出会いの章 第四部 マートレーの砦
前回の番外編から話が本編に戻ります。比較的現時点ではわからないことも出てきますが、後々重要になってくる表現も多数登場しますのでお見逃しなく。
「あー…腹減ったなぁ…」
エンドラーズがそう愚痴をもらす。
「もう!こんな時になに呑気なこと言ってるのよ。イチも何か言ってやってよ」
リリアが少々怒りながら言った。
「うー…ごめん、ぼくもエンドラーズと同じ意見だよ。ご飯ないのここ?」
「はぁ、何だか一緒にいる私が一番ばかばかしいわ」
…イチとエンドラーズの能天気ぶりにリリアはため息をつくしかなかった。三人がバイーアの村で拘束されてから半日が経過していた。三人は何やら砦らしき建物に軍のトラックで連れてこられ、そのまま地下牢に入れられたのだ。ほとんど明かりも無く、まるで時間の感覚が麻痺しそうである。
「それにしても、いつまでここに閉じ込めているつもりなんだ?」
エンドラーズが言った。
「さあね、そんなことわからないわよ」
リリアがぶっきらぼうにそう答える。
「なんだよリリア、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「よく言うわねエンドラーズ、元々こうなったのは誰のせいなの?」
「そっ、それは…」
「まあまあ、しょうがないよリリア。あんなにたくさんの兵隊さんに脅されたら誰だって逆らえないよきっと」
イチがそうリリアをなだめる。
「そりゃそうだけど…」
リリアはしぶしぶエンドラーズへの罵声をやめた。…しばらくの間、沈黙が続く。
「…これからどうなるのかしら私達?」
リリアが言った。
「畜生…俺がもっとしっかりしてれば…」
エンドラーズは唇を噛む。
「ぼくは諦めないよ。別にまだ終わったわけじゃないもん」
イチはそうサラリと言う。
「じゃあどうするんだよイチ?何か策でもあるのかよ?」
「う…それは…えーと…」
「二人とも、もうやめましょう?…話してもお腹が減るだけだから」
リリアのその一言で三人は再び黙ってしまった。…長い長い沈黙の時間だけが過ぎ去ってゆく…。
《意外な接点》
…夕日がマートレーの砦を赤く染める頃、前日からこの砦に滞在しているロゼリアーヌは自分の宿泊部屋で、机の上に両肘をつきながら退屈を紛らわせていた。
「やれやれ…退屈なのはどうもいかん。なんだかイライラしてくる」
ロゼリアーヌはそう指で机を撫でながらそう言う。
「そんなこと言わないでくださいよ。昼間に散々ヴォルガノン様が砦の中を案内してくれたじゃありませんか」
机の縁に腰掛けたサジがそう言った。
「ふん、案内だと?奴はただ単に自らが治めるこの要塞の素晴らしさを自慢したかっただけさ。戦争のことしか頭にないミリタリーオタクの考えなんぞわたしにはとても理解できんね」
「はは…」
ロゼリアーヌのそんな言葉を聞いてサジは苦笑いした。
「まぁそんなくだらないことはどうでもいいとしてだ、グルス殺しの犯人とアラカイトの姫君が一緒に捕まったと聞いたのだが?」
ロゼリアーヌはそうサジに聞く。
「あ、はい。仕入れた情報によると、捕まったのは三人で…」
すると何故か、サジは少しばかりその先を言うのをためらった。
「…どうしたサジ?」
ロゼリアーヌがそう尋ねると、サジは重い口を開いた。
「…その中に以前私が助けた人物がいます」
「…まさか、かつてのお前が妖精の村を出た理由の…それは本当か?」
「はい、間違えありません。10年以来ですがこの面影は絶対に彼女です。昨日の収容時に撮影された写真の中に…」
そう言って、サジは昨日撮られた一枚の写真を取り出した。その写真には白金色の髪をした無邪気そうな感じの少女が写っていた。
「!」
ロゼリアーヌにはその写真の人物が誰だかすぐにわかった。
「あの…イチを知っておられるのですかロゼリアーヌ様?」
