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君へと、至る ~青の大陸編・ダルフェとカイユ~

このお話しはweb拍手のお礼用のミニミニ小話を加筆・修正して書き直したものです。

「…………見たところ。お前は成竜になったのだろう?」 


 赤の竜騎士として『仕事』に出向いた先で、“今は”会いたくない人に会った。

 世界最強で最凶の竜ヴェルヴァイド。

 緩やかに波打つ長い髪は真珠色、不透明な黄金の瞳を持つ白皙の美貌。

 とんでもなく長く生きているってのに、俺が餓鬼の頃に初めて会った時からその容姿は全く変わらない……それとは反対に、俺は変わった。

 俺はもう幼竜(こども)じゃない。

 成竜(おとな)だ。


「つがいは? 子は?」


 感情の浮かばぬその顔は、雄の俺から見ても確かに美しいが……竜騎士として生まれた俺には、この存在を前にすると姿形の美しさへの感嘆よりも、その存在への恐怖心が先に来る。


「どっかのババァと同じこと言いやがるっ……………」


 一昨日も、この件で母親である<赤の竜帝>と口論になった。

 同席していた父親の眼は、潤んでいた。


「俺はねぇ、一生独身貴族で、お気楽に生きて死ぬって決めたんですよ!」


 先に逝くことが分ってるのに、誰かを愛せと言うのか!?

 置いて逝くことが分っているのに、愛してくれと言えと!?


「……先に死んじまうのが分かってるってのにっ……無理でしょうがっ!!」


 誰かと番うなんて、できないと思った。

 愛するなんて、できないと……してはいけないと、思っていた。


「ダルフェよ」


 真珠色の爪を持つ指先が、俺の額に触れた。

 清水のような冷たい指先に、感情の熱がふわりと散らされる。


「なっ……な、なな、な、なんすかっ!?」


 その指先に、額の中央を撫でられ。

 そんな触れ方をこの人にされたことのない俺は、困惑とを超える羞恥を感じて動揺してしまった。

 

「最近、覚えたのだ」

「へ? なにを……ッ!?」


 指が。

 俺の額を、弾いた。


「ぐがっ……つ、つぅうううっ! 痛ってぇえええええええええ!!!!」


 俺は額を両手で押さえたまま、床に蹲った。


「い、いててっ……ぐっはぁああああ~!! あ……あんた、俺をでこぴんで殺す気だったのかっ!? 普通の竜族だったら即死レベルだぜっ!?」


 血だらけの顔面を向け、加害者に文句を言うと。


「大型鬼獣は頭蓋が吹っ飛んだがお前は生きている。問題無しなのだ」


 そう、答えた顔は。

 いつも通り無表情だったけれど。

 どこか……どこか。

 なにかが、違っていたような気がした。

 








「もう手に入らないかと思ってたんだけどねぇ~、ラッキーだったな」


 秋の短い期間にしか収穫されないその梨は、熟れた女の体のような形をしてる。

 猫の舌のようなざらついた表皮は淡い黄色をし、豊満な曲線に思わず指を滑らせたくなるような括れを持っていて……香りは甘く、濃厚だ。

 生で食べるのもいいが、この梨は加熱するとまろやかで蕩けるような舌触りになる。

 雪の降り始めたこ時期に手に入るのは珍しく、たまたま街の果物店で見かけたその梨を、俺は数個買ってきて……タルトを作ることにした。


「さて……と、そろそろいいかな?」


 加熱に術式固形燃料を使う最新型のオーブンを開けると、果肉と生地のほどよく焼けた甘く香ばしい匂いが満ちた。

 このオーブンは今までのものよりずっと小型で狭い場所でも設置でき、しかも術式固形燃料を使っているから簡単に設置・移動できる優れものだ。

 難点はその高額な値段で……術式固形燃料自体が高価だし、人間の庶民には手が出ない。

 買えるような富裕層は、自分で厨房に立ったりしないだろうし……。


「まぁ、陛下は人間に売る気は基本的には無いってことだななぁ。竜族には、再来月から希望全世帯に無償配布されっけどね~……」


 オーブンから取り出した梨のタルトをケーキクーラーに置き、仕上げに杏ジャムを塗って艶を出すと、まるで宝石のように放射状に隙間無く並べた果肉が輝いた。


「うん、我ながら良い出来だ! 美味そうだねぇ♪」 


 陛下に教えてもらったレシピにアレンジを加えて作ったタルトは、明日の茶の時間の主役決定だ。

 眠ることの無い旦那が眠る嫁さんを眺めて過す深夜にタルトを焼いたのは、このタルトは出来立てよりも一晩置いたほうが味が落ち着いて美味いから……だけじゃなく、色々忙しくてこんな時間になってしまった。

