ハクの料理たまご編
このお話はHP拍手に載せていたものです。
「我は料理ができるようになった。男として“よし”なのだ」
ダルフェに読めと指示された本には。
今の時代は料理のできる男がよし、と書かれていた。
「はぁ? っつーか、じじいが料理ぃいいいい!?」
丸くなった青い瞳が、我を見上げる。
そこにあるのは驚愕ではなく疑い……か?
「嘘だ。有り得ねぇ! ヴェルには無理だっ!!」
「愚か者め。見ろ、証拠の品なのだ」
我は城の食堂の椅子に座り、焼かれた鳥……肉を食い終わり骨のみとなったそれを、がりがりと齧って いるランズゲルグの前に置かれた皿に、持参したそれを置いた。
その皿には茹でた野菜のみが残されていた。
ふむ、後でカイユに教えてやろう。
カイユを手助けしてやると、りこが喜ぶからな。
「……はあ? これってただの卵だよな?」
「違う。ただの卵ではないのだ」
りこが美しいと褒め称えるその顔が。
皿に置かれた卵を見下ろし、眉を寄せた。
「まっ……まさか、絶滅危惧種に認定された鳥の卵とかなのかっ!? こらぁああヴェル! とっとと親鳥に返して来ッ……いでぇえええええ!! なにしやがるドS鬼畜クソじじいぃいいいい~!!」
額を指で“やさしく”弾いて黙らせた我を、潤んだ青い目玉が睨む。
なぜ睨む?
意識して“やさしく”してやったというのに。
這い蹲り額を床に押し付けて、我のこの“やさしさ”に感謝すべきなのではないか?
「ったく、いってぇ~なぁ! いつかぜってぇ、てめぇを殴る!!」
「……」
まだ睨んでおるな……。
では、“やさしく”ではなく通常通りにやり直すか?
いや……衆目ある食堂にてランズゲルグの額を割ったら、りこに知れる恐れがある。
そうなるとたぶん怒られてしまうので、やめるとしよう。
「<青>」
まぁ、よい。
今、優先すべきは。
こやつの間違いを訂正することだ。
「ただの卵ではない。それはゆで卵なのだ」
「は? ゆ、ゆで卵?」
「我が“お料理”した、ゆで卵なのだ」
「へ?」
ランズゲルグの口が。
ぱかっと、開いた。
「……」
阿呆面、だな。
「…………」
丁度良く口が開いておるので。
我は皿に置いたゆで卵を掴み。
「ぶごぼぉおおっ!?」
その阿呆面な口に、親切にも我自ら卵を投入してやった。
もちろん、殻付きだ。
なぜなら。
我はゆで卵の殻をむくことができぬのでな。
「がばずきがぼっ!?(殻つきかよっ!?)」
青はしかめっ面で数回咀嚼後嚥下し、言った。
「……殻が“ばりがき”っと斬新な食感をかもしだし……っつーか、殻ごと突っ込みやがってぇええええ! 殻ぐらい剝け! それがマナーだ! 常識だ!!」
両手でテーブルをばんと叩き、勢いをつけて立ち上がろうとした<青>の頭を横から伸びてきた手が上から押さえけ、座らせた。
「げぶうううっ!?」
「こら。お食事中に立つなんてお行儀が悪いよ? 座りなさい、陛下」
カイユの父親の白い手袋をした手が、<青>の頭部を容赦無く鷲掴みにしていた。
りこはこやつが『絵本に出てくる王子様』のようだと言うが……どこがどう『絵本に出てくる王子様』 なのか我には理解不能だな。
「手、どけろセレスティス! 俺様、もう全部食ったんだ!」
「はい? 何寝ぼけたこと言ってるの? お野菜、残ってるでしょ?」
野菜を残したことを叱っておる……なるほど。
カイユ同様、こやつも<青>の野菜嫌いを矯正しようとしておるのか。
「そ、それはっ……そのっ、ニ、ニンジンがっ、ピーマンがっ……」
「言い訳は結構。さっさと食べなさい」
「セレスティッ……ううう~、わ、、、、わかった! 食う。食うって!」
「うん、よろしい」
優しげな微笑を浮かべておるが。
カイユと同じ色の目玉を見れば、我にだって分かる。
笑ってないことくらい……ん?
目が合ったな。
我に用か?
「ねぇ、監視者殿。陛下の口に突っ込んだゆで卵、殻つきだったんでしょう? 食べさせてあげるなら、殻くらいむいてあげてくれないかな……こんなんでも僕にとっては大事で可愛い主様なんだから、粗末に扱わないでくれます?」
「粗末に扱った? 否。我は殻をむくのが下手なのだ。黄身しか残らぬ。りこの衣類は“お上手に”むけるのだが」
そう言うと。
「「…………は?」」
<青>とカイユの父親の口が、同時に開いた。
……そのように物欲しげに口を開けても、もうお前等の口へ入れてやるゆで卵は無いぞ?




