家族の体調不良を治したのは私なのに妹に功績を横取りされて家を追い出された
「頭が痛い」
「足が痛い」
「体が辛い」
三人が三人ともに不調を訴えるからその度に一人で診察してから治療をしていた。ある程度治った後に対処法を教えなければと考えていたのに、次の日になったら妹が治したことになっていた。
なぜそんな話になったのかと思っていたら話の流れで、妹が祈ったら体のだるさが治ったと話し親たちも同時刻に治ったと話し合ったらしい。
祈りで治ったのではないかとお互い納得してしまったらしい。それは違うと、治癒と調合した薬の力だと言ったら。
──バシン
頬を叩かれた。
「……え?」
「妹の功績を盗むなんて恥を知れ」
父が叩いた音が耳にまだ残っている。百歩譲って叱られるかも、とは可能性としてあり得たが叩かれることまでは許していない。
「うっ!……叩くなんて最低」
「なに!?子供の分際で親に楯突くな!嘘つきはお前だ。嘘をついたのが悪い!」
「仮に、だけれど今の話が本当かも嘘かもしれないとして。どちらかだったとして、手を挙げる理由になりませんよ。躾じゃあるまいし」
腫れてしまった頬に手をやる。悪いのはどっちだ、と相手を威嚇した笑みを浮かべてこれみよがしにため息を吐く。
「嘘をついたら手を上げる。お父様が人にどんな理由で嘘をついてもそれを指摘して私も顔を叩いてもいいってことですよね?嘘をついたのが悪いってことは嘘をついたら罰は受けるってことになるんですよね?」
もはや親愛も家族愛も木っ端微塵になった。敬語なんて使わなくなっていたが相手がこうも簡単に娘を娘と思わなくなるのならば家族じゃなくなったのだ。
そもそも、転生者として生まれた時点で家族は向こうの方という意識も強くて彼らは住まわせてもらっているという恩人に近い気持ちで生きていた。恩返しのために薬を調合したり、魔法をなんとかこねくり回したりして開発したのに。
彼らはいとも簡単に縁をぶった斬ってきた。カナベェルでさえも大切にしようと思っていた情をただ、意見を言っただけなのにはたき落としたのだ。
嘘をついたことなんて一度もないことすら加味してもらえないなんて夢にも思わなかった。普通は嘘をつく人間じゃないとか、嘘をつくからなにか大変なことがあったのかもと思い至るべきこと。
それすら考える時間もなく叩かれた。そう思って叩くまでの時間はほぼないはずだから、一瞬でこちらを嘘つき娘と思って罵ってしまった。本音だ、紛れもなく。紛れもなくこちらを大嘘つきと思ってからの怒りが巻き起こるまでの時間が短く、自分を叱るべき教育を暴力へと変えた。
叱るときの順序としてはまず言葉が真っ先になるのだから、一番初めに叩くといった動作になるのは破綻している。それを飛ばしてしまうほど許せなかったのかもしれない。そんなことはもうどうでもいいか。
ウンザリだ。無視して彼らの前を通り過ぎた。待てと言われたが「また叩いてみますか」と殺さんばかりに言うと声の低さに恐れ慄いた様子で言葉に詰まる。
人を叩いておいて叩き返されるとは夢にも思ってない目をしている。そんなわけがないだろう、と相手を殺す殺意マシマシの視線を向けた。
親をまさかこんな目で見る娘がいる事実を受け入れられないのか、また手が真上に上がる。怖いと思う防御反応だろうと何も言ってないのに、二度目はもっともっと許されない。
「黙れっ」
振りかぶられた手を避けて横に逸れると父はタタラを踏み、よろけた。そのまま肉体は地面に吸い込まれて頭を打った。
「かはっ!?」
「きゃあ!お父様!?」
「あ、だ、旦那様っ!?」
あららと思ったが普通の事故なので無視して医者を呼ぶように執事へ言う。これすら治せるものなら治せ、と妹に視線をやる。
「何しているの?早く治して」
「……え?」
「治せるのでしょう?」
「な、治せるわけないじゃない!」
「なぜ?先ほどまで自信満々に祈ったから治せたと自慢していたくせに、治せないの?」
責めるように目を細めると母が父に近寄った。近寄ったとしても人道的な治療など知りもしない無知な女には、なにかできるわけもなし。
名を呼び揺らすことしかできない。揺らしてはダメだと数時間前なら言っていたが、言う義理もない。勝手にトドメでも刺していればいい。
後から医者に揺らしたせいでと言われたら自分のせいと思って追い込まれるだろうし。自分が父や家族にとって妹を苦しめた相手と思われた時点で、家族でもなんでもなく叩かれた時点で敵になったのだ。
