番外編 ~白と赤。そして、瑠璃~のおまけ・その2
「あの女、この魔術書を使ったみたいですよ?」
「……」
ダルフェがその手に持っているのは、カビの生えた小汚い物体……本だった。
我にとっては金をもらっても要らぬ不衛生極まりない汚物だが、ある一部の人間にとっては黄金以上の価値があるのだろう……中身は妄想と創造の産物であり、なんの役にも立たない文字の羅列にすぎないことに、そやつ等は何故気づかないのだろう?
「もしかして魔公ヴェリエリヴァズアルってのは、あんたのことですか? 名前、微妙に似てますし。まんま“ヴェルヴァイド”って書くのは、さすがに怖かったんでヴェリエリヴァズアルにしてみたとか? ヴェリエリヴァズアルってほうが長ったらしくて、なんつーかヴェリエリヴァズアルってほうがソレっぽいし」
我が人間に魔王だ悪魔だといわれることが多いのを知っているダルフェは、そう言ったが。
この数十分の間に女とダルフェに“ヴェリエリヴァズアル”を執拗に連呼されていたら。
「……人違い、だ」
ふと、脳に浮かんだ。
それは、過去の……。
「……それは、我ではないのだ」
過去。
目の前にいるダルフェも、母親であるブランジェーヌもそこにはいない……過去。
「え~? そうっすかねぇ~、自覚無いだけじゃ……お? ほら、ここにしおりがはさんで……うへぇ~、悪趣味っ! 瑠璃鼠の骨細工のしおりかよ!?」
「……」
目の前で、顔をしかめるダルフェの姿に。
その、赤い髪に。
「え~、なになに……高位の悪魔を召喚する魔方陣には、竜族の血液を使用する……使用するのは雌の……つがい持ちの……………あ~、なるほどねぇ」
「………」
脳の底にあった。
「分かりました! この本の悪魔“役”は、つがいを捕らわれた竜族の雄だ」
ある者の姿が、重なる。
「著者は……たぶん、星持ちの術士っすねぇ。術士でなけりゃ、雌とはいえ竜族を捕らえるなんて無理だ……雌を捕まえ、助けにきた雄を雌を人質にして“悪魔”として使役したってことっすね!」
その者は。
その者を。
「つがいを楯にされたら、雄は手も足も出ない。言いなり、だ」
我は。
幼い時から、知っていた。
「ヴェリエリヴァズアルってのは、その雄の名前なんでしょうねぇ……これに書かれてるってことは、やっぱ、赤の一族っすよね? 当時の赤の竜帝に助けを求めれば良かっ……つがいの雌を傷つけるだ殺す脅だのされて、それすら出来なかったのか……」
幼い時は、とても怖がりで。
「………………ヴェリエリヴァズアルは知らぬが」
我の髪に潜り、一日の大半を過ごしていた。
「それと似た名の者ならば、我は知っている」
そう。
知っている。
「ヴェリトエヴァアルは、知っているのだ」
我は。
覚えて、いる。
「ヴェリトエヴァアル? ……それって、まさかっ……」
「そうだ」
ヴェリトエヴァアルは。
「<人喰いの竜>、だ」
ヴェリトエヴァアルは、人間の女を喰った。
「人間を喰らい」
我は、見た。
「【蛇竜】に堕ちた」
泣きながら、愛する女を喰らい。
笑みながら……咀嚼する、その姿を。
「人間を“つがい”にした竜帝、だ」
--ヴェルヴァイド! この人がね、僕のお嫁さんです!
--……この女は、人間だな?
--うん! とっても可愛い子でしょ? すごっく綺麗な子でしょ?
「赤の竜帝ヴェリトエヴァアルは」
--……ヴェリトエヴァアルよ。
--? ヴェルヴァイド、どうしたの?
ーーどんなに“飢えても”、その女だけは喰うな。
--なに言ってるのさ!? 僕が彼女を、食べるわけないよ!!
「我が、この手で<処分>したのだ」
ヴェリトエヴァアルは、“飢え”に負けた。
先に逝った女に。
その存在に。
その愛に。
愛に飢えて。
愛に堕ちた。
「そいつが赤の大陸の半分を焼き尽くすなんてことしてくれたおかげで、赤の竜族がどんな目にあったかっ!! 必要以上に人間に怖れられ憎まれてっ……それからずっと赤の大陸の人間達は、俺達を憎悪と嫌悪の対象にしてきた! だから、俺達はっ……そいつの所為でっ!!」
「ダルフェよ」
ヴェリトエヴァアルは。
--ヴェルヴァイド、御願いがあるんだ。
その娘を娶った時。
「あれは、理解していたのだ。女を失い狂う前に、我に殺せと言った」
--彼女がこの世を去る時がきたら、僕が僕でいるうちにを殺してください。
そう、我に願った。
「ヴェリトエヴァアルを責めるな」
だが。
我は、間に合わなかったのだ。
「遅れた我を、責めろ」
「おく……れた? ヴェルヴァイド……なんで遅れた……間に合わなかったんです?」
遅れた、理由?
「当時。我は少々忙しかったのだ」
遅れた理由は。
我には珍しく、忙しかったからなのだ。
「あんたが忙しい?! うわっ……なんか、こう、嫌な予感がっ……理由を知らないほうがいいようなっ……でも知っておきたいっ……」
「? ダルフェよ。どっちなのだ?」
「くっ…………し、知りてぇえええええっす!!」
「ならば、教えてやるのだ」
「蝸牛を観察していたので、忙しかったのだ」
「ッ!? やっぱりそんなこったろーと思いましたよ(怒)!!」




