導きの章 第二部 レイテの森
追っ手から逃れるように東へと進む一行ですが、ここで新たな刺客が登場します。今回はオニキスが大活躍するので注目です。
「…お呼びですかヴォルガノン様?」
夕刻、マートレーの砦のヴォルガノンの部屋に一人の男が呼び出されていた。軍服に身を固めた短髪黒髪で、その金色の瞳にはどこか鋭さが感じられる若者だ。
「バイパーか。お前に新たな任務を与える」
ヴォルガノンがそう唐突に言い放つ。
「任務…ですか?」
「そうだ、数日前にアラカイトを侵略したのはお前も知っているだろう。…不覚にもその時にアラカイト国王妃とその仲間を取り逃がした。奴らは俺の秘密も知っている」
「グルスの件ですか…厄介ですね」
「密輸の件は俺やロゼリアーヌしか知らない。非合法な交易がコロッサル様に知れたら…何としてもナタリアの中央政府よりも先に奴らを捕らえるのだ。殺してでも構わん。好きにするがよい」
「仰せのままに…」
男はそう言ってヴォルガノンに深く頭を下げた。その口元はどこか不気味に笑っていた…。
《イオウの村》
ここはハーゲンの町からさほど離れていないイオウの村。普段は静かな場所だが、数日前にアラカイト国の首都ポーリーがナタリア帝国に侵略されたと言うニュースで村中が大騒ぎだ。
「市民の多くは無事だけど、城や中にいた王と兵士は殺されたんだって、惨いわね」
「見たことも無い兵器や魔物で攻め込まれてどうしようもなかったんだって…恐ろしい」
「これで西方もナタリア帝国の物になったも同然か。対抗できそうな大国はもうないだろう」
「この辺の町や村にも近々帝国のお役人が入るらしい…みんな帝国の支配下か」
「でも、姫様が行方不明で西方を管轄しているヴォルガノンが血眼になって探しているって聞いたよ」
…村人はそんな噂話をあちこちでしている。
そんな村の中を、人目を忍んでコソコソと行動する4人の姿があった。
「おぉ〜、ぼくたちすっかり有名人みたいだね」
白金の髪の少女が村人の会話に聞き耳を立てながら言う。
「アホ、俺達はお尋ね者ってことだよイチ。…全く、村を救ってもらった恩がなけりゃあとっくに逃げ出してるよ俺は」
エンドラーズがそうイチに半ば呆れながら説明する。
「なんとかここまで逃げ延びてこれたけど…私達のことがこの村に伝わっている以上長居はできないわね。車の燃料も補給したし、さっさと他の町に行きましょう」
リリアがそう指示する。
「あたいさっきから気になっているんだけど…なんで東に逃げてるのさ?この場合、敵国から離れた西に逃げるほうが得策じゃないの???」
オニキスがリリアにそう尋ねた。
「確かに普通はそう考えるわねきっと。だからこそその裏をかくのよオニキス。まさか逃亡者が自国の領地内をしかも首都に向かって逃げるなんて想像できないでしょ?少なくとも当事者のヴォルガノンの管轄する極西地方から抜け出すことはできる。…でもなぁんか引っかかるのよね…なんでこうもっと大掛かりな捜索をしないのかしら?何か秘密裏にやらなくちゃいけない理由があるのかそれとも…ぶつぶつ…」
リリアにはどうやら気になることがいくつもあるようだが、確信には至っていないのか最後のほうは何を言っているのかオニキスの獣並みの鋭い聴覚でも分からなかった。もっとも、リリアの勘は正しいのだがその真実を知る余地はもちろんない。
「とりあえず、レイテの森に行きましょうか。イチがどうしても行きたいって言うし…森を抜ければアンソルギーって言うちょっと大きな町があるからそこに向かいましょう、イチの新しい武器とか物資を調達しないと…資金は限られているから節約しなくちゃ」
リリアが自分の財布を覗き込みながらそう言った。彼女の財力がこの旅を支えていることは言うまでもないだろう。
「え…今から行くの?ぼくお腹空いちゃったし…晩ご飯食べてからにしない?」
