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導きの章 第六部 大魔導師の杖

いよいよ本格的に世界中を旅することになったイチ達、きっとこれからたくさんの場所で色々な人や種族に出会うことになるでしょう。今回もそんな旅路の一ページです。最初の伝説の武器の登場やイチのまだ見ぬ秘密の一端など見所満載でお送り致します。

《アノフェレスのアジト》


「ふぅ、ご馳走様。とっても美味しかったよ」

空の皿を前にイチがそう満足気にテーブル越しに座るアノフェレスに言う。

ここは古びた城の中にある一室、小さいが高級そうなテーブルを中心にアノフェレスとイチの二人が食卓をイチの旅の話も交えて囲んでいるところである。少し遅めの夕食と言うこともあったのだろうが、イチはその華奢な体躯からは考えられないような大量の料理をペロリと平らげていた。きっと田舎育ちのイチには味の濃いレトルトカレーやインスタント食品は珍しかったのだろう。

「まぁ、レトルトやインスタント食品で喜んでくれるなんて安上がりで有難いねアンタ」

そんなイチの様子を見てアノフェレスがワインを飲みながらそう話しかける。彼女(アノフェレス)は本当はとても優しくて気前の良い奴だから、イチのような天真爛漫な年下の少女に悪くしたくはないようであった。まるで年下の後輩と食事に行ったかのように振る舞いイチのワイングラスに赤ワインを注いでやるところから見てもアノフェレスがイチに好感を抱いていることは確かである。

「いいの?ぼくを捕らえて引き渡すのがあなたの仕事なのに…」

アノフェレスがあまりにも優しいのでさすがのイチも少々不安になってきた様子。とは言え、グラスに注がれたワインを飲み干す姿を見るとさほど危機感は感じていないようだが。ちなみにイチはアルコールの類には滅法強いからまるで子供がジュースをがぶ飲みするような感覚でワインを胃袋に流し込んでいた。

「まぁ…それはそうかも知れないけどね。食事中のあんたの旅の話を聞いていたらすっかりそんなことはどうでもよくなっちゃて。イチは良い仲間に恵まれたね、独りぼっちの私と違って」

アノフェレスはそう苦笑いしてみせる。でも、その瞳は何処かとても寂しそうだった。独りでこの城に住む彼女(アノフェレス)にとって、仲間達と旅をするイチはきっと羨ましかったに違いない。

「そんな顔しないで。あなただってきっと独りじゃない」

「はは、あんたのように異種族にそんな優しく自然に接することができるやつなんて本当に珍しいよ。…私も長いことこの地でエルフ達と対立してきた身だ、世の中じゃみんな自分の種族が一番だって思っている。だからいつまで経っても世の中が平和にならんのだ…そんなことを言っている間に同種族からも見放されて今じゃ独りぼっちになっちまった、情けない話だよ」

アノフェレスがそう半笑いしながら皮肉を言うと、珍しくイチが声を荒げてこう言った。

「違う!あなたは間違ってなんかいない!もし…もし、あなたが本当に自分が独りだと思っているんだったらぼくがそうはさせない」

「お前…本気で私のことを…」

まだ会って数時間しか経っていない異種族の赤の他人に対してここまで本気で接してくる人物をアノフェレスは今まで見たことがなかった。それ故にイチの言葉がとても優しく、でも深く心に刻まれた。

…それからしばらくの間があったが、ここでアノフェレスがあることを思い出す。

「そう言えば…さっきイチは伝説の武器を探しているとか言っていたな?」

「え…あ、はい」

突然会話の内容が変わったのでイチは反射的にそう頷くのがやっとの様子。

「確かそんな肩書きの武器がこの城の物置にあったはずだ。付いて来い、見せてあげるよ」

「えっ!?伝説の武器が物置にって…なんだかなぁ」

テンポの速い展開にイマイチ納得のいかないイチだったが、細かいことを気にしても仕方がないのでアノフェレスの言うがままに彼女に付いて行くことにした。

部屋を出て暗くて曲がりくねった廊下をひたすら進み、階段をいくつも降りる…イチが城の何処にいるのかすら分からなくなった頃、とある部屋の前でアノフェレスが足を止める。

