出会いの章 第二部 赤い瞳の女
今回は、少々残酷な描写もありますので注意してください。
それでは、どうぞ最後まで楽しんでお読みくださいね。
「うーん!今日もいい天気だなぁー!」
早朝、宿屋の前で白金色の髪をした少女が大きく伸びをしながらそう気持ちよさそうに言った。
「う〜ん…眠い…ホント朝から元気ねぇイチ」
ブロンドの髪の少女は眠そうに目を擦りながらそう言った。
「そうかな?リリアも昨日は良く寝てたのに」
「良く寝ようが寝まいが朝は普通誰だってテンション下がるわよ」
リリアは相変わらず眠そうに、イチにそう言うのであった。
イチとリリアが出会ってから始めての朝、二人が宿を出ると空はすがすがしく晴れ渡っていた。これから二人は数時間をかけて、北にあるリリアとその一座のキャンプに向かう予定なのだ。
「天候も良好だし、この調子なら二、三時間で着きそうね」
リリアがそう言った。
「うん…そだね」
「どしたの?」
「え…ううん、何でもないんだ」
イチは作り笑顔でそう言うのだった。彼女の脳裏には、何故だか昨日の胸騒ぎのことがずっと居座っていた。この時、好奇心旺盛なイチにしては珍しくリリアと一緒に行くことにあまり気が乗らなかった。別にリリアが嫌いなわけじゃない。ただ、自分の中にある何かが行くなと警告する。無論、今更断るわけにもいかない。
「…よし、それじゃあ行こうかリリア」
イチはそう言った。
「それもそうね。それじゃ、出発しましょ」
リリアもイチのその言葉に賛同した。こうして、二人の少女は宿を後に北を目指した。
…そう、この後に想像を絶する惨劇を目撃することになるとも知らず…。
《血の惨劇》
「ねぇリリア、キャンプにいるリリアの仲間達ってどんな人達なの?」
「そうねぇ…まぁ色々なのがいるよ」
「ふぅん」
「イチは?旅の仲間とかはいないの?」
「いないよ。だって一人旅だもん。道中で色んな人には出会ったけど」
「たくましいねぇ、私には一人旅なんて考えられないよ」
「確かに、一人で兵隊さん二人に追いかけられるようなトラブルを起こす人には無理かもね!」
「…悪かったわね」
二人がマキシの町を出発してから二時間余りが経過していた。イチとリリアの二人の少女は他愛もない話をしながら森の中の小道を歩いていた。
「もうすぐ着くんだけど…おかしいわね」
リリアがそう呟いた。
「え?」
「私の気のせいかも知れないけど…なんだか静か過ぎるような…」
リリアが不安そうな表情でそう言った。確かに彼女の言う通り昼間の森の中だとゆうのに小鳥のさえずりすら聞こえないのだ。そして、いつの間にか風も止み空には灰色の雲が広がりつつあった。
「なんだろう…この不気味な感じは…」
あまりにも不気味な静けさに、イチは思わず身震いした。
「えぇ…嫌な感じだわ…とにかく急ぎましょう」
不穏な空気の中、二人はとにかく先を急ぐことにした。しかし、イチの鼻が辺りの異変を捕えた。
「なんか鉄臭いなぁ…まさか、この匂いは…」
その時、急に開けた所に二人は出た。…そして二人の瞳には戦慄の光景が映し出された…!
「え…これは…!」
イチは我が目を疑わずにはいられなかった。
「う…そ…みんな…」
リリアは、あまりの衝撃にその場に膝をついた。二人が見た光景…それは真に地獄絵図だった。辺りは一面の血の海であった。かろうじて人間の原型をとどめた死体がいくつも転がり、何とも言えない死臭を放っていた。衣服やテントは無惨に引き裂かれ、地面のいたるところに千切れた肉片や内蔵が無造作に落ちていた。…あまりの惨劇に、二人はしばし言葉を失った。
「…いったい何があったのリリア?」
イチが声を絞り出すようにそう聞いた。
「たぶんナタリア帝国の仕業よ。…畜生、なんて酷いことを」
リリアが拳を地面に叩きつけながら答えた。
「え…でもなんでナタリア帝国が商人のキャラバンを…?」
「…実はね…私達本当は武器商人なんかじゃないのよ」
「え!?」
リリアの言葉にイチは驚いた。
「…私達はナタリア帝国の強引な支配体制に反発する反抗勢力なのよ。アナタを連れて来たのは…その強さを見込んで仲間に加わってもらおうと思ったからなの」
「そんな…」
「ごめんなさいね…騙すつもりはこれっぽっちもなかったの。…まさか…こんな形で仲間と会わせちゃうなんて…」
リリアはそう言った後、うつ向いて何も喋らなかった…。イチはしばらく黙ってリリアの様子を見ていたのだが…やがて、近くにあった石を使って何やら穴を掘り始めた。
「…イチ?何を…」
リリアが聞くと…
「この人達をこのまま野晒しにするわけには行かないよ。慰めにはならないかも知れないけれど…せめて安らかに眠れるようにお墓くらいは作らないと…」
イチはそう答えた。
「…そうね…ありがとうイチ。私も手伝うよ」
こうしてイチとリリアは、引き裂かれた骸達のために墓を作り始めたのであった。その間、二人が会話を交わすことはなかった…。
《墓前の女》
「…眠れないや」
惨劇のあった場所からそう遠くない大木の下で、イチは眠れぬ夜を過ごしていた。墓穴を掘る作業で体は疲れきっているはずなのに、何故か全くそれを感じなかった。そんなイチとは対照的に、リリアはイチの隣で既に眠りについていた。…しかし、その寝顔はどこか悲しげに見える。