「あぁ…間違いないよ。こないだマキシの郊外で会った娘に違いない」
「え!?」
「まさかな、こんな形で我々と彼女が点と線で結ばれるとは…世の中とはつくづく不思議なものよ」
ロゼリアーヌがそう感心しながら言った。
「そうですね…私もまさかこんな形で彼女と再開できるとは思っていませんでしたよ。でも…元気そうでとても嬉しいです。初めて会った時と比べるとだいぶ大きくなっちゃいましだけど」
サジはそう笑みをこぼした。
「喜んでばかりもいられんぞサジ。あのミリタリーオタクのことだ、明日にでも死刑になっちまう可能性がある」
ロゼリアーヌがそうサジに言うと、
「わかってます。…でも仕方ないんです。もう過去のことですし…何より国の意向という優先すべき事柄がありますから…それでイチが死んでも何も私に言う権利なんて無いんです」
そうサジはうつむきながら答えた。…それを聞いていたロゼリアーヌはしばらく黙っていたが、やがてこう優しくサジに語り掛けた。
「…そうだな、確かにお前の言う通りかも知れんな。だがな、国家とゆうものは人が作ったものだ。人の意向が最優先されるべきであって国家の意向に踊らされてはならないし、国家に人を操る根本的な力は存在しない。もし、物事全てに優先順位があるとすればそれを決めるのは国家ではなく人自身の決断力だ。決して権力に屈してはならないんだよサジ…お前なら今自分が本当は何をするべきかきっとわかっているはずなんだから」
…そう言ってロゼリアーヌは一つの鍵を取り出すと、そっとサジの小さな手にそれを手渡した。
「これは…」
「何も言うな。地下牢へは警備の手薄になる夜中に行くがよい。…わたしも彼女には個人的な興味があってな、ここで死なれては退屈しのぎの大事な娯楽を失うようで納得いかないからな。…べ、別にお前のためではないぞ?わたしはそんなに部下に対して寛大ではないからな」
ロゼリアーヌは少々照れくさそうに顔を赤くして言った。
「…ありがとうございます。でも…相変わらずホントに素直じゃないんですからロゼリアーヌ様は」
サジはその綺麗な緑色の瞳を嬉涙で潤ませながら、精一杯の感謝の意を自らの主人に述べるのであった…。
《地下牢からの脱出》
…どれだけの時間が経過したのだろうか?暗く冷たい地下牢の中で心身ともに疲労困憊したエンドラーズとリリアが、互いに反対側の壁に向き合いうずくまるようにして眠っていた。しかし、こんな状況下においてもイチだけは相変わらず元気に起きていた。
「もう、エンドラーズもリリアもよくこんな堅くて冷たいところで寝られるなぁ。…それにしても、ぼく達はこれからどうなるんだろうか?例によって死刑かな?だったら銃殺刑がいいな、あれならすぐに楽になるだろうし。でも絞首刑とかギロチンは嫌だなぁ、なんか首を絞められたり切られたりするのって好きじゃないんだよね。あぁ、どこかの国では貼り付けとか火炙りの刑ってゆうのもあったな。でもやっぱり島流しが一番いいや、だって死にたくないもん」
そんなことを独り自分に問いかけながらイチは暇を弄ぶ。彼女は最近まであまり本を読む人間ではなかったが、ある出来事をきっかけに本に興味を持つようになっていた。元々、物覚えは良いので過去に読んだであろう世界の死刑について書かれた本の内容を彼女は思い出していたのかも知れない。…しかし、この状況下でこんな内容を楽しげに呟く人間は彼女くらいのものだろう。もしかしたら、彼女には本来全ての人間が持つ『死に対する恐怖』とゆう感情が無いのかも知れない。あるいは所詮死も自らの生の一部に過ぎないと、そう考えているのかも知れない。いずれにしろ、彼女の思考は常人には理解し難いものでありながらも極限にまで洗練された『生きるものとしての根源かつ根本的な』考え方であることだけは間違いないと言えるだろう。…当然、本人に自覚などあるはずもないであろうが。
