囲い込みは静かに完成する
俺の、女神様は――
相変わらず、おかしい。
即位式の余韻が砦に残る中、
彼女は廊下の窓際で立ち止まり、
光る自分の指先を見つめて困った顔をしていた。
「……ねぇルイ。これ、ほんとに治る?」
淡く、きらきらと。
感情が揺れるたび、肌が光を含む。
その様子に、周囲の者たちは距離を取る。
畏怖と敬意と、祈りを混ぜた視線。
だが彼女は、それを自分に向けられたものだと理解していない。
だからこそ。
俺は、一歩、彼女の隣に立つ。
影を落とす位置。
外界と彼女の間。
「治ります」
即答だ。
迷いはない。
「治します。俺が」
その言葉に、彼女は少し安心したように笑う。
「……だよね」
その瞬間、
周囲の空気が静かに定まった。
――王の隣は、彼女の場所だと。
誰も異を唱えない。
異を唱える理由が、存在しない。
俺は気づいている。
これは、力で囲ったわけではない。
命令でも、拘束でもない。
善意だ。
・身体が万全ではないから
・信仰が過熱しているから
・王妃候補としての安全確保
・女神像が勝手に増えているから
・国務上、目立ちすぎるから
理由はいくらでもある。
どれも、事実だ。
だから彼女は、拒めない。
「しばらくは、砦の内側で過ごした方がいいですね」
「……そう、かな?」
「はい。皆、貴女を大切に思っています」
嘘ではない。
一言も。
「外に出れば、触れられます。拝まれます。
それは、今の貴女には負担です」
彼女は、少し考える。
その間、
俺は彼女の背後に立つ。
逃げ道を塞ぐためではない。
守るための配置だ。
「……じゃあ、研究室に籠る!」
可愛らしい結論だ。
「ええ。最善です」
研究室。
砦の最奥。
警備も、導線も、把握済み。
彼女は気づかない。
自分で選んだと思っている。
それが一番、自然だから。
廊下の向こうで、レオと目が合う。
彼は、すべてを理解している顔だった。
――ああ。
だから、黙ったのか。
賢明だ。
今、誰かが口を挟めば、
彼女は不安になる。
不安になれば、俺に縋る。
その結果は、
さらに囲いが強くなるだけだ。
レオは視線を逸らした。
了承だ。
「ルイ?」
彼女が、不思議そうに俺を見る。
「どうしたの?」
「いえ」
微笑む。
「婚約の件ですが」
彼女は、一瞬きょとんとした。
「……え?」
「もう、許可はいただいています」
両親。
イヴとアダム。
即位の混乱の中で、
静かに、だが確実に。
「王として、
そして一人の男として」
彼女の手を取る。
触れる。
逃げない。
「貴女を迎えたい」
沈黙。
彼女の思考が追いついていないのが、
手の温度で分かる。
「……え、待って」
「待ちません」
穏やかな声。
「結婚式の準備に入ります」
「婚約は!?」
「その過程です」
論理は完璧だ。
「だって……私……」
「女神様、でしょう?」
冗談めかして言う。
だが、周囲は一斉に頷いた。
彼女は言葉を失う。
――詰んだ。
そう顔に書いてある。
だが彼女は、
まだ「逃げられない」とは理解していない。
理解する必要はない。
俺が、選んだ。
選び続ける。
彼女が迷わないように。
不安にならないように。
失わないように。
「大丈夫です」
額に、軽く口付ける。
「全部、俺が整えます」
善意の顔をして。
優しさだけで。
囲い込みは、
音もなく、完成した。
――次は、結婚式だ。