昼間、墓穴を掘って死体を埋める作業は困難なものだった。バラバラになった死体を誰のものかを知ることすら難しいのに、それが広範囲に散らばっていたなら尚更だ。…結局、夕方まで捜索したにも関わらずリリアが言う24人のメンバー全員の亡骸を見つけることはできなかった。見つかったのは、五人の首とせいぜい10人分の腕や足だけ。あとは全て粉々の肉片で、もはやそれが元々何なのかすらわからない。仕方なく、二人は木の枝などで24人分の十字架を作り惨劇のあったアジトの端にそれらを立てた。そして、全ての残骸は近くに穴を掘ってそこに埋めたのだった。
二人としては、一刻も早くこの悪夢のような場所から離れたかった。しかし、ここは暗い森の中…日が暮れてしまっては帰るすべはない。二人は野宿を余儀なくされ今にいたるのである。
眠れないイチはふと立ち上がり天を仰いだ。昼の間空を覆っていた灰色の雲は嘘のように消え失せ、天上には満天の星空が広がっていた。
「綺麗な星空…今頃バルやエンドラーズは何してるのかな?」
イチはそんなことを考えるのであった。その時、イチは大事なことを思い出す。
「…いけない、お墓に添える花を忘れてた」
イチは辺りを見回した。すると運良く、近くの木の根本に小さな青い花がたくさん咲いていた。イチはその花をそっと摘み取ると、急いで24個の墓がある場所へと走っていった。
「…あれれ?」
墓前に着いたイチは思わず驚く。無理もない、墓前には見知らぬ女性が立っていたからだ。
「まさかこんな所で生きた人間に出会うとは…お前はなんだ?」
女性はイチの方を向くとそう聞いてきた。その女性は暗闇と同じ漆黒のドレスを身につけている。美しく長い黒髪を風になびかせ、まるで血のように赤い瞳がこちらを見つめていた。…イチはなんだか今までに経験のしたことない不思議な感覚を彼女に覚えた。
「ぼ、ぼくはイチと言います。えっと…あなたはここで何を…」
イチはそう言いながらふと墓を見た。…墓には小さな黄色い花がたむけてあった。
「あれ?この花は…あなたが?」
「…そうだが」
女性はそう答えた。
「もっとも、あまりにも意味のない偽善行為に過ぎないがな」
女性はさらにそう続けてイチに言った。
「そ、そんなことはないですよ!きっとこの人達の成仏にも貢献してると思います」
イチは言った。
「成仏に貢献するか…わたしはただ単に自分の犯した諸行を見に来ただけなのだがな」
女性はそっけなくそう言うと、おもむろに近くにあった切株に腰を降ろし天を仰いだ。そしてこう呟いた。
「実に美しい空だ…爛々と輝く星空を見てると嫌なことも忘れられるよ」
「ええ、本当に…」
イチも女性の言うことに納得する。彼女は女性の腰かけている切株のすぐ隣に座った。
「…あなたはこの空にはいくつの星があると思います?…えっと…」
「…アゲハだ。何故そんなことを聞く?」
アゲハがイチに聞くと、
「特に意味はありませんよ。ただ、ぼくは昔から星を数えるのが好きで…その答えを知りたいだけなんです」
彼女はそう答えた。
「ふはは、面白いやつだねイチは。…実はな、わたしも子供の頃はよく同じことを考えていたものだよ」
「えっ、そうなんですかアゲハさん?」
「そうだよ。今から考えたら嘘みたいだけどね」
アゲハは若干笑いながらそう言った。
その後、しばらくイチとアゲハの二人は黙って星空を眺めていた。…やがて東の空がわずかに明るくなってきた頃、アゲハは切株から立ち上がる。
「さて…私はそろそろ帰るとするよ。お前とはまたいつか会いたいものだな」
「会えますよきっと。地球にいる限りは」
「ふふ…そうだな」
アゲハはそう答えるとゆっくりと歩き出した。そして最後に、イチから少し離れた所で背を向けたままこう言った。
「あぁ…そうそう、一つだけ言い忘れてた。…グルスを倒したことについては褒めておく。だが奴は所詮、駒の一つに過ぎない。背後にはもっと強大な力が動めいていることを忘れてはならない。あまり深く関わらない方が身のためだぞ?もっとも、旅を自分の理想通りの退屈な独り旅にするか、それとも血と死に満ちた戦いの旅にするのかは…イチ、全てはお前次第だがな…」
アゲハはそう意味深な台詞を残すと、静かに暗闇の中に消えていきました…。
「行っちゃった…なんだかちょっと不思議な人だったなぁ。…ん?なんであの人ぼくが旅をしていることやグルスを倒したこと知ってるんだろう?…ん〜…ま、いっか」
イチは立ち上げると大きくのびをした。…ちょうどその時、東の空から太陽が顔を出した。オレンジ色の光が辺り一帯を照らす。
「もう朝か…最近ろくに寝てないなぁ…」
イチはしみじみとそう呟いた。…そして、こうも呟くのであった。
「この旅路の先には…一体何があると言うのだろうか…?」
いつもと変わらない朝のはずなのに、イチはなんだか不思議な気持ちでいっぱいだった。
…小鳥がさえずり、風が優しく木々の葉を揺らす…森にはいつもの平和でゆっくりとした時間が流れていました…。
少し意味深で理解しにくかったと思いますが、いかがでしたか?
かなり長い物語になる予定ですが、最後まで見守っていただければ幸いでございます。
それでは、また次回にお会いしましょう。