「…まぁいいや。ぼくもそろそろ寝ようかな?何にもやることないし」
イチがそう大あくびをしていると…
「あっ、いたいた!こんなところにいたんですね」
すぐ近くから何者かが話しかけてきた。
「えっ?誰?何処から?」
「ここですよ、ここ!」
イチがちょっとだけ視線を上に上げると、そこには小さな妖精がフワフワと飛んでいた。
「わっ、妖精さんだ!」
「うふふ、お久しぶりですねイチ。体だけは大きくなりましたが、その性格は相変わらずみたいですね。…多分私のことなんてもう覚えていないのでしょうが」
「えっ!?どうしてぼくの名前を…でも…その声、なんだかとても懐かしいような…」
「残念ですが、説明している時間はありません。…とにかくここからお逃げください」
そう言ってサジは牢屋の鍵穴に鍵を差込み、そして牢屋の扉を開けた。
「えっ、いいの?こんなことしちゃって」
「構いません。これは私と…ロゼリアーヌ様、つまりはアゲハ様のご意思ですから」
「あのアゲハさんの…?」
「…私にできるのはここまでです。後はご自分達の力でなんとかしてください。…大丈夫、あなたにならこの砦を脱出できると信じています」
…そうイチに言い残して、サジは何処かに飛び去ってしまった。
「あの妖精さんは何だったのかな…?って、こんなことしてる場合じゃないや!」
イチは急いでエンドラーズとリリアを揺すって起こした。
「んん〜…何よイチ?何かあったの?」
「なんだよ、人が気持ちよく寝てたのに…」
イチのただならぬ様子にリリアとエンドラーズはようやく目を覚ました。
「ほら!みてみて!」
そう言ってイチは開かれた牢屋の扉を指差した。
「え!?」
「は!?なんで!?」
それを見た二人は驚きと嬉しさで飛び上がった。
「え〜と…なんか知らないけど開いたんだ。と、とにかくはやくここから出ようよ!」
イチが言うと、
「言われなくてもそうするつもりよ。こんなところさっさとおさらばなんだから!」
「ようやく俺達にも運が向いてきたか。閉じ込められた分、倍にして返してやるぜ畜生」
そうリリアとエンドラーズは威勢よく答えた。
「さっきまであんなに気持ちよさそうに寝てたのに…ま、いっか、元気が何よりだよね」
やる気満々の二人を見て、イチは苦笑いする。
…こうして、三人によるマートレー脱出作戦の火蓋は切って落とされた…!!
《コラム…イチは天才?》
この物語の主人公としてお馴染みの少女イチ。比較的、純粋でおバカなキャラクターとして描かれることの多い人物ですが、果たして彼女は本当にバカなのでしょうか?
彼女は田舎育ちで世間知らずです。また、単純でお人よしな性格のため他人や物事を疑う術を知りません。だから一般常識のある人から見れば相当バカな人間に映るはずです。しかし、物語を見ればわかるように時に近代哲学に通ずるような深い内容のことを言ったり考えたりすることもあります。彼女はほとんど何も知らない人間です。だからこそ先入観に囚われず、物事の本質を見抜くことができるのかも知れません。すなわちその単純さ、純粋さ故に物事の本当の姿を見る能力にかけては天才と言っても過言ではないでしょう。だからと言って、彼女が天才かと言えばそれも違うでしょう。なぜならば、彼女は世界を表面的にしか見ていないからです。様々な現象や理論の奥深くは見ておらず、表面的なところだけからその本質を見抜こうとするのです。ですから、彼女が言う「本質」と我々の思う「本質」は全く異なるものになるのです。よって、これらから総合的な結論を言えば彼女が天才かバカかは我々の「天才」「バカ」という概念では計れず、彼女はそのどちらでもないとなってしまうのです。
…もしかしたら、彼女は我々とは全く違った次元を生きている人物なのかも知れませんね。