王となった男の視線
王冠の重みは、思っていたほどではなかった。
金と宝石。
歴史と責任。
民の期待と、国の行く末。
それらすべてが、頭上に乗っているというのに。
俺の視線は、最初から最後まで、ただ一人を追っていた。
――メイ。
ふわふわのクッションに身を預け、
あまりにも無防備に、あまりにも自然体で、
王冠を「ぽすん」と俺の頭に置いた女。
ありえない光景だ。
本来なら、神官が、あるいは重鎮が、
厳かな儀式のもとで行うべき行為。
だが。
彼女がやった。
面倒くさそうに。
少し困った顔で。
「これ、ダメでしょ」と言いたげな表情で。
――それが、たまらなく、可愛かった。
自己修復。
最大強化。
その副作用として、彼女の美は、明らかに質を変えていた。
艶やかさが、留まることを知らない。
光を反射するのではない。
内側から、滲み出ている。
呼吸。
指先。
まつ毛が瞬く、その一瞬。
すべてが、過剰なまでに目を引く。
彼女をひと目見た者は、疑う余地もなく、こう思うだろう。
――なんという、美を放つ女神だ。
実際、視線は集まっていた。
民も、騎士も、子どもたちさえ。
だが。
それを許している自分に、気づいてしまった瞬間、
胸の奥が、ひどく軋んだ。
……いや。
許してなど、いない。
俺は、何度も何度も、彼女に見惚れていた。
即位の宣言が読み上げられている間も。
祝福の声が重なっている間も。
彼女が、少し体を動かすたび。
クッションが沈むたび。
淡く、肌が煌めくたび。
「人間、やめかけ」
以前、彼女がそう言っていたのを思い出す。
……くすり。
思わず、笑ってしまった。
俺の女神様は、おかしい。
自覚がない。
自分が、どれほどのものになりつつあるか。
気持ちが昂ると、
その身体が、淡く光ることも。
制御できていない魔力が、
彼女の感情に素直すぎる。
――危険だ。
そう、理性は告げる。
だが。
その危うさごと、
俺は、愛おしいと思ってしまっている。
王となった今。
俺は、国を選んだ。
民を背負った。
だが。
優先順位は、変わらない。
メイの隣から、離れる気はない。
いや。
離れられるはずがない。
早急に。
早急に――
彼女を、俺だけの女神に。
建前はいくらでも用意できる。
守るため。
安定のため。
国の象徴として。
だが、本音は、もっと単純だ。
……沈み込みたい。
彼女の温度に。
彼女の匂いに。
彼女の呼吸に。
世界から切り離された場所で、
彼女だけを感じていたい。
即位式の終わり。
歓声。
祝福。
すべてが、遠い。
彼女が、こちらを見る。
少し困った顔。
「詰んでない、まだ」と言い聞かせるような表情。
……ああ。
その顔も、声も。
俺だけのものにしたい。
王冠の重みが、ようやく意味を持った。
これは、国のためではない。
彼女を、失わないための――
力だ。
俺の女神様は、おかしい。
だが。
そう思い続けている俺こそが、
誰よりも、狂っている。




