・」
「ふんっ。手を抜くなんて、悪魔の僕には出来ない相談だな」
そう言って、グリムは再び寝転んでいた。
すると、マクベインは小声で隣のバーナードへと話す。
「また車長の自称悪魔発言っス」
それにはバーナードも肩をすくめていた。
しかし、そんな二人を傍目に、グリムは戦車の上から空を見上げながら呟く。
「やる事のない人間にとっては・・・・・・、休みなんて憂鬱でしかないのにな」
翌日。
小型の航空機が、バルツリート城の城下町に隣接する飛行場へと降り立った。
辺りには即座に軍用車が走って来て、胸から大量に勲章をぶら下げた将校たちが降りてきた。
将校たちは停止した飛行機を取り囲むように並ぶ。
そして、飛行機の扉が開いて、中から一人の少女が降りてきた。
彼らと同じような軍服を見につけていたものの、整った顔立ち、肩までだが美しい栗色の髪、そして長いまつ毛と、一目で美しいと分かる程の美少女だった。
さらに、航空機から降りる立ち振る舞いだけでも、高貴な人間だとわかる。
「お待ちしておりました。フローラ殿下」
そう言ってすかさずその前へ駆け寄ったのは、バルツリート城に駐留している王国軍の責任者であるバーグマン少将であった。
彼はさっそく手を広げて抱きつこうとするが、王女はそれにぎょっとする。
すると、すかさず後ろに控えていた女執事が、無言でバーグマンの前に立ちはだかっていた。
「いくら我が軍の将校とはいえ、気安く王女に近づかないで頂けますか?」
そう言われて、バーグマンはあからさまに顔をしかめていた。
しかし、すぐに膝をついて首を垂れる。
「いやいや、失礼でしたな。わたくしはこの要塞の王国軍の司令官であるデリック・バーグマン少将です。今日は基地内をしっかりご案内させていただきます」
そして、手をとる為に右手を差し出す。
しかし、それを横目に隣の将校が王女へと、右手を差し出していた。
「同じくこの要塞の共和国軍の司令官であるシャルル・バンベール大佐です」
すると、王女もバーグマンを無視してバンベールの方の手を取って握手していた。
「今日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ。それと、公国軍の司令官は所用があっておりませんがご容赦ください」
「いえ、あなた方が出迎えに来てくれただけでも嬉しく思います」
王女がそう言って頭を下げると、一人残されてひざまずいているバーグマンは慌てて立ち上がっていた。
「おい、バンベール! 貴様何様のつもりだ!」
「はい? 私は王女に挨拶しただけですよ。それより少将もどうされました? 跪いたりなんかして。キスでも待ってました?」
「ぐぬぬっ、貴様ぁ!」
「さ、殿下。どうぞこちらへ」
しかし、すでにバンベールは王女を控えていた専用の車に案内する。
そして、王女が女執事と共に乗りこむと、バンベールはドアを閉めて、バーグマンを振り返っていた。
「下心丸出しなのが見え見えですよ少将。自分の国の王女に傷をつけるつもりなんですか?」
「ふんっ。他国である貴様にはわかるまい。後の案内は我々がする。貴様は指でも咥えて見ていろ」
「分かってますよ。王女の件については、我々はノータッチという事で」
バンベールはそう言って、やれやれと肩をすくめていた。
グリムが起きると、二段ベットが立ち並ぶ兵舎の中はがらんとしていた。
「ああ、そうか。今日は休みか・・・・・・」
グリムは気だるそうにベットを降りると、共同の洗面所に向かう。
鏡の前で眼帯を外して、自分の顔を見つめる。
眼帯に覆われていた右目は、何の変哲もない普通の目だった。
「やっぱ眼帯取った方がよく見えるなぁ」
本人はそう本音を呟きながら、顔を洗う。
そして、再び眼帯をつけてベットに戻ってくると、再び横たわっていた。
何気なく傍らに置いてあったエロ本を開き、ぺらぺらとめくってみたものの、飽きたように放り投げていた。
「・・・・・・ああ、暇だ」
そして、再び起き上がると、ベットの下から私服を取り出す。
着替えてからベッドにぶら下げてあった鞄を肩から掛け、中に大量に煙草が入ってる事を確認した。
そして、グリムは兵舎を出る。
「さて、煙草を適当に錬金術にでもかけて来ますか」
城の一画に位置する部屋に王女は案内されていた。