敵に塩を送るのなんて思考は当然のことながらある。父が目覚めたらカナベェルのせいで転けたのだと責任転嫁して追い出そうとする可能性が湧いてしまった。
それは父本人がやった罪と罰だ。治療や介護をされないような真似をした方が圧倒的に悪い。どう転ぶかわからないのに人道行為をする理由はとっくになくなった。
やれやれと部屋に戻り、一応荷造りして叔母の家に手紙を書いた。妹のことなど、家族の亀裂も書き記して叔母の家に行きたいということを伝えた。
メイドを呼び止めて手紙を送るように頼むと駄賃を握らせて部屋へ行く。父が起きた時にどうするのか知らないが、少なくとも笑顔ではないだろうな。
「出ていけ」
案の定、思い描いていたことを言われて鼻で笑う。笑うなと言われたが脚本通りに動く男に笑わないほど滑稽なことはない。
目覚めた父はやはりカナベェルのせいで転けたと脳内完結させてきて、出ていけと言う。今まで誰が執務補佐をしていたと言うのか忘れたわけではあるまいに。
働き手を減らしてどうする。呆れて荷物を持って縁切り書も提出してから叔母の家に向かう。叔母にも手紙を貰ってすでに許可を得ているから養子にしてくれるそうだ。
有り難く養子になりに行くと同じように執務補佐をするとよく褒められた。頭が痛いと言われたら薬を煎じて良くなったわと喜ばれる。
執事たちに渡しておいた実家の薬の分は、予定通りならば三日前に切れたはずだ、とふと思い出した。
不調を述べる三人に、丁度効く薬が漸く作れたと喜んだのも束の間の事件にすっかり、過去のものの扱いをしている。
効いたのは当たり前だ。今までなかなか効かなかったものが効くものになったから不調が和らいだだけ。妹のチャチな祈願など始めからなんの意味もない。
家族達が同時期に不調でなくなったもの時間差があったけれど、妹に言われてそういえばなくなっているとその時、やっと気がついただけ。
「気がついたから言おうとしたら祈ったのだから治ったってなに?」
呟いて元家族のアホさに自分は馬鹿だったのだと、高い授業料を払っただけと言い聞かせる。叔母には始めから薬を煎じて飲ませたから治ったのに、妹たちが祈ったから治ったことにされたと説明しておいた。
祈りなんかで治るなら初めからそもそも、不調なんて起こらないだろうと矛盾を指摘する。同意見だ。
薬で治ったに決まってるだろう。それに、執事は毎回お薬ですと渡していたから薬を飲んでいることは皆自覚していたはず。
何の薬を飲んでいたのかど忘れしていたことになる。確かに薬を作って三年かけて作り終えたから、忘れててもおかしくない。
効果も実感できないので栄養剤と思っていた、かもしれない。なので治ったことに実感が湧かなくても当たり前なのかも。それに、最初と違って症状が緩和されていけばコロッと治っていたと思い込んでも変じゃない。
少しずつ少しずつ治っていったのだろう。でないと不調を訴える頻度が減ることもない。見た感じでは少しずつ効果を増していき、今回漸く治験が終了したみたい。
治ったと口を揃えて言ったのでじゃあ、正式に薬をそれにすれば完治すると説明するつもりで妹の祈りの部分を否定しただけで、貰ったのは感謝じゃなくて平手。
全てを放り投げてもう知らないと言うカナベェルを責めることなど誰もできないはずだ。お前は冷たいと罵られたけれど、冷たい娘のおかげで病がほぼなくなったと知ったらどうなるのか楽しみだ。
愛の逆は憎しみとはよく言ったもの。家族愛など欠片もなくなり、そこに鎮座したのは生まれたばかりの怒りと憎悪。どうなったって構わない。本気で本能でそう思った。何も間違ってやしない。
冷たいと、妹の功績を盗むなんて卑しいと言われた娘に何があろうと助けなど求めるわけがない。仮に求めてきてもそんなのは真に求められたものではない。
薬に期待したその場限りの謝罪である。真剣に言おうとカナベェルの中では価値は動かない。叔母に言われたとて、用意なんて絶対にしないと決めている。
一人の人間としての生存戦略だ。物理的な意味ではない。精神的な意味での個人的な固定概念だ。自己肯定感というのは失ったら取り戻すのが大変であり、失わないためにこれと決めたものを突き通すべきだ。
偉そうに言ったが、自分でも人にすごいと言われるようなことをした身に覚えがある分まだマシだ。三人も薬の効能を見つけるなんて名誉にも匹敵するはずだし。
偉いと褒められて然るべき功績なのだ、本来は。ありがとうと喜ばれてそれで終わるだけのはずのもの。別にたいそうなものなんていらなかったのに。
