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待ってて、待ってる ~ジリとおぢい(未来編)~

 ジリは黒の竜帝のお城の北の隅っこにある電鏡の間で、大好きな人に会えるのがとっても楽しみだ。


「おぢい、こんにちは!」


 ジリは、母様と父様とねぇねと……おっさん(おまけ)と、黒の大陸にお引越しをした。

 黒の竜帝の治める帝都で暮らしてから、人間の一生に近い時間が過ぎた。

 幼生だったジリも、もう幼竜だ。

 

「ふふっ……お前は本当に可愛いね。こんにちは。久しぶりだね、ジリギエ」

 

 青の大陸いるおぢいには直接は会えないけれど、おぢいは電鏡でジリとお話をしてくれる。

 大陸間通信ができる電鏡は竜帝が管理してるから、普通は私的なことに使うなんて出来ないんだけど。


「え? ……久しぶり、って……先週もこうして電鏡で会ってくれたよ?」


 でもね。

 青の陛下は、おぢいに自由に使わせてくれているんだ。

 だから、ジリは大好きなおぢいとたくさんお話ができる。

 青の陛下はとっても綺麗で、とっても優しい。

 青の陛下は優しいんじゃなくて甘ちゃんだから嫌いって黄の陛下は言うけれど、ジリは好き……青の陛下の悪口ばかり言う黄の陛下のほうが、ジリから見れば“甘ちゃん”な気がする。

 黄の陛下は、いつもとってもうるさい甲高い声で青の陛下への文句と悪口ばかりを言ってる……そういうの、ジリはあんまり好きじゃない。

 青の陛下は黄の陛下の悪口を、他の四竜帝にもジリにもおっさんにも絶対に言わない。

 それって、青の陛下が“甘くない”からだと思う……昔は確かに“甘かった”かもしれないけど、今の青の陛下は違うと思うよ?

 ジリの使ってるこの電鏡の所有者である黒の竜帝トラヴィク……トラは、ジリがおぢいと会っている時は隣の執務室にいる。

 トラはいつでも何時間でも自由に電鏡を使って良いって、ジリに言ってくれていて……トラは僕が大好きだから、僕に顎で使われてもニコニコしてるんだ。

 トラと僕は仲良しだから、寝るのもお風呂も一緒。

 ジリはそんなトラの将来が、ちょっと心配。

 ジリのことがあんなに大好きな状態のまま成竜になったら…………トラはジリをつがいにしいたいって言ってるけど、ジリもトラも雄だからダメなんじゃないのかな?


「ん? あぁ、そう……そうだったね」


 トラの大陸間通話用電鏡に映るおぢいの空色の瞳が、一瞬揺らぎ。

 誰が見ても母様の血縁者だと人目でわかる顔に、ちょっと照れたような、困ったような表情を浮かべた。


「おぢい……」 

「ジリギエ……お前は本当にミルミラによく似ている。ふふ……こうしてお前に会う為なら、陛下に土下座をして電鏡使用許可をとるのだって苦じゃないよ」

「また、冗談言って。おぢい、陛下に土下座なんてしたことないでしょ? ねぇ、おぢい…………顔色少し悪くない? ちゃんとご飯食べてる? 眠れてるの?」 

「あー、うん、そうだねぇ……最近は、あんまり……忙しいからね。正直言って青の竜騎士は、人材不足だから。僕が未だに団長やってるなんて……まぁ、カイユやダルフェみたいなレベルの竜騎士は、そうそういないからね」


 そう言いながら銀の髪をかき上げたおぢいの手は、左手だった。

 ……また、だ。

 あぁ……今日は右手が“ダメ”なんだね?


「おぢいっ……ジリ、青の大陸に行こうか? おぢいのお仕事、手伝う?」


 おぢいは、『仕事』中に自分の身体を守ることをしなくなった……止めてしまった。

 傷付いても、手足を無くしても。

 どうせ治ってしまう(・・・・・・)のだからと、いつもにこにこ笑ってるんだ。

 

「……まだ幼いお前に心配ばかりかけて、ごめんね。ジリギエ、僕は“まだ”、大丈夫だ」


 おぢいは眼を閉じ、息を一度深く吐き。

 ゆっくりと眼を開けて。

 柔らかな笑みを、その顔に貼り付けた。


「おぢいは“王子様”だから、強いんだ。だから、大丈夫。ジリギエはカイユの側にいてあげてね? ダルフェの分まで、君がカイユを支えて……そういえば、カイユは今日は何をしてるのかな? 今日は一緒じゃないよね? 来週末に黒の大陸への定期便が出るから、何か送って欲しい物があるかカイユに訊こうと思ってたんだけど」


 王子様の仮面は、僕には通じないのに。

 おぢいはそれを知っていて、分っていているのに……どうして、やめないんだろう?