「今日、王女様にとまっていただく部屋でございます。なにとぞ、古い城ですので、多少汚いのは申し訳ありません」
バーグマンはそう言うが、その部屋は元々城の偉い人の寝室だったらしく、室内の調度品は古いものの、どれも高級品ばかりで丁寧に磨かれていた。部屋の大きな窓からは、城下町が見渡せた。
「凄いですね」
王女はそこからミニチュアの様な城下町の様子を見て、思わず呟く。
「そうでしょうそうでしょう。これぞ、我が国の誇る要塞です!」
「はい? この要塞は公国軍のものではないのですか?」
その言葉に、バーグマンは顔をしかめた。
「い、いえ。我が国がほとんど運営してますから、我が国のものの様なものです」
その言葉に、王女は不思議そうな顔をしていた。
すると、バーグマンはここぞとばかりに声をかける。
「そうだ! この要塞に興味があるなら、いかがでしょう。わたくしが隅から隅までご説明いたします。そしたら、まず資料のある私の部屋に!」
しかし、そこへぴしゃりと声が飛んでくる。
「―――王女は空の長旅で疲れております。ひとまず休ませていただけませんか?」
使用人から荷物を受け取っていた女執事が、メガネの奥から冷たい目つきで少将を睨んでいた。
少将はそれに不機嫌そうに眉をひそめるも、こほんと咳ばらいをする。
「そうですな。まず殿下には休んでいただきましょう。要塞の案内は昼食の後にでも」
そう言って、少将は部屋を出て行った。
「気を抜けませんな、あの男。うちの国の将校の癖に、姫になにをするか分かったものじゃありません」
「・・・・・・そうですね」
そう言いながらも、王女は城下町を見つめたまま心ここにあらずといった様子だった。
それを見て、女執事はやれやれと肩をすくめる。
「見てみたいのですか? 城下町を」
「え? えへへっ。少しだけ、ですよ・・・・・・」
「―――本当の所は?」
「とっても見たいです! だって、要塞と融合してる城下町なのですよ! 公国軍の高射砲やカノン砲が、何気ない街並みに立ち並んでいるのです! ああ、凄く見たい!」
目をキラキラさせる王女の姿に、女執事は頭痛がするかのように頭を抱えた。
「そう言うと思いましたよ。姫、好きですもんねそう言うの」
「ああ、カメラを抱えて今にでも出て行きたいです!」
そう言ってじたばたする王女の元へ、カメラが飛んできた。
王女は慌てて両手でキャッチする。
「―――あ! これ、私のではないですか!」
「ええ、そうです。宜しいですよ、街に行って来ても。陛下から許可も貰ってます」
「そうなのですか! けど、どうして?」
「今回、陛下はプロパガンダの為に姫を危険な前線に行かせる事を負い目に感じたのでしょう。要塞にいる間は、本人の好きにさせてやってくれとのお達しです」
「本当ですか! あ、けど、要塞の案内はどうするのですか?」
「それは何とかごまかします。さあ、行きましょう」
そう言って、女執事に手を引かれて王女は部屋を出ようとした。
しかし、それよりも早く扉が開いていた。
「そうはいかーんっ! 王女は私が案内するのだ!」
そう言って出てきたのは、言わずもがなバーグマンだった。
「ちっ。外で聞いていたのか!」
しかし、すかさず女執事がその前にとび出すと、飛び蹴りをくらわせる。
バーグマンは盛大に廊下へと吹き飛んでいた。
「姫、逃げてください! ここは私が!」
「は、はい! ありがとうサラ」
王女はそう言って、カメラを抱えて部屋を飛び出して行く。
しかし、起き上がったバーグマンはすかさずそれを追っていた。
「あ、待て!」
とっさに執事のサラがそれを追いかけようとするが、その前にすかさず赤いベレー帽を被った王国兵が数人立ち塞がる。
「我らはバーグマン少将の私兵! ここは行かせん!」
「ちっ、伏兵を配置していたのか! ―――姫、いざという時は共和国を頼ってください!」
サラは兵の後ろに遠ざかる王女の後ろ姿に、そう叫んでいた。
城と言うのは、豪華な建物のイメージあるが、そもそもは外部からの守りに特化したれっきとした要塞の事である。故に、城の中は一種の迷路の様になっていて、王女はどこを走っているのか良く分からなかった。
しかし、後ろから追ってくるバーグマンからは、逃げなければならない危機感があった。