「あたいもさんせー。いっそのこと町を出るのは明日しようよ。なぁに、一日くらい大丈夫だって、捕まりゃしないよ」
イチの提案にオニキスが賛同する。無論、ついこないだまで牢獄に入っていたオニキスにそう言われても説得力無い気もするのだが…
「だってさリリア、どうするよ?」
エンドラーズがリリアに指示を仰ぐと、
「まぁ、確かに先走っても逆に危険かもね。よし、今日は一泊して明日の朝一番に村を出ましょう」
リリアがそう言った。
「じゃあ明日のためにもいっぱい食べて元気を付けないとね」
イチが嬉しそうに笑う。
こうして、結局当初の予定通りとはいかずイオウの村に一泊することになった一行であったが、これが先の運命を大きく変えることになるとはきっと夢にも思わなかっただろう…
《魔獣使いの刺客》
「うぅ…人間はよくもこんな速いのに乗って平気だなぁ、あたいなんか馬でも嫌なのに…おぇっぷ…」
「大丈夫オニキス?顔が幽霊みたいに真っ青だよ」
古びたバギーの後ろの席で車酔いに苦しむオニキスを隣のイチが背中をさすってあげる。早朝村を出た一行は数時間ほど車を東に走らせた小道にいた。無論、舗装などされていない凸凹道だからオニキスが酔うのも納得できる。砂煙と共にタイヤが時折音を立てて小石を中に弾き上げる。辺りには低木と背の低い草が生い茂る乾燥した草原が広がっていた。日も高くなり、予定ではもうすぐ草原から森林地帯へと入ることになる。
「もうすぐ着くはずなんだけど…おかしいわね、地図が古いのかしら?ここら辺一体は森林のはずなんだけどなぁ」
リリアがハンドル片手に地図を見ながらそう言う。確かに、地図上ではこの道沿いに森林の存在を示す地図記号が延々と示されていた。
「なぁに、気にすることはないさリリア。数年前は森林だった所が砂漠になることも不思議じゃないさ、近代の発展を過剰に求め続けた人間活動が自然界に及ぼした負の影響は計り知れないんだからよ」
エンドラーズがそう皮肉を込めて言う。事実、ここ最近の環境破壊の話題は尽きない。
「西方はまだまだ大丈夫みたいなことを学校では教えていたが、もうそんな悠長なことを言っている場合じゃないのかも知れんな。科学技術を極めようとしている帝国の影響がまさかここまで出るとは…恐ろしいご時世だよ」
「そんな絶望的なこと言わないでよエンドラーズ。ぼくは楽しみだよ、東方がどんな所か早く見たくてワクワクしてる。もちろん西方も好きだけど…東方の科学とやらにも触れてみたいな」
悲観的なエンドラーズにイチが持ち前の明るさでそう言った。この状況下にあっても、あくまで好奇心を満たすための旅路であることをイチ自身は曲げてはいないようである。
「あ、あたいも東方には興味あるよ。昔っから文明の発祥は東方が起源だって言われてるし…きっと何か分かるはずさ。…あー、気持ち悪っ」
少しは気分が回復したのだろう、オニキスがそう口を挟む。
「ま、あんた達がどう思おうと勝手だけどね…とりあえず逃げ延びなくちゃ何も始まらない事をお忘れなく」
リリアがそう釘を刺す。全てを奪った東方の文明なんぞ彼女にとってはどうでもよかったのかも知れない。今の彼女はどうやって追ってから逃げ切るか、どうやって国を滅ぼされた復習を働くか…そんな憎しみにも似た感情でいっぱいだった。…自然とハンドルを握る手に力が入る。
「…」
その傍ら、助手席のエンドラーズにはそんな彼女の心情をなんとなく理解していた。そして怒りや憎しみに駆られ支配される危険性も…でも、彼には何を言っていいのか分からない。今はただ彼女を黙って見つめるしかなかった。
「あっ、ところでさ…ドラゴンとワイバーンって何がどう違うの??絵本なんかで昔読んだんだけどさっぱりで」