「私がこの城に住み着く以前からここには誰もいなかったみたいでな、この物置にも以前の住民の所有物なのか色々とわけの分からん物がたくさんおいてあるんだ」

そう苦笑いしながらアノフェレスはその部屋のドアを開ける。彼女の持つランプが部屋の中を明るく照らし出すが、埃と蜘蛛の巣だらけで何が何処に置いてあるのかちょっと見ただけでは分からないほど中は散らかっていた。

「えーっと、確かこの辺りに置いてあったはず…これでもないしあれでもないし…あっ、あったあったこの杖だな」

埃まみれになりながらアノフェレスがそう一本の杖を部屋から持ち出す。その白い杖はイチの身長と同じくらい長く、複雑な形状の先端の部分はいくつもの宝玉や貴金属の縁取りで美しく装飾されていた。

「ほえー、普通のお店で売っている杖とは全然違うね!」

そのあまりの神々しい輝きにイチはただただ感動している様子。

「ライブベアラーはかつて名のある大魔導師がその一生を賭けて作ったといわれる魔法使い用の杖の最高峰…って、本には書いてあったよ。まさかこんなものが家にあるとは夢にも思わなかったけど」

そう言いながらアノフェレスがライブベアラーをイチに手渡す。その大きさに見合わない非常に軽くて手に馴染む感じにイチは驚いた。その洗練されたシルエットからもこの杖が特別な物であることはすぐに分かった。

「ま、これは元々人間の作ったものだからな…あんたにくれてやるよ、私には必要無いものだし」

「えっ!?いいの?」

アノフェレスの申し出にイチがそう聞き返すと、

「構わないよ、あんたが話してくれた面白い旅の話で退屈が紛れたしそのお礼だよ」

彼女(アノフェレス)はそうウインクしながら優しくイチの方を叩いてくれた。それから少し間を空けて、何かを決心したかのような口調で静かに彼女はこうも呟く。

「…それじゃ、そろそろ行かないとな。もたもたしていると奴が来てしまうからな」



《エルフの村》


「だーかーらっ!何も一緒に鬼退治に行ってくれなんて頼んでないの!ただ場所が分かんないから道案内さえしてくれればあとは私達がイチを誘拐した犯人をブチのめすって言ってるじゃない!」

そんな物凄い剣幕でリリアがエルフの村長に詰め寄る。イチがさらわれてから半日、辺りはすっかり暗くなっていた。明るいうちに助けに行ければよかったのだが、どうもエルフ達はイチの救出には積極的でない。どうやらイチをさらった犯人とは昔から因縁があるようであまり関わりたくない様子だが、そんなことはリリアには関係無い。

「無茶言わないでよリリア!夜の森はとても危険なんだ、せめて夜が明けてからじゃないと…」

詰め寄られて焦りのあまり上手く言葉を発せられない村長に代わってノエルがそう代弁する。確かに夜の森が危険だということくらいリリアだって知ってはいた。しかし、何よりもイチの安否が心配だったしそれはエンドラーズやオニキスも同じ気持ちだった。

「今はそんな悠長なことを言ってる場合じゃないだろう、明日行ってからじゃ手遅れになるかも知れないんだぞ」

平静を装ってエンドラーズがそう言うが、心中は穏やかではなかった。

「そうだそうだ!相手が誰だろうとこのあたいが木っ端微塵にしてやるんだからっ」

オニキスはピョンピョン飛び跳ねて敵に殴りかかる真似をする。でも、そんなことをしてもただ虚しいだけであった。

「いや、でもなぁ…相手は数百年も生きている魔物だって言うし…俺達じゃとても無理だよな」

村長の家に集まっていた村のエルフ達の中からチラホラそんな弱音が聞こえてくる。…そんな状態が続いていた時だった、一人の村人が慌ててこちらに走ってくる。

「みんな大変だ!さらわれた女の子が戻ってきたぞ!」

「!」



「…本当に良いの?」

「何度も聞くな、私は自分のしたいようにするだけだ」

エルフの村の入り口、そこでイチに尋ねられたアノフェレスはキッパリとそう答えた。イチからして見れば誘拐犯とそれを救出する人物が同一人物であるわけだから不思議に思うのも無理はない。

「イチ!無事だったのか!」

村の奥の方から血相を変えたエンドラーズが息の上がるような全力疾走で真っ先にイチのもとに駆け寄る。

「大丈夫か!?怪我はないか!?何か変なことされなかったか!?」

よっぽど慌てていたのか、ゼェゼェ言いながらエンドラーズはイチの両肩を掴んで前後に揺らす。

「わ、わっ!ちょっと落ち着いてよエンドラーズ、ぼくは無事だし何もされてないよ。それよりもお土産まで貰っちゃった。はいこれ、伝説の武器の一つライブベアラーね。きっとこれは魔法使いのエンドラーズに似合うと思うんだ」