「ど、どうすれば!」
すると、不意に現れた壁の表示に、矢印と共に共和国司令部への指示が書いてあった。
ふと、サラに言われた〈共和国を頼れ〉と言われた言葉を思い出す。
「そうだ! 共和国の方に行けば、なんとかなるかも」
彼女はすぐさま方向を変えて、矢印の方へと向かった。
その後ろ姿を見て、慌ててバーグマンもその後を追う。
「待ちなさい王女! 私が優しく教えて上げるから!」
しかし、王女が止まる事はない。
バーグマンは舌打ちしながらも追うと、目の前から見覚えのある将校が歩いて来た。
「お、丁度いい所に。バンベール! 王女を捕まえろ!」
バーグマンはそう声をかけたが、バンベールは走って来た少女をスルー。
しかし、それでいてバーグマンの前へと立ちはだかったので、慌ててバーグマンは足を止めていた。
「な! どけバンベール!」
「これはこれは、少将。やはり王女に逃げられましたか」
「くそっ、なぜ王女を止めなかった!」
「言ったでしょう、我々は王女様の件に関してはノーッタッチ、ってね」
「き、貴様ぁ!」
そうこうしているうちに王女の後ろ姿は共和国の区画へと消えてしまっていた。
バンベールは後から追ってきた王国兵に指示を出す。
「直ちに王女を捜索しろ! なんとしても捕まえるんだ!」
主に王国、共和国、公国の三つが利用しているバルツリート城には、それぞれにばらばらの購買部がある。それぞれが自分の国のものを扱うので、城には様々な商品が集まるが、所属している国の兵士である以上、給料はその国の紙幣で支払われる為、他国の購買部では買えないのが普通であった。
「だけど、煙草を持ってれば別なんだよねぇ」
そう言って、グリムがやって来たのは、共和国軍の購買部だった。
「こんちはー」
「お、グリム。珍しいな昼間から」
購買部の共和国兵にそう声をかけられながらも、グリムは鞄から煙草の箱を差し出す。
「今日はお休みなんだよねー。じゃ、いつも通りこれで本をくださいな」
「あいよー」
そう言って、兵は煙草を受け取って、グリムに購買部の中へと招き入れる。すると、購買部の一部が本棚の様になっていて、グリムはしばし吟味すると一冊の本を持ってきた。
「おっ。さすがお目が高いねぇ」
「僕このシリーズ好きなんだよねー」
本には〈お嬢様恥辱の館シリーズ④〉と書かれている。
言わずもがな、エッチな本である。
「じゃ、毎度」
「また、くるねー」
そう言って、グリムは本を鞄にしまって歩きはじめていた。
しかし、不意に目の前の廊下から飛び出してきた少女にびっくりする。
「わぁっ!」
だが、その一瞬で、グリムはその少女を美少女だと見抜く。
軍服だが、不釣り合いに整った顔と綺麗な栗色の髪。そして、慌てているようだが、それでも落ち着いた雰囲気を醸し出す身のこなし。それはまるで、十二時になってしまったシンデレラのようだった。
「―――綺麗だ」
少女はすぐに後ろへと駆け抜けて行ってしまうも、グリムはその後ろ姿をぼうっと見つめる。
すると、少女は追いかけられているのか、後から王国兵が走って行った。
グリムはそれを見て、ぐっと両手を握りしめ、何かを我慢するかのように俯く。
そして、ばっと両手を広げて天井を仰いでいた。
「あれだぁ―――っ! 僕が求めていた理想のお嬢様ぁっ!」
グリムは迷わずすぐに後を追う。
しかし、少女の後ろからは王国兵が二人追いかけており、少しずつだが間を詰められているようだった。
「まずいな・・・・・・。このままじゃ追いつかれるぞ」
すると、少女も焦ったのか、すぐ横に現れた階段をのぼりはじめる。
「おっ。このルートは三階の塔行きか。ふふん。バルツリート城は僕の庭みたいなもんだから」
すると、グリムは階段を上らずにベランダへ出た。
ベランダと言っても石造りの広い一種の庭で、そこにはさらに外へ伸びる石造りの橋があり、その先は石作りの見張り塔だった。現在その上には、城の内部に武装を運びこむ大型クレーンが配置されている。
彼はそのクレーンまでたどり着くと、上に駆け上がり、すぐさまアームの先まで走って行った。
すると、そこから一つ上の見張り塔に、兵に追い詰められる少女の姿が見える。
彼は、それを見ながらクレーンのアームの先にたどり着くと、クレーンにばんと手をついた。
「そら! 動けぇ!」
