再会の瞬間
工房だった場所は、もう工房とは呼べなかった。
石造りの壁はそのままに、棚は整理され、器具は用途ごとに分けられ、床には魔術陣がいくつも刻まれている。
戦争準備に明け暮れていたあの頃の、雑然とした空気は消えていた。
ここは今、研究室だ。
……いや。
正確に言うなら、私の身体を治すための研究室。
静かだ。
外がざわついている気配は、分厚い石壁越しにくぐもって聞こえるだけ。
誰かが来たとか、何かが起きているとか。
そういう「今まさに何かある」空気は、ここには届いていない。
私は机に向かい、ノートを開いた。
書き込まれた文字は、自分でも引くほど細かい。
魔力循環。
器の歪み。
最大強化の代償。
致命傷は塞がっている。
だが完全ではない。
「……詰みかけ」
ぽつりと呟いて、苦笑する。
生きているだけで奇跡なのに、私は相変わらずだ。
棚から小瓶を取り出す。
淡い金色。
光を含んだような、とろみのある液体。
新しいポーションだ。
回復。
調整。
そして――自己修復の補助。
「よし」
深呼吸する。
少しだけ、心臓が早い。
……いや。
かなり早い。
「自分で人体実験する日が来るとはね」
誰に言うでもなく呟いて、肩をすくめる。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、やらなきゃ分からない。
私は瓶を掲げた。
「いっきまーす!!」
グイッと。
一気に喉へ流し込む。
次の瞬間。
――バーーーーーン!!!
視界が白く弾けた。
「きゃああ!!なに!?なに今の!?」
身体の内側で、魔力が暴れる。
熱。
冷却。
圧縮。
引き延ばされていた器が、ぎしりと音を立てる感覚。
膝が崩れそうになるのを、机に手をついて耐える。
「ちょっ……待って待って待って!!」
息が乱れる。
心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
――その時。
工房の扉が、勢いよく開いた。
バンッ!!
反射的に顔を上げる。
次の瞬間、空気が変わった。
「メェエエエイィイー!!」
聞き覚えのある。
いや、聞き慣れすぎた声。
一拍遅れて、理解が追いつく。
「……え?」
視界に飛び込んできたのは、見覚えのある金髪と、底抜けに明るい表情。
「……お母さま?」
声が裏返った。
「そうよ!イヴよ!!」
勢いそのままに、母が駆け寄ってくる。
止める間もない。
「ちょ、ちょっと待って!?今私、実験中……」
言い終わる前に、ぎゅうっと抱きしめられた。
「生きてたぁああ!!」
肺の空気が押し出される。
「ぐぇっ……」
「ほんとに!ほんとに!!」
「お母さま息!!息できない!!」
ようやく少し緩んだ腕の向こう。
そこに、父が立っていた。
一歩遅れて。
でも、確実にそこに。
「……メイ」
低い声。
震えてはいない。
けれど、目が、赤い。
「……お父さま?」
次の瞬間、父は静かに近づき、私の頭に手を置いた。
ぽん、と。
ただ、それだけ。
「……無事で、よかった」
その一言で、胸がぎゅっと締め付けられた。
「……心配、かけました」
言った途端、喉が熱くなる。
母が、私の頬を両手で挟む。
「もう!もう!心配どころじゃないわよ!!」
「え?」
「女神だの!戦争だの!!」
「え?」
「アグナスを救っただの!!」
「え???」
情報量が多い。
「ちょっと待って。私、ポーション作ってただけなんだけど」
父が、深く息を吐いた。
「……それが問題なんだ」
「?」
母が、にっこり笑う。
「外、見た?」
嫌な予感がした。
「……見てない」
母と父が、顔を見合わせる。
「じゃあ」
母が言った。
「あとで、ちゃんと説明しましょ」
私は、机の上の空になった瓶を見下ろした。
まだ、身体の奥が、じんわり熱い。
……どうやら。
私が思っている以上に。
外は、とんでもないことになっているらしい。
そして。
その中心にいるのが、どうやら――
「……詰んだ?」
呟いた私に。
母が、満面の笑みで言った。
「大丈夫よメイ!」
嫌な予感しかしない。
「だって」
父が、静かに続けた。
「私たちは、君の味方だからな」
……うん。
それは、知ってる。
でも。
この流れは、絶対に。
簡単に終わらないやつだ。
そう確信しながら、私は両親を見上げた。