そう言ってイチは不自然なほど自然にライブベアラーをエンドラーズに手渡した。

「へ?え?あ、はい…あ、ありがとう…???」

マイペース過ぎるイチにエンドラーズはなにがなんだかさっぱり分からない、ただ言われるがままにその妙に手にフィットする美しく大きな杖を受け取るしかない。

「ホント、心配してたのが損みたいにケロっと帰ってくるんだから」

後から来たリリアはそんなことを言いながらイチに歩み寄った。

「イチー!無事でよかったぁー!」

オニキスは駆け寄るなり半べそをかいてイチの胸に勢いよく飛び込んだ。友人が目の前で浚われたのだからその心配具合も人一倍だったはず、きっと緊張が急に解けたのだろう。

「あはは、痛いよオニキス!ごめんね心配させちゃって」

イチもそう喜びを表現するかのようにオニキスを優しく抱きしめた。しかし、すぐにみんなの視線は隣の見慣れない人物に向かい急に雰囲気が険悪になるのは必至である。

「…それで、貴女はどちらさまかしら?」

リリアがアノフェレスにそう尋ねる。もっとも、勘の鋭いリリアのことだから相手が何者であるかは大体予想がついていたのであろうが。

「私はアノフェレス。あぁそうさ、私がイチを連れ去った本人だよ。でもちゃんと無傷で返してやったんだから文句はないだろう?」

「て、てめぇなんだよその態度!覚悟はできているんだろうな!?」

開き直ったような態度のアノフェレスに対してエンドラーズが怒りの感情を露にする。そうこうしているうちに、ノエルや騒ぎを聞きつけた村人たちが続々とその場に集まってきた。

「あっ、お前は森の魔物!俺達の村に入ってくるとは良い度胸だな、今日こそ決着を付けてやる」

「自惚れもいい加減にしやがれエルフ。昔から気に食わない種族なのは変わらないな」

そんな感じでアノフェレスと村人達との言い争いが始まってしまった。この世の中じゃこんなことは珍しくない、他の種族と仲良くすることなどありえないのが常識の世界。アノフェレスにしろエルフにしろ、この土地に余所者がいること自体が気に食わないのである。戦乱の時代が度々続いた背景があるからどの種族も気が立っているのには違いない。

エンドラーズもリリアもオニキスもその様子をしばらくの間遠巻きに見ていた。そうするしかなかった、こればかりは自分達のようなそれこそ余所者には口出しできる問題ではないと認識していたからである。…ただ一人を除いて。

「もうっ、いいかげんにしてよ!!」

その怒鳴り声の一言で今まで騒々しかった周囲が一瞬で静まり返る、それと同時にその声の主があの温和なイチであったことに誰もが驚いた。呆気にとられる人々を他所に彼女(イチ)は荒々しい口調でさらにこう続ける。

「異種族だからとか世界の常識がそうだからとかそんなくだらないことで争わないでよ!こんなんだからいつまでたっても本当の平和が訪れないんじゃないの!?…なんて愚かで醜い、自信を正義だと思い上がるのが最も忌むべき悪だと言うのに」

この時、イチの豹変ぶりに驚く一行の中でも冷静なエンドラーズはその変わり様が普通ではないことに気が付いていた。

「(何だ…話し方も雰囲気もいつものイチとは全く違う。まるで別人じゃないか)」

普段は黒い彼女イチの瞳がほのかに金色を帯びていたことにも(エンドラーズ)は驚いた。単なる二重性格やキレた状態とは明らかに違う。しかし、彼女のその異常な状態はすぐに収まることになった。

「だめ…今はアナタに出てもらったらぼくが困る。頼むからおとなしくしていてよ」

そう目を閉じて片手で頭を押さえながらイチがそう独り言のように、しかし誰かに話しかけるように言う。それが終わるといつもの穏やかなイチの表情に戻っていた。

「い、イチ…大丈夫?」

そうオニキスが声を震わせながら恐る恐る尋ねる。

「…うん、もう大丈夫。ごめんね驚かせちゃって、少し興奮し過ぎたかな」

イチが冷や汗混じりの苦笑いで何かを誤魔化すように小さい声で言った。さっきの豹変ぶりからは想像できない彼女の穏やかなオーラがこの場にいた誰にも感じられたが、あまりのことにしばらくその場にいた全員が黙ってしまった。ただ、夜風の吹き抜ける静かな音だけが聞こえるほどに。