「そりゃあアレだよイチ、ドラゴンには翼のあるのと無いのがいて手足が4本以上あるけどワイバーンは翼が大きくて足が2本…」
イチの突然の質問に物知りなエンドラーズが答える、いつものほのぼのとした空気が戻ったと思った…次の瞬間、急に下方向に落ちるような感覚が一行を襲った。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
それは車一台を飲み込める大きな落とし穴だった。バギーはそのまま深さ2mはあろうかとゆう穴にすっぽりはまってしまった。…幸い、車が席を上にした通常の状態で落ちてくれたので車の下敷きにはならずに済んだ。
「いつつ…み、みんな無事か?」
「ええ、何とかね…」
「ぼくも大丈夫そう…ってあれ?オニキスは?」
エンドラーズの呼びかけにリリアとイチが答えるが、何故かオニキスの姿だけが見当たらない。
「…お〜い!みんな生きてるかー?」
イチ達のいる穴の底から遥か頭上、落とし穴の上からオニキスが覗き込むようにしてそう呼びかける。実は、車が落とし穴に落ちる直前にオニキスは素早く後方席から外にジャンプしてこの難を逃れていたのである。
「おーい、助けてよオニキスー」
イチが穴の中からそう叫ぶ。
「助けろって言われてもなぁ…それにしても畜生め、誰がこんな悪質な悪戯を…?」
オニキスのその疑問はすぐに解けることになる。背後に何者かの気配を感じて彼女が振り返ると、そこに若くて鋭い目付きの男が立っていた。
「原始的な罠とは言え、まさか逃れるとは運の良い獣人だな」
腕組みしながら男がそう言う。褒め言葉にも関わらずその口振りはどこかオニキスを軽蔑しているようにも聞こえた。
「お前…一体何者だ?」
オニキスは男を睨み付ける。
「答える義理はないが…まぁいい教えてやろう獣人の娘。俺はバイパー、ヴォルガノン様の命令でそこの穴に落ちている連中の始末をしに来た」
「ちゃんと名前で呼べよ偉そうな人間め、あたいはオニキスだよ。…イチ達を殺すのか?」
「それでも構わないとの命令だ。お前はどうやら関係無いようだし、ここで黙って手を出さなければ危害を加えるつもりは無い。…獣人が人間の手助けをする義理などあるまい?」
バイパーのその問いにオニキスは迷うことなくこう答える。
「…確かにその通りさ。でもね、あたいは彼女に借りがあるんだ。悪いけど黙って見ているわけにはいかない」
「そうか…それは残念だ。ではまずお前から殺さなくてはなるまい」
「へっ、人間ごときがこのオニキス様に勝てると思ったら大きな間違いだよ」
オニキスは手の鋭い爪をチラつかせながらバイパーを牽制する。
「悪いが直接殺り合う気はない。…お前と戦うのはコイツさ」
そう言ってバイパーが指を鳴らすと、地響きと共にオニキスの目の前の地面が盛り上がり中から大きなモグラの化け物が姿を現した!その黒い巨体は車ほどもあり、鋭い爪が生えたシャベルのような前足はオニキスの身長に匹敵した。
「うわ…お前、魔物を操れるのか!?」
「ふふ、今更謝ったって遅いぞ?行けっ、ジャイアントモール!」
バイパーの命令と同時にジャイアントモールがオニキス目掛けて突進してきた。至近距離に達したところで鋭い爪の付いた大きな前足を振りかざしてオニキスに攻撃を仕掛けるが、彼女は軽い身のこなしでそれを避ける。ジャイアントモールの攻撃は空を切り地面に大きな前足が叩きつけられ砂埃が舞った。気が付けば既にオニキスはジャイアントモールから離れた位置で身構えていた。どうやら、素早さが自慢の彼女にとっては動きの緩慢なジャイアントモールの攻撃をかわすことなど難しいことではなかったようだ。しかし、事はそう簡単ではない。
「くっそー、あのモグラが落とし穴を掘ったんだな。あんなのくらったら生きて帰れないぞ」
オニキスの額から汗がにじみ出る。それが暑さのせいでないのは言うまでもない。一筋の汗が頬を伝わるのが自分でも分かった。