すると、クレーンはまるで彼の言う事を聞く様にエンジンの唸り声を上げ、彼を乗せたまま、クレーンの先を少女の追い詰められた塔へと伸ばす。
塔の端に追い詰められた少女の元へと、彼はクレーンに乗って現れていた。
「こっちへ!」
彼が塔の外から声をかけると、少女は驚いた様に振り返っていた。
少女はグリムの姿を見て、一瞬躊躇したものの、決心した様にクレーンへと飛ぶ。
そして、クレーンの先へと着地した彼女をグリムが受け止めていた。
「ま、待て!」
兵が慌てて追いかけてきたものの、すでにグリムと少女を乗せたクレーンは、塔から離れていた。
「助けていただいて、本当にありがとうございます」
扉の向こうから、そんな声が聞こえる。
「いやいや、別に助けたって程でもないよ。困ってる女の子はほっておけなくてねー」
そう言って、グリムは少し得意げだ。
「それで、えーと、名前はなんていうのかな?」
「あ、フローラです」
「へえ、フローラちゃんかぁ。上の名前は?」
「え? 上の名前ですか? ないですけど・・・・・・」
「ん? ないの?」
グリムは首をかしげた。要塞をうろついてる不慣れな少女なので、視察の貴族の類なのだと言うのはなんとなくわかったが、もしかして自分の下の名前を知らないほど、世間知らずなお嬢様なのだろうか。
すると、扉が開かれて、共同トイレからフローラが出てきた。
「服までありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるフローラは、短パンにシャツ、地味な色の上着にハンチング帽とまるで男の子の様な格好だった。しかし、それでもフローラの整った顔だと、まるでおとぎ話に出てくるようなに出てくるような美少年の様だった。
「いやぁ、僕の夏服で申し訳ないけど」
「いえいえ。これでもう兵士に追われません。・・・・・・えーっと?」
「グリムで良いよ。それより、やっぱり逃げ出してきたんでしょ? これからどうするつもり?」
「あの、私、城下町を見に行こうと思って」
その言葉に、やっぱり貴族だけあって庶民の暮らしが見てみたいのかと、グリムは一人納得する。
「あのさ、・・・・・・その、もしよければ僕が案内してもいいんだけど」
グリムが少しよそよそしく言うと、フローラは目を輝かせていた。
「本当ですか! 知らない街なので助かります。ありがとうございますグリムさん」
その少女の言葉に、グリムは内心ガッツポーズした。
思いもよらない休日の幸運に、グリムは神に感謝する。
要塞の街と言うと、軍人だらけの殺伐としたイメージがあるが、もともとこの要塞は城とその周りの城下町を後から軍が改修したものである為、大通りは多くの住民でにぎわっていた。
歩道を歩くグリムが見渡せば、通りには洋服店や雑貨屋、それに食堂やカフェなどが立ち並び、道路を走ってるのは軍用車より民間の車の方が多いくらいだ。
「凄いですね。城下町なのに、こんなに賑わってるんだ」
「そうだね。ある意味、城下町だからだよ。軍が陸路を整備してるから、物流は安定してるし。しかも軍人が多いから、軍人相手の商売が盛るんだ」
二人は並んでそんな通りを歩いていたが、思い出した様にグリムがフローラに問う。
「さて、フローラちゃんは何が見たいのかな?」
「私、公国軍の高射砲がみたいのですけど」
意外なその言葉に、グリムは唖然とした。
「えっと、高射砲なら、要塞で見れるけど・・・・・・」
「ああ、そう言うのじゃダメなのです。こういう街にあるのが見たくって」
良く分からない彼女のこだわりに、グリムは首をかしげたが、宛てがない訳ではなかった。
「そうなると第二城壁の見張り塔だな」
「第二城壁?」
「そう。この街って、要は城を中心とした要塞の一部だから。それで、外側から第三、第二、第一と外壁が合って、それと共に地盤が上がってるんだ。それで、第一は城のすぐ周りのやつで、第二がこの区画の外側の城壁なんだ」
「へえ、その城壁に高射砲があるのですか」
「うん。城壁には一定間隔で見張り塔があってね。今は高射砲が置かれてるんだ」
「なるほど! 昔の城の一部を利用しているのですね! ぜひ見たいです!」
鼻息を荒くしたフローラにちょっとグリムは表情をひきつらせながら、外壁へと向かった。