 それが理解できないのは、ジリがまだ小さいからなのかな?


「母様? 今日は“おっさん”が朝からダメダメだったから、母様は周囲に被害が出ないように、おっさんの監視をしてる。あのおっさんにあそこできるの、母様だけだから」


 あのおっさんは、本当にダメな大人だ。

 良いのは顔と身体だけだって、赤の御祖母様も言ってた!


「あの人、カイユの言うことだけはわりと聞くらしいからね……最凶最悪の竜なんて言われてたあの人が、姑にはあそこまで弱いなんて本当に面白いっていうか……まぁ、五月蝿いからってカイユになにかしたら、あの子に会わせる顔が無いからね」


 そう。

 あのおっさんが母様の言うことを聞くのは、ねぇねに怒られたくないから……母様の言うことを聞いて“良い子”にしていれば、いつかねぇねに褒めてもらえると思ってるからだ!


「……あのおっさんは母様には無抵抗だけど、ジリのことは調教とか言って平気で蹴るし殴るし放り投げるし踏むし最悪なんだよ!? ジリは、おっさんが大嫌い! …………ねぇねがああなったのは、おっさんのせいでしょっ!? ……絶対、絶対に許さないよっ!!」

「ジリギエ……君に嫌われたってあの人は傷つかないし、許されなくても気にしない。それにね……お前の主が望んだことだろう? 結果的にはあれはあの時の最善の選択だった」

「でもっ、もしあの時にっ……あ、あ、ぁ…」


 頭の中に。


 --ねぇねっ!? だ、だめっ……ねぇねっ!? ねぇねぇえええ!!


 あの時の光景が、広がる。


「ねぇ、ね……ぁあ、あ、あ、ぁっ」


 あの時、まだ。

 ジリは今よりも小さくて、弱くて。

 弱くて、弱いから。

 ねぇねを。


 主を。



 守れなかった。



 それは、とても。

 とても、怖かった。


「ぁ、ああ……おぢい、おぢいっ! やだ、怖いよっ、頭の中、怖いっ……おぢい、おぢいっ! 助けて、おぢいっ!! あいつのせいだよ! あいつさえいなければっ、おっさんが、ヴェルヴァイドがあいつをっ……あの時、あいつをっ……そうしてれば、ねぇねはっ! ね? そうでしょう!?」


 大好きなおぢいのいる電鏡に、全身ですがった。


「……あのね、ジリギエ」


 僕がすがる相手は、おぢいしかいないから。

 母様には、こんな情けない姿を見せられない。

 僕は父様の分まで、母様を支えるんだから!


「過去は変えられないんだよ?」

「……で、でも! おぢいっ」

「大丈夫。お前には未来がある。きっと、お前は……大丈夫だ。おぢいはどんな時だって、ジリの味方だ」


 冷たい電鏡越しに感じるおぢいの気配は。

 まるで、その腕で僕を包むようで……あたたかい。


「おぢい……ジリはおぢいが好き。大好き」

「ありがとう、僕もジリギエが大好きだよ」

「……おぢい……ごめんね、ごめんなさい。今のジリじゃ、まだっ」

「うん、わかってるよ」


 おぢいは、あとどれくらいもつんだろう?

 お願い、まだ壊れないで。

 まだ、ジリはおぢいより弱いから。


「まだ、ジリはおぢいに勝てないんだっ」

「うん、知ってる」


 こんな風にすがってしまうような弱いジリが相手じゃ、おぢいは剣を抜けない。


「ジリ、もっともっと強くなる。だから、もう少しだけ待ってね?」

「うん、待ってる……待ってみせるよ」


 弱い相手じゃ。

 竜騎士として、闘いを。

 殺し合いを、おぢいが楽しめないから。

 それじゃ、ダメだ。


「そこで待っていてね? どこにも、行かないでね?」


 ジリ以外に、殺されないで。

 ジリが、おぢいを殺してあげるんだから。


「うん。僕はここで……青の大陸で、ジリギエが来てくれるのを待っているよ」


 ジリが、おぢいを殺してあげる。


 ーー娘であるジリの母様には、おぢいを殺せないから。


 ジリが、おぢいを“そこ”から逃がしてあげる。


 ーーお祖母様のいない“そこ”は、おぢいにとっては“居場所”じゃないから。


「早く強くなって、ジリがおぢいを殺してあげるんだ……」


 これは。

 母様にも内緒の。


「ジリが、おぢいを助けてあげるから……」

「……うん、ありがとう……僕はここでお前を待ってるよ……」


 おぢいとジリの。

 たったひとつの。

 最初で最後の、約束。


「大好きだよ、おぢい」






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