「うおーい!何がどうなっているんだオニキス!?誰かそこにいるのか!?」
穴の中から状況を把握できていないエンドラーズがそう叫んだが、
「うるさいよ!今はそれどころじゃないんだよっ」
オニキスはそう一括するのがやっとであった。いくら動きの緩慢な相手とは言え、あの一撃をまともに受けたら彼女などひとたまりもないだろう。
「モグラは太陽の光に当たると死ぬと言われているがそれは間違いだ。ご覧の通りちゃんと生きてお前を食い殺そうとしている」
バイパーがそう余裕とも取れる発言をする。ジャイアントモールの細長い顎にはたくさんの鋭い牙が並んでおり、せわしなく鼻を動かして臭いを嗅いでいるように見えた。
「(モグラは視力が弱い…だから常に臭いを頼りにしてるんだ。そう簡単に素早いあたいに攻撃を命中させるほどの能力はない。でも、一回でも噛み付かれたり爪の一撃を受けてしまえば確実にこっちの負け…さて、どうしたものか…)」
意外なことに、オニキスは動植物や魔物に詳しかった。所詮、相手がモグラであることを確信した彼女はとある作戦を思いつく。
「へっ、解説ありがとう。でもな、図体ばっかし大きくても所詮は小動物なんだよ!」
オニキスはそうバイパーに吐き捨てると、韋駄天のごとく素早い足運びでジャイアントモールの風下に回りこんだ。どうやら、モグラの最大の武器である嗅覚を封じる作戦に出たようだ。予想通り、急激な動きに追いつけないジャイアントモールの至近距離にオニキスは一気に近付くことに成功する。
「これでも喰らいやがれ糞野郎っ!」
素早い動きで飛び上がったオニキスはジャイアントモールの顔面に連続キックを繰り出す。顔面を蹴られたジャイアントモールがたまらず怯むと、今度は着地と同時に背中に回りこみ背中にジャンプキック!
「フギー!!」
背中から強く蹴られたジャイアントモールは悲鳴を上げてそのまま地面に倒れこんでしまった。そして何を思ったのか、ものすごい勢いで穴を掘り始めた。シャベルのような強大な前足でみるみるうちに大穴が掘られ、あっという間にジャイアントモールはその穴へと姿をくらました。…そして、もう姿を現すことは無かった。
「ちっ…ジャイアントモールめ、勝手に逃走しやがって!」
バイパーがそう舌打ちする。そう、あの大きなモグラはオニキスの攻撃に対して怯えたのか命令を無視して勝手に逃走したのである。
「思ったとおりだ。大きくても所詮はモグラ、地上での臆病な性格に変わりは無い。こっちはちょいと攻撃を加えてやれば良かったのさ、モグラにしてみれば地上で戦うよりも地下に逃げ込んだ方が得策だからね。…とは言え、まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。へっへーん、ざまあみろ!」
オニキスが余裕綽々でそう言う。彼女にしてみれば形勢が一気に逆転したと思っていたのだろうが…相手が人間と言う最悪の動物であることを忘れていた。
「ぐ…調子に乗るなよ獣人ごときが。この俺を見縊るなよ?」
そう言ってバイパーは懐から何か黒いものを出した。…それはオートマチック式の銃であった。そう、紛れも無く人間が作り出した忌まわしき武器の最もたるものである。
「なっ…!?き、キサマずるいぞ!」
オニキスは慌てふためく。
「ふふ、死ぬ前になぜ獣人が人間に勝てないのか教えてやろうか?それはな、お前ら獣人が人間と違って愛だの義理だのに誠実だからなんだよ。…本当、バカな奴らさ」
バイパーがそう暴言を吐くが、銃口を向けられたオニキスにはどうすることもできない。やがてバイパーが引き金を引こうとした…その時だった、
「させるか!バーニングボールっ!!」
突然、オニキスの頭上を通って火の玉がバイパー目掛けて飛んでいく!