喜んでもらえればよかった。やりがい摂取されているつもりもなく、純粋に家族のために何かしたいと病を退ける努力をし続けただけなのに。報われない。過去の己がひたすら報われないと心で泣いた。
折り合いをつけだした頃、療養で入院していた男が咳をしていたので薬を煎じていたらとても回復して大喜びした。
隣国の貴公子だったことでこちらこそ飛び上がる思いだった。まさか身分を隠して療養していたなんて思いもよらず。
「結婚してくれ!」
「え?」
病気を治したから好意的に思っているだけだと一番最初はお断りした。危ないところだ。自国ならば爵位の差で押し切られていたから、隣国であるだけセーフってところだった。
カナベェルは告白とこれで終わりだと安堵しつつ、叔母の代役で出て欲しいと願われた王室のパーティへ出席した。
その日、約束もしてないのに馬車が止まり中から告白してきて過去のものへと昇格させたと思い切っていたロエロが現れる。
あわあわはくはくと口を開け閉めしていると叔母がサプライズ成功ねと笑う。
「叔母様?」
「カナベェル、あなたは幸せになる権利があるわ」
「え、あの、いえ、え?なんのことか」
「いっぱい頑張った子は報われるべきなの。ね!」
「ええ」
ロエロも口を揃えて言う。二人はサプライズの共犯だったらしい。おずおずと手を差し出すこちらにあちらは笑みを浮かべて手を取ってエスコートしてくれる。馬車に乗ると叔母に手を振り相手に向き直った。
「ありがとうロエロ」
療養している間に爵位関係なく話してくれと請われたから、今は敬語なしで話している。爵位を考えたら考えられないようなこと。今は人目がないからこそできることだろう。
「気にするな。惚れた女性にかっこつけたいだけだ」
「そうなの?すごくキラキラして見える」
「大成功したってことだな」
フッと優しい笑みで返されて心が痛い。カッコ良すぎて心が痛くなるほどときめいた。
結婚してくれと一度言われた相手だが、今もこうして友人として付き合ってくれるような人格者なんて自分は、とっても恵まれている。
「王室のパーティなんて入れるの?招待されているの?」
「どこからか知ったらしくて送ってきた。目玉にでもするのかもな」
挑発するようにクッと企み顔で笑みを浮かべる様も似合っている。元より結構悪人顔なのだ。
王城に着くとお城の使用人らが馬車のドアを開けたり、確認したりして人が多行に及ぶ。どれだけ大きい催しなのだろう。
「今日の名目ってなんなの?よく知らないまま来たから」
「第五王子の婚約者選びだ」
「第五王子の名前も知らない」
第一王子なら教科書で習ったからそこだけは知っている。第五王子って新聞にも滅多に出ないんだけど。どこにいるのだろう、本当に。
学園に通っている世代ならば、そこから情報が社交界に流れてもおかしくないのになって。そうかと笑うロエロは楽しそうだ。
「行ったらきっと楽しいぞ」
ギリギリうちは国内の貴族みたいになっているが隣国の国籍なので別枠で叔母に送られている。移動した国は隣国なので今は祖国の国の城だ。
叔母は嫁いだ国にいるので隣国からの招き。許可は隣国の王城から得ているから気楽に行けるというわけだ。
ロエロはニコニコ笑ってなにか企みをしている顔をしているから、サプライズでもしようとしているのだろうかと思ったがどちらなのだろう。
カナベェルは王城に着いてから若干視線を感じた。なぜか考えたがわからないから考えるのをやめる。それよりも、ここには元家族がいる可能性は割と高い。なので、そちらの方に気を取られる。
元家族達がいるかどうかとりあえず知ってそうな人に聞いてみることにした。今日のパートナーに。で、どうなのと顎を引いて問いかけると彼は喉を震わせてこちらへ目線を合わせる。
「当然参加している。参加しないと周りから白い目で見られるからな。せざるを得ない」
「青白い顔で?」
「ああ。お前の家族の愛を綺麗さっぱり清算したせいで頭痛だの足の痛みだのが前より酷く襲っているそうだ」
嘘の病なら今も顔色よく参加できたのに、なまじ本当に病を得ていたから今まで楽になっていた不調が元に戻っているのだ。
日々不調を抱えての執務など捗るはずもなく、ベッドの中で歯をキリキリさせていると有名らしい。
父の負担がなくなるといいな、と執務の仕事も最初は軽めのものをしていたのだが、父が頭が痛いという時はガッツリしていた。ふと思い出す。
「そういえば、私が最後ら辺にはほとんど父の仕事をしていたんだけど、なんであの人はそのことを忘れてたの?」
「ん?どうした?」
ぽつりとこぼしたらロエロが拾い上げてくれる。