何故か不思議と誰もイチの言葉に反論する気になれなかった。別にイチの言葉が正しいとかそうゆうことではなく、何かこうもっと根本的な不思議な力に反論する機会を奪われてしまったとゆうかそんな感じだ。彼女(イチ)の持つ不思議な力なのか、それは分からないがその可能性を否定できないのも事実である。

「と、とにかくさ。ここは一旦みんな落ち着いて。イチも無事に帰ってきたことだし今日はもういいんじゃない?」

そうノエルが勇気を出して黙り込んでしまったエルフ達に言った。他に言うべきことが思いつかなかったのは言うまでもない。

「そ、それもそうだよな…」

さっきのことでエルフの村人たちのボルテージも急に下がったのか、群衆からそんな投槍な言葉が次々と聞こえてきた。同時にアノフェレスに対する敵意もすっかり冷めてしまった様子。

「やれやれ…良かったわね、イチに感謝なさい。あなたの罪が無くなったことにもね」

緊迫した状況を脱して、リリアがホッとしながらアノフェレスに向かって言った。心の中ではイチの豹変振りと言霊の力に驚いていたが、今はこの場で争いが起こらなかったことに感謝するだけで精一杯だった。

「そうだな…本当にあの(イチ)は不思議な娘だ。人を動かすというか惑わすというか…そんな力が秘められているのかも知れないな」

イチの不思議な力を一番感じていたのは実はアノフェレスだったのかも知れない。そうでなければきっとこの場に彼女を連れてくることなどありえなかっただろう、結果的にイチに動かされたことにアノフェレスはこのとき初めて気がついたのである。

「まぁね、これで一件落着。丸く収まったわけだ、これもあたいの活躍のおかげだね」

大して活躍してないオニキスがそう総括を述べてみる。確かにこれで丸く収まるのは事実なのだが。


…しかし、その場に突如として招かれざる客が飛び込んでくる事となる。

突如として凄まじい突風が巻き起こり砂埃の中から不気味な咆哮巨大な影が姿を現した。その黒くて大きな羽をした蛾のような魔物の赤くて大きな複眼が群衆の頭上からこちらをまるで威圧するかのように見つめている。何より、背中には一部の人には見覚えのある人影があった。

「探したぞアノフェレス。こんな所に小娘を連れだすとは、まさかこの俺を裏切るつもりじゃないだろうな?」

魔物の背中の上に立った眼光の鋭い男がそう叫んでいる。

「あーっ!!お前はあの時の細目野郎!」

その男の姿を見るなりオニキスは指を指しながらそう驚きの様子で叫んだ。その独特の鋭い雰囲気は忘れたくても忘れられるものではない。

「え、何?この人と知り合いなのオニキス?」

「何を言ってるのさイチ!この間あたい達のバギーをお化けモグラを操って落とし穴に落としやがった野郎だよっ」

イチの呑気な問い掛けにオニキスがそう声を大にして答えた。

「そう言えばこないだは姿は見ていないけど確かに声は聞き覚えがあるわね。…こんな所まで追ってくるとはしつこいやつ」

リリアが軽く舌打ちしながらそう皮肉る。何より、その巨大な蛾のおぞましい姿に鳥肌が立った。

「う、うわー!!化け物だ!」

魔物の姿を見るなりエルフの村人達は我先へと村の奥へと逃げ込む。それが当然の反応だが当事者のイチ達やノエル、そしてアノフェレスは逃げないし逃げるわけにはいかなかった。