「!?」
バイパーは寸でのところで火の玉をかわすが、その拍子に銃を落としてしまう。火の玉は少し離れたところに着弾して火柱を上げた。
「…黙って聞いてりゃあ偉そうによぉ。お前みたいな野郎がいるから無益な争いがおこるんだろうが」
エンドラーズの声に驚いてオニキスが振り返ると、そこには穴からなんとか這い出してきたイチ達の姿があった。そう、さっきの火の玉はエンドラーズの魔法攻撃であったのだ。
「大丈夫オニキス!?…獣人を否定するなんてひどい!この世界は人間だけのものじゃない」
イチがオニキスに駆け寄りながらそうバイパーを睨み付ける。
「どうやら形勢逆転のようねバイパーとやら。…武器ならこっちにもあることをお忘れなく」
リリアが小型のボーガンをバイパーに向ける。…車のトランクに積んであったものだ。鋭い金属製の矢が不気味に光る。
「…ふん、今回はしくじったが次はこうはいかんぞ。お前らが生きている限り逃げ道などないのだからな」
バイパーはそう言うと地面に煙玉を投げつける。あっという間に紫色の煙が立ち上り、それが晴れる頃には彼の姿はもうどこにもなかった。
「逃げたか…あいつ、獣人をバカにしやがって許せない。今度あったらあたいがフルボッコにしてやんよファッキンめ!…てゆーか、助けに来るのが遅いんだよこのアンポンタン!危うく死にかけたじゃんかよ!」
オニキスが飛び跳ねながらイチ達にそう怒鳴りつける。
「何だよ、それが助けた恩人に返す言葉かいな。相変わらず騒がしい野郎だぜ」
「まぁまぁ、エンドラーズも必死だったんだし、許してあげてよオニキス」
オニキスとエンドラーズをイチが仲裁する。
「今回はオニキスのお手柄ね、あなたが敵の気を引いてくれたおかげで無事に気付かれずに穴から出られたんだし。…とにかく早くここを離れましょう、相手側も想像以上に躍起になっているみたいだから」
「うう、あたいはおとりかリリア。…で、離れるって車は?穴の中から引っ張り出すのは無理なんじゃ…」
「あぁ、それなら心配ないよ。ほれ、この通り」
そう言うエンドラーズの手の平には小さなバギーが乗っていた。
「エンドラーズが魔法で小さくしてくれたんだ、これなら持ち運びやすいしね。魔法って便利だよね〜」
イチが感心しながらそう説明を付け加える。
「それなら安心だよ。…あたいはもう疲れたよ、早いところバギーで寝たいからさっさと行こう」
「はいはいオニキス、本当マイペースなんだから。じゃ、行きましょう。エンドラーズ、バギーを元に戻して」
「レイテの森へレッツゴー!」
「お前は本当に元気だなイチ…俺はこの先もっと疲れそうだよ。バギーを元のサイズに戻すのも楽じゃないんだから…」
イチとリリアの元気すぎる掛け声にエンドラーズがため息混じりに言った。女性陣3人の前にエンドラーズはまるで頭が上がらないのは言うまでもないだろう。
…何はともあれ、刺客を退散させた一行は目的地であるレイテの森へと再び向かうのであった。
《レイテの森の石版》
「…なぁ、ここなんだよなリリア?」
「ええ…地図上だと間違いなくここなんだけど…」
一行が困惑するのも無理はない。目の前にあったのは森とは名ばかりの小さな林のような場所だったからだ。中心にある泉からは透き通った青い水が滾々と湧き出ているのが見て取れた。その泉を中心に周囲には木本がまばらに生えており、辛うじて林を形成していた。仮に例えるならば、乾燥した大地にポツンと浮かぶオアシスと言ったところか。
「環境の変化か何かで森が消えちまったのか…自然なんて儚いものだよ」
オニキスがそう皮肉たっぷりに言った。日没も近く、夕方の冷たい風が木々の葉や枝を揺らす。
「でもきっと何かあるはずなんだ…根拠はないのにさっきから何かを感じる…あっ、何か変なのがある」
辺りをキョロキョロ見渡していたイチが泉の畔に何か見つけたようだ。
「なんだろう…石版か?」
一行が近付いて確かめてみると、エンドラーズの言ったとおりそれは古びて苔むした石版であった。石版には何か文字のようなものが書いてあったが、それは現代で広く使われている文字ではないようだ。
「相当古い文字みたいね。残念だけど私には読めないわ」
リリアがそう言った。
「あー、俺に見せてみ?ふむふむ…相当古い文字だけど学校で習ったことある文字だな、多分…」
「いらないうんちくは良いから読めるなら早く読めよエンドラーズ」
