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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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女神の不在

女神は、そこにいなかった。


いや。

正確には――

身体は、在った。


砦の奥、最も安全だと定められた部屋。

白い布、整えられた寝台、香草を焚いた空気。

呼吸は安定し、脈も落ち着いている。


生きている。

それは、誰の目にも明らかだった。


それでも。


人々は、口を揃えてそう言った。


「女神様が、不在だ」


廊下では声が落とされる。

足音は自然と忍ばせられ、鎧の擦れる音すら遠慮がちになる。


誰も、扉を不用意に開けない。

誰も、名前を軽々しく呼ばない。


まるで――

神殿の奥に安置された存在のように。


砦の外では、別の熱が生まれていた。


戦争は終わった。

だが、人々の胸に残ったものは、恐怖ではない。


救われた、という確信。


倒れた兵が立ち上がったこと。

致命傷が塞がったこと。

限界を越えて戦えたこと。


それらすべてが、一つの名に集約されていく。


メイ・シルヴァ。


戦場の女神。

再興の象徴。

王を選んだ奇跡。


噂は、勝手に膨らむ。


「あの方がいなければ、我々は全滅していた」

「王を生かし、国を繋いだ存在だ」

「もはや人ではないのでは?」


誰も、本人の意思を確認しない。


確認する必要がないと、思い込んでいる。


砦の倉庫には、シルヴァ家の支援物資が積み上がり続けていた。

箱を開けるたび、生活が戻ってくる。


食料。

薬。

布。

道具。


人々は、自然と手を合わせる。


「女神様のおかげだ」


祈りが生まれ、

感謝が形になり、

信仰に近いものへと変質していく。


その中心にいるはずの人は。


静かに、眠っていた。


ルイは、扉の外に立つ。


入らない。

入れない。


中にいる時間が長くなれば、

この世界に戻れなくなる気がして。


彼は、周囲を睨むように見渡す。


誰も、近づけない。


治癒師も、兵も、貴族も。

必要な者だけが、必要な距離で止められる。


王の判断だ。

誰も、逆らえない。


レオは、少し離れた柱の影に立つ。


視線は、扉から外さない。


この場で起きていることを、正確に理解していた。


――彼女が目を覚ました時、

世界はもう、元には戻らない。


王は決まった。

国は動き出した。

民は救われた。


そして。


女神だけが、

何も知らないまま、取り残されている。


レオは、苦く息を吐く。


「……残酷だな」


誰に言ったわけでもない言葉が、床に落ちる。


守られた世界と、

守られすぎた一人。


それは、同時には成立しない。


だが。


もう、止められない。


砦の外では、再興の準備が進む。

内では、王の決断が積み上がる。


そして、そのすべてが、

一人の“不在”を前提に回っている。


女神は、まだ戻ってこない。


――戻ってきた時、

この世界を、どう見るのか。


その答えを知っている者は、

まだ、誰もいなかった。

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