 春になったら黒の大陸へ“お引越しすること”が決まり、その下準備もあり俺の仕事は倍増した。

 旦那と姫さんの世話だけじゃなく、カイユと俺と抜けた後の竜騎士団の事を舅殿をはじめとする古参陣と協議したりと、日々分刻みのスケジュールだ。

 

「さて、と……カイユ!」


 居間のソファに座り、膝で眠るジリギエを優しく撫でているカイユへと俺は声をかけた。


「ねぇ、ハニー。ホットチョコレートでも飲む?」


 竜族は基本的に菓子が、甘い物が好きだ。

 もちろん、俺とカイユもそうだ。


「そうね……ジリギエをベッドに寝かせてくるから、淹れておいて」


 菫色の夜着を着たカイユは、ジリギエを起こさないようにそっと胸に抱き、寝室へと足を向けた。

 風呂上りの湿り気のある長い銀髪が燭台の灯りを受けて柔らかく光る後ろ姿は、出会った頃と……いや、それ以上に美しいと、俺は感じる。


「あ~、うん。カイユとつがいになれた俺って、ほんと幸せ者だよな~……」


 カイユは本当に綺麗で、美しい……仕事で人前に出ると、人間の男達も皆、畏怖すべき竜騎士であると分っていてもカイユに見蕩れる。

 そんな視線には容赦無く拒絶侮蔑軽蔑の視線で返すカイユに、声を掛けられる人間の男など居ないが……正直、俺としては誰にも見せないで独り占めしたいのと、世界中にこの美しく強い雌竜が俺のつがいだと自慢したいのと半々な気持ちだ。