「やいやいこの野郎!ここで会ったが100年目、こないだの仕返しはきっちりさせてもらうよ!」

「はっ!威勢だけは良いなこの狸め。このバイパー様に喧嘩を売るとはいい度胸だ」

「あたいは狐だよっ!きーっ、ムカつく!!」

バイパーに完全に馬鹿にされてオニキスは悔しそうに地団駄を踏む。しかし、空中に浮かぶ魔物の背中から言われてしまっては手も足も出ない。

「悪いなバイパー、私は気が変わったんだ。この(イチ)は渡せない」

アノフェレスがそう大きめの声で空中のバイパーに自らの意思を伝えた。もちろん、これを聞いたバイパーが黙って大人しく帰ってくれるわけがない。

「あぁ、やっぱりそんなことだろうと思ったぜ。安心しな、最初から穏便に済ます気など無いのだからな。ここにいる連中を皆殺しにしちまえば速い話が任務達成なのだから」

そんな確信犯的な暴言をバイパーが吐く。どうやら彼は最初から用が済んだらアノフェレスを証拠隠滅も兼ねて殺すつもりだったらしい。

「おいこら、バイパーとか言ったな?要はお前の目的は何なんだ?」

いい加減に痺れを切らしたのか、エンドラーズが不良のような顔でそうバイパーに尋ねた。

「はは、なぁに簡単なことさ。ヴォルガノン様の秘密を知った輩と王国から逃げ延びた姫君、そして俺に喧嘩を売った不愉快な狸と俺を裏切った蚊トンボを殺すってな」

「なんですって!?それじゃあ、あなたはヴォルガノンがよこした殺し屋…」

「まぁそうゆうことだ。正確には殺るのは俺の操る可愛い魔物(モンスター)だがな」

リリアの問いにバイパーは不気味に舌なめずりしながら答えた。

「この土地で好き勝手しないで!」

ノエルがそう叫ぶと、

「黙れ小娘、エルフなどとゆう傲慢な種族は滅びてしまえばいいのさ!」

まるで嘲るようにバイパーが心無い台詞を容赦なく浴びせる。ノエルはあまりのことにもう半べそ状態だ。

「ちょっと!それはいくらなんでも言い過ぎだよ、そんな高いところから偉そうに言わないでよ卑怯者!」

バイパーの暴言にイチがそう拳を振り上げて異を唱えた。もっとも、自分が狙われている当事者であることはあまり自覚していない様子だが。

「うるさい!貴様ら全員生かしては返さぬぞ!殺れっ、ナイトパピヨン!!」

「ギシャー!!」

バイパーがそう言って手を振りかざすと、彼の乗っていた巨大な蛾の化物(モンスター)が大きな翅を激しく羽ばたかせ始めた。強風と共に砂煙と毒鱗粉が巻き上がり目の前の広い範囲を襲う!!

「きゃあ!ちょっと、何も見えないじゃない」

リリアがそう悲鳴をあげた。まずイチ達は強風のせいでまともに動けない、立っているのがやっとの状態である。そして砂と鱗粉が目や鼻の粘膜を刺激して非常に不快な感覚に襲われた。

「この野郎!同じ虫を相手にするのは気が進まんが仕方ない。こっちも反撃しろロングレッガー!」

アノフェレスが強風の中、何とかそう叫ぶとすぐさま黒くて大きな虫が凄い羽音と共に飛来する。それは昼間イチを浚ったあの巨大なガガンボであった。

「ピギュー!」

ロングレッガーは飛んできた勢いのままナイトパピヨンに体当たりした!

「ギシャー!」

その体当たり攻撃にナイトパピヨンの体は一瞬よろける。しかし、大型トラックよりも大きな巨体に致命傷を与えるには至らない。

「お、おのれ!まずはこの邪魔な虫けらから殺ってしまえ!」

バイパーに命令されたナイトパピヨンは鋭い棘の生えた脚でロングレッガーの上から覆いかぶさるように襲い掛かる!ロングレッガーも必死の抵抗を試み、2匹の巨大昆虫モンスターの凄まじい取っ組み合いが始まった。

「けほっ、目が痛いよ~」

イチがそう涙の止まらない目を必死にこする。この場にいた誰もが同じ状態だった。

「と、とりえあずこの隙に何とか逃げましょうよ!」

ノエルがそう喉の痛みを我慢しながら今にも枯れそうな声で叫ぶ。

「馬鹿言いなさいノエル!ここまでやられて黙って帰れないわよ!エンドラーズ、あんた魔法使いなんだから何とかしなさいよ!」

同じく涙と鼻水で凄いことになっているリリアがエンドラーズにそう言った。彼女の負けず嫌いは半端じゃない。

「そんな無茶言うなよリリア!あの手の飛行タイプには魔法が当たり難い上に、あんな巨大な相手を一撃で倒せる魔法なんて使えないよ」

そんなやり取りをしている間にナイトパピヨンはロングレッガーを翼で叩き落とし、再びこちらへ向かってきた!