「ほら、これが公国軍の8.8センチ高射砲だよ」
そう言って、グリムと共にフローラが階段を上ってやってきたのは、城壁の見張り台の上にある空を仰ぐ巨大な大砲だった。
「わあ! すごーい!」
彼女が思わず駆け寄ろうとするも、慌ててそこにいた公国兵に止められた。
「こらこら! 子供が入ってきちゃいかん!」
「あ、ごめんなさい!」
フローラは慌てて頭を下げるも、後ろからやって来たグリムが手帳を差し出す。
「こう見えて共和国の兵士でね。こっちの女の子も軍の関係者だから」
すると、公国兵は手帳を受け取って中身に目を通すと、慌てて背筋を伸ばしていた。
「これは、共和国軍少尉殿でありましたか。これは申し訳ありません」
「いや、こっちも別の軍隊なのに勝手に入っちゃってごめんね。けど、見学だけ良いかな」
「ええ。見学だけでしたら、構いません」
すると、フローラはすぐさま高射砲へと近寄っていた。
「わあ! おっきいぃ―――っ!」
しばらくその周りを物珍し気に窺っていたフローラだったが、不意に首にぶら下げていたカメラを向けようとする。
「ああ! それは止めてください!」
しかし、再び慌てた様子の公国兵に止められていた。
「この高射砲は我が軍の軍機でして。写真はちょっと」
「えっ! そうなのですか! す、すみません・・・・・・」
「ああ、けど、あちらの機関砲でしたら構いませんよ」
そう言って兵士が指差したのは、城壁の上に沢山設置してある二連装の機関砲だった。
「あれは、各国共に同じ外国の会社から買ってる機関砲ですから」
言われた通り、フローラは機関砲の元へと向かう。
すると、彼女はカメラを構えながら、機関砲の周りを回りだした。
その姿に、グリムは表情を強張らせる。
「・・・・・・な、何やってんの? 兵器が好きならとればいいじゃない」
しかし、彼女は真剣な表情でカメラのファインダーを覗きながら、動きまわる。
「私は別に兵器が好きな訳ではないのです。・・・・・・うーんと、うーんと。ああ、ここだ!」
そう言うと、彼女はパシャリと一枚。
グリムがそこに行ってみると、特にカッコいいアングルでもない機関砲の真正面からだった。
しかし、そこで彼女は目をキラキラとさせて機関砲を眺めている。
何となく感じていたが、もしかしてこの少女は見た目は可愛らしいが、とても変な娘なのではないだろうか。
「・・・・・・あの、僕には良く分からないんだけど」
「え? ほら、良く見てください!」
そう言って彼女は、機関砲ではなく、そこから見える全ての景色を手で示していた。
言われてみれば、機関砲の後ろには今まで歩いて来た城下町が広がっており、その街並みが一望できた。そこには沢山の人が行き交い、賑わいを見せる街の姿があった。
「どうですか?」
しかし、彼女にそう問われるも、グリムは首をかしげるばかりだった。
「どうって言われても・・・・・・、えーと、機関砲と街並み?」
「そうなのです! 兵器と言う非日常の中で繰り返される、なんでもないような日常! それが私の写真のテーマなのです」
そう言って、フローラはやはり鼻息を荒くしていた。
うん、やっぱり変な娘だ。と、グリムは内心確信した。
「で、撮れたの?」
「本当は高射砲の方が非日常感が素晴らしいのですけど、機関砲でも充分です。あ、けど、こっちのアングルも良いなぁ」
そう言って、フローラは今度、機関砲の後ろに回る。
すると、今度は下の方の城下町が見渡せた。
しかし、下の城下町は上の街より一段低くなっているため、フローラの背丈では街の様子は見渡せない。
「うーん。もうちょっと背が高ければ・・・・・・」
すると、彼女はグリムを見てはっと気がついた様だった。
「グリムさん。肩車してもらえませんか!」
「ええっ! いいんですかそんなご褒美!」
今度はグリムが鼻息荒くして、フローラの股下に入り込む。
足を持って持ち上げるも、グリムもそれほど屈強な方ではないのでフラフラした。
「わっ、あわわ」
バランスをとる為、フローラは短パンから覗く太ももでグリムの頭をぎゅっと挟みこむ。
しかし、苦しいはずのグリムはむしろ幸せそうにしていた。
―――ああ、女の子のぬくもりをこんな理想の形で感じる事が出来るなんて! わあ、太ももも、お尻もすごく柔らかい! ありがとう神様!