 旦那は俺とは違い、独り占めしたいって気持ちしか持っていないみたいだが……あの人、超心狭いもんなぁ~。


「んん~……明日はオフ達の訓練を舅殿に頼んで、書類を片付けて陛下に提出して……ああ、朝一で雪かきしないとな」


 俺の言葉に答えるかのように、冷たい夜風に叩かれた窓が鳴る。

 今夜、外は吹雪だ。

 温暖な赤の帝都で生まれ育った俺が知らなかった厳しい寒さが、この地にはあった。


「ここは標高が高いし、豪雪地帯にあるんだもんな。あ~、久々に保養所にいって湯治してぇかも……う~ん、でも時間が無いな……」


 氷点下の窓の外とは違って、俺の居る家の中は暖かい。

 とても、とても暖かい……。

 それは、暖炉の炎のつくり出す熱だけではなく。

 この身の中から、心から生まれる温かさもあるからだろう。

 ここには、俺のつがいであるカイユと息子のジリギエが居るのだから……。


「……ごめんな、母さん。ジリが生まれて、親になって……俺はほんとに反省したんだぜ? 親の気持ちも分らない、自分勝手で馬鹿な息子だったんだよな、俺は……」


 産んでくれた母親に、「殺してくれ」と願った俺。

 そんな言葉を息子に吐かれた親が、どんな想いをするか考えもしなかった。

 俺は母さんを悲しませ、傷つけた。

 ……俺のその言葉を聞いたブランジェーヌが、凶器のようなピンヒールで俺を踏みつけている所に旦那が現れて……俺は青の大陸に有無を言わさず転移させられた。


「……俺、頑丈にできてて本当に良かったよなぁ~。普通、あそこまでなったら死んでるし」


 投げやりだった昔の俺に教えてやりたいと、あれから何度も思うようになった。

 諦め、捨てようとしていたその生の先に待つ、この幸せな時間を……。








「ありがとう、ダルフェ」


 揃いのカップを手に持って、二人で暖炉の前に敷いた絨毯に腰をおろした。


「いい香り……」


 甘いチョコレート香りに、カイユが目を細める。

 カイユの水色の瞳には、暖炉の炎が映りこみ……絶妙の色となっていた。

 その美しい色に目を奪われつつ、チョコレートの香りでついついあのことを思い出してしまった。

 あ~……旦那型のチョコ、あれは作るの大変っつーか、辛かったっていうか……ある意味、オトコの浪漫だったっつーか……うん、あれは二度とやらない。


「……小さい時はね、よく四花亭にホットチョコレートを飲みに行ってたの」


 以前のチョコ騒動を思い出していた俺の横に座るカイユはそう言うと、カップに口をつけて……こくりと、嚥下した。


「四花亭に?」


 四花亭は、帝都で一番人気の菓子屋だ。

 帝都観光に来た人間も、その多くが立ち寄る有名店だ。


「母様も父様も、もちろん私も。カッコンツェルの淹れてくれるホットチョコレートが世界一だって思っていたの」


 カッコンツェル……カイユが初恋の相手だと以前言っていた……陛下の父親。

 陛下とそっくりの美女顔の雄竜だったらしいが……っつーか、あのガルデウッドが陛下の祖父だったって方が俺には衝撃だったなぁ。

 あのセクハラ爺、こっちが手を出せないの分かってて堂々とお触りしてくるからな……初めてケツを揉まれた時は驚きすぎて首を飛ばしそうになって……その場にいた舅殿が咄嗟に刀で俺の腕を切り落としてくれたおかげで、あいつを殺さずに済んだっけ。

 ……あのセクハラ爺、今はケツだけじゃなく最近は股間も狙ってくるからな……あのセクハラ爺さんの前だとこの俺が反射神経フル活動だもんなぁ~。


「母様、いつも3回はおかわりしていたわ。美味しい、美味しい、大好きって……そんな母様を、父様はとっても嬉しそうに見て……カッコンツェルも、いつも楽しそうに笑ってて……」


 同性愛者ではないが、雄の体が“趣味”として好きだという変態爺ガルデウッドのことは脳から叩き出し、俺は愛する女の髪へと手を伸ばした。


「ハニー……カイユ」


 俺はカイユの背後から、そっと身を寄せた。

 持ち主の気質そのままに、真っ直ぐで艶やかで美しい銀髪。

 耳周りの髪をすくうように一房とり、キスをし……露わになった耳を食んだ。

 先の行為を望む想いを、肌に触れる歯先に濃く含ませて……。


「……アリーリア」


 ……まだホットチョコレートを口にしていないからだろう。

 ホットチョコレートを飲んだ口でやったら、カイユは裏拳で俺の鼻を折ったに違いない。

 

「ねぇ……アリーリア、俺のホットチョコレートはどう? 美味いかな?」


 温度と共に、言葉を耳におくると。

 カイユの口元が、あがった。


「ええ。美味しい……でも、あなたのホットチョコレートは永遠に世界で二番目よ?」

「そっか……残念」


 思い出の味には勝てない。

 並べて口にして、味を比べることがもう出来ないそれには勝てない。

 味、だけではなくて……幼いカイユが両親と過ごした幸せな時間が、想いが。

 そのホットチョコレートを、唯一無二の最高の味にしているのだろうから。


「……でも。ダルフェ」

「ん?」


 暖炉の炎に照らされている、俺の愛しいこの人は。

 千の敵を前にしても、躊躇わず刀を抜き。

 万の矢を射られても、不適に微笑むような人だけど。

 ……とても儚く、脆い人だと俺は知っている。


「ダルフェ、あなたの……テオのホットチョコレート、大好きよ?」


 ホットチョコレートの入ったカップを持つ俺の手に、重なるぬくもり。

 カイユの、アリーリアの手……俺の最愛が、ここにある。


「……ハニーにそう言ってもらえて、俺はすごく嬉しいよ」


 彼女が与えてくれる“幸せ”は、俺の中へ雪のように降り積もり……溶けることなく、俺の心を包んでくれる。


「ありがとう……アリーリア」


 初めて会った、あの日。

 大陸間転移の負荷で、生ゴミみたいな状態の俺だったけど。

 幸運にも潰れずに残っていたこの眼が、君を見たあの瞬間から。


 あの日から、あの時から。

 俺は、とても。

 とても、幸せだ。


「……ねぇ、ダルフェ」


 生まれてきたことを。

 産んでもらったことを。

 心の底から、感謝できる俺になれたんだ。


「ん? なに? カイッ………!?」


 カイユからのキスは。

 チョコレートなんか比べ物にならないほど甘くて、とても甘くて。

 触れ合ったそこから、全身に広がっていく幸福感……。


「……ふふ、目がまん丸よ?」

「………………だって、君からキスしてくれるなんて滅多にないんだぜ!? うわぁ! すっげぇ嬉しいっ! 嬉しすぎて興奮して竜体化しそう!!」


 愛しい君と過す。

  

「おおげさね……ねぇ、明日の夜もホットチョコレートを淹れてくれる?」

「了解! ハニー♪」


 この。

 至福。


 




 

 





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