治すという選択
部屋に戻ったら、ルイがいた。
扉を閉める音が、やけに大きく響く。
石壁に囲まれた室内は、静かで、少し暖かい。
外の回廊の冷えた空気が、まだ身体に残っている。
ルイは、窓際に立っていた。
こちらを向く前から、気配で分かっていたように、わずかに肩が動く。
「……お帰りなさい」
その声は、低く、落ち着いている。
だが、目は一瞬、私の全身をなぞった。
怪我はないか。
息は乱れていないか。
顔色はどうか。
――過保護だなぁ。
メイは、肩を竦めて笑った。
「欲しい材料がいっぱいあるの」
唐突な言葉。
それでも、私の中ではちゃんと繋がっている。
机に近づき、置かれたノートを引き寄せる。
紙の上には、途中まで書きかけの式。
魔力循環。
器の補強。
回復と再構築。
「私の身体を、ちゃんと治したい」
そう言うと、ルイの視線が、ぴたりと止まった。
「……まだ、無理は」
「わかってる」
被せるように言う。
無理はしない。
でも、何もしないのは、もっと嫌だ。
「部屋にこもりきりは、いやだもん」
ぽつりと零すと、少しだけ空気が緩んだ。
自身で人体実験をする時がくるとは。
昔の私なら、きっと笑っていた。
でも今は、笑えない。
だって、必要だから。
「成功したらさ」
ペンをくるりと回しながら、続ける。
「助けられる人が、また増えるね」
この砦に来たばかりの頃。
考えていたのは、ルイとレオのことだけだった。
二人を生かす。
二人を守る。
でも、今は違う。
回復した民の顔。
動けるようになった兵士。
泣きながら礼を言った治癒魔術師。
全部が、頭の中に残っている。
ルイが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
床を踏む音は静かで、抑えられている。
「……貴女は」
少し間を置いて。
「本当に、素晴らしいですね」
その声音には、敬意が混じっていた。
王としての評価ではない。
一人の人間としての言葉だ。
メイは、思わず吹き出す。
「元主ですからね!?」
冗談めかして言うと、ルイの口元が、わずかに緩んだ。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
「……そうですね」
認めるように、頷く。
ルイの過保護は、檻じゃない。
私の身体を、本気で心配しているからだ。
それは、痛いほど伝わってくる。
だから。
「ねえ、ルイ」
ノートを抱えたまま、見上げる。
「ちゃんと、無理しないようにやるから」
「一緒に、考えて」
部屋の空気が、静かに落ち着く。
外のざわめきは、ここには届かない。
ルイは、少しだけ息を吐いた。
「……分かりました」
その返事は、慎重で。
それでも、拒絶ではなかった。
机の上に、もう一枚、紙が置かれる。
ルイが用意していた、材料のリスト。
――欲しいものは、もう揃っている。
メイは、目を輝かせた。