「もうちょっと右かな・・・・・・」
しかし、フローラはグリムの肩の上で、ベストのアングルを見つける為、身体を傾ける。
そして、なんとかパシャリとシャッターを切るも、あまりにも傾けたせいか、グリムがバランスを崩してしまっていた。
「おっとっと、ととととっ! ―――うわあっ!」
なんとかバランスを元に戻そうと必死に体を反らすグリムだったが、力及ばず後ろにひっくり返る。しかし、幸いにも仰向けに倒れたグリムに覆いかぶさるようにフローラが落ちたので、彼女に怪我はなかった。
「イタタタ・・・・・・。あ、カメラ!」
フローラは体を起こして、まずカメラを大事そうに点検する。
しかし、そのお尻の下敷きになったまま、グリムは恍惚の表情を浮かべていた。
「ああ、もう変な娘でもいいかも」
そんな二人の姿を、少し離れた城壁から、望遠鏡で見つめる男の姿があった。
そこへ、背後からポンッと肩を叩かれ、男は驚いた様に振り返る。
そこには、王女に仕える女執事であるサラの姿があった。
ただし、今は地味なワンピースと言う私服姿だった。
「脅かさないでくださいよ主任。憲兵かと思いました」
男が安堵した様に言うと、サラは冷静に尋ねる。
「姫の様子は?」
「我が軍の兵と思われる者が、殿下を案内しています。悪い兵ではないようで、殿下も楽しんでおられるようですよ」
男から望遠鏡を受け取ってサラが覗くと、機関砲の前に、頭を下げるフローラとそれに照れたようなしぐさをする眼帯少年の姿が見えた。
「兵士の方は子供の様だが?」
「我々の調べによりますと、第三十二独立騎兵隊のグリム・バスカヴィル少尉ですね」
「あの年齢で少尉なのか?」
「ええ。それには、どうやら魔術省が関わっているらしくて」
その言葉に、サラは納得した様だった。
「昔は政治家どもに仕える占い師風情だったのに、だいぶ力を持ったものだな」
「怪しい噂も絶えませんしね。あの少年、探ってみますか?」
「そうだな。―――では、後の殿下の様子は私が見よう」
「了解しました」
そう言うと、男は素早い身のこなしで城壁の階段を降りて行ってしまった。
残されたサラは、望遠鏡を覗いて、少年と共に笑うフローラの様子を見ていた。
「まあ、姫が楽しんでおられるようならいいんですが」
すでにお昼を回っていたので、とりあえずグリムはフローラとともに行きつけのレストランへと入った。当然、豪華な装飾のされた様なレストランなどではなく、一般の食堂である。
席について、フローラがメニューを開くと、ほとんどがこの地方特有の料理だった。
「うーん。どれを頼めばいいのでしょうか?」
「じゃあ、僕が適当に頼むよ。苦手なものとかない?」
「はい。何でも大丈夫です」
「じゃあ、ソーセージの盛り合わせと、ポテトパンケーキ二つねー」
グリムが頼んだものは、恰幅のいい女将さんによって程なくして運ばれて来た。
大きな皿に乗せられたソーセージと付け合わせのキャベツの漬物、そして目の前に出されたポテトパンケーキには牛肉の煮物がのせられていた。
「わあ、良い匂いですね」
すると、フローラは綺麗にナイフとフォークを使って、美しい所作でパンケーキを口に運ぶ。
やっぱりそう言う所は貴族なのだなと、グリムは感心していた。
「おいしい! お肉の味付けが素晴らしいですね」
「でしょ? うちの国の料理に比べたら雲泥の差だよ・・・・・・」
「そうですか? うちの国の料理もおいしいですよ。食材の良さを活かしています!」
「そうかなぁ。ただの手抜きだと思うけど」
そう言って、グリムはパンケーキを口に運ぶ。
フローラは次に、大きなソーセージを口に咥えていた。
―――うーん。エロい。
「下手なエッチな本よりいいかも」
「え? なんですか?」
「あ、いや、こっちの話!」
慌ててグリムはキャベツの漬物を口に運ぶ。
にやけた顔を、酸っぱい味が引きしめた。
二人は食事に満足すると、再び城下町の散策を開始した。
城下町のあちこちには高射砲だけでなく、機関砲や迫撃砲が設置してあり、フローラはそれを見かけるたびに、いたって何の変哲もない生活をしている周辺の住民と一緒にカメラに写していた。
グリムはその様子を一日中見ていたが、結局その写真がどういいのか、やはり良くわからなかった。
「いいの撮れた?」
グリムが声をかけると、公園に配備された迫撃砲の近くでボール遊びしていた子供を撮っていたフローラは、満足げに戻って来た。
「はい! いい写真が取れました。夕日がバックで綺麗ですよ」
「ま、現像したら見せてよ」
興味なさそうに言って、グリムは歩き出す。
「じゃ、そろそろ要塞に戻りますか」
「そ、そうですね・・・・・・」
すると、隣でフローラは俯いていた。
「どうしたの?」
グリムが問いかけると、フローラは困った様に笑っていた。
「いえ、その、・・・・・・帰りたくなくて」
その言葉に、グリムはきょとんとする。
「やっぱり家が厳しいとか?」
「まあ、多少家は厳しいですけど、その分良い暮らしさせてもらってますし、不満はないです。けど・・・・・・」
「帰りたくないんだ」
「はい。帰っても、私に居場所はありません」
貴族の娘なのに居場所がないとは不思議なことを言う、とグリムは首をかしげる。
すると、唐突に思いついた様にフローラはグリムを見る。
「そうだ! 今日はグリムさんの所に泊めてもらえませんか!」
その言葉に、グリムは我が耳を疑った。
「ええ! いや、僕が寝泊まりしてるの兵舎だし! 他の兵隊いっぱいいるよ!」
「じゃあ、その中の一つを貸してもらませんか?」
「無理だよ。使ってないベットは汚いし」
「じゃあ、グリムさんのベットに一緒でも良いんです」
その言葉に、グリムははっと気がついた。
「ほ、本当ですか! 同じベットで構いませんか!」
そう言って、グリムがフローラの肩に手を置くと、フローラは驚いた様だったが、うなずいた。
「は、はい。狭くなってしまうかもしれませんが、グリムさんが宜しければ」
―――今日初めて合った理想の女の子とまさかこんな展開になるとは。エッチな小説並みの急展開だ!