「父たちがしんどいしんどいっていうから代わりにやっておくっていったものを、よくなったのにやらなくなってたなぁって」
カナベェルはシンプルに効率のいいやり方をしていたからすぐに終わったが、彼らはそれを知らないので今頃責務やら仕事に追われてヒイヒイと肺から空気を取り出しているのだろう。自業自得なことだ。
「今は体調も戻っているから執務での仕事なんてできないだろうな」
「だと思う」
頷く。今までかなり大きな範囲で補佐をしていた。いや、正直に言おう。父が補佐をしているようなものにまでなっていまから、今になって改めてあの量をやるとなると気分が悪くなったというだけで止めた場合、山がさらに積み上がるだけだ。
カナベェルがそれだけやっていたのに病を治したと思った娘の方だけに感謝を感じた父からしたら、娘が仕事を手伝うことは当たり前であり当然であってそれはもう普通のことになってきたのだろう。
悲しくなってきた。縁を切ったけど思い出や楽しかった記憶はなくならない。愛していたから病だって治した。手伝ったし、おざなりになっていく対応に気付いていたが偏頭痛などを患っている人に、これ見よがしに私だけやってるよね?なんて言えない。
親の脛を齧っていたから。しかし、今までの服とか食べ物や家の住んでいる今までの値段などをなんとなく計算したとき、今までやってきただけの分でとっくに返していて、さらに黒字だったことを知った。
その時にはすでに家族たちから病の気配もなくなっており、そろそろカナベェルだけが頑張らなくても仕事をしてもらえるのかと期待してしまったのだが、そうはならなかったのだ。
そろそろかな?とやっぱり思い始めた頃に、妹が祈ったから治ったとうそぶいた。あの子は嘘を言ったつもりなんてもしかしてないのかもしれないけど。でも、姉が叩かれているのを見ていただけな身内に向ける情はその瞬間バキバキに割れたのは確かだ。
「カナベェル、居たぞ」
「ん?」
ロエロに呼ばれて顔を向けると元家族たちが顔色悪く立っていた。座ることができるのは王族たちが出てきた後になるので、まだまだ立ったままになるはず。
今までだったら社交はこっちでやっておくから休んで、とフォローしていたけど現在は二度と優しい身内の心ある言葉は聞こえることがないと知った彼らはどう思っているのか、結構気になる。
捻くれているのかもしれないけれど、ある日突然なんの非もないのに叩かれたら心が千切れるのは、仕方ないと思うのだ。
「居たね」
「顔色悪いな。あんなのでよく貴族ができてたもんだ」
「両親は若かった歳で無理しても頑張れてたけど、それも私が生まれたあとって感じまでかな。妹は私が薬を処方した頃にデビュタントでパーティに出るようになったから、多分そこまで苦労を知らないかも」
妹がパーティに出られる年になる頃には病持ちだった話も収まっていて、さらには姉の自分が少しでも顔色が悪かったら代理で出たりしたから、こんなに酷い時にパーティに出たことなぞ経験したことがないんじゃないか?と思い出す。
三人はしんどさや辛さでこちらに気づくことなく、カナベェルたちは個別に楽しむ。第五王子の嫁探しならばお気楽に過ごせる。隣のロエロと婚約しているから狙われることはない。
あっても横入りは無理だ。隣国の婚約を壊そうとしてもまずもって、王家が全力で止めようとするだろうし。そういうことで、カナベェルの元家族たちもいまとなれば至極簡単に退けられる立場なのだ。
見つけられても簡単に声はかけられないだろうか、それとも縁を切ったことすら頭から飛んでいってしまうのか。ダンスの時間になってパートナーのロエロと躍れば今までの憂鬱な気持ちが少しマシになった。
「あ、お前の元家族がこちらを見てた」
「え、嘘?本当?」
「本当だ。ちらっと見たら目が凄く合った。恋が始まりそうなくらいこっちを見てた」
三人一緒に恋でもしようというのか。冗談に吹き出して笑うと彼もクスクス笑った。家族たちが見ていると知っても動揺は思ったより少ない。これもそれもロエロのおかげだ。
ダンスの時間が終わるとフリータイムになり、第五王子が動き出す。ここからが本当のお見合い編みたいな時間になるのだろう。
予め目をつけていたらしき令嬢のところへ行くが、他の令嬢がそうはいくかと気迫ある速度で、王子のところへ足早に行くのが見えた。
今回はお見合いの名目で行われた者なので王子も令嬢たちを無碍にできない。これで拒否しようものならば、批判が一気に王家へ串刺しにされてしまう。