「分かってるよオニキス、ちょっとは待てって!えーと何々…世界に散らばりし四つの聖なる武具を集めよ。されば願いは叶うべし…だとよ」
エンドラーズがそう翻訳する。
「願いが叶うの?それってすごいことじゃん!」
イチが興奮気味に言う。
「バーロォ、ただの伝説かも知れないんだぞ?ん、下に地図みたいな図形が書いてあるな…おそらく武具の在り処を示した図みたいだが…聞いたことのない地名ばかりが書いてあるぞ」
エンドラーズが石版の下のほうに目をやると確かにそこには世界地図のようなものが書いてあって、4つの星印が各所に打たれていた。
「へぇ、どの印もここから東にあるわね。要するにこの印のところに行けば願いが叶うんでしょ?」
「おいおいリリア…まさか本気じゃないよなぁ?お前だけは常識人だと信じてたのに」
「あら、良いじゃない面白そうだし。どうせ東に向かうんだからちょっとくらい寄り道したって変わらないわよ。ただ逃げるためだけの旅路なんて退屈だし…ねぇみんな」
「あたいは構わないよ別に、寄り道は嫌いじゃない」
「ぼくも賛成だよ。なんか神秘的でわくわくするしね」
リリアの提案にイチとオニキスが共に賛同する。この時、エンドラーズは初めて彼女達が興味本位で生きていることを自覚させられたのは言うまでもないだろう。
「お前らなぁ…分かった分かった、好きにしろよもう」
エンドラーズの口から思わずため息が漏れる。
「じゃ、決まりね。今日はもう日が暮れるしここで野営しましょうか。…と言うわけで、私達はキャンプの準備をするからエンドラーズは地図の写しをよろしくね〜」
「はぁ!?何で俺がそんなこと…トホホ」
こうしてイチやリリア達がテントの準備に取り掛かる中、エンドラーズは紙にペンで地図を写すとゆうなんとも地味で面倒くさい仕事を押し付けられることになってしまう。
頑張れエンドラーズ、君の努力はみんな知っている…はず?
《願いは何?》
「4つの武器を集めれば願いが叶う…かぁ。なんだか想像しただけでわくわくするよ」
その日の真夜中、泉の中に映りこむ半月を座って眺めるイチの姿があった。
「…なんだよイチ、まだ起きていたのか」
そんな彼女の背後からエンドラーズが呼びかける。オニキスとリリアは疲れて熟睡中だが、エンドラーズはなかなか寝付けずにいた。
「あっ、エンドラーズ。いやぁ、さっきからわくわくしちゃってなかなか眠れないんだよ」
後ろを振り返りながらイチがニコニコしながら言った。
「あのなぁ…」
「ねね、エンドラーズって何か願い事とかあるの??」
イチが興味津々にエンドラーズに聞く。いつもの事とは言え、内容が内容なのでエンドラーズはその問いにすぐには答えられなかった。
「そうだなぁ…強いて言えば最強の魔法使いになりたいって感じかな?」
イチの隣に腰掛けながら彼は言う。
「へぇ〜…やっぱし」
「なんだよその予想してました的な顔は…そう言うイチの願いは何だよ?」
「ぼく?ぼくの願いは…えへへ、な・い・しょ!」
「あっ、こいつ〜…ずるいよもう」
可愛い顔でそんな風に言われてしまってはこれ以上エンドラーズにはどうすることもできなかった。すると、次にイチはこんな自論を言い出す。
「でもね、願い事の8割は自分自身で何とかしなくちゃいけないって思うんだ。基本的に願いってのは自身でしか叶えられないし叶えなくちゃいけないもの。それでもどうしても無理って部分が2割くらいはあるから、それを他の人の協力や他の力に頼る。…最初から全てを任せて願いを叶えたって、それにはきっと何の価値も無いと思うんだ」
「お前…本当に何者なんだ?」
エンドラーズがそう苦笑いする。突然にそんな哲学的なことを言われたら誰でも驚くだろうが、イチの場合それを自身が自覚していないからもっと驚きだ。
「それにしても静かな夜だねぇ…ぼくはこうゆう静かな場所が好きだ」
「あのな…急に話の内容が変わりすぎだろう。ま、確かに俺も同感だ。たまにはこうゆうのも良いよな」
「あはは。…今日は流れ星見つかると良いなぁ…」
2人はそのまましばらく静かに夜空を眺めていました。
月明かりが照らし出す銀色の雲の隙間を流れ星が横切った時、2人は果たして何を願ったのでしょうか?
…それは自分だけが知る秘密の願い…。
旅の目的もだいぶ深くなってまいりました。この旅がどのように進んでいくのか…登場人物の心情も合わせてお楽しみ頂ければ幸いでございます。
それでは、次回もお楽しみに!