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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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戦争の女神

砦に、静けさが戻った。


勝利の喧騒ではない。

歓声でもない。


ただ――

生き残った者だけが知る、深い沈黙が、石壁の隙間に染み込んでいた。


誰もが、まだ理解できていなかったのだ。

なぜ、自分たちが生きているのかを。


戦場に立っていた兵士は、剣を拭く手を止めたまま、空を見上げていた。

治癒魔術師は、癒す必要のない負傷者の名を、もう一度だけ確認する。

本来なら、死体が並ぶはずの場所に――誰も欠けていない。


あり得ない。


あり得ないのに。


「……女神様、だ」


誰かが、ぽつりと呟いた。


最初は、冗談のようだった。

だが、その言葉は、否定されなかった。


思い返せば、すべてが異常だった。


魔具は、尽きることなく運び込まれた。

展開された魔術陣は、精度も速度も、常識を逸脱していた。

敵の一団が薙ぎ払われる一方で、味方は死の縁から引き戻され続けた。


血に濡れた兵士が、次の瞬間には立ち上がる。

骨が折れたはずの腕で、剣を振るう。

心が折れかけた者の背に、もう一度、力が宿る。


――誰ひとり、欠けないように。


その意志だけが、戦場を貫いていた。


「あの方が……」


名は、誰も大きな声で呼ばなかった。

だが、皆が同じ人物を思い浮かべていた。


白衣に血と土を付け、必死に手を動かし続けていた、ひとりの女性。

魔具を渡し、指示を飛ばし、時に叱咤し、時に祈るように掌を重ねた存在。


彼女がいなければ。

あの戦場は、地獄だった。


そして――

最も大切なことを、皆は理解し始めていた。


ルイ殿下が、救われたという事実。


女神様が、あの方を救わなければ。

あの瞬間、立ち上がらせなければ。


次の光はなかった。

次の魔術陣は、展開されなかった。


ディバン帝国軍が、蒸発することもなかった。


意味が分からないまま、戦争は終わった。

敵が、消えた。

敗走ではない。壊滅でもない。


存在ごと、戦場から消えた。


後から、皆は思い知らされる。


――ああ、そうか。

――あの方が、殿下を選んだのだ。


地上に舞い降りた女神が、

この国の王を、選んだのだと。


だから、勝った。

だから、生きている。


信仰は、命の隣で生まれる。


祈りは、理由を必要としない。


砦の中で、人々は自然と頭を垂れた。

誰に向けたわけでもない。

ただ、胸の奥から溢れる感情に、形を与えただけだ。


「戦争の女神様」


その呼び名は、静かに、確かに広がっていった。


そして、次に囁かれる名があった。


――シルヴァ家。


女神様のご両親。

女神様を育てた血筋。

神に連なる民。


その一族が、こちらへ向かっているという噂が、風に乗る。


戦争は、もう終わっている。

それを、彼らはまだ知らない。


「……どんな顔をするだろうな」


誰かが、息を呑んだ。


娘は、何をしたのか。

戦争は、どうして終わったのか。


そして。


この国は、

この奇跡を、どう受け止めるのか。


砦の上を、穏やかな風が吹き抜ける。



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