カナベェルだってもし相手が誰もいないのならば、抗議の一つはしたくなるだろう。人の時間を使っておいて出来レースするなと。初めから本命呼べと言いたくもなる。
「お姉様っ」
「縁が切れているのにセオリー通り姉と呼ぶ元妹がこっちへ来たな?」
「やめてよ、もう、笑っちゃうでしょ!」
カナベェルはここへ来る前にセオリーというお約束があり、もし彼らが本気で困っていた場合やりそうなことを一通りロエロへ教えていたのだが、本当にやったなと呆れた声音と笑いを我慢するように耐えた。
「聞こえてるよね?カナベェル姉様!」
彼はよくこうやり、こちらを笑わせてくるのだから困ったサンだ。そろそろ振り向かないと目立つことになるかなと、しょうがない元妹だと振り返ってあげることにした。
「初めてお会いするけど誰?」
「っえ、なんで、私よ!あなたの妹のっ」
皮肉だし、叔母の苗字になり移籍してから初めて会うから間違いではなかったりする。
「私にあなたみたいな妹はいなかったはずなんだけど……偽証するのはやめて?」
「そんなわけないでしょう!?私はあなたの姉で、家族でしょっ!」
聞き分けのない幼児みたいに頭を振り回す。精神的に幼いとは思っていたが、パーティで粗相をしていることにも気づかない。爵位が上の人間への不敬でもあり、隣国の人間に対するマナー違反。
どれだけ騒いでも既に家族ではないから、赤の他人扱いされる。世間では元家族なのに酷いと言われることなのかもしれないが、外から見れば籍を抜いたから法的に他人として処理され、普通の加害者として一切の慈悲なく裁かれる。
「嘘つかないで!嘘つきね!」
それが他人になるということ。家族と決別した日、彼らはその道を選んだ。家族ではなくなる選択肢を選んだカナベェルを引き止めもせずに、追い出すように責めたのを忘れたとは言わせない。
「おまけに意地悪よ!」
「嘘つきってご自分のこと?」
「は、な、なに?私は嘘つきではないのっ」
妹の形をした過去の負債は首をブンブン振る。今まで嘘つきと指をさされたことがないから戸惑っている。感情がブレブレに揺れていき、こちらを睨みつけた。睨みつけられるほどの感情はもうない。無関心に似た虚無。そう言うしかない。
「お父様、お母様、この人こんなところにいたのっ、来て!ここよぉここぉお!」
元妹ははしたなく叫び出した。ロエロもさすがに野生の動物みたいに叫び出すとは思わず、二人して醜態を超えた奇行に目を白黒させる。
周りの目も勿論集めてしまうので、父と母は妹を止めるためかこちらへ足早に来て、己らの子供の腕を掴む。
今更もうリカバーできるとは思えないけど、掴んででも止めねばならないことくらいは緩い思考でも、なんとか理解したみたいだ。
「ほらっ、見て!この人私を妹じゃないって言うのよぉ!酷いと思わない!?」
「静かになさい!」
「いたっ!?え、お母様……え、痛いってば」
妹の腕を爪が食い込むほど掴んだらしい。余程、余裕がないように見える。実際に、隙間もないほど具合が三人とも悪いのだろう。
「行くぞ」
父親が妹を黙らせるために口元へ手をやる。かなりの力が入っているのがここからでもわかって、笑いを堪えるのが大変だ。
「お父様!?ん、んぐぐ!ぐうう!うう!ううううっ」
他に何か言おうとしたが、妹を引きずって向こうへ行く。周りの評価が土より下になったから、今どうにかしたとしても無駄なこと。
呆気に取られて三人家族を見ていると、周りは三人のことを面白おかしく言い始めた。妹がこれだけやれば、明日には尾鰭がついた酷い噂でも誕生しているな。彼らはスキャンダルが大好きだからわかる。
巻き込まれたくないけど、調べれば家族というのはわかる。残念だけど、こちらが縁を切っていると事実を言っても時系列を無視して、騒動が起きて縁を切るなど薄情だと言う人も出かねない。
王家のパーティなので父母たちは娘を馬車にでも押し込んでまたこの会場に戻ってくる。でないと、途中退場は余程、体調に異変ありとかでもない限り無理だと思う。
いくら体調が悪くても這ってでも社交しておかないと、領地は孤島でやっていけやしないのだから。
今やった娘の騒動で手遅れであるし、周りが関わり合いたくないから話しかけられても割とすぐに話を切り上げられることになりそう。
切り上げられるということは貴族として落ちていく可能性が高まる。今も相当追い込まれているらしいし。顔色だけでも今すぐ土に還りそうな程土色で、さらに今回のことで胃に穴でも空くのかもね。