「ならば是非っ!」
と、グリムは鼻息荒くして言ったが、即座に横から飛び蹴りが飛んできた。
グリムの体は勢い良く通りの壁へと叩きつけられる。
「ぐはぁっ!」
「貴様! 姫になにをするつもりだ!」
そして、そう言って飛び蹴りをした女性を見て、フローラは驚いていた。
「サラ! どうしてここに?」
「申し訳ございません。姫に何かございませんよう、今まで見守っておりました。そしたら、このガキが!」
そう言って、サラはグリムを指差す。
「姫にいかがわしい真似を! 何様のつもりか!」
「ぐふぅ・・・・・・。ふ、フローラの方から誘って来たんじゃないか・・・・・・」
そう言って、グリムは蹴られた横っ腹を押さえながらなんとか立ち上がる。
「け、蹴ることないじゃん・・・・・・」
「なにを言うか! 貴様は我が国の宝に傷をつけようとしたのだ! この要塞の司令といい、ここの人間はどうかしているぞ! 性欲の塊どもめ!」
そう言うと、サラは腹を立てた様子でフローラの手を取っていた。
「行きましょう姫!」
「は、はい。―――あの、今日はありがとうございましたグリムさん!」
フローラは連れて行かれながらそう声をかける。
残されたグリムは、その後ろ姿に力なく手を振って見送っていた。
翌日。
いつもの様に戦車に寝転んだグリムは、昨日買ったエッチな本をパラパラと眺めていた。
「お! 新しい本っスか? 今度貸して下さいよ」
そう言って、声をかけてきたマクベインだったが、グリムはすぐに本を差し出していた。
「え? 良いんスか?」
「いいよ、別に」
「珍しいっスね。こういうのしばらく車長ずっと眺めてるじゃないっスか」
「うん。けど、何か興奮しなくてさ・・・・・・」
そう言って、グリムは横たわったままため息をついていた。
「はあ・・・・・・」
「どうしたんスか。恋する乙女のつもりっスか?」
「もうバカにしてんのかマクベイン! 僕は乙女じゃない!」
「けど、ほら、この前の宴会の女装似合ってたじゃないっスか。あれ以来、車長って本当は女なんじゃないかって疑惑が出るほどっスよ。部隊内には隠れファンもいるって話で」
それに、グリムは思わず身震いした。
「じ、冗談じゃないぞ! 僕は男だからな! 変な気起こすなよ!」
「分かってるっス。一緒に風呂も入てるんスから。―――小さいっスけど」
「なッ! こら、待てマクベイン!」
逃げ出すマクベインを、グリムは慌てて立ち上がって追っていた。
しかし、そこでパンパンと手を打ち鳴らす音が響く。
それは部隊に戻って来たアメリアが鳴らしたもので、即座に副隊長が大きな声を上げていた。
「全員整れぇぇ―――つッ!」
すると、グリムとマクベインも例にもれず、一同は綺麗に隊長であるアメリアの前に整列する。しかし、整列した所で、グリムは後ろのマクベインの足を踏んでおいた。
「痛いっ!」
「どうしたんだいマクベイン?」
アメリアに問われるも、マクベインは愛想笑いを浮かべて何でも無いと言う様に首を振っていた。
アメリアは一同を見渡して、全員いる事を確認すると、口を開く。
「さて、今日から任務が始まるよ。内容はいつも通り、補給部隊の護衛さ。けど、今回はそれだけじゃない。なんでもお偉いさんも乗せているらしいから、気を引き締めて行くように」
「お偉いさんに気に入られれば昇進できますかー?」
そんな馬鹿な質問が飛ぶが、アメリアはやれやれと首を振っていた。
「今回のお偉いさんは軍の人間じゃないよ。気に入られても無駄だろうね」
その言葉に、グリムは昨日出会ったフローラの事を思い出す。
恐らく彼女は視察に来ていた貴族の娘か何かだろう。ならば、もしかしたら今回護衛するのは彼女達なのかもしれない。
「他に質問はあるかい?」
アメリアは一同を見渡すが、特に質問は出なかった。
