即位準備
部屋の空気が、やけに重い。
重厚な石壁。
長い卓。
燭台の炎は揺れているのに、場の緊張は微動だにしない。
メイは――その中心に、いた。
両隣には、両親。
後ろには、いつもの位置でレオ。
正面には、玉座代わりの席に座るルイ。
さらに周囲を取り囲むのは、砦の主要人物たち。
元騎士団長、魔術師長、治癒魔術師の代表、行政を担ってきた重鎮たち。
――全員、真剣。
メイだけが、違った。
(……場違い感が、すごい)
椅子に座ってはいるが、背筋がふらふらする。
視界が、ほんのり明るい。
(あ、これ……)
先ほど研究室で飲んだ、治験ポーション。
まだ、体内で仕事をしている。
魔力が、ぽん、ぽん、と弾ける感覚。
頭の奥が、じんわり温かい。
(わぁ……)
一瞬、視界の端に、花が咲いた気がした。
(お花畑が、みえる……)
ぱちぱち、と瞬きをする。
その間にも、会議は進んでいた。
「即位に関する手続きは、簡略化が可能です」
「民心はすでに殿下に向いております」
「ディバン帝国軍の壊滅により、外的圧力は当面ありません」
早い。
異様なほど、早い。
決断が、次々と下される。
迷いが、ない。
ルイの声は低く、静かで、しかし即断だった。
「――即位式は、明日行います」
空気が、ぴしりと締まる。
重鎮たちが一斉に頷く。
異論はない。
メイは、その瞬間、ぼんやりと思った。
(へー)
――明日。
(はやいなぁ……)
ぱち、とまた花が咲く。
その横顔を、後ろからレオが見ていた。
(……ん?)
違和感。
いつもより、反応が遅い。
目の焦点が、合っていない。
(なんだ?)
少し身を屈め、メイの顔を覗き込む。
(……赤いな)
ほっぺたが、ほんのり赤い。
熱を持っている。
(熱っぽい?)
その視線を、ルイも見逃さなかった。
正面から、メイを見つめていたルイの眉が、わずかに寄る。
――赤い。
呼吸も、少し浅い。
瞬間。
椅子が引かれる音。
「失礼します」
言うが早いか。
ルイは立ち上がり、迷いなくメイの元へ歩み寄った。
次の瞬間、彼女の身体が、ふわりと浮く。
「わっ」
声を上げる間もなく、抱き上げられる。
腕は、安定していた。
揺れない。
怖くない。
むしろ――
(……あ、好き)
ぽろっと、唇から零れた。
無意識だった。
ルイの動きが、一瞬だけ止まる。
そして、間髪入れず。
「俺も好きです」
きっぱり。
静かな部屋に、はっきり響いた。
「「まぁ!!!」」
両親の声が、綺麗に重なった。
イヴは目を見開き、アダムは一瞬で全てを察した顔になる。
「……なるほど」
「そういうことか」
納得が、早い。
周囲の重鎮たちはというと。
――すでに察し済み。
誰も驚かない。
誰も止めない。
(ですよね、という空気)
レオだけが、苦笑した。
(あー……言っちゃった)
ルイは、そのまま踵を返す。
「治癒魔術師を呼んでください」
「至急」
命令は短く、明確。
「え、ちょ、だいじょうぶ――」
メイが言いかけたが、視界がまたふわっとする。
(あ、花……)
両親も慌てて立ち上がる。
「メイ!?」
「大丈夫か!?」
ルイの腕の中で、メイは安心しきった顔で、ぼんやり笑った。
「だいじょうぶ……たぶん……」
たぶん。
(ポーション、ちょっと、強すぎたかも……)
その様子を見て、ルイの表情が、ほんの少しだけ歪む。
(勘違いだ)
これは、熱のせいだ。
治験の影響だ。
――そう、分かっている。
分かっている、はずなのに。
「好き」と言われて、返さない選択肢など、最初からなかった。
会議室に残された者たちは、自然と席を立った。
誰も、この流れを止めようとはしない。
明日の即位式。
その中心に立つ王と、
すでに腕の中にいる存在。
――すべて、繋がっている。
レオは、最後にぽつりと呟いた。
「……忙しくなるな」
誰にともなく。
即位準備は、もう始まっていた。