正直話しかけられるとは思っていたが、テーマパークでぬいぐるみを見つけたみたいな反応をされるとは、予想していなかった。もっと罵倒から始まったり睨まれたりと、ありそうな感じの確執盛り盛りで来るんだと思っていて。
「強烈だな」
「私もびっくりした」
お互い話し合っているとグラスを合わせる。かちんと透明感のある音をさせ、美味しいシャンパンを味わう。味を感じ取ると大人の仲間入りをしたのかと面白さがある。
元家族たちのことなど忘れ話し込んでいたが、両親たちの兄弟夫婦が話しかけてきたことにより、快適な時間は邪魔される。なぜ話しかけてくるのだ。もう何の関係もないのに。
いくら叔母のところの養子になったとしても、本来の家族に虐げられた身の上で和気藹々と話すわけがない。他人は親と親の身内は別人だと諭したりするかもしれないが、親と血が繋がっていると言うだけで敵に見えてくる。
叔母はカナベェルの頑張りをいつも褒めてくれたからこそ、叔母だけは身内の中で信じられる。叔母の本当の子供になりたかったとよく想像した。
そうしたら幸せすぎて涙が出た。でも、本当の娘ではないから頑張ろうと思える。いいところも悪いところもあるのだ。それを他の家は本当に血の繋がった身内たちで補う。
叔母とは繋がっているにはいるので無しではない分、家族の中に入れる。幸運なのだ。すごくとてつもなく、本来手に入れられなかったはずなのに。
王族のものが出てきて楽しんで欲しい的なスピーチが言われ、第五王子もちゃんと祝われている中で無作法ではないが来るな、絶対来るなオーラを発しているのに会いにくる気配。言わずともわかりやすい気配だ。
「カナベェル」
「カナベェル」
二人分の男女の声音を耳が拾う。他人になったのに気安く名を呼ぶことに、とてつもない深い不快感が走る。
「私のことは苗字でお呼びください。名を呼ぶ許可を貴方に出してしていませんよ」
定番のようなセリフを元親に当てはめる日が来るとは思わなかったなと、内心から笑いする。取り合わなくてもいいんだぞとロエロが視線で伝えてくるが、無視したらうるさそうであるから。言わなかったらいつまでも娘扱いしてくてくるだろう。
「お、親なんだから名前を呼ぶのは当たり前だ」
「娘ではないと言われまして、それなら私の方も親ではないと切っていくのは当たり前ですよね。娘ではないという言葉を軽々しく言った方とはお付き合いできません」
父が反論してきたが娘だの親だのとポンポン付け替えできる代用品扱いは、あの日の発言を軽くする。指摘してあげると相手は目を真っ赤にしていく。
母が前にスッと出たらロエロが前に出て威嚇するように、強い瞳で牽制する。
「近寄るのはやめてくれ」
「は、私はこの子の母親なのですよ?近寄って抱きしめたいだけなの」
近寄ってきたと思ったら抱きしめようとしていたのか。気持ち悪い。
「そんなことをされたら気持ち悪さで突き飛ばしてしまいそうなのでおやめください。私は子供ではなく大人なので人語で話してもらえますか?あなたたちはそんなこともできない野生の人間なのですか?抱きしめて終わらせようとしていないのなら言葉を話してください。話せるんですよね?」
嫌味、皮肉で付け加えていくと母という物体はセンスを取り落としそうなくらいショックを受けていた。もしかして偏頭痛が今もあるのかもしれないが、そんなことはこちらが配慮する気はない。
昔は母が少しでも体調や具合が悪かったら、すぐ椅子に座らせて風を送り背中を撫でていた。それもこれも、されて当たり前になっていたらしい。拒絶されるとは思っていなかったような反応する顔に反吐が出そう。
「あんなに私たちを介抱してくれたのに。あの時のあなたはどこに行ったの?もしかして、叩いたことを今も怒っているの?」
「え?何を当たり前のことを言い出すかと思えば……叩かれて怒らない人がいるのなら凄いですね。真偽も確かめず有無を言わさず暴力を振るう方たちと関わり合いたくない気持ちは、皆一緒ですよ」
頬に手を当ててあの時の痛みが思い出される。なんの非もないのに。叩かれたことがないから、叩いた人はきっと常日頃暴力性を隠していたのだ。
「近寄らないでください。また、なにもしてないのに殴られたくはないので」
大きな声で会場の人たちに聞こえるように、声高らかに響かせた。発言にギョッとなるのは両親たち。前々から叩かれてきたようにさらに思わせていく。一度だけだが、自身にとっては一度は一度。ゼロじゃないのだ。
「やめないか!叩いてない!」
嘘つきだ。叩いたくせに。今も夢に見るのによくも目の前で言い切れたね?
