兄貴、胃が痛い
正直に言う。
俺は、めちゃくちゃ笑った。
「女神さまが、王冠をぽすん、てな」
即位式の後、回廊の隅で聞いた報告に、腹を抱えた。
笑うしかなかった。
だってそうだろ。
あのメイだぞ。
床に寝っ転がって、
「え? これ私がやるの?」
とか言いながら、王の頭に王冠をのせた女だ。
神々しさの欠片もない。
いつものメイだ。
……なのに。
「女神さまー!」
「こちらをご覧ください!」
「祝福を……!」
砦の中庭は、すでに祭りだった。
俺は、頭を抱えた。
「……終わったな」
誰に言うでもなく、呟く。
隣に立っていた騎士が、真顔で頷いた。
「はい。終わりましたね」
違う。
そういう意味じゃない。
俺が言ってるのは――
メイの逃げ道が。
通路を歩くメイの後ろを、少し距離を取ってついていく。
避けられる。
拝まれる。
感謝される。
メイは、全力で混乱していた。
「おかしいって!?」
「私、錬金術師だから!」
「神格とか無理だから!」
必死だ。
本気で否定してる。
……それが、もう、手遅れだって気づいてないだけで。
俺は、視線を前に戻す。
ルイがいる。
少し離れた位置。
だが、常にメイの視界に入る場所。
立ち位置が、もう違う。
あいつはもう、
「横にいる男」じゃない。
――囲ってる。
無意識じゃない。
計算でもない。
ただ、
失った恐怖を、二度と味わわないための配置だ。
「……あー」
喉の奥から、変な声が出た。
胃が、きりきりする。
俺は知ってる。
メイが一度、死にかけたことを。
心臓を貫かれて、
時間が止まって、
戻ってきたことを。
あの時。
世界が静止した瞬間、
ルイが何をしたかを。
見てしまった。
だから分かる。
今のこれは、恋だの愛だの、
そんな軽いもんじゃない。
執着と誓約と恐怖の塊だ。
しかも最悪なのが――
メイが、まだそれに気づいてないこと。
「兄貴!」
突然、呼ばれる。
振り向くと、メイがこっちを見ていた。
笑ってる。
いつもの顔だ。
「ねぇ、これ絶対おかしいよね!?」
「……ああ」
俺は、笑った。
「めちゃくちゃおかしい」
メイは安心したように頷く。
「でしょ!? やっぱり!?」
ああ。
分かってない。
俺は、内心で呻いた。
分かってないのは、お前だけだ。
ルイの視線が、一瞬だけ俺に向く。
目が合う。
言葉はない。
だが、伝わる。
――黙ってろ。
俺は、肩をすくめた。
言わない。
言えない。
今、俺が何か言えば、
メイは壊れる。
ルイも壊れる。
砦も、国も、
下手すりゃ全部だ。
「兄貴、どうしたの?」
「……いや」
俺は、いつもの調子で笑った。
「女神さまの護衛は大変だなーって思ってさ」
メイが、むっとする。
「やめてよ!」
「冗談だって」
冗談。
そう。
冗談にしておくしかない。
だって俺は、
奪う側には回れない男だから。
剣は振るえる。
護ることはできる。
でも。
あいつから、メイを引き剥がすことは、
もうできない。
できないと、理解してしまった。
「……絶対に目を離さない」
小さく、誓う。
それだけは、変わらない。
愛を手放さず、
一歩引いた場所で、
最後まで護る。
それが、俺の役目だ。
胃は痛い。
正直、めちゃくちゃ痛い。
でも。
メイが笑ってるなら。
生きてるなら。
それでいい。
……それで、いい。
「はぁ……」
ため息をつくと、
遠くでまた声が上がった。
「女神さまー!」
俺は、天を仰いだ。
「……勘弁してくれよ」
兄貴は、今日も胃が痛い。
レオ