「くそっ、この化物め!」

とっさにアノフェレスが背中に畳んでいた翅を羽ばたかせてナイトパピヨンの顔面に体当たりする。しかし、逆にナイトパピヨンに跳ね返され彼女は激しく地面に叩きつけられてしまった。

「うわぁっ…ぐ…」

叩きつけられたショックでアノフェレスはその場から動けなくなってしまった。そこに容赦なくナイトパピヨンの巨体が今にも襲い掛かりそうな様子。

「ふふ、残念だったなアノフェレス。この俺に逆らったばかりに命を縮める羽目になるとは」

空中のナイトパピヨンの背中からアノフェレスを見下すようにバイパーが言い放つ。明らかに絶体絶命の局面であった。

「待っててアノフェレス、今助けるからね!」

「ちょっと待ちなさいバカ!女の子一人の力でどうにかなる相手じゃないでしょ!」

とっさに飛び出そうとするイチを慌ててリリアが羽交い絞めにして静止する。

「だって、このままじゃあアノフェレスが…」

イチはもう今にも泣き出しそうであるが、確かにリリアの言う通り今の自分が突っ込んで行ったところで返り討ちにされるのは目に見えている。そんな時、彼女(イチ)の視線にあるものが入ってきた。それを見た彼女はこう言い出す。

「お願いエンドラーズ!その(ライブベアラー)であの蛾をやっつけて!」

「おいおい無茶言うなって!確かに魔法なら遠隔攻撃できるぶん安全かも知れんが…」

「勝手なのはわかってる。でもアノフェレスはこうなることを覚悟でぼくを逃がそうとしてくれた…どうしても助けてあげたいんだ」

そうイチが懇願する。

「し、しかしなぁ…」

そんないまいち自身の無さ気なエンドラーズを見かねたのか、リリアが優しく方を叩きながらこう言った。

「あなたならきっとできるわ、いつでもその魔法で私達を救ってきてくれたじゃない。自分と杖の力を信じてとりあえずやってみたら?」

「そうだよエンドラーズ、あんたの強さはこのあたいが保障するよ」

オニキスもリリアと共にそう励ましの言葉を彼にかける。

「私からもお願いします!…同じ森に生きるものとして見殺しにはできませんから」

ノエルがそうエルフを代表するかのように言った。もはや種族の違いなど関係なかった、ただ目の前の同士を救いたいその気持ちはみんな同じである。

「ったく…一発で殺れる保証は無いぜ?だが、できる限りの技は尽くしてみるつもりだ」

そう力強く(ライブベアラー)を握り締め、杖先を標的(ナイトパピヨン)に向けながらエンドラーズが言う。全員の命が懸かっていた、失敗は許されない…そんな重圧(プレッシャー)に押し潰されそうになりながらも彼は呪文を唱えありったけの魔力を杖先に集中する。すると杖の能力(チカラ)によってか彼の魔力は何十倍にも増幅され杖先に送られ、直径が1m近くもある巨大な青白い玉が凄まじい電光を放ちながら光り輝く!

「くたばれこの虫野郎!ライトニングブレイク!!!」

エンドラーズが杖に最後の魔力を送り込むと同時に電撃を帯びた青白い玉が高速で飛んでゆく。あっという間に玉はナイトパピヨンに直撃し、もの凄い光と爆発が巻き起こった!閃光と爆風で一瞬なにがなんだかわからなくなった後、地面にはナイトパピヨンのわずかに残った羽の残骸だけが落ちていた。

「す、すごい…これが伝説の武器の力なのかよ…」

どうやら一連の出来事に攻撃を仕掛けたエンドラーズ本人が一番驚いている様子だった。あれだけの短時間であれだけの威力を持つ魔法を発動するのがどれだけ難しいことか彼は知っていたから当然である、改めてこの(ライブベアラー)の力を身を持って実感した。