「本当に?私は覚えている。妹が祈りで治したんじゃないって、私がやったって言った瞬間、あなたが私を叩きつけるのを。なのに、叩いてないの?っていうか、バカですよね?なんです?祈りで治ったって。今時小さい子でもそんなのありえないってわかるんですど?」
「あ……それは」
周りへ向けてなぜ叩かれたのか状況を教えると大人たちはなんだそれはと呆れたり、クスクス笑って嘲た笑みを耳に届けていく。
「ふふ、なぁにそれぇ?祈りで治るって」
「そんなので治るわけないじゃありませんの」
「子供でもわかることなのにな」
「でも、今は体調が悪そうですが?」
「治ってないじゃないの」
「当たり前のことを言ったのに叩いたのね」
「指摘したら叩くなんて親ではないな」
「頭が悪いのかしら?いやぁねえ。関わり合いたくないわ」
「あそこはなんの家だ?」
段々、次々と愚かな者たちのことを人々は囁き始める。
「ち、違う!わ、わ、私たちはっ」
「奴隷のように娘を使い捨てにした人たちからの視点はこんなものですよ。よかったですね、正当に評価してもらえて」
ニコッと祝いの言葉と共に告げる。これで世間から何もしてない娘を叩いて追い出してしまった人で無しと知れ渡った。
カナベェルとしては上々な結果だ。彼らの非道さを周りに示せたのだから。クスッと笑いが抑えられなくて扇子で顔を隠す。おっと危ない危ない。
ロエロと目配せして祝杯をあげる。そうしていると妹がこちらへ走って来ているではないか。手にフォークを持っていると知ったのは、高くそれが掲げられてシャンデリアの灯が先端をキラリと光らせたとき。
「カナベェル!」
相方の声が聞こえたと思ったら視界がブレた。彼が咄嗟に腕を引いてくれたのだ。心音がバクバクと騒音をさせている。こんなトラブルは予期しておらず、しんどいしんどいと弱々しく弱音を吐いていた妹は憎しみに目をギラギラさせて、汚らしい泥を吐き出す。
「あんたのせいで!」
妹が抜け出して会場に戻っていた。
「……」
「黙って薬を処方し続けてればよかったのよ!祈りで治ってなくても私のために裏方に徹するのが姉でしょ!?馬鹿正直に薬を出したなんて言うからあんたなんてお父様に叩かれて捨てられるのよぉ!ほんっとうに頭が悪いんだから!取り柄なんて暗い部屋で薬を作ることしかないくせに、なにヒーローみたいに名乗りでちゃってるのぉ?結果はお察しで笑いを堪えるのに苦労しちゃったじゃない。バカっていうのはあんたみたいな冴えない女のことを言うの!」
妹が再びフォークを振り上げると客たちも事態を飲み込み把握し始めたのか、ひゃーっという声や悲鳴があたり一面を覆う。
「さっきから好き勝手ぶちぶち言うな!」
ロエロが声を剣呑にさせてテーブルクロスを引いて、上に乗っていたものが全て落ちていく音と共に妹へバサリ!と乱雑にかけて縛り上げた。芋虫みたいに暴れる姿に会場の人間たちは青ざめて引いている。
生みの親の二人はどうしているのか見ていると、王が指示したのか責任者がしたのか兵士が両腕を掴んで拘束するのが見えた。こちらと目が合う。
「カナベェル!助けろ!」
「助けて!今までだって私たちを助けてくれていたでしょ!?」
「気付いたのに謝ることもお礼を言わずに、私に話しかけてきたの?」
純粋な疑問をポンと投げかけると親二人はポカっとした顔を浮かべる。
「親を助けるのになぜ礼を言わないといけないんだ」
「薬を作っていたと知らせてもいないのに、気づかなかったことを責めるのはおかしいわ」
カナベェルはまだそこに立ち止まっていたのかと呆れた。問題提起はそこではない。
「体の辛さがなくなったのなら祈り以外の理由があると子供でもわかることを、この子が言ったからと信じ切るのが気持ち悪いって思ったから、言う気もなくなったの」
ウゴウゴと動いているシーツお化けを指さして告げると、実親二人は顔を真っ赤にして親不孝者と言う。現実を知らしめられると人は似たことしか言えなくなるみたいだ。
「最初に子供を追い出して不幸に陥らせようとした張本人がなにを今更、常識人みたいなことを」
兵士たちに連れて行かれ、妹もテーブルクロスに包まれて連れて行かれた。ロエロが怪我はないかと聞いてそういえば自分は襲われたのか、と思い出す。思い出したらアドレナリンが切れて震えた。
