なぜその実力で、死にかけるの
森の奥は、音が少ない。
静かすぎて、逆に不安になる。
鳥は飛ばず、
虫の羽音も遠い。
……嫌な予感。
私は、無意識に魔物避けのポーションを指で確かめた。
ちゃんと、振りかけた。
等級も、低くない。
それなのに、
空気が、重い。
「なあ」
レオが、足を止めた。
「この辺、変だな」
だよね!?
やっぱりだよね!?
「魔物避け、効いてない感じします」
「だろ」
軽く言うけど、
その声は低い。
つまり――
効かない相手が、いる。
等級以上の魔物。
知識としては、知ってる。
そして。
草を押し分けて、
それは現れた。
巨大な、サーペント。
太さは、
馬車の車輪よりも太い。
鱗は、鈍い光を帯び、
目は、こちらを“餌”として認識している。
……あ。
詰んだ。
「……でっか……」
声が、間抜けに漏れる。
魔物避け?
意味ない。
ポーション?
このサイズ相手に?
……焼け石に水。
頭の中で、
一気に現実的な結論が出た。
――無理。
その瞬間。
レオが、
ふっと、視界から消えた。
え?
瞬きする間もない。
次の瞬間。
――スパァン。
乾いた音。
巨大な首が、
宙を舞った。
血が、
遅れて噴き出す。
どさり。
……終わった。
魔物退治、完了。
私は、
しばらく、口を開けたまま固まっていた。
「……え?」
レオが、
何事もなかったみたいに剣を拭う。
「よし。
これで安全だな」
……え?
いや、待って。
「今の……なに……?」
「斬った」
それは、見た。
問題は、
どうやって。
「……あのサイズを?」
「首、柔らかいとこあるだろ」
あるの!?
そんな情報、知らない!
「真正面から殴り合う魔物じゃない。
視線を外した瞬間が、隙だ」
淡々と語る。
……怖。
「な、なんで……
そんな実力で、死にかけるんですか……?」
我慢できずに、聞いた。
レオは、少しだけ苦笑した。
「強い=死なない、じゃないからな」
歩きながら、言う。
「正面装備の戦闘なら、
まあ、そう簡単には負けねぇ」
でも、と続ける。
「現実は、非対称だ」
待ち伏せ。
不意打ち。
どこが前線か分からない戦い。
「どんなベテランでも、
初撃は防げないことがある」
爆発。
罠。
影からの一撃。
「数に囲まれりゃ、
運が悪けりゃ、当たる」
技術と無関係な、
“ラッキーショット”。
「寝てねぇ日が続けば、
判断も鈍る」
慣れゆえの過信。
いつもの、という思い込み。
「装備もな。
壊れる時は壊れる」
地形。
天候。
自然の機嫌。
「そもそも俺らが行く場所ってのは、
普通の奴らなら全滅する場所だ」
……。
「だから、強さってのはな」
レオは、肩をすくめた。
「死なないことじゃない。
死ぬ確率を、ちょっと下げるだけだ」
そして、
生きて帰る執念。
私は、
その背中を見て、
ごくりと唾を飲んだ。
……やばい。
この人、
思ってたより、ずっと――
化け物だ。
「……」
しばらく無言で歩いて、
私は、決意した。
全力で、
お世話になろう。
「兄貴!」
勢いよく呼ぶ。
レオが、振り返る。
「ついていきます!」
真顔。
「命、預けます!」
「お、おい……」
レオが、苦笑した。
「特別だぞ?」
「はい!」
マジックバッグから、
とっておきの――
スパイシー干し肉。
渾身の献上。
「……ほう」
レオが、受け取る。
「分かってるじゃねぇか」
……よし。
命綱、確保。
巨大サーペントの亡骸を横目に、
私は、心底思った。
なぜ死にかけたか。
答えは、
この世界が、常に理不尽だから。
だからこそ。
強い人の隣にいる。
それが、
今の私の、最適解だった。