「それじゃ、いつも通り一〇〇〇に要塞の外で補給部隊と合流するよ。ただちにエンジン掛けて、私の一号車の尻についくるように。―――じゃ、解散!」
アメリアがそう号令をかけると、一同は一斉に散らばって戦車に戻って行く。
グリムは改めて自分の戦車を見上げた。
「―――巡航戦車、バラキエルねぇ」
王国軍が採用する戦車は、二種類ある。共和国軍のドクトリンと同じ、歩兵の盾として使われる目的の歩兵戦車と、公国軍のドクトリンと同じ高速を活かし追撃戦や戦車戦を目的の巡航戦車だった。つまり、王国軍はこの二つのドクトリンを融合したものを使っていた。
しかし、いざ戦争になると、そのドクトリンは思うようにうまくいかなかった。
歩兵戦車は確かに歩兵の盾になったが、余りにも低速で大口径対戦車砲の餌食になった。巡航戦車は高速で追撃戦を展開できたが、余りにも軽装甲で機関砲程度でも致命傷になった。
故に、この両極端なドクトリンは失敗したのだ。
「天使の名を持つ戦車に、僕が乗るなんて皮肉もいいとこだよ。欠陥戦車なのは良いザマだけど、それに乗せられちゃ溜まったもんじゃないし」
そう言って、彼は自らの戦車に上がっていた。
低く小型の車高と大きな転輪、避弾経始を重視された斜面で構成された六角形の砲塔と、バラキエルは全体的に角ばった形状をしている。しかし、その装甲は巡航戦車だけに薄く30ミリ程度で、機関銃程度しか防げない。下手をすれば対空用の機関砲でも撃ち抜かれ、弾薬庫に引火して誘爆する事が多く、別名走る弾薬庫だ。
「今日も弾薬庫乗って戦場か・・・・・・」
グリムは砲塔上部のスライド式のハッチから乗り込むと、すでに足元の操縦席に収まっているマクベインに指示を出す。
「エンジン始動」
それに応じてマクベインがイグニッションをかけると、ぶるんっとエンジンが唸りだす。
同じ様に、周りの二両のバラキエルもエンジンがかかっていた。
グリムは即座に背後にあった無線機からヘッドフォンを取り出して、頭へとつける。
『第三十二独立騎兵隊、出撃するよ!』
ヘッドフォンから聞こえてきたのは、アメリアの声だ。グリムがハッチから顔を出すと、隣のバラキエル―――一号車が走りだしていた。
「微速前進。あれについてってー」
グリムが指示を出すと、マクベインはアクセルを踏み込み、彼らの乗るバラキエル―――二号車は一号車の後に続いていた。
それに残りの三号車が続き、第三十二独立騎兵隊は、城の広場を後にする。
第三城壁にある城門を抜けると、そこは要塞の外である。
ただっぴろい草原が広がるそこで、すでにトラック八台と一台の装甲車が止まっていた。
アメリアは降りて、補給部隊の隊長と挨拶していた。
それに、燕尾服を着た男性の様な格好だったが、昨日グリムの前からフローラを奪って行った女性の姿もあり、アメリアと挨拶しているようだった。
それを、バラキエルの上から、グリムはぼけっと眺めていた。
挨拶を終えると、男装の女性は装甲車に戻って行く。恐らく、フローラ達も乗っているのだろう。
「・・・・・・変な娘だったけど、なかなか理想的なお嬢様だった」
お尻と太ももの感触を思い出しながらそんな事を呟いていると、戻って来たアメリアが戦車の下から指示を出していた。
「一号車と三号車でトラック隊を挟んで進むよ。二号車は先行して偵察ね」
「へーい」
二号車の車長であるグリムはそう返事をすると、戦車へと潜り込んでいた。
「戦車前進!」
バラキエルを走らせ、グリムは装甲車の横をすれ違った。
しかし、装甲車の窓にはすでに装甲が降りており、中の様子は見れない。
グリムは、心なしかがっかりしてしまった。
「ま、主力部隊にたどり着くには二日もあるし。一回ぐらいは会えるよね」
バラキエルのモデルはカヴェナンターです。
冒頭の賭けチェスはポーカーにしようか悩んだんですが、作者がポーカーを良く分からないんで止めました、すみません。