ロエロがいなかったら流血沙汰になっていただろう。ここに居たのが彼で、隣にずっと居てくれて助かった。彼に何度もありがとうありがとうとポロポロ泣きつくと頭を撫でられた。
本当は家族と会うのは怖くて仕方なかった。叩いたあの一回だけで父にまたいつ叩かれるのか、と人目があるのに痛みと仕草が思い出されて体が実は震えて止まらなかったのだ。
妹の形相とフォークが自分の中に悪夢となって体現するのは、夜になるまでわからないけれどできればなにもなければいいのに。カナベェルは力の抜ける足を叱責しながら椅子に座った。
「謝られるって思ってた」
「……ああ」
ロエロはなんのことだと聞かなかった。薬について気づかなくてすまなかった、叩いて悪かった。追い出してすまなかった、妹が騒いで申し訳ない。
会ったらきっとすぐにダルい体を我慢して、今までの献身のありがたみを知った上で謝罪と感謝がくると愚かにも思っていた。
「まさか、全部やったことを無かったことにして話しかけてくるなんて。妹なんて私に凶器向けてくるし……何が悪かったのかな」
周りに知ってもらって本当に悪いのは自分たちだって、意識してもらいたかった子供心であり最後の親孝行に気付きもせず、母と父は最後にカナベェルに向かって親不孝な子供と酷く乾いた言葉を投げつけて来た。
「悪くない。お前は何も悪くない」
悪いのは追い出したくせに最後まで子供に甘えきって寄りかかり、許してもらうための言葉も惜しんだ大人の狡いやり方。彼は遠回しにやや笑いながら励まそうとしてくれる。
「憎み切りたかった、んだけど……どうしても、難しいね」
恨みたい気持ちと恨み切れない気持ちがぐちゃぐちゃになって、瞼もカッカッと熱い。ロエロが肩を手でグッと胸板に押し付けて、何度もポンポンと柔らかく叩く。
「ごめん。すっきり縁を切って文句を言って、因果応報ってさっぱり終わらせる予定だったのに」
「愛していたって気持ちは簡単に無くならない。人の感情は一つだけじゃないだけだ」
「うん」
カナベェルたちは騒ぎが起こった会場から静かに帰った。周りから視線は常に感じていたが誰も話しかけてはこなかったのが幸いだ。
後日、元家族たちは主催者宅で傷害事件を起こした責任を取らされた。王家がやっていたものなので、とんでもない出来事であると批判に次ぐ批判。叔母も家系ではあるがカナベェルを理不尽に追い出した後、保護した行為が認められてお咎めなし。
叔母をそういった意味で助けられたのは僥倖だった。カナベェルを保護せず発覚していたら、慈悲なしの一族郎党連帯責任コースだ。
ロエロはカナベェルの精神が疲弊しているから叔母をまた味方につけて、屋敷に滞在しては身分を全面に押し出して無理矢理外に散歩させたり、なかなかな荒療治をした。
散歩も悪くないからどんどん些細な時間が楽しくなり楽しみになって、ロエロのこともいつの間にか隣にいて欲しい人でホッとする緊張しない相手と認めるしかない。
元家族の領主一家は貴族籍を剥奪され、カナベェルらに権利が移行してしまった。結局戻ることになった場所。話し合って恩人の叔母に権利を渡すと突き返されて好きにすればいい、と戻される。
売るのも人を雇うのも自由にしていいと言われた。売るのは王家のみだが売れば貴族として生きる必要性はなくなる。
建物は壊すのが勿体無いから有料の医療施設として使い、新しく小さめの領主館を建ててそちらに住むことにした。
「ロエロ、色々ありがとう」
家族との思い出が詰まった場所を壊すには決心がつかず、だからといって維持費もバカにならない。どうしたものかと悩んでいたら、薬を作れる長所を生かして療養所を作ればいいとアドバイスをくれたのだ。
「楽しそうでなによりだ」
手を握られながら幸せそうに告げられ、自分に向ける顔はそれで合っているのかと何度も問いかけそうになった。彼はこちらを優しい瞳で見つめて口元をふわっとさせる。彼が幸せそうなら自分はもしかしたら幸せなのかもしれないと、ふと思った。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。コツコツ治したのに手柄横取りは憤慨ものですよね