「大丈夫アノフェレス!」

イチが慌てて倒れているアノフェレスのところに走り寄る。呆然と杖を眺めているエンドラーズを除くリリア達も急いでその後に続いた。

「いつつ…一体何が起こったんだ?」

何が起こったのかまるで理解できないアノフェレスがそう辺りをキョロキョロ見渡す。

「よかった…無事だったんだね」

そんなアノフェレスの様子を見てイチは安堵の表情を浮かべた。

「あれ、そう言えばあの男は…」

ノエルがそう言い出した矢先、砕け散った魔物の残骸の下からバイパーが何とか這い出してくる。彼は体中に軽傷を負ってはいたがそれほどダメージは受けていないようだ。

「ぐぎぎ…一度ならず二度までもこの俺を負かすとは…貴様ら覚えておけっ」

そう吐き捨てるとバイパーは素早い身のこなしで暗闇の中へと姿を眩ました。逃げ足の速さは天下一品のようである。

「あっ、待てこの野郎!」

「深追いするのはやめなさいオニキス。あの様子じゃしばらくは襲ってこないわ」

そう言ってバイパーに食って掛かろうとするオニキスをリリアが冷静に宥める。無駄な争いは避けたい。

「そうだね、これ以上ぼく達が村に留まるのは危険だし…夜明けを待って出発しよう」

イチがそう言った。きっと彼女なりにエルフ達に配慮したつもりなのだろう。


さっきまでの騒ぎが嘘のような静けさが辺りを包み込む。冷たい夜風の中、イチ達は静かに夜が明けるのを待つことにしたのであった。



《エルフの村の夜明け》


「本当にもう行っちゃうのイチ?まだ何もお礼とかしてないのに…」

「うん、旅路に長居は無用だよノエル。村長さんや村の人達によろしくね」

申し訳なさそうなノエルにイチはそう優しく言った。

バイパーとの戦闘からまだ数時間しか経過していなかった。イチ達はノエルとアノフェレスの出迎えのもとバギーカーが走行可能な道の所まで来ていた。早朝に村を出た時には朝霧に包まれていた森も今はすっかり晴れている。

「道中気をつけけてなイチ。またいつでも立ち寄って構わんからな」

「ありがとうアノフェレス、きっとまた来ると思うよ」

そう言ってイチとアノフェレスは硬い握手を交わした。それから別れの儀式もほどほどに彼女はバギーの後部席へと元気よく飛び乗る。

「よし、準備は良いようだな。じゃあな、世話になった。また来るようなことがあればその時はよろしくな」

エンドラーズがそう淡々と台詞を述べる。

「私達がいなくなってもちゃんと仲良くするのよ?そうじゃなきゃイチの努力が水の泡だからね」

お節介なリリアがそう冗談交じりにノエルとアノフェレスに言った。

「あたい達のこと忘れんなよ。旅は一期一会なんだから」

ちょっぴり別れが寂しいのか、オニキスがそう別れを惜しむように言う。

「それじゃあねっ!みんな元気で」

イチのその言葉を合図に運転席のエンドラーズはバギーのアクセルを踏む。離れていくバギーの後部座席からしばらく手を振っていたイチとオニキスの姿はやがて木々もまばらな林の小道へと消えていきました…。

「行ってしまったな…本当に不思議な娘だった。もしかしたらあれは神の化身じゃないかってくらいに…って、それは言い過ぎか」

「いいえ、あなたの言う通りかもよアノフェレス。そうじゃなきゃ今、私達がこうやって並んで立っているわけないもの」

そう言って二人は顔を見合わせて笑う。もちろん『イチが神の使い』ってのが大袈裟なジョークだってことはお互いによく分かっているのだが、何故かそれが良い意味で無性に可笑しかった。

「で、どう?せっかくだし村で朝ご飯でもご馳走するよ。信頼を作るためには食事が一番ってね」

「あぁ、それ賛成。もうお腹ペコペコだよ。ノエルの…エルフのご好意に乾杯といこうか」

そんなことを話しつつ、二人はエルフの村への帰路についた。そこにもう種族間の隔たりなど微塵も無い、互いに良き友として共に歩いて行こうとゆうそんな感じを醸し出しているのでありました。


森に本格的な朝日が差し込む頃、木々の風に揺られる爽やかな音と小鳥のさえずりが聞こえてくる。森にまたいつもと変わらない平穏な日々がやってきた。

エルフと言えば様々な物語で登場する有名な種族です。本作中でのエルフのイメージは姿は人間とよく似ていますが、プライドが少し高く人間とあまり仲良くない自然豊かな場所で暮らしている種族といった感じの設定です。本作には他にも様々な種族が登場します、その種族の特徴などを押さえながら物語を読み進めていくとよりいっそう楽しめると